「大丈夫? 忘れ物とかないわよね?」 「あのねえ、お姉ちゃん。あたし、ピクニックに行くんじゃないんだから、必要なものがあったら、その都度調達するって」 「そうは言ってもねえ。ねえ、姉さんからもなんか言ってよ」 「う〜ん。そうねえ。とりあえず、気をつけなさい、かしら」 「は〜いっ」 元気良く(姉に言わせれば元気『だけ』は良く)返事をした青い髪の少女は、ひらりと……と華麗にはいかなくても、とりあえず危なげなくペガサスに飛び乗ると、その手綱を引き絞った。 「いくよっ、メーヴェっ」 その声に応えて、純白の翼が大きく羽ばたく。そして、やや遅れてその白い体が宙に浮かび上がった。さらに翼を羽ばたかせ、一路西へと飛び立つ。 その後姿を、同じ青い髪の二人の女性が、いつまでも見守っていた。 「大丈夫……かしら……あの子……」 「大丈夫でしょう。あなたが出て行った時だって、すごい不安だったけど、でも大丈夫だったんだから」 「そうなの?」 「そう。だから、きっと大丈夫よ。けど……次に会った時、あの子を驚かせるかもしれないわね……」 そういって、彼女は自分のお腹の辺りに手を当てた。 「そうねえ。すっごい驚くと思う。でも、いつ会えるかしらね……」 もう一度、西の空をみやったが、すでに妹の駆るペガサスは、空に飲み込まれて見えなくなっていた。 「シャニーなら大丈夫よ。私としては、おとなしいティトの方が、実は心配だったわ」 「ちょ、姉さん、それ酷い〜」 「あら、そう? でも、大丈夫だったじゃない。だからシャニーも、きっと大丈夫よ。そういえば、ティトはまだ修行続けるのよね?」 「うん。まだ十分に学べた、とは思えないし。それに、私達が苦手とする弓兵の近くだからこそ、まだ学べるものがあると思うの」 その妹のちょっとした仕種に、姉は以前とは違うわずかな変化を見て取った。そして思わず、小さく笑む。 「ふふ。それだけなのかしら、本当に」 「えっ」 「そういえば、私があの人と会ったのも、傭兵として戦っていた時だったわね〜」 「ね、姉さんっ」 顔を紅潮させて抗議する妹に、姉はなおもくすくすと笑い、それから三度西空を見上げる。 (がんばってらっしゃい、シャニー。私達の妹だもの。貴女なら、大丈夫) そう願った姉の想いに応えるかのように、青空に光が反射した。 |
エレブ大陸の中北部イリアは、とくといった産業のない、貧しい地域だった。険しい山々と、貧しい土地。それに、冬になると厚い雪と氷に閉ざされ、行き来すらままならなくなる。海すらも凍りつき、海路すら使えない。そんな中、貧しい人々が生きていく糧をを手に入れるためにとった手段が、傭兵となることだった。 誰がいつ始めたのかは、よく分かっていない。 ただ、いつしかイリアの人々は自らを鍛え、そして傭兵として大陸各地に赴き、その稼ぎでイリアを潤すようになった。 現在では、イリアの傭兵の力は非常に高く評価されており、特にリキア同盟などは、常備軍を維持するよりも非常時にイリアの傭兵に頼ることが多いほどだ。 また、イリアには他国にはない特殊な戦力があった。 天馬騎士である。 天馬騎士とは、イリア地方にしか生息しない、ペガサスを乗騎とする飛行騎士のことで、ベルンの竜騎士ほどの強靭さはないが、代わりに空中でも非常に小回りが利く。そして、高空からの槍による突撃の威力は、竜騎士に勝るとも劣らない。加えて、ペガサスは魔法にも強い、という飛竜にはない特性を備えているため、あらゆる戦場で非常に強力な戦力として運用された。欠点としては、飛竜同様弓に弱い、ということがあることと、その乗り手として、ペガサスは女性しか選ばないという性質があった。 過去、幾度も男性でペガサスに乗ろうとしたものがいたが、なぜかペガサスは男性を乗せなかった。それには、年齢すらまったく関係がない。しかし絶対に乗せないか、というとそういう訳ではなく、ペガサスが主人と認めた女性と同伴なら――人間二人を乗せることが出来るペガサスはかなり少ないが――乗せてくれる。この理由は、未だに解明されていない。 ただ分かっていることは、ペガサスはその乗り手として必ず女性を選ぶということ。そして、選んだ乗り手以外には、余程のことがない限り従わない、ということだ。 しかし天馬騎士が強力な戦力であることに違いはない。そして、傭兵として食い扶持を稼がなければならないのは、男も女も同じなのがイリアである。そういう訳で、自然とイリアには天馬騎士が増え、そして傭兵として戦うようになった。そしてその中で、自然と出来た組織が、天馬騎士団である。 天馬騎士団は、イリアに存在する、三つの国家規模の組織の一つである。 国家の存在しないイリアであるが、それでも人の営みがある以上、村や街、あるいは都市といった集団が生まれ、それらがやがて横の連絡を取り合うようになる。