闇の神殿




 乾いた風が、少女の綺麗に纏め上げられた金色の髪を揺らした。長い髪を三つ編みにしているのだから、かなり重いはずなのだが、その髪でも宙に舞う。
 自分の職業柄、長い髪の毛は本来邪魔なのだが、かといって切るのはもったいない、と思っているうちにこんな長さになってしまった。
 もっとも、これはこれで気に入ってはいる。
 それでも、これはちょっと邪魔かな、と彼女は考えて、三つ編みの先端をもって、適当に纏め上げた。ちょっと頭が重いが、それは仕方ない。あとでちゃんと梳かさないと、変なクセがついちゃうな、などとも考えてしまう。
 眼下にあるのは、砂漠の岩山の中にある、寂れた神殿群――遺跡に見えなくもない――である。崩れた建物がいくつも見える。そこにあるのは、もう百年以上前に建設され、そして百年間外界の目に触れてこなかった建造物だ。
 イード神殿。かつて、ロプト帝国崩壊時に、そのロプト教の司祭達の一部が逃げ込み、百年に渡って隠れ住んでいた場所である。このようなイード砂漠の真ん中にこんな場所があるとは、さすがにかの十二聖戦士も思い付かなかったのだろう。生きていくのすら可能かどうか疑いたくなるような場所だが、だからこそ、これまで見つからなかったのだ。
 だが、ロプト教はついに表舞台に躍り出た。
 十七年前、現皇帝アルヴィスの登極後、ロプト教は静かに、だが確実にその存在を見せはじめていた。それまで、ともすれば不当とすら思えるほどの扱いを受けていたのが、単に締め付けが緩んだだけであれば、問題はない。
 だが、数年前から状況は一変した。
 ロプト教は、その邪悪なる本性を隠す事なく見せはじめ、また、グランベル帝国の名で、平然と子供狩りを再開したのである。
 これでは、かつて『ロプト』と呼ばれていた国が『グランベル』と変わっただけの事だ。だが、そんな事は少女の知った事ではなかった。
 明日生きていくための糧。それすら手に入れられないような国はどこかが間違っているとしか思えない。少なくとも、戦災によって親を失い、頼るものをなくした幼い子供たちが飢えるような国は、もうまともじゃない、と少女は考えている。
「だからって盗みをやる事はないだろう。不正に、不正で対抗してどうするんだ」
 もはや耳にタコが出来るほど聞かされた兄の言葉が、急に頭に浮かんだ。
 兄の言い分も分かる。だけど、自分は兄のような武力はない。一応、一通りの剣術も学んだが、それで傭兵稼業が出来るとは思えない。
 結局、父の友人だったというおじさんに教えてもらった技術が、彼女にもう一つの、つまり盗賊としての道を示してくれたのだ。
「それにあたしは、お金のない人からなんて、一回も盗っていないもん」
 誰が聞いているわけでもないのに、彼女は口を尖らせた。実際、無差別に盗んだりした事は一度もない。彼女が奪うのは、悪どい商売をして、不正に利益を貯め込んでいるもの、あるいは、領民からムリヤリ搾取しているような領主などの、その不正な利益を『奪還』しているのだ。
 もちろん、それが詭弁なのは分かっている。それをまた、奪われた人達にすべて返して上げているわけではない。彼女が育った孤児院が明日の糧を得るために使っているのだ。だがそれでも、何もしないよりはマシだと思っている。
 まして今回の標的は、あの悪名高きロプト教団のいわば総本山というべき場所だ。
 かつて教団幹部が逃げたときに、解放軍が執拗に追いかけたのは、無論彼らを撲滅する目的もあったが、同時に彼らの持ち去った莫大な財宝も目的だったという。
 結局、それらは見つからず終いだったというが、だとすれば、このイード神殿にあるはずである。
 もちろん、少なからず持ち出されてはいるだろうが、それでも彼女と、彼女の守るべき弟、妹達がしばらく食べていくためには、十分なはずだ。だから彼女は、危険を承知でこのイード神殿に挑もうというのだ。
