ぬくもりを繋いで
side story of "Pray to Eternity"



 晴れ渡った空は、旅立ちには最適の空であった。時折吹き抜ける風は、秋の涼しさに満たされ、暑い夏を過ぎたことを感じさせる。

 アグストリア諸公連合ノディオン王国の王城から見える光景は、夏の青々とした、時としては鬱陶しいとすら思えた緑から、少しずつ秋の、どこか寂寥感を伴う色へと変わりつつある。まだ陽射しは暑いこともあるが、後一月もすれば――帰ってくる頃には過ごしやすくなっているだろう。ちょうど収穫祭の頃になる。
「それまでには戻ってこないとな。いくら、収穫祭は、王は直接関係ないとはいっても、王不在は格好がつかないからな」
「それに、王の名でワインなどを振る舞うのでしょう?国民もあなたがいないと盛り上がりませんよ」
 妻の返答に、金色の髪を持つ国王は皮肉たっぷりの笑みを浮かべた。
「まあラケシスも一月後ならば風邪も治っているだろう。いざとなれば代役を頼むさ」
 その言葉に、思いっきり不機嫌になった者がいる。当のラケシスだ。
「お兄様。それは嫌味ですか?そんな話を、なにも私の部屋でなさらなくてもよろしいじゃないですか」
 ピンク色の寝間着を着て、大きすぎるベッドに身を沈めたラケシスは、これ以上ないほど頬を膨らませている。風邪で赤いため、まるで赤い風船のようだ。
「お前が、こんな時期に風邪を引くから悪いのだろう。キュアンもエスリン公女……いや、新王太子妃もお前に会うのを楽しみにしていたというのに」
 ラケシスには反論の余地はない。風邪を引いてしまったのは、全部自分の責任なのだから。
「何もこんな時期に水辺で遊ばなくてもよろしかったのに……。とにかく、ご無理はいけませんよ、ラケシス様」
 兄の妻であるグラーニェは、優しくそういうと、ラケシスの布団を掛け直して、額に手を当てた。
「まだ熱いですね。とにかく、ゆっくりお休みになられて。……あなた。出発まではまだ後少しありますよね?」
「ああ。でもそんなに時間はないぞ」
 それを確認すると、グラーニェは立ち上がって部屋を出て行く。しばらくして戻った彼女は、ティーカップをトレイに乗せて持ってきた。
「はい。私も体が弱かったから、ばあやに子供の頃、よく作っていただいたの。すぐに回復、とはいかないでしょうけど、とにかく楽にはなりますから。今回はよく休みなさいね」
 義姉のくれたそのお茶は、ちょっと変わった味がしたが、まるで全身に染み渡っていくようでもあった。
「ハーブをいくつか組み合わせたお茶。美味しいでしょう?城の方に、作り方を書いたメモを渡しておきましたから、欲しくなったらおっしゃいなさい。本当は色々な種類があって、もっと効果のあるブレンドもあるのだけど」
 ラケシスはありがとうございます、とかけ言うとそのまま再びベッドに体を埋める。実は、風邪以外の要因で顔が熱かったのだが、幸い、誰にも悟られないですんだ。
(お義姉様は本当に優しい。それにとってもお美しいし、上品で……私も、こうだったら……)
 兄を取られた、という感覚はまだ消えてはいない。無論兄は、結婚した後も変わらず、自分のことを大切にしてくれるし、それは義姉も同じだ。
 実際、見ていて兄夫婦は本当にお似合いだと思う。グラーニェが嫁いできてから、兄は今まで見せることのなかった色々な表情を見せてくれた。突然の父王の病死。それに伴う即位と、兄が、のしかかってきた重圧に潰されなかったのは、間違いなくグラーニェがいたからである。自分では、それはできなかっただろう。
「でも今回、ラケシス様のレンスターに行けないのが悔しいのは、レンスターのフィン様にお会いできないことでしょう?」
 ラケシスは、いきなり冷水を浴びせかけられたような感覚で凍り付いた。実際つい先日、城の噴水の傍で遊んでいて、迂闊に落ちてしまったのだから、その感覚は生々しい。違うのは、この冷水はふいても拭(ぬぐ)えないのだ。
