心地よい風が、優しく頬を撫でるように吹き抜けた。 その風は、三年前の戦いの中で感じられた、あのどこか気持ち悪い生暖かさを感じさせるものではない。むしろ、底冷えのする冷気すら感じさせる。いや、実際この惑星全体が、冷えてきているのだろう。だがそれでも、あの時よりは心地よい。 一年前の、あのデウスとの戦いで、この惑星は文字通り惑星規模の打撃を受けた。 惑星そのものと融合し、超巨大兵器となろうとしたデウスの試みは、完全に成功することなく阻止されたが、その残した傷痕は、非常に大きかったのだ。 地軸の歪みと、大気にただよった粉塵による太陽の光の遮断。 それらは、環境や気候を激変させ、そして惑星の急速な冷却化をもたらした。 あの戦いにおいて、人々のほとんどは『アイオーン』として、デウスの端末にされた。意志の強い、デウスがプログラムした『デウスの端末としてのヒト』の枷を振り解いていた者たち以外、ことごとく変異し、すでに人間ではなくなっていたのだ。そして彼ら――まだ人称代名詞が当てはまるならこの様に呼ぶべきだろう――は、デウス崩壊とゾハル機関の停止によって、その活動を停止した。それは、文字通りの停止であり、それは、彼らがギアのスレイブジェネレーター同様、ゾハル機関からのエネルギー補充によって動いていたことを表している。そして、『彼ら』アイオーンらは、そのことごとくが崩壊し、大地へと還っていった。デウスの作り上げたナノマシンとともに。 生き残った人間は、わずか千数百人。集団としては決して少ないとはいわないが、ヒトという種の総数としては、圧倒的に少ない。しかし、彼らは生き残ったのだ。そう。かつてミァンによって、幾度となくこの惑星の人々は、全滅の憂き目を見た。しかし、わずかに生き残った人々が、再び大地を蘇らせ、子を成し、育て、そしてヒトとしての繁栄を築き上げてきたのである。過去の彼らにできて、生き残ってきた彼らにできない理由はない。 たとえ、どれほど困難な道であれ、ヒトは生き残ったのだから。 「んっ」 力をこめて、鍬を振り下ろす。 痩せた大地で、しかも日照も満足に確保できなくても、耕さなくては、糧を得ることはできない。 皮肉なことに、生き残った人々が、そのあとも生きていられたのは、総数が激減したことが原因だった。 要するに、必要とする食料が、圧倒的に少なくてすむようになったのである。そのため、しばらくの間であれば、『教会』やニサン、シェバトなどの蓄えでなんとか人々は生きていくことが出来た。しかしそれとて、永久に続くわけではない。特に深刻だったのは、エネルギー問題だった。 人々がこれまで、動力として活用してきたスレイブジェネレーターは、その全てが機能を停止し、使い物にならなくなっていた。ギアはもちろん、あらゆる工作機械が使用不能になってしまったのである。人々の持つ技術力は、一気に遥か太古まで戻されてしまった。 だが、だからといっていつまでも足踏みをしているわけにはいかない。 人々は、自らの手で、足で大地を踏みしめ、痩せこけ、実りをもたらすか分からない大地を、もう一度蘇らせるために動き始めたのだ。 そうして、三年。 世界は、少しずつ甦りつつある。 ニサン周辺は、先の大戦の被害が少なかったこともあって、現在ではギリギリ自給自足の体制を整えつつあるらしい。また、かつてのキスレブ周辺も、寒さが厳しいながらも何とか自給自足出来るようになったという。これらは、マルーやリコの尽力が、実を結んだらしい。 アヴェ『共和国』の元首となったバルトは、悪戦苦闘しているらしい。アヴェは、発掘した『遺跡』を売買して国家を潤していた。しかし、スレイブジェネレーターが使い物にならなくなった以上、『遺跡』もその大半は(中には使えるのもあるらしいが)使い物にならなくなっている。そのため、産業を再構成する必要があるのだ。もっとも、それはどこでもやらなければならないのは同じなのだが。従来のような産業構造を支えるだけの人がいないのだから。ただ、最近では砂漠ではなくその周辺の緑地帯で、作物の作成を可能にしたらしい。元々、アヴェ王都があのような砂漠の真中にあった理由は、掘り出した『遺跡』の取引に都合がいいように、というのもあったのだ。王制を廃したバルトからすれば、維持すら難しい王都や王宮になど、何の未練もないのだろう。 タムズは、もう復活したらしい。無論、以前のような巨大な船の建造は出来ない。なにより、動力がない。 ただ、アクヴィ海周辺の島々を開墾し、その島々を結ぶ定期便を整備したらしい。アクヴィ海周辺は、現在でも気候が比較的温暖で、食料の自給率はかなりいいようだ。昔のように『遺跡』をサルベージしたり、といったことはないが、彼らは彼らなりに『海の男』の生き方をこれからも続けていくのだろう。 ラムサス――いや、ラメセスと、エレメンツの行方は、未だに分からなかった。人口の激減したこの世界でのことである。それなのに、彼らの動きが分からない、ということは、恐らく彼らは彼らだけで、新たなる道を模索しているのかもしれない。最後に出会ったのは、二年前。その時、フェイとラメセスは一人の武道家として決着をつけた。その時の彼の目は、かつての――いや、かつて以上の輝きを持っていた、と確信できるものがあった。だから、きっと大丈夫だろう。 ビリーは、また孤児院を始めたらしい。この戦い、生き残ったものの親をなくしてしまった子供達は、決して少なくはなかった。そういう子供達を、ビリーは再び引き受けていくのだろう。 ジェサイア先輩は、今もあちこちを旅しているようだ。少しは親子で暮らせばいいのに、と思うが、あの人はあの人なりに、ビリー達を気にかけていることはわかっている。 マリアは、再会した祖父と共に、旅に出た。マリアの父であるニコラの精神の宿ったギア『ゼプツェン』は眠りに就いた。もう、何も応えることはない。しかし、ニコラは、マリア達の中に生き続けているのだろう。その『絆』は、何者にも壊せはしないに違いない。 エメラダは、トーラと共にゼボイムの遺跡に行ったという。あの遺跡は、今もなお凶暴な古代種の蠢く遺跡であり、ギアを失った人々には立ち寄ることすら危険な場所だ。だが、ほぼすべての動力が使い物にならなくなっているにも関わらず、スレイブジェネレーターではない別の動力が今も動き続けているらしい。それらを利用して、この星の環境を少しでも回復させようとしているようだ。 トーラとエメラダなら安心だろう、と思う。彼らなら、それが再び争いごとに使われないようにしてくれる気がした。 フェイとエリィの行方もまた、分からなくなっていた。 最後に会ったのは二年前。戦後、集まろう、と決めていたその時以来、彼らとは会っていない。 彼ら二人の間に、何があったのかは、よくは知らない。しかし、二人とも、いわば一万年前から宿命付けられていた存在である。接触者と、対存在。いかにすべての記憶を継承しているとはいえ、その事実を彼らがどのように受け入れたのかは、分からない。ただ、二年前に会った後、彼らは同じ方向に歩いていった。だからきっと、今も一緒にいるのだろう。そう、確信できる。 ざく、という音は、断続的に続く。 土を耕す、という作業は、かつては自分がやるなどとは考えたこともなかった。だが、やってみると、これがまた面白い。大地は同じ場所は一つとしてなく、常に違う顔を見せる。まるで生き物のようだ、と思った。 ――そう。生き物なのかもしれない。 元々、ヒトはこの世界に自然発生した存在ではない。異星人の恒星間移民船――この存在もやや信じがたいが――が墜落し、生き残った一人の存在――アベルという名らしい――を除けば、戦術統御コンピューター『デウス』が自らの復活のために作り上げた存在である。いわば、この星にとって、『ヒト』というのは異分子であったはずだ。実際、生物本来の『生存本能』を上回る形で、デウスの『部品』となるべく設定された存在だったのだから、そもそも自然の存在ではない。 だが、一万年の間に、この星は『ヒト』を自らの住人として認めたのかもしれない。