「母様、父様、デューおじさん、パティをお守り下さい」
 少女は、名前すら知らない両親と、自分に技術をくれた人に祈ると、一気に崖を駆け降りた。

「うっわ〜。ホントにここに人が住んでいたの?」
 パティは呆れたように崩れかけた遺跡を見上げた。
 確かに、雨のほとんど降らない砂漠である以上、屋根がある必要はない。だが、砂漠は夜は意外なほど冷え込むのだ。暖をとる必要だってあるだろう。これでは、それすら満足にとれていたかどうか疑わしい。
 あるいは、数年前にうち捨てられたのかもしれないが、たかが数年で、こうも崩れてしまうものだろうか、と思わなくはない。
「まあここにはお宝なんてなさそうよね」
 そう言ってパティはその先にある大きな神殿の方を見る。
 多少崩れかかったような所もあるが、まだその威容を留めている巨大な神殿。
 噂では、いまだに莫大な財宝を貯えている、といわれていて、またかつてのグランベル帝国の領土拡張戦争のときの略奪品の一部も、ここにあるといわれている。
 少なくとも、自分が狙っても文句のいわれないものであるのは確かだ、とパティは自分を納得させると、見通しの利かないような道を選びつつ、神殿に近付いた。

 神殿の中は、当然だが薄暗かった。所々に、申し訳程度に灯火があるが、油が切れているのか、ほとんど明かりが灯ってはいない。むしろ、あちこちひび割れた所から洩れて来ている外からの光の方が、明かりの役目を成している。
「そうは言っても、真っ昼間から忍びこんじゃ、見つかるわよね……」
 忍び込むのは簡単だった。崩れて穴の空いた壁など、あちこちにあるのだ。だが、さすがに中を覗くと人の気配が少なくはない。夜になるのは待つ必要があるだろう。
 そう考えると、パティは一度神殿を離れて、少し離れた廃虚の影で見つからない様に小さく丸まると、眠る事にした。本格的に眠るつもりはなかったのに、砂漠という初めての環境の中で緊張して疲れていたのか、パティは完全に眠っていた。

 パティが目を覚ました時、あたりはすっかり暗くなってしまっていた。熟睡するつもりなどなかったのに、やはり慣れない環境で旅してきた疲れが溜まっていたのかもしれない。思いっきり伸びをして、深呼吸すると、砂漠の夜ならではの、乾いた、冷たい空気が心地よかった。
 なにか夢を見たような気もしたが、よく覚えていない。どっちにしても、夢で現実を満たす事なんて出来はしないから、パティは思い出そうとするのをやめた。
 そして、もう一度道具を確認する。といってもそれほどのものはない。細い、それでいてパティ自身を3人は支えられるロープとそのフック、それにかぎ開け用の細い仕掛け針金や、その他の道具類。短剣。明かりと火種。各種油類。それに、盗賊の彼女には似合わない長剣が一振。
 眠りの魔剣、とも呼ばれる魔力を帯びた剣である。実際の殺傷能力は非常に低く、また使い勝手も非常に悪いのだが、剣が発散する(らしい)魔力に眠りをもたらす効果があるらしい。実際、パティも何度かその力に助けられた。以前、別のロプト教団の小さなアジトで失敬してきたものだが、以来ずっと重宝している。
「出来れば使いたくはないんだけどね」
 お世辞にも自分の剣技が水準にすら達していないのはよく分かっている。手ほどきをしてくれたデューおじさんの剣は、「ちゃんと教えてもらった事もあるんだ」とか言いながら、結局我流になってしまっていて、そのためかパティも剣は上達しなかった。素質はある、とは言っていたけど、お世辞だったんだろう、と今では思っている。
 ただ、この剣は別に相手に当てる必要はないのだ。原理はよく分からないが、適当に振り回すと相手が倒れてくれている事が多い。出来れば人殺しなんてやりたくないので、パティにとってこれは非常に便利な武器だった。