しかしそれとは別に、軍事的な組織として存在するのが、天馬騎士団とイリア騎士団、傭兵ギルドであった。 天馬騎士団は、その名の通り天馬騎士のみで構成される騎士団で、その戦力はベルン、エトルリアの騎士団にも引けを取らない。その力は他国の認めるところであり、天馬騎士の地位は他国の騎士と同列に評価される。 ただし、騎士団、といっても統一された意思の元に動いているわけではなく、個人、あるいはある程度の部隊、騎士団が集まって構成された団体、と言ってもいい。天馬騎士団、というのは、集団として分かりやすくするためにある名前のようなものなのだ。 ただ、この天馬騎士団に属するには、一定の条件が存在する。それは、天馬騎士を目指すものは、天馬騎士見習いとして、他国の軍、あるいは他の傭兵団等に参加し、一定の経験を積まなければならない、というものである。 イリアの中での修業では、限界がある。他の国々での戦い、というのは、イリアでは経験することの出来ないような戦いが、数多くあるだろう、というのがその理由だった。その決まりこそが、天馬騎士団があらゆる戦場で活躍する礎となっているのである。 イリア騎士団は、天馬騎士団に対応して作られた騎士団で、その所属する者が天馬騎士でない以外、ほとんど同じである。ただ、天馬騎士ほどにその入団条件は厳しくはない。とはいえ、イリアの二つの騎士団、天馬騎士団とイリア騎士団は、その実戦経験を買われ、常に大陸のあちこちで戦い続けている。 一方の傭兵ギルドは、騎士団や、傭兵、あるいは傭兵団に仕事を斡旋する組合である。この傭兵ギルドは、イリアのみならず大陸全土に支部を持ち、依頼の斡旋を行うのだ。こちらには、加盟資格などはない――イリアの傭兵としての最低限度の『誓い』はあるが――が、代わりにランクというものがある。これが、その傭兵、あるいは傭兵団の力や信頼度を表すものになるのだ。もっとも、参考程度のものだが。ただ、騎士団にはランクはない。それは、騎士団に属しているだけで十分に信用できる、という意味なのだ。 そして、傭兵ギルドにはもう一つの役割がある。 それが、修業を開始する天馬騎士見習い、騎士見習いに対して、彼らが傭兵団に属することを求めた場合に、適当な傭兵団を紹介するのがそれだ。天馬騎士や騎士として修業を積む場合、大抵は傭兵団に属するか、あるいは何人かの見習い騎士同士、見習い天馬騎士同士などで集団を作り、それで他国に雇われる、という方法を取る。同時に修業を始めるものが多い場合は、後者のやり方が良く取られる。 そして今、その傭兵ギルドの支部の扉をくぐった少女は、後者ではなく前者の斡旋を受け、初めてこれから仲間になる傭兵達と顔合わせをするのだった。 「う〜。緊張するなあ。でも、あたしだって天馬騎士見習いっ。お姉ちゃん達が乗り越えてきた道だもの。あたしだって乗り越えてみせるっ」 その少女――シャニーは、気合を入れると、一気に中に踏み込んだ。 傭兵ギルドは、たいてい酒場を併設している。傭兵が酒を好む、というのは万国共通らしい。特にイリアは、寒い土地柄のためか、強い酒を好む者が多い。シャニーは、姉ユーノの結婚式でそういう酒を飲んでしまい、一瞬で倒れてしまって以来、どうも強いお酒は苦手だった。 中は、当然だか酒の臭気に満ちていた。そもそも、訪れた時間が夕暮れ時、つまり酒場のかきいれ時であるから当然だろう。あちこちで酒を酌み交わす音、そして再会を喜び合う声が聞こえてくる。 「あ〜、もうっ。女の子の待ち合わせにこんな時間を指定するなんて、サイテー」 もっとも愚痴ったところで状況が改善するわけではない。シャニーはふう、と深呼吸をすると、カウンターへと足を進める。 「あの、すみません」 酒場の主人は、五十歳前後の赤ら顔の男で、いかにも北方の酒場にいそうな、典型的ないわゆる『オヤジ』だった。シャニーを見ると目を細め、それから人好きのしそうな笑みを浮かべる。 「おや、天馬騎士……見習いのお嬢ちゃんだね。どうしたんだい」 正規の天馬騎士は、その鎧にその証である白翼の紋章が刻まれている。だが、当然シャニーにはそれはない。ただそれでも、シャニーの纏っている鎧は天馬騎士特有の非常に軽い金属で編み込まれたものであるため、この地方の者でそれを見誤る者はいない。 「あたしはシャニー。ディークって人を探しているんだけど。ここで待っていろって」 「おお。ディークか。え〜っと、ああ、いたいた。お〜い、ディーク。お前さんに客だぞ」 主人が呼びかけたのは、酒場の奥の方にいる、テーブルを二つくっつけて談笑していた集団の方だった。その中でも、一際身長の高い男が、主人の呼びかけに応じて振り返る。 「ん……ああ、来たか。こっちだ」 「え、えっと……」 「ほれ、行ってきなさい。まあ、見た目はなんだが連中は気のいい奴等だ。お嬢ちゃん、今日からかい?」 