旅立ち




『それは、僕が人間らしい心を最後に持っていたときのものだ』
 そう言って、ヨシュアはハーモニカを私に手渡した。
『もう必要のないものだから……』
 あの時私は、ヨシュアが何を言っているのか分からなかった。
 それはあるいは、その直前の彼の『告白』が、私をこれ以上ないほど混乱させていたからかもしれない。
『だから、君に受け取って欲しい。この五年間のお礼にはとてもならないだろうけど……』
 お礼?
 なんでそんなことを言うのだろう。
 私だってずっとずっと、何回も何回もヨシュアに助けてもらってきた。ヨシュアがいてくれたおかげで、私がどれだけ幸せだったか。
『何も無いよりはマシだと思うんだ』
 何も無くなんてない。私はたくさんたくさん、ヨシュアに色々なものをもらってきた。
 それこそ、言葉では言い表せないほどに。
 それなのに。
 その後の私は混乱を極めていた。正直、もうほとんど覚えていない。
 ただ、ヨシュアと初めて交わしたキスは、ヨシュアの別れの挨拶だったのか。
 遠のく意識の中で、私は確かに、ヨシュアの『さようなら』という言葉を聞いていた。

 王都グランセルであった王国軍情報部リシャール大佐の内乱事件から、すでに半月ほどが経過していた。
 父さんは、軍に復帰していて、今も王都で軍の再編なんかで大忙しらしい。
 そして私は……一人、ロレントの家に帰ってきた。
「一人だと、こんなに広かったんだ……」
 よく、子供の頃広いと思ってた場所も、大きくなってから来てみると狭く感じることがある、というけど。
 私は考えてみたら、十一歳のころからずっと、父さんは家にいなくてもヨシュアがいてくれていた。家で一人になるなんて、それこそあのヨシュアが来た晩以来だ。
 心のどこかに、穴が開いてしまったような空虚感。
 あの後、私は空中庭園で眠っているところを父さんに起こさた。
 ヨシュアがいなくなる、と混乱して騒いだ私に、父さんやシェラ姉は凄くびっくりして、すぐヨシュアを探してくれたけれど、その時すでに、ヨシュアは城内はもちろん、グランセルの市街にもいなかった。
 市街の門は閉ざされていたはずだけれども、彼の告白した『過去』が事実であるなら、彼にとって閉ざされた市街の門などというのは、無いも当然なのかもしれない。
 父さんはやっぱりヨシュアの過去を知っていたみたいで。ただ私も、それ以上を父さんに確認することは出来なかった。
 そして私は、ロレントに帰ってきた。
 みんなに心配されるのが辛かったし、それに、もしかしたらヨシュアが帰ってくるかもしれない、という期待もあった。
 ……心のどこかで、あり得ない、とは分かっていたのに。
 ロレントに戻って、本来なら正遊撃士となった以上、色々忙しいはずなのだけど、アイナさんが気を回してくれたのか、私に声がかかることはなかった。
 ただそうすると、一人で家の中にいることになって。
 ヨシュアのいない家が、こんなに広いものだということを、もうすっかり忘れている自分に気がついてしまった。
「ヨシュア……」
 ふと目に付いて、テーブルの上にある本をめくる。
 そこには、何枚もの写真が挟まっていた。
 まだ小さい頃のヨシュアから、ごく最近の、遊撃士となって旅に出る寸前のものまで、実にたくさんある。
「……あは、この頃ヨシュア、ホントに笑わなかったよね……」
 今ならば、出会って頃のヨシュアが笑わなかった理由は分かる。
 だけど、ヨシュアは今は笑ってくれた。
『心が壊れている』
 ヨシュアはそう言っていたけど、あれは心が壊れている人の笑顔じゃない。
 それは、五年間一緒に暮らして、誰よりもたくさんヨシュアを見てきた私だから、分かる。
 ヨシュアの過去に何があったとしても、ヨシュアはヨシュア。
 しっかりしていて、とても冷静で、でもどこか鈍かったりもする。
 私の大好きなヨシュア。
 ふと視界の端に、鈍色に光るものが映った。
 それは、ヨシュアが最後に渡してくれたハーモニカだ。
 それを、そっと手に包み込むように取る。
 その、ヨシュアがいつも持っていたそれは、あるいは一番ヨシュアの温もりを残しているのかもしれなかったけれど、今触れても、それは冷たい金属の塊に過ぎない。
 でも。
 ヨシュアの手にこれがあれば、これは私の大好きなメロディーを奏でてくれる。
『星の在り処』
 いつもヨシュアが吹いていた、そしてあの夜も吹いていた、私が一番好きなメロディー。
 でもそれも、今は聴こえない。
 そして、私はもう分かっていた。
 いつまでもこの家にいたところで、このハーモニカが再び『星の在り処』を奏でることはないのだ、ということを。
 だから。
 私はハーモニカを大切に布に包むと、そのまま自分の部屋に行く。
 そして、ひとまとめにした、もう慣れた旅用の肩掛けのカバンと、手に馴染んだ棍を取った。
「待ってるだけなんて、それこそ私のキャラじゃないしっ」
 ヨシュアがどこにいったかなんて、それこそ分からない。
 でも、それでもこの同じ空の下にいる以上、絶対に見つけてみせる。
 そしてもう一度、今度こそちゃんと言うんだ。
 ヨシュアのことが好きだ、と。
 外に出ると、陽射しが眩しい。
 きっと、ヨシュアも同じものを見ているだろう、と思うと、私はなぜかとても嬉しくなっていた。