 中は当然だが暗かった。だが、天井にあるひびから洩れて入って来ているわずかな月明かりと、やはり申し訳程度にある灯火が、昼よりはずっと明るく通路を照らし出している。普通では、まず見通す事など出来ないだろうが、暗闇になれているパティには、昼のように、とまではいかないが動くのに不自由するほどではない。
 不気味なほど静まり返った神殿内は、もしかしたらもう人がいないのではないだろうか、とすら錯覚させる。実際には、昼には何人もの人が出入りしていたわけで、いないはずはない。今でも、この神殿はロプト教団の拠点の一つのはずだ。
 こうも静まり返っていると、自分の立てるわずかな足音や、呼吸の音、心臓の音の方が聞こえてくる。そんなもので、気付かれるはずなどないのだが、急に恐くなって来てしまうのもまた、事実だ。お世辞にも長くいたいと思う場所ではない。
 こんなところに百年間もいたというのだから、ロプト教の信者達は、少なくとも忍耐力ではユグドラル大陸一だろうな、などとちょっと場違いな所で感心してしまった。
 無限とすら思えた静寂と闇が破られたのは、無論パティのせいではない。
 通路の向こう側から、明かりが揺れつつ足音が近付いてくる。人が歩いて来ているのだ。少なくとも、この神殿にいる人で、自分以外は当然全員ロプト教の信者だろう。だとすれば、見つかるわけにはいかない。パティは素早く身を隠した。息を潜め、気配を消す。
 しかし、それでも緊張してしまったために早くなっている心臓の動悸までは止められない。
 ロプト教団の無慈悲さは、いやというほど良く聞かされている。万に一つ見つかったら。そう思うとどうしても震えが来てしまうのだ。だが、パティのその不安は杞憂に終った。
 明かりを持った人物は、パティの潜んでいた通路に入る前に、別の通路を曲がって行ってしまったのだ。その時に、ちょうどそこにあった灯火に、その人物の顔が映し出される。パティはちょっと見惚れてしまった。長い黒髪の、ゾクっとするほどの精悍な顔付き。ロプト教団の人じゃなければいいのに、などと不謹慎な事まで考えてしまった。
 足音が完全に聞こえなくなるのを待って、パティは再び歩き出した。再び満たされているのは静寂。もちろん、その方が都合はいいのだが、あまり気持ちのいいものでもない。早いところ、宝物庫なりを見つけて失敬したいな、と思う。
 しかし、宝物庫が見つからなかった。神殿の作りからして、このあたりにあるはずなのに、ない。
「そんな……いや、もしお宝がないとしても、宝物庫がないなんて事はないはず」
 再び、慎重にあたりを見回す。ふと、最近のものらしい足跡を見つけた。ロウがたれているところを見ると、あるいはさっきの見張りがここも見て回ったのかもしれない。とすれば、しばらくは見張りは来ないだろう。パティはそう思って一度ふぅ、と息を吐くと、灯火を取り出した。特別な筒に囲まれたロウソクで、光が一方向にしかでない。火を点けるのには、ちょっともったいないが、魔法の火種を使う。なんでも炎の魔法の素を云々、とか説明された事はあるが、よく分からない。とりあえず、簡単に火を点ける事が出来るので、ちょっとお金はかかるが、重宝している。
 赤い小さな宝石のような塊を、ロウソクの上において、軽く短剣で傷を付ける。途端、小さな火がぽっと点って、その火がロウソクに燃え移る。筒の開いた方向からだけ、光が洩れて、その方向をうっすらと照らし出した。
「あれ、ここ……」
 多分そうだろう、とは思ったがやはり隠し扉だ。宝物庫への入り口をこのように隠す事は珍しくはない。仕掛け扉ではなく、多分押すと開くのだろうが、そうすると音がしてしまう。見張りがここまでいないとなると、あるいはもう宝物庫には何もないのかもしれないけど、ここまで来たらそれも確認しないで帰る気は、もちろんなかった。
「誰も……いないね、よし」
 しばらく息を潜めて、少なくとも可聴範囲内に誰もいない事を確認すると、パティはその隠し扉を静かに押した。思ったより音はしない。あるいは、何度も開けられているからだろうか。石で出来ているのに、軽かった。