今日から、とは今日から修業を始めるのか、という意味だ。シャニーは小さく頷いた。 「なら運がいい。ディークは面倒見のいい奴だ。部下もまあ、荒くれ者が多いが、いい奴ばかりだよ。ま、ちょっとお嬢ちゃんには……未知の世界かも知れんがね」 「え?」 「ほれほれ。行った行った。基本は挨拶じゃろ?」 主人に急かされて、シャニーはおっかなびっくり、そのテーブルに近付いていく。 テーブルを囲んでいるのは二十人ほど。先ほど声をかけた、背の高い男がディークだろう。確か、この傭兵団の隊長のはずだ。 「お前がシャニーか?」 「う、うん」 いきなり問われて、シャニーは少し自分が震えていることに気が付いた。 実際、ディークというこの隊長は、見た目もちょっと恐い。顔の傷が、あるいはそう思わせるのかもしれないが、そもそも迫力が違った。 「そうか。傭兵ギルドから天馬騎士見習いを一人回す、と聞いてたから、まあお嬢ちゃんだとは分かっていたんだが……」 ディークはそう言うと、しばらくシャニーをただ眺めている。まるで、何か試験されているようだ、とシャニーは思った。 「ま、いいだろう。俺はこの傭兵どもをまとめているディークだ。他の連中はおいおい紹介しよう。とりあえず、お嬢ちゃんの自己紹介からやってくれ」 「その前に」 「ん?」 「あたし、シャニーって名前があります。他の人は知らなくても、ディークさんは知っていたんでしょう。なら、そう呼んで下さい」 酒場の一角で、どっと笑いが起きる。 図らずも、それが自己紹介になってしまったらしい。 「あははは。気の強いお嬢ちゃんだ。よろしくな」 そういって、男達が次々と握手を求めてくる。シャニーはそれに応えつつ、仲間として迎え入れられたのかな、と思って嬉しくなる。 だが、シャニーは、まだ真実彼らの仲間になったわけではないことを、この時はまるで気付いていなかった。 |
シャニーの所属した傭兵団は、総勢で三十二人。団長はディークで、元々は十人程度の部隊だったらしいが、いつの間にか増えて、この人数になったらしい。もっともそれでも、まだ傭兵団としては大きいとはいえない。大きな傭兵団になると、五百人近い傭兵団だっていくつかあるのだ。 所属しているのは男ばかり。女性は、シャニーだけである。最初はそのことに、ずいぶん戸惑いもしたのだが、生来のシャニーの性格もあってか、五日と経たずに慣れてしまった。 傭兵団の名前は、特にない。よく『暁の兵団』とか『虎戦団』とか色々名前に凝る部隊もあるのだが、隊長のディークがそういうのは柄じゃない、といって名前は特に付けてないらしい。契約する時は、簡単に『イリア第一〇三傭兵団』と記載する。この数字は、イリア傭兵ギルドに登録してある連番をそのまま使っているだけだ。 傭兵団、といっても、契約していない時はすることはない。そういう場合は、大抵宿なりで寝泊りし、仕事を待つ。ギルドから斡旋されることもあるし、あるいは自分達で契約を交わすこともある。有名な部隊になると、向こうから指名されることもあるらしい。 シャニーは最初、この規模の傭兵団だから、基本的には斡旋を待つタイプだと思っていた。あるいは、自分達で紛争の臭いのする場所へ行って、契約を交わすか。ところが、意外にも彼らは良く指名されるらしい。これは、食事の最中に聞いたことだ。どうやら、シャニーが加わる直前まで、都市の護衛任務に就いていたらしい。半年ほどの契約がちょうど終わったところに、シャニーが合流したのだ。 規模が小さい割に、なぜそのような、と不思議に思って聞いたところ、あっさりと『そりゃあアニキが有名だからだよ』という答えが返ってきた。 シャニーから見たディークという男の印象は、とりあえず無骨そうな、でもどこか人の良さそうな人だな、というところだ。ただ、どこか――そう、野生の虎のような印象を与える人でもある。一度見た時、体中傷だらけだったからよほどの歴戦の傭兵だと思ったのだが、一度聞いてみたらこの傷は昔、傭兵になる前に受けたものだという。過去に何があったのだろう、と聞いてみたのだが、教えてくれなかった。『教えるようなことじゃねえよ』ということだったし、シャニーも無理に詮索はしたくなかったのでそれ以上は聞かなかった。 傭兵は、普段はやることがないとはいえ、自分を鍛えるのには余念がない。いつ戦いになっても、最高のコンディションで戦えるように自らを鍛えておくのは、傭兵の義務といえる。まして、今は戦乱の世である。いつ何時、戦場に出ることになるのか分からないのだ。 シャニーもまた、他のメンバーと共に、戦闘訓練を繰り返していた。さすがに力では男達にはかなわないが、動きの速さはむしろ勝っている。また、この傭兵隊には、飛行戦力がいなかったので、彼らも重宝してくれていた。ただ、シャニーがどうしても気になったのは、彼らがいつまでも、シャニーのことを『お嬢ちