奇跡(あかし)


 窓から差し込む日の光が柔らかく室内を照らしていた。
 それほど大きくも立派でもない部屋。
 大き目の寝台が一つ、テーブル、椅子。それに小さな衣装棚。あるのはそれだけだ。
 永きにわたった戦争が終わってより十数年。
 荒れ果てた大地に、それでも人は生き続け、日々の営みを繰り返している。
 そして今、この部屋で起こったことも、戦後数百、数千、数万と繰り返されてきた、珍しくはないことの一つに過ぎない。
 だがそれはあくまで他者から見た視点であり、当事者からすれば、それはこれ以上ないほどの出来事だった。
 人の、誕生。
 それ自体は、珍しいことではないかもしれない。
 だが。
「……お疲れ、ラクウェル」
 それが、その時母となった女性に、その良人たる男が最初にかけた言葉だった。

「健康な……子か……」
「ああ。可愛い女の子だぜ」
 ラクウェルは、その横で眠る子の手に、自らの指を握らせてあやしていた。
 ――暖かい。
 そう感じるのは、自分の手が冷たいからだ。
 思えば、この子を身ごもっている間だけは、自らの身体の冷たさを忘れていたように思う。
 それは、もう一つの生命が宿っていたからなのだ、と今なら分かる。
 そして――。
「ちゃんと生まれてくれるとは……思わなかったな」
「な〜に言ってんだ、ラクウェル」
 その、アルノーの変わらない物言いに、ラクウェルは顔を綻ばせた。
「ちゃんと生まれるに決まってんだろ。俺がいるんだぞ」
 その、根拠のない――だが安心できる――物言いもまた、ラクウェルには嬉しい。
「それに、これからが大変だぞ。赤ん坊ってのは、生まれたら終わり、じゃないんだ。これから子育てっていう大変な戦いが待っているんだからな」
「……ああ、そうだな……」
 だが。
「お前に苦労をかけてしまうな……」
「別に俺は……お前がいてくれれば……」
 その言葉に、ラクウェルはゆっくりと首を振った。
 こういう時、本当に可愛げがない、と思う。話をあわせればいいのに、と。
 しかし、今のラクウェルにはもうそれをごまかすことは出来そうになかった。
 そして今のアルノーの顔が、彼もそれに気付いていることを物語っていたのだ。
「私はもう……長くはない。それは分かっている。そもそも、私が子を成せたこと事体が……奇跡だからな」
「ま、待てよ。まだ諦めるなよ。まだ何か方法があるかも……」
「ない。それはお前も分かっているだろう。ありとあらゆる手を尽くした。だが……方法はなかったんだ」
「ラクウェル……」
「そもそも、異質技術であるARMをもってなお治せないと言う時点で、私は期待はしていなかったんだ」
 あの、イルズベイルでの『神剣』との戦いの後。
 ラクウェルとアルノーは、ハリムに残っていた技術者らに、ラクウェルの身体を治癒する可能性を――ARMを用いての――を問うた。
 結果は――否。
 ARMはそもそも因子適合者以外では、まったく起動しない。ラクウェルが因子適合者でない以上、ラクウェルの身体をARMで維持することは不可能だ。
 さらに、診察した者たちは全員同様の結論を出した。
 仮にラクウェルがARMを使えたとしても、おそらくは治癒できない、と。
 その後、世界中を巡ったが、方法はなかった。あるいはそれは、二人とも分かっていたのかもしれない。
 だから、ラクウェルは世界中の美しいものをその想いに刻むために旅を続け、アルノーもまた、彼女を支えていたのだ。
「だが、奇跡は起きた……私が生きていたという証。私がお前と共に在ったという証。それが……この子だ」
「ラクウェル……」
 アルノーも分かっていた。おそらく彼女は、すでに歩くことすら難しいほどになっていることを。
 そしてもう、一年も持たないであろうことも。
「そういう顔をするな。私は今、本当に嬉しいんだ。何よりも美しい、かけがえのないものを得た、と心から思っているんだからな」
 その笑みは、死の恐怖から逃れるための強がりなどではない。それは、これまで一緒に過ごしてきたアルノーには痛いほど分かった。
「唯一悔いが残るとすれば……ジュードとの約束かな。すまないが、お前から謝っておいてくれ」
 それはつまり、ラクウェルがもう旅が出来ないほどに衰えていることを意味する。
「そんな顔をするな、と言っただろう。何も今すぐ死ぬわけじゃないんだ」
 その言葉に、アルノーは無理に笑って返した。その顔は、泣いているのか笑っているのか、分からないような顔。
「ああ、そうだな。それにもしかしたら、意外に生き延びるかもしれないしなっ」
 そんなことはあり得ない。
 そう分かっていてもなお、ラクウェルにはアルノーのその言葉が嬉しかった。



 ぐは〜。
 というわけでWA4のエンディング見てからのやつです。何分で書いたよ、これ……。
 ジュードとユウリィも気になるんですけどねっ。
 個人的にはあの『10年後』で、ユウリィがジュードのところにたまに食事つくりに行っているような関係を希望(笑)
 それはともかく。
 ラクウェルの最期は……泣けました。いや、ホントに泣いたわけじゃないですが……。
 しかしゲームで『10年後』のキャラクターを描くってのは珍しいと思いました。
 が……ラクウェル〜(涙)
 作中では何度も『可愛げがない』などと言ってますが……ユウリィとは別の意味で、とっても可愛いと思ったんですけどっ(マテ)
 WA4で、『The End』のラストロゴがない、と説明書だったか初回特典の冊子にありましたが、理由は納得。
『過去(きのう)』から『現在(きょう)』、そして『未来(あした)』へと向かい進むジュードたちに『The End』なんてないですものね。
 そしてラクウェルもまた、死を間近に感じながら、必死に未来へと生きて行ったんだと思います。そしてその彼女の生きた証が、二人の間に生まれた娘じゃないか、と。そう思ってこれを書きました。
 っていうかエンディングの絵は全部録りたい……。
 駆け足でクリアしちゃいましたから、時間のある時(いつだ)にもうちょっとゆっくりプレイしたいですね。
 なお、タイトルですが、WEB拍手の烈火の話と同じになってますが……これが一番いいかなあ、と思ったのでつけました。



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