「な、なんでお義姉様がそんなことご存知なんですか?私、何も……」
 その態度と言葉が、すでにグラーニェの言葉が事実であることを肯定していることになるのだが、そこまで気付く余裕は今のラケシスにはない。
「この間、エルト様にレンスターのフィンって騎士見習いのことを聞いたといっていたでしょう?それとあなたがミレトスから戻ってからの態度、私にはすぐ分かりましたよ」
 グラーニェはクスクスと笑っている。エルトシャンも笑っているようだが、顔をそむけているので表情は見えない。
「お兄様、なんでそんなこと……」
「口止めはされていないぞ、俺は」
 ラケシスは二の句が続けられなかった。確かに、口止めなどしていない。けれど、兄にはミレトスでのことは話しても、フィンのことは伏せたはずだ。というより、フィンのことは、ノディオンの誰にも話していない。ただ一度、兄がもしかしたらフィンのことを知っているかもしれない、と思って聞いてみただけだ。レンスターにいるフィンという騎士見習のことをご存知ですか、と。
「気になったから、グラーニェに聞いてみたんだ。グラーニェもよくは知らなかったけどな。キュアン直属の騎士見習いということくらいか。あとは……」
「ラケシス様の態度見れば、とっても嬉しいことがあった、とは分かりましたから。私も、フィンは噂でしか知らないのですけど、優秀な騎士見習い、と聞いていますよ」
 ラケシスの顔が、風邪以外の原因で更に紅潮した。
「それで、向こうは知っているのか?ラケシスのことを。なんなら、何か言伝(ことづて)でも頼まれるぞ?」
「ダメ!!」
 いきなりのラケシスの反応は、エルトシャンには予想外で、びっくりしてしまった。
「私、フィンに言ってないんだもの。私がノディオンの王女だって。フィンのこと、ずっと騙していたから、だから言うなら私が言うの。お兄様から突然言われたら、フィンになんて思われるか分からないもの」
 噂に聞くフィンの性格だと、別にそんなことはないと思うのだけど、と考えたのはグラーニェであるが、口に出しては何も言わなかった。エルトシャンには分からないだろうけど、ラケシスのこだわる理由が、彼女には分かる。
「あなた。そろそろ出発なさならないと。せっかく誘っていただいたのに、遅れては失礼に当たりますよ」
 グラーニェに引っ張られるように、エルトシャンは部屋を出ていった。扉を閉める前に、グラーニェが部屋をもう一度のぞき込む。
「それではラケシス様、お大事に」
 ラケシスの顔は、まだ紅潮したままであった。それが、風邪によるものなのか、あるいはそれ以外によるものなのかを知るのは、当人とグラーニェだけであった。

「で、結局ラケシスはフィンのことをどう思っているんだ?」
 エルトシャンは馬上から、馬車の中にいる妻に声をかけた。周囲に、10騎ほどの騎士――アグストリア最強を謳われるクロスナイツ――が付き従っている。ノディオンの王家御一行なわけで、山賊達からしてみれば、いい獲物なのだが、同時に襲いかかろうものならば、それは命を持ってその代償を払うことになるだろう。魔剣ミストルティンの力によって。
「あら。お分かりになりません?」
 妻の口調に、エルトシャンはからかわれたような気がして、憮然とした表情になった。
「どうせ俺は無骨者だ」
 すると、グラーニェは、クスクスと笑って言う。
「まだ、恋になる前ですよ、きっと。でも、もう少しかしら?恋しているときの女の子の顔は、とってもステキなものですよ」
「……そんなものか?」
 エルトシャンにはその感覚はよく分からない。思い返してみれば、ミレトスから帰ったラケシスは、以前とどこか変わったような気が、言われればしなくもないが、祭りがよほど楽しかったのだろう、と思っていた。