 思った通りそこにはもう一つ通路があった。まっすぐ奥へ続いている。さらに地下にあるようだ。
 ここまで来たら、とパティは忍び足で階段を降りていく。空気の流れがわずかに感じられる所を見ると、空気を通すための穴はあるようだ。だが、先に明かりが見えたときは、心臓が止まるかと思った。
 階段を降りきった所で、すぐ曲がるようになっているのだが、そこに明かりが見えたのである。明かりがある、ということは人がいる、ということだ。考えてみたら宝物庫の前に見張りがいるのは当然である。パティはいつも、天井とか窓とかから侵入していたから、見張りと鉢合わせ、ということはなかった。
 だが、今回はそうはいかない。あるいは、一度地上に戻ってここへ空気を導いている空気取り込み口を見つけてそこから、という手も考えられるが、人が侵入できるような大きさであるかどうか、分からない。
 しばらく考えていたが、意を決して、ゆっくり、静かに角まで行って、そこから、見つからない様に気を付けながら、奥を見た。が、一瞬で顔を引っ込める。武装した見張りが二人も立っていた。予想外である。こんな環境の悪い所に、見張りが二人もいるとは思わなかった。
 おまけに、暗がりに紛れて、としようにも大きなかがり火が焚かれていて、すぐに見つかってしまう。距離は十歩ほど。しかし、武力には自身はない。だが、少なくとも二人も見張りを配しているという事は、ここが空でないという証拠である。
 しばらく迷った末、パティは静かに眠りの魔剣を抜いた。それと、石を一つ持つ。
 静かに深呼吸すると、パティはそれを思いっきり階段の上の方へ向けて投げた。石は、空気を切るような小さな音を立てた後、階段の途中にぶつかって跳ね返る。そして、カツン、カツンという音を立てて、また下に転がっていき、途中で止まった。
 当然、音は見張りの二人にも聞こえていた。何事かをボソボソ話した後、すたすたと角へ向かって歩き出す。何も知らないものが聞けば、階段の上の方で、迂闊に石を蹴飛ばしてしまった音に聞こえるのだ。まさか、その角に侵入者がいるとは思わないだろう。
 角を覗き込んだ見張り二人は、一瞬動きが止まった。そこに人がいるとは思っていないのだから、当然だろう。だが、角で待っていた方は、待ち伏せていたのだ。反応は、圧倒的に早かった。
 ヒュン。
 剣が見張りの一人に振るわれた。見張りの男は、かろうじてそれを躱したが、途端、崩れるように倒れてしまった。
 それを見て、あっけに取られたもう一人の見張りは、その侵入者に対する対応がさらに遅れてしまう。続いて繰り出された斬撃までは、かなり間があったのに、それまでほとんど何もしていなかった。
 斬撃が見張りにあたらなかったのは、彼の反射神経がいい、というよりは侵入者の剣の技量が悪かったという方が正しいだろう。かろうじて躱すと、侵入者は無様にバランスを崩して、隙だらけの状態を彼の目の前に晒す。
 先ほど何をやったかは分からないが、少なくとも、この状態なら一撃で昏倒させる事が出来るだろう。彼は、その後この愚かな侵入者に対して、どのような罰をくれてやるかを考えたが、途端、目の前に無数の光が舞い散った。同時に、急に瞼が重くなる。剣を持った手が重くなり、やがて握力が失われる。彼は、その想像の続きを、夢の中でする事になった。
「ふぅ〜〜〜〜〜〜」
 張り詰めていた空気が、一気に解き放たれた気がした。
 実際には、澱んだ空気には変わりないのだが、それでも安心する。ふと気がつくと、汗でびっしょりだった。考えてみれば、ずっと砂漠を旅していたので、満足に水浴びもしていない。せめて服を換えたかったが、いくら危険がとりあえず去ったからといっても、それはのんびりし過ぎである。
 鍵開け用の針金を取り出そうとして、パティはふと自分が眠らせた見張りの懐を漁った。わずかな銀貨が入ってる袋が見つかったが、そこまで奪うつもりはない。