 え〜、クリア後、そのまま勢いに任せて書きました。
 っていうかですね。英雄伝説6、まあ話がラストになっても謎だらけのことがたくさんあるので、多分続編があるんだろうなあ、というのは容易に分かったんですが。だとしてもラストに、まさかあんな大どんでん返し……というかじたばたするようなことがあるとは思いませんでしたよ。ええ。
 ヨシュアの過去が特殊なものなのは覚悟してましたし、彼の告白は予想範囲内だったんですが……彼自身も認識してない更なる秘密があるとは(詳細は本編やってください)思いもせず。多分それがなければ、彼はさすがにエステルの元から去ることは無かったんだろうなあ、とは。
 といえば、書いてませんがこれはまたもや(懲りずに)一人称で書いてまして、もちろん『私』はエステルです。本編での彼女の一人称は正確には『わたし』なんですが、まあそこまではいいかなあ、とか思って漢字にはしました。
 とりあえずホントに続編早く出してくれ、という気分です。まあもうデザインとかはかなり上がってるみたいですし、そこそこ早いペースで出てくれることを……切に期待します、ファルコムさん。
 ちなみにこの話ですが、プレイした人はすぐ分かるでしょうが、エンディング直後です。というかエンディングの映像を元に書いたとも言います……が。多分続編が出たらそのオープニングと被る……のかなあ。大きな食い違いが生じるとは思いませんが、まあゲーム本編で過不足なく描かれてしまうでしょうね(^^;
 英雄伝説シリーズは、私はすっごい好きなんですが、同時に作品が完全に完成されていて、創作を書く余地がほとんど無い作品という気もします。いや、実際にはないわけではないのでしょうが、正直ゲーム本編以上に上手く描くことは出来ません……少なくとも私には。今回のは非常に稀な例外ですね。っていかホントにモニターの前でうなってましたよ、私(マテ)。ただちょっとこの創作のタイトルは気に入ってない……っていうかありきたりすぎ。なんかいいタイトルないかなあ。
 とりあえず私と同じような趣味の持ち主(主にカップリング関係で王道好みの方々)は、このゲームはぜひぜひプレイをオススメします。ホントにいいです。世界観も演出も、ちょっとした遊び心も何もかも。シンプルなRPGを楽しみたい人はぜひっ。というか、シナリオの完成度では英雄伝説は、全RPGでもトップクラスだと私は思ってます。正直、テイルズシリーズ以上。なのでぜひやってみてください。……ちょっと高価なのが難点ではあるのですけどねー。あ、でも初回特典ははっきりいってあり得ないくらい豪華ですよー。

 とりあえず今言いたいことは一つっ。
 早く続編出してくれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜<多分出たらFEより優先されます……



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