「恋をすると女の子は変わる、と言いますから」
「グラーニェにもそんな時期があったのか?」
 ちょっとした興味本位ではある。グラーニェは親に決められてノディオンに嫁いできたわけで、それ以前の恋をしたことがあってもおかしくはない。実際、レンスターではかなり人気があったという。
「はい」
 グラーニェの返答は明瞭だった。こうもあっさり答えられると、相手は誰だったのだろう、と気になりはする。しかし、それを聞くのは、なんか昔にこだわっているようで、情けない気がしたのであえて尋ねないことにした。
「だからラケシスのことも分かる、というわけか?」
 グラーニェはにこりと笑って頷いた。
「……といっても殿方には分からないかもしれませんね。でも、あなたもうかうかしていると『お兄様』の地位すら危ういですよ」
 エルトシャンは少し疲れたように、ふぅ、とため息を吐いた。
「グラーニェ……俺をからかって面白いか?」
「はい」
 今度も、グラーニェはあっさりと返事を返す。エルトシャンは、危うく馬から落ちるところだった。
「好きな殿方をからかうのは、とっても楽しいですわ、エルト様。私は今、初めて恋をしているのですから」
 周囲の騎士が、聞こえないフリをしていたのは言うまでもない。

「エルト!!」
 レンスター王宮に着いたエルトシャンは久々に親友に再会した。士官学校を卒業して以来だから、9ヶ月ぶりだ。
 王家の正装に身を固めた親友は、卒業式の時より少しだけ変わったように思える。それが、妻を迎えたからなのかどうかは分からないが、王太子の威厳のようなものが備わってきたのかもしれない。
「遅かったな。まあお前のことだから、遅れることはないと思っていたが、ちょっと心配したぞ。細君の体調が思わしくなかったのか?」
 確かにエルトシャンは、予定より数日遅れて到着したのだ。
「いや。グラーニェは元気だ。それに、久しぶりにレンスターに来る、というので普段より元気なくらいだ。今回は、お転婆な妹のせいでちょっと遅くなったんだ」
 そこまで聞いたところで、キュアンはエルトシャン自慢の妹君がいないのに気が付いた。
「出発の前日に水に落ちてな。風邪を引いてしまったんだ。それで、今回は留守番だ」
 その頃になると、グラーニェが馬車から降りてエルトシャンの横に並ぶ。
「キュアン王子。このたびはご結婚、おめでとうございます」
 グラーニェの優雅な挨拶は、それだけで一瞬、周囲の目を引く。エルトシャンは、ちょっとだけ子供染みた優越感を感じていた。
「ありがとう、グラーニェ殿。遠路はるばる、本当にお疲れでしょう。部屋でお休み下さい」
「おい、俺の旅の疲れは労わないのか?」
 するとキュアンはさも当然という口調で返す。
「お前はこの程度じゃ疲れてなんかいないだろう」
 エルトシャンは、何も言い返せなかった。

「これで残るは、シグルドだけだな」
 カチン、というワイングラスがぶつかる小さな音が、部屋に響いた。小さ目の丸テーブルの上には、ワインとレンスター特産のチーズ、ハムなどが乗せられている。シグルド、キュアン、エルトシャンの3人でワインを酌み交わすのは士官学校卒業後、エルトシャンの結婚式以来だ。すでに、床には空になった瓶が数本、転がっている。
「私は……いい相手がいないからなあ」
 聞かれたシグルドは、とぼけたようにチーズをつまんだ。そこへ、扉が開いて、グラーニェとエスリンが入ってくる。
「兄上の場合、どちらかというとその性格で大抵の女性が呆れてしまいますから」
 妹の言葉には容赦がない。グラーニェはクスクスと笑っている。
「お前だって、よく相手がいたもんだよな。お転婆のあまり、相手が永久に見つからないかと思ったぞ。キュアン、これから苦労するぞ」
 シグルドのささやかな反撃は、だがその二人に同時ににらまれて、あっという間に矛を収めた。勝ち目がない。