デウスの『枷』から解き放たれたヒト――生き残った人々――が存在した、というのが何よりもそれを感じさせた。いわば、星がデウスに逆らったといえるだろう。 三年前の戦いの被害は、まだ太陽を若干翳らせているが、それでもずいぶんと暖かくなってきた、と思う。トーラやエメラダのナノマシンの力もあるだろうが、多分それ以上に、星の回復力というものが大きい気がする。 星が意思を持っている。最近、そんな気がしてならなかった。 あの強大な力を持ったデウスに勝てたのは、今でも奇跡としか思えない。 時々、あれはこの星が力を貸してくれたからではないだろうか、とも思うのだ。 デウスの端末として創造られたヒトという種。しかしそのヒトを介して、星がデウスにを滅ぼした――そう捉えることもできると思う。 その意味で、生き残った『ヒト』は、真実この星の住人なのだ、と思う。ヒトにとっての神――デウスから解き放たれ、初めて自らの足で歩み始めた存在。それが自分たちなのだろう。 「……まあそういったところで、まずは星と共に生きていくことから始めなくてはね」 疲れてきた腰に手をあて、それから大きく深呼吸をして、一度伸びをした。 いまだに大地の実りは少なく、人々は凍えながら、身を寄せ合って生きている。 星が、生き残った自分たちをさらに試しているのだ、と。そんな気もしていた。 この試練に耐え切ってこそ、ヒトはこの星に真実根付くことを認められるのかもしれない。 不意に、羽織っていた服の裾が引っ張られた。振り返ると、そこには愛娘の姿がある。 「おや、どうしました、ミドリ」 相変わらず、ミドリは口数が少ない。けれど、娘は口に出さないだけで非常に多くのことを話していることを、自分は知っている。 「……お食事、お母さんが」 「おや、もうそんな時間でしたか。確かに、お腹もすいてきてますね。それじゃ、いくとしましょう」 そういって、今日の食卓を想像する。 決して豊富とはいえないはずの材料から、妻のユイは、いつも驚くほどおいしい料理を作ってくれる。あれも、一種の奇跡のようなものだと思う。 「急ぎましょうか。お母さんを待たせるといけない」 そういうと、娘の手を引いて、彼は少し早足になる。そして家の前に立ったとき、ふと、振り返った。 西の空がかすかに赤くなっているだけで、もう空には星が見え始めている。 その赤い色は、かつては不吉さを感じさせたが、今はそのように感じることはない。 他の地域にいるかつての仲間たちも、時間こそ違えど、同じ夕焼けを毎日見ているのだろう。その認識は、どこか可笑しく、自然と笑みがもれた。 「どうしたの?笑って」 家の中から、ユイが声をかけてきた。 「……いや、今日もまた、おいしい食事が食べられると思うと嬉しくてね」 「おだてても、何も出ませんよ」 そう言いながら、ユイは少しだけ嬉しそうに、二人を屋内へと導く。 |
創始歴9999年。 ヒトは、そのその忌まわしい楔(くびき)から解き放たれた。それは、神(デウス)から解き放たれたこの星のヒトの新たなる一歩を記した年。 そして、ヒトの歴史の始まりでもあったのだ。 |
……あれ。 フェイとエリィの話を書く予定が、どこをどう間違えたか、シタン先生(分からなかった人はいないと思いますが(^^;)が語る話になっていた(爆) う〜む……なぜだろう(オイ) と、とりあえずか〜んたんな各キャラクターの後日談です。しかしこんなの書く予定はなかったんだが……まあいいか。シタン先生もお気に入りだし(w とりあえず、次はフェイとエリィの話を書くぞっ。これでさらっと流した、戦いの一年後の話を。あの二人のカップルはかなり好きなので〜♪ なんていうか分かりやすいよな、私。製作者が作ったカップリングにはひたすら弱い……。だからFEも王道ばっかりなわけだしなあ(自爆) とりあえずハマったゲームということでさくさく書いてみた。しかし……ゼノサーガはどうしようかなあ。なんとなく時間はありそうなんだよなあ。でもゲームためているんだよなあ(オイ) |