 ふと腰のベルトに目をやると、目的のものを見つける事が出来た。無骨な、鉄製の鍵。こういう場合、内側でなにか異変があったときのために、見張りが宝物庫の鍵を持っている事は多いのである。
 パティは鍵を失敬すると、宝物庫の扉の前に立った。鍵は、無骨だが、頑丈そうな南京錠だ。針金でも開けられるが、鍵があるのにわざわざ苦労する道理はない。
 鍵をさして回すと、カチリ、という音がして南京錠を外す事が出来た。思ったより扉は重い。取っ手がついていることや、床ついた跡を見る限り、おそらく手前に引くのだろうが、思いっきり力を入れて、やっと開ける事が出来た。
「お兄ちゃんだったら、片手で開けるかな」
 ふとそんな事を思ってしまった。兄のファバルは、普段はそうでもないのに、いざというときはすごい力がある事を、パティは知っている。もっとも、お兄ちゃんはあたしが盗賊をやるのに反対しているから、きっと協力はしてくれないだろうな、などと考えてしまった。
 かがり火から、火の点いた木片を一つ取り出して、明かり代わりに持ち込んだ。中は、思ったより狭い。また、金銀財宝が積み上げられている、という事もなかったが、だが、それでもかなりの量の宝石などがまだ置いてあった。おそらくこれが、かつてロプト帝国から持ち出されたという財宝なのだろう。
「うわあ。これだけあればずいぶん助かるじゃない」
 パティは満面の笑みを浮かべて、さっそく愛用の袋を取り出した。水牛の皮を加工したものを二重にした袋で、ちょっと重いがその分頑丈である。紐も特別な皮で作られていて、柔らかいのに短剣などで切るのは一苦労するものだ。
 パティは次々に宝石を袋に流し込む。金貨なども少なくなかったが、この場合宝石の方が軽いし金になる。あまり重いものを持っていくと逃げるときに苦労するから、出来るだけ金になるように、かつ荷物にならない様に持っていくのが鉄則だ。
「さて、こんなもんかな」
 袋の半分近くは宝石だけで埋まってしまった。これだけあれば、孤児院の子供たちを数ヶ月に渡って食べさせてあげる事が出来るだろう。しばらくは盗賊稼業をやらずに、お兄ちゃんの小言を聞かない様にしようかな、などとも考えてる。
 そして、いざ帰ろうとした時、ふと壁にかかっている剣が松明の明かりを受けて光って見えた。振り返ってみると、それは、美しい装飾の施された剣である。やや湾曲した形状になっていた。ただ、大きい。パティの身長の七割以上はありそうな大きさだ。しかしまるで、見るものを引き込むような、そんな美しさすら感じさせる剣である。
「でも……重そうだなあ」
 そうは言いつつも、なんとなく手で取ってみた。軽い。見た目の大きさの割に、重さは普通の長剣と大差ない。無論、パティにとっては重いし、まして大きすぎて振りまわせるものではないが、売ればかなりの金になるだろう、ということは見当がついた。
「う〜ん。いいや、持って行こう。ちょっと重いだけだし」
 パティはその剣に紐を括り付けると、袋と一緒に背負う。そして、まだ眠っている見張り二人の横を通り、
「ごめんなさいね」
 とだけ言うと、再び地上に戻っていった。
 隠し扉から出ると、覚えている道順を、やや足早に歩き出す。
 やっぱり、あまりいたい場所ではない。そして、入って来た壁の穴まで、無事に着いた。空は、少し明るくなり始めている。
「ここまで来れば」
 パティが安心して外に出ようとしたとき、いきなり腕を掴まれた。それは、さっき見た長髪の見回りだった。
「おい、ちょっと待て」
 男は、パティの手を掴んだまま、そう言った。

 パティにとって、これが大きな運命の転換点であった。



written by Noran

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