「シグルド。お前だけがこの中では一人身なんだ。仲間はずれにされたくなければ、いい相手を見つけるんだな」
 エルトシャンが容赦なく追撃する。シグルドとしては、ワインをもう一杯飲み干して誤魔化すしかなかった。
「そういえば話は変わるのだが……」
 エルトシャンはいつのまに空けたのか、空になった自分のグラスにワインを追加するために瓶を取ろうとして、グラーニェに奪われた。グラーニェはニッコリと笑うと静かにエルトシャンのグラスにワインを注ぐ。ただし、少し少な目に。瓶の傾きが止められたときに、エルトシャンは少し顔をしかめたが、そのままグラスを取ると、一口飲んでから言葉を続けた。
「フィンという騎士見習い、お前の下にいると聞いたが、どういうやつだ?」
 エルトシャンの質問は、グラーニェ以外は全く予想していないものだった。さらに言うならば、シグルドにはそもそも誰のことかすら分からない。
「確かに私にはフィンという騎士見習いがついているが……お前もよく知っているな。グラーニェから聞いたのか?」
 エルトシャンは首を振ると、春のミレトスでのラケシスの話をした。もっとも、説明はグラーニェが引継いでいる。
「……フィンの奴、何にも話さなかったから……。ということは、あの時の女の子、ラケシス姫か」
「あ、そうね。道理で見たことがあると……」
 キュアンの言葉に、エスリンがすぐ同調する。今度は、二人以外にはさっぱり分からない。
「いえ、私達もミレトスでラケシス姫に会っているのよ」
 エスリンが、やはりミレトスであったことを説明した。
「……それは妹が失礼した」
「いいえ。おかげで服を買っていただけましたから」
 エスリンがニコニコと答える。
「あのとき買っていただいた服が、私の一番のお気に入りになりましたの」
 その時、扉をノックする音が聞こえた。キュアンが「入れ」というとレンスターには珍しい、青い髪の少年がトレイに焼き菓子とティーセットを乗せて持ってきた。
「ご苦労、フィン」
 エルトシャンはその言葉を聞いて、軽い驚きの表情を浮かべた後、もう一度少年を観察した。
 年はラケシスとそう変わらないだろう。整った顔立ちはまだ少年っぽさを残しているが、どこか精悍さを感じさせた。
「お茶は、冷めないうちにお召し上がり下さい」
 フィンはお茶と焼き菓子をテーブルの上に乗せると、無駄のない動作でまた部屋から出て行く。終始、完璧とも言える礼儀作法にのっとった所作であった。
「呼び止めた方がよかったか?」
 キュアンの言葉に、エルトシャンは軽く首を振る。
「いや、とりあえず今はいい。しかしなかなかいい少年だな。長じればいい騎士になる」
「それは、色よい返事と思っていいのか?」
 キュアンがからかうように言うと、エルトシャンはその場で腕を組んで考え込んでしまった。
「はは。そう真面目に取るな。それに、フィンは宮中でも人気があるからな。どうなるかなんて分からんよ。とりあえず……」
 キュアンはフィンが置いていった焼き菓子を一つつまむと、口に放り込む。
「こいつは美味いぞ。フィンの手作りだ」
 その言葉には、その場にいた、レンスター王太子とその妃予定者以外の3人が驚いた。
「……騎士見習いじゃないのか?」
 シグルドがそういいながら菓子を一つ食べる。確かに美味しい。騎士見習いにしておくのがもったいない気がしてくるほどだ。
「騎士見習いさ。けど、結構いろんな特技持っているんだ、フィンは。今時、珍しいよ。一応、貴族の子なんだけどな」
 そういってキュアンは簡単にフィンの出自を説明した。
「滅びたヴァインスター王国の……」
 グラーニェには身近であったそう遠くない記憶だ。よく覚えている。
「どうも御両親が厳しいながらもどこか変わった人だったらしい。フィンが興味を持つことは色々やらせていたようだ。お菓子作りも、それから……」
