「じゃあ、行ってくるよ」 解放軍の盟主は、まるで散歩にでも行くような調子で、歩き始めた。やや遅れて、長い紫銀の髪の少女が続く。その先には、巨大な宮殿があった。グランベル帝国の皇宮、バーハラ宮殿。世界のほとんどを征服していた、大帝国の中枢。そして、今そこにいるのは、たった一人。いや、正確にはすでに人なのかすら定かではない存在。魔皇子ユリウス。あるいは、暗黒神ロプトウス。そして、その彼と戦おうというのは、ユリウスの異父兄セリスと、実の妹であるユリア。共に光と闇の二つの血をその身に宿していたディアドラから生まれた光。それが今、闇の兄弟を討とうというのだ。 「スカサハ」 数歩歩いたところで、ユリアは振り返り、そして一人のイザーク人の名を呼んだ。呼ばれた方は、驚いて顔を上げる。イザーク人らしい黒髪の少年――青年というべきか――のその顔は、悔しさでいっぱいだった。 「そんな顔しないで。帰ってきた時、いつものあなたでいて。私は、そこに帰ってくるから」 スカサハは「わかった」と言ってうなずいた。 「俺は必ず待っている」 ユリアはにっこりと笑って、そして再び歩き始める。もう振り返らなかった。 二人の姿がバーハラの門の影に消えると、一瞬、全軍の緊張が解ける。 「辛いな、思ったより」 スカサハはすぐ近くにいた少女の方に振り返った。 その少女は、高位の司祭であることを示す法衣を纏っていて、ただ一心に祈りつづけている。 「でも、必ず帰ってきてくださいます。セリス様は、約束してくださいました」 くすんだ金色の髪の少女は、祈りつつ呟いた。 「そうだな」 スカサハは再びバーハラ宮殿の方を見やった。まるで、暗黒が渦巻いているようにさえ見える。伝説にある万魔殿そのもののような印象すら感じられる。いや、実際あそこには魔王がいるのだ。極限の、暗黒の力を手にしたものが。 |
「ユリウス兄様がいるとすれば、多分大聖堂です」 バーハラ宮殿に入った後は、ユリアが案内していた。彼女は、十歳までここで生まれ育っていて、その時の記憶は今も残っている。セリスは当然初めて来たわけで、ユリアがいなければ相当迷う羽目になっただろう。 「それはどっち?」 ユリアはここの構造を思い出して、簡単に説明する。道順自体はあきれるほど単純だ。 宮殿内は、奇妙なほど静寂に包まれていた。実際、おそらくすでに誰もいないのだろう。官吏は逃げているだろうし、侍女達もすでに逃亡している。兵はすでに全軍を出していたが、雷神イシュタルの戦死により、全て降伏した。暗黒教団の大司祭マンフロイはすでになく、暗黒教団も壊滅状態。十二魔将も壊滅。司祭達はまだ残っているかもしれないが、バーハラ周辺にいる者は全て掃討された。いまや敵はただ一人。魔皇子ユリウスのみ。ただ、その圧倒的な力は、これまで解放軍が戦ってきた全ての敵の力を合わせたよりも強大だ。 そのユリウスの力にただ一人対抗できるとされているのがユリアの持つナーガの力。だがそのためには、ユリアは実の兄を殺さなければならない。あまりにも重い宿命というべきか。 「セリス兄様。私は大丈夫です。セリス兄様とスカサハやラナやラクチェや、みんながいてくれるから」 セリスの緊張を察したように、ユリアはかすかに微笑んだ。その笑顔に、セリスは緊張を緩める。 広大なバーハラ宮殿の中心。そこが大聖堂である。聖者ヘイムの後継者たるナーガの継承者が、様々な神事を行う場所である。直径は人の足で二百歩以上もあるという広大な円形の建物で、その中心に祭壇がある。本来、そこに座すべきはナーガの継承者だ。しかし、今いるのはその対極にある存在。全ての元凶。そして、彼らの兄弟。 「あとは、ここをまっすぐ行くだけです」 ユリアが指した通路は、まっすぐ伸びていて、途中中庭を通るらしく壁のない廊下になっている。