想い残る場所



「よし、出来た。どうだロディ。立派なもんだろう」
 そう言ったじいちゃんの目はどこまでも輝いて見えた。
「周りに木々も多いし、何より、空に近い」
 見上げた空はどこまでも青くて。ところどころに浮いている雲が、じいちゃんと自分の夢の結晶にも見える。
 大空を、どこまでも飛ぶ、人としての究極の夢の。
「ここなら気持ちよく研究が出来そうだの、ロディ」
 けれど、結局そこが使われることはなかった。

「ふ〜、疲れた疲れた。しかし相変わらず静かなところだな」
 そう言って、長い金髪を無造作に束ねた男は、やや乱暴に椅子に座り込んだ。その拍子に、肩につかまっていたネズミに似た生き物が跳ね上げられて、何事か抗議している。
「ザック、もうちょっと静かに座ってよ。そうでなくても、ザックの荒っぽい歩き方に振り落とされないように、いつも大変なんだから」
「だったらセシリアの肩にでも掴まってればいいだろう。大体お前がいると肩が凝ってだなあ……」
「あ、そう。じゃあそうするよっ」
 ネズミはそういうと、あっさりとザックと彼(?)が呼んだ男から下りて、ショートカットの金髪の女性に方に駆けていく。
「てめ、薄情な奴だなあ」
「ザックがハンペンをいじめるからです。ね?」
 女性は駆け寄ってきたハンペンと呼んだネズミに似た――よく見ると違う――生き物を抱き上げた。
「そうだそうだ。大体知性派のオイラとしてはだね……」
「だ〜、もうその台詞は聞き飽きたっ!!」

 港町ティムニーから船で北岸へ、そこから徒歩で十日ほど。人のあまり寄り付かないようなその場所に、その家はあった。もう一年以上も放置されていたはずのその家は、それでも作りの頑丈さを示すように痛んだ様子もなく、ただひっそりと建っている。
 かつて滅んだ古代文明の研究者の一人、ゼペット・ラグナイトと、その養い子、ロディ・ラグナイトが住んでいた家――廃屋である。廃屋といっても、廃棄され誰も住んでいないだけで、内装などは当時のまま保存されている。さすがに埃等がひどく、一通りは払わなければ入れたものではないが、それでも野宿よりはましである。アーデルハイドのお姫様であるはずのセシリアも、旅が長かっただけあって野宿は慣れているが、それでもやはり屋根のあるところで寝たいらしい。
 周囲は呆れるほど何もなく、ただところどころに緑が広がっている程度だ。荒地ばかりとなっている今のファルガイアでは、あるいはそれは貴重なことかもしれない。
 別にたいした目的があるわけではない、三人と一匹の旅路であり、ちょうどロディの養い親の命日が近い、ということからここに来たのである。
「あれ?ロディ、山の中腹で何か光ったぞ?」
「え?」
 ロディ、と呼ばれた少年――そろそろ青年と呼べるころか――はザックが見ていた窓から外を見た。朱色の光の中に、確かに光る何かが、ロディの目に映る。
「ああ。あれは、じいちゃんの作った研究室だよ」
「研究室?」
 ザックとセシリア、ハンペンの声が重なった。
「うん。じいちゃんが飛空機械を作ろうとしてたのは知ってだろう?」
 それは良く知っている。そして、その意思は弟子達が引き継ぎ、そしてついに飛空機械『ガル・ウイング』を完成させたのである。
「じいちゃんが、どうせなら空に近い場所の方がやる気が出る、ってね。でも、結局使わなかったんだ。ちょうど今から二年前に……」
 ロディの表情が、少し沈む。それだけで、二人と一匹は事情を察した。
「ずっと空を飛びたがっていたから、だからじいちゃんは、この辺りで一番高い場所に眠ってる」
 アームズの研究者にして、ロディの養父。大袈裟な話ではなく、彼がロディを見つけなければ、そしてロディを育てなければ、あるいは世界は滅ぼされていたかもしれない。造られた存在でありながら、誰よりも『希望』を持ち続けた存在。そして、かけがえのない仲間。
「よしっ」
 ザックが勢い良く起き上がった。その様子を見て、ハンペンはザックに掴まってなくて良かった、などとちょっと場違いに思っていたりもする。
「次、いったんアーデルハイドに戻ろうぜ。じいさんの上を通るんだ」
「いいですね、そうしましょう」
「……うん」
 ロディは小さく頷いて、それからもう一度小屋を見上げた。
 あの窓から見える、もっと高い空を想い描いた想いは、多くの人々に受け継がれ、そしてそれらは世界を救う力にすらなった。
「……じいちゃん、俺は元気にやってるよ」
 窓ガラスが、夕日を弾いて光ったのが、なぜかロディにはゼペットの返事のように思えた。

 どんな夢でも、それを諦めずに希望を抱く――それが、未来へと繋がる力になるんじゃよ――。




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