 キュアンはティーポットから、カップにお茶を注ぐ。良い香りが、ふわりと辺りを包んだ。
「このお茶も。下手すると、槍術より得意だぞ、フィンは」
「面白い少年だな、それは」
 それが、エルトシャンにとって最上の誉め言葉であることは、ここにいるみんなが知っていた。

 その数日後。キュアンとエスリンの結婚式が終わり、各国の来賓達は次々と国へ戻っていった。華やかな結婚式と、その新たなる夫婦の幸せそうな姿は、しばらく詩人達の間でも語られ続けたほどである。
 最後にレンスターを発った来賓は、エルトシャンとグラーニェ、そしてシグルドであった。
「途中までは同じだからな。シグルドと一緒に帰ることにする」
「気をつけて帰ってくれ。お前達の幸運も、俺が吸い取っている可能性があるからな」
 キュアンの冗談に、シグルドとエルトシャンは顔を見あわせて苦笑した。もっとも、のろけるのは結構だが、エルトシャンには効果はない。そしてシグルドも、その程度でダメージを受けるような精神構造は、持っていなかった。
「エルトシャン陛下!!」
 今まさに出発しようとした一行を呼びとめたのは、城の正門から駆けてきたフィンである。手には、大事そうに布袋を持っていた。
「これを、ラケシス姫様に。もうご回復なさっているとは思いますが、これから寒くなりますので、お持ち下さい」
 フィンがエルトシャンに渡したのは、お茶の葉の入った袋だった。幾種類ものハーブを混ぜてあるのか、いい香りが周囲を満たす。グラーニェが、出発前にラケシスにいれてあげたお茶の香りに似ているが、あれよりももっと香りが澄んで、それでいて深い。
「ありがとう、フィン殿。妹も喜ぶと思う」
 エルトシャンはそれをグラーニェに渡すと、馬上の人となった。
「それではキュアン、また会おう。その時はフィン殿もノディオンに来るといい」
 エルトシャンとシグルドは同時に馬を進める。半瞬遅れて馬車が動き出した。
「……どういう風に頼んだのです?エルト様」
 グラーニェが、そのフィンから預かった布袋を、大切にしまい込んで、窓から顔を出した。
「いや、俺の妹のラケシスが、風邪を引いて今回来れなかったから、残念がっていた、とな。年齢が近いから、君とは友達になれたろうに、と言ったんだが……」
 エルトシャンはそこで何かを思い出したのか、笑いを堪えるような表情になっている。
「あの少年、そしたら『とんでもない!!私のような身分の低い騎士とノディオンの姫君が友達などと』だと。ミレトスで会ったのがそのノディオンの姫だと知ったらどう反応するのやら。今から楽しみになってきた」
「まあ……」
 グラーニェがくすくすと笑う。さすがのシグルドも、これは笑っている。
「でもその様子だと、ラケシス様、苦労なさいそうね」
 3人の笑いが重なった。

 後日。
 エルトシャンが戻ってきた時、当然だがラケシスはすっかり回復していた。
 ただ、フィンからのプレゼント――といっても『ミレトスのラケシス』宛ではないのだが――を受け取ったらラケシスは、風邪でもないのに、数日間顔が真っ赤だったという。挙げ句、結局熱を出して、フィンのお茶のお世話になった。
「はい。フィン殿のように上手に淹れられた自信はないのだけど、お飲みなさい」
 グラーニェが差し出すカップを、ラケシスは受け取り、静かに口に近づけた。鼻がぐずぐずいっているので、あまり香りが分からないというのに、それでもなお、豊かないい匂いが感じられ、まるでそれだけで体を暖かくしてくれているように思える。
「美味しい……」
 そのぬくもりは、まるでフィンがこの場で淹れてくれたように、ラケシスには感じられた。



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