その通路の先に大きな二頭の向かい合う竜の装飾を施された扉がある巨大な円形の建物があった。神聖な雰囲気を感じさせるその扉は、その向こう側が神域であることを感じさせる。ただし、今は闇の神域というわけだ。 セリスは静かに腰に佩いた聖剣ティルフィングを抜いた。あらゆる魔をはじくとすら云われている、光の聖剣。まばゆいほどのその光が、落日に朱く染まった廊下を照らしだした。 「セリス様。いくら聖剣でもあの闇の力には……?!」 「ユリア、ごめん」 セリスの拳が、ユリアの腹にあたっていた。ナーガの力を顕現させていない状態では、ユリアはか細い十七歳の少女に過ぎない。戦士として鍛え上げられているセリスの一撃の前には、無力である。 「セ……リス……兄……さ……」 セリスは崩れるユリアを支えると、そのまま物陰に横たえた。仮に誰か兵士が残っていたとしても、そう簡単には見つからないだろう。 「ユリアに兄殺しの罪は似合わないよ。肉親を殺すのは、私一人で十分だ」 セリスは手にした聖剣に力をこめた。聖剣がそれに応えるようにかすかに鳴く。 「行こうか、ティルフィング。これが最後の戦いだ」 セリスはゆっくりと歩き始めた。彼にとって、最後の戦いに赴くために。 |
大聖堂の扉は、その大きさに反して、奇妙なほどあっさりと開いた。まるで、自分から開いたようにすら思える。セリスはそのまま静かに歩き出し、そして正面を見据えた。神聖なはずのその祭壇が、まるで闇色に染まったようにすら見える。闇そのもの。闇を醸し出す存在。夜の闇よりなお深く、そして眩い存在。魔皇子ユリウス――暗黒神ロプトウス。 「ふん。バルド一人か。おまえごときの力でこの私と戦うつもりか。光の皇子などともてはやされて、己の力の限界を見失ったのか?」 その声は、少年のものでありそして老人のものであった。すでに人間ではないということか。セリスはそれを実感した。であれば、こちらも迷わないですむ。 「それはどうかな、ロプトウス。おまえこそ、私の力を見くびっているのではないか?」 セリスは聖剣にさらに力をこめる。聖剣が放つ光が、さらに強さを増した。 「身のほど知らずが……」 ユリウスの手が踊った。そしてそこから闇が放たれる。闇は竜の顎となり、その牙でセリスに食らいつこうとした。だが、その牙がセリスに届く一瞬前、聖剣の光が竜を両断する。 「ほう……やるではないか。面白い」 ふわりとユリウスが浮かび上がり、そしてセリスと十歩ほどの距離を置いた場所に音もなく降り立った。そして、その身に纏っている闇の一部が彼の手に集まり、それが剣を形作る。同時にユリウスを包み込む闇がその濃さを増し、暗黒の竜を形作った。 「戦い方をあわせてやろう。そして己の無力さを知るがいい」 ユリウスが剣を使えるとはセリス自身知らなかったが、考えてみたら皇位継承者として、ある程度は嗜んでいたはずだ。それに『ロプトウス』にどれだけの力があるかなど分かるはずもない。 「感謝するよ。私の方にはそれほど余裕はないからね!!」 セリスが突っ込んだ。凄まじい速さで聖剣を振るう。だが、いずれもユリウスの闇の剣に阻まれた。しかもセリスの攻撃の間隙を縫って反撃を繰り出してくる。セリスはそれを聖剣で受け、思い切り弾こうとして、逆に凄まじい力で押し返された。慌てて距離を取る。 「さすがはバルド。そう容易に殺させてはくれぬか。だが、いつまでもつかな」 突然、ユリウスの剣が伸びた。まるで鞭のようにしなる。そしてその闇の剣――いや鞭が不規則な軌跡を描いてセリスに襲いかかった。 「くっ!!」 かろうじて剣で受ける。その時の衝撃は、まるでアレスの魔剣ミストルティンによる渾身の一撃を受け止めたような衝撃だ。 それでもなんとかかいくぐって反撃を繰り出す。だが、ユリウスの左腕に出現した闇の剣に受け止められてしまう。 力が出ない。 セリスはその瞬間にロプトウスの真の力を悟った。 ロプトウスは、戦う全ての者の力を殺ぎ落とす。結果、ユリウスの力が増大したように思えるのだ。 それこそが、ロプトウスが無敵であった最大の理由だろう。これを打ち破るには、並の神器の攻撃でも困難だ。アレスのミストルティンや、シャナンの流星剣のような圧倒的な攻撃力があるならともかく、ティルフィングは魔力に対する圧倒的な力をもっているが、反面攻撃力が劣る。無論普通の剣とは比べるべくもないのだが、このように高いレベルではそのわずかな違いが致命的になる。 「ようやく我が力に気づいたようだな。だが、もう遅い!!」 闇の鞭が踊る。かろうじて避けたセリスを、ユリウスの左腕から放たれた竜が襲ってきた。最初のように両断する暇はない。なんとか半身をずらして、直撃だけ避けた。だが、全身が何かに引き裂かれたかのような痛みに襲われ、その場に倒れ伏してしまう。そこに、さらに闇の鞭がセリスの背中を襲った。マントと服が千切れ、背中に激痛が走った。骨を数本折られたことまでは分かるが、それ以上は痛みはない。感覚まで殺されたのかもしれない。だが。 「まだだ!!」 セリスは倒れ伏した状態からいきなり跳ね上がって、ユリウスに矢のように突っ込んだ。これはさすがにユリウスも予想外だったのか、避けきれず、また左手に剣を出現させる時間もない。セリスの聖剣が振るわれた。ユリウスはかろうじて直撃を避ける。だが、途端赤い血が飛び散った。ユリウスの真紅の髪の毛と同じ鮮やかな赤い血が、神聖な聖堂の床に滴り落ちる。 「くっ……おのれ……」 ユリウスは切れた額の血をぬぐう。 「思わなかったな。私達と同じ赤い血か。それで神だとか名乗らないで欲しいね!!」 さらにそこに聖剣が振るわれた。圧倒的な圧力を持った剣圧が、ユリウスを襲う。ユリウスは鞭を震わせてそれを受けたが、だがそれが連続的に放たれているところまでは考えが及ばなかった。二撃目まで弾いたところで、残りを全て直撃する。 「ぐおおおおおおおお!!!!」 凄まじい爆発と共に、その中心から幾本もの闇の鞭が無秩序に振るわれた。当然そのいくつかはセリスを直撃する。 だが、セリスはかろうじていくつかを剣で受けきり、致命傷を負うのを避けた。そしてさらにユリウスに斬りかかる。 「無駄にあがくな!!」 ユリウスの闇の力が、さらに増大した。 |
「う……」 目覚めた意識が形を取り戻すまでは、まだ少し時間が必要だった。頭がぐらぐらする。よろめきつつ、なんとか頭を起こすと、最初に見えたのは白に金で装飾された壁。見慣れた、バーハラの宮殿内部だ、と気付くのにはさほど時間がかからなかった。大好きだった中庭へと通じる道。よく母とお茶を飲んで、母が焼いたケーキを兄と一緒に食べた――そこまで思い出したところでユリアは急に覚醒した。 そこは、確かにバーハラ宮殿ではあるけれど、でも違う。かつてのバーハラ宮殿ではない。父はおらず、母もいない。あの優しかった兄もいないのだ。 その時、ドオン、という大きな音がして、ユリアはびくっと体をこわばらせた。 「セリス兄様……兄様!!」 ユリアの意識は完全に覚醒した。同時になにがどうなっているかも思い出す。そうだ。あの時セリスに気絶させられて。それに、最後に聞こえたあの言葉。それは、ユリウスと自分が戦うということ。けれど、無茶だ。 ユリウスの、ロプトウスの力はバルドの、ティルフィングの力では対抗できない。ナーガの力でなければ、あの『暗黒の結界』を破ることは出来ない。結界の上からロプトウスを滅ぼすには、相当な力が要求されるが、バルドの力だけではそれは不可能に近い。 ユリアはナーガの魔道書を小脇に抱えると、大聖堂への通路を走り出した。 息が切れる。まだセリスの当身が効いているのか、足がぐらつく。眩暈がする。けれど。セリスを失うことは絶対にあってはならない。セリスはみんなの希望であり、光なのだ。それを、失うことは、この先大陸に光がもたらされなくなってしまう。そんな未来のために、これまでみんなは戦ってきたわけではないのだ。 「セリス兄様!!」 ユリアは半ば体当たりをするように大聖堂の扉を押し開けた。そして、その瞬間凍りつく。 「くっくっく……遅かったな、ナーガよ。バルドは今、死んだ」 ユリウスの足元は、どちらのものか分からない血で赤く彩られていた。ユリウスもまた、かなりの重傷を負っているようだ。その黒い服はずたずたにされ、血が滴り落ちている。 そしてセリスは。 その青を基調とした服のほとんどがどす黒い色に染まって、ユリウスの足元に倒れていた。その姿から、生死は判別がつかない。 「ユリウス兄様……いえ、ロプトウス」 ユリアは静かにナーガの魔道書をかざした。その中央にはめられた宝玉から、黄金(きん)色の光が溢れる。 「もう……あなたを許すことは出来ません」 ユリアの持つ魔道書から洩れる光が強さを増し、やがて彼女自身を多い尽くすほどになる。 「――光(ナーガ)よ。我が意に従い、我が力となれ――」 ユリアの言葉と共に光が急速に強くなり、ユリアを守るように彼女の周辺に漂う。そして、光り輝く竜を形作った。 「ふん、来たかナーガよ。だが、私の邪魔はさせん」 ユリウスの纏う竜もまた、その存在感を増す。光と闇の竜が互いに対峙しそして同時に動いた。二人とも、竜に抱かれるように浮き上がる。 祭壇が砕け、壁にひびが入り、天井が吹き飛んだ。その足元にいるセリスがどうなるかは、ユリアにも分からなかったが、だが手加減できる相手でもない。光の竜から放たれたブレスと、闇の竜のブレスが激突する。激突し、互いに反発しあう力の激突による衝撃で、大聖堂はすでにぼろぼろになっていた。 「やるな、ナーガよ。だが、そのか細い依代(よりしろ)では、いかほどの力も出せまい。我のように、己の力の全てを受け入れさせぬ限りはな!!」 闇の竜のブレスが、光の竜の体を捉えた。その衝撃は、そのままナーガの本体となっているユリアを襲う。激痛に顔をゆがめたユリアに、立て続けにブレスが放たれ、いくつかがユリアを捉えた。その衝撃で弾き飛ばされたユリアは、瓦礫に激突してしまう。 「くっくっく。そんな脆弱な存在から力を振るおうとするからだ。我のように力の全てを受け入れさせればおまえの力ならば我など容易に滅ぼせようものを」 メリッという音と共にユリウスの背中が破れ、そこから禍々しい暗黒の翼が出現した。黒水晶のように光る鱗と、鋭い爪と皮膜を持つ翼。伝説の竜族の、暗黒の翼である。 「かつて我はまだ人に遠慮して己の力を貸すだけにとどめていた。だが、もはやその必要はない。この人間の肉体は、我のものとなった。我は今度こそ永遠の生と知性を得て、この大陸にて永遠に覇者として君臨するのだ!!」 ユリウスの肉体が少しずつ変化していく。目は人間のそれから紅く光る竜族のそれに変わり、ずたずたになっていたはずの腕から流れる血は人間の赤から竜族特有の紫がかった赤へと変わっていく。だが、その血も止まりつつあった。 「なにか……勘違いなさっていますね、あなたは」 瓦礫が一気にはじけ、再び光の竜が出現した。その強さは、まったく衰えていない。 「私はナーガではありません。私の名はユリア。ナーガ神の力を借りているだけです。あまり買いかぶらないで下さい」 その時初めてユリウス――ロプトウスに困惑の表情が浮かんだ。だがややあって、それが愉悦の表情へと変わる。そして、おかしくてたまらない、というように笑いながら地上に降り立った。その笑い声は、途中からすでに人間のものではなくなっている。 「ソウカ、なーがヨ。オ前ハ、マダ人間ニ遠慮シテイルノカ。無益ナコトダ。ソレデハ……」 ユリウスの左腕が変化し、まさに竜族の前足そのものになった。 「コノ私ニ勝ツコトナドデキハセン。マシテ、ソンナ心弱イコムスメナドニ、兄デアルコノ男ノ肉体ヲ消スコトナドデキン。コノ大陸ハ私ガ……?!」 ユリアが纏う光の強さが、さらに増した。それは、まるでユリウスの纏う闇を消し去ろうというほどだ。 「私は自分の運命を呪ったことはありません。自分が生まれてきたのがこのためであるというならば、私はその運命を完遂します。そしてその先に、今度こそ自分の道を見つけます。あなたに、数百年も前に滅んだあなたなどに、私達の未来を閉ざさせはしない!!」 ユリアの纏う光はさらに強さを増す。それは、完全にロプトウスを圧倒していた。 「ロプトウス。ユリウス兄様を返してもらいます」 「人間ゴトキガ、我ガ力ニ敵ウト思ッタカ!!」 闇の竜がブレスを放った。だが、それは光の竜に届くことなく消滅する。 「滅びなさい。黒き竜よ。竜族の秩序を乱せし、愚かなる者よ。ここは、あなたのいるべき場所ではありません」 光のブレスが放たれた。それは、ロプトウスを完全に包み込み、そして周囲の全てを光で満たす。それは、遠く、シレジアからも見えたと伝えられている。 |
「あ……が……」 光が消えた時、そこにいたのは闇を失ったユリウスであった。先ほど変化していた竜の羽も、瞳も爪も失われている。 「ユリウス兄様……」 ロプトウスが消え去ったのか、すでにその存在すら感じられない。闇の気配は完全に消え去ったかに思えた。 「悪夢が、終わったのですね。兄様」 ユリアは、ユリウスの隣にかがみこむ。そして、ユリウスを抱き起こそうとした。 「甘イナ、なーがノ力ヲ継グ娘ハ!!」 ユリアは慌てて飛びのこうとしたが、それよりもユリウスの手の方が早かった。ユリアの細い首を掴み、そのまま締め付ける。 「あ……あ……」 「コノ場ハキサマダケヲ殺シテ、逃ゲオオセル。力ガ戻リシダイ、皆殺シニシテヤル。愚カナ人間ドモナド、力ノ戻ッタ我ナラバ造作ナク滅ボセルワ」 ユリアは必死にその手を振り解こうとするが、元々ユリアとユリウスでは力が違いすぎる。だんだん意識が遠のいていく。手にも力が入らない。 ――殺してくれ、私を!!―― 一瞬、ユリアは幻聴を聞いたかと思った。それは確かに兄ユリウスの声だったのだ。だが、目の前のユリウスは気味の悪い声でうめきながら、自分を絞め殺そうとしている。 ――ユリアの力なら、今のロプトウスなんて簡単に殺せるはずだ!!早く!!私を、ロプトウスから、忌まわしい闇の宿命から解放してくれ!!―― それは幻聴ではない。何かが、いや、兄ユリウスの心が、まだかすかに残っていた本当の心がユリアに助けを求めているのだ。 ――ユリア!!お願いだ!!―― 今のユリアに、それに対して出来ることは一つしかなかった。だけど。 わずかとはいえ、兄の意思が残っているのであれば。ならば、元のユリウスを取り戻す事だって出来るのではないか。そう考えてしまった時、ユリアには目の前の兄の姿をした邪悪を殺すことは出来なくなってしまった。あの優しかったユリウスがまだロプトウスの中にいるのに、それを殺してしまうことはユリアには出来ない。 「ご……めんなさい……ユリウス兄様……。セリス……兄様……。ス……カ……サハ……」 意識が闇に落ちる。自分の全身の力が抜けていくのをユリアは感じた。直後。ユリアは地面に倒れこんだ衝撃による激痛で、急激に覚醒した。ユリウスの手は、自分の首にない。何がおきたのかわからず顔を上げると、ユリウスが苦悶の表情で立っていた。そして、その胸からは剣の切っ先が突き出ている。 「セリス兄様!!」 「ガ……。キ……サ…マ……。マダ……」 「ユリアに兄殺しは似合わないよ。その罪業は、私が背負う」 ユリウスの後ろに立っていたセリスは、明らかに致命傷に近い重傷を負っているにもかかわらず、聖剣をそのまま全身の力でユリウスから引き抜き、そして振り下ろした。ユリウスの肩に食い込んだ聖剣は、そのまま袈裟状にユリウスを半ば両断する。 「オ……ノレ……。タ……カガ……ばる…ど……ナド……ニ……」 ――ありがとう。止めてくれて。セリス皇子……いえ、兄上―― ユリウスの体は、まるで人形のように崩れ落ちた。そして、まるで灰のように崩れていく。 「ユリウス……兄様……」 「ユリウス……」 後に残ったのは、ぼろぼろになったユリウスの服だけ。 ――ユリア、今度は自分の幸せを見つけてね。兄上。最期に会えてよかった―― 一瞬、何かが聞こえた気がする。なんだかは分からない。けれど、彼らはそれだけで十分救われた気がした。 「終わった、ね。ユリア」 「はい。セリス兄――」 ユリアが振り返った時、セリスが倒れようとしていた。慌ててそれを支える。 全身から血が流れていて、生きているのが不思議な状態だ。かろうじて、呼吸しているのが分かる。心臓も、かすかに動いている。だが、いつ死んでもおかしくはない状態だ。回復の杖を取ろうとするが、あの戦いでいつのまにか砕けてしまっていた。 「セ、セリス様、兄様、兄様―――!!!!」 セリスが死ぬ。その現実は、あってはならない。それでは、これから大陸の人々誰を指導者として仰いでいけばいいのか。ようやく全てが終わった、というときに、希望の光が失われてはならない。だが、今自分はどうすることも出来ない。 その時、絶望に打ちひしがれるユリアに、まさに希望の声が聞こえてきた。ラナの、コープルの、そしてスカサハやシャナン王子たちの声が。 |
聖戦は終わった。セリスは、コープル、ラナの懸命の治療によって、かろうじて一命を取り留めた。また、魔力の回復した聖杖バルキリーのおかげで、驚くほど回復は早かったという。 その後、解放軍の盟主セリスは、バーハラの王女ディアドラの長子としてグランベル王国を復活させ、その王位に就く。その後の、数多くのセリスとその仲間達の物語は、また別の、数多くのサーガによって語られることになる――。 |
久しぶりに書いてみたらやっぱり書き方忘れているかもしれない(汗) 結構難しかったです。 題材は見てのとおり。最後の対ユリウス戦です。といってもゲームだと本当にあっさりとユリアで倒せてしまいますけどね(^^; うちなんてロプトウスの命中率0%、ナーガの命中率100%にしちゃうし(爆) でもそれじゃあんまりにも味気ないのでこうなりました。まあロプトウスがユリウスを完全に支配しているのに対して、ナーガはユリアを支配しているわけではないので、器の違い、というよりも力の出し方の違いで、という無理矢理な設定。でもユリアの魔法の才能が高かったので結局あっさりやられていますけど(笑) 無謀ともいえる一騎討ちをユリウスに挑むセリス、は前からやりたかったんです。また、最後にユリウスを殺すのもセリス。これらは創作小説書き始めた頃から決めていましたね。だからこの話自体はかなり前から思いついていたものです。なのに書き上げるのに苦労しているんじゃあ……やばいよなあ(汗) なお、カップリングは分かると思いますがセリス×ラナとスカサハ×ユリアです。あんまりらしくかけなかったですが……。ちなみにこの話の冒頭と『永き誓い』のラスト(といっても最終話じゃないですが)が重なる予定です。書かなかったけどシャナンとかも見送っているんだよ(^^; とりあえずへっぽこなのは実に二月ぶりに書いた、ということでお見逃しを。(汗) |
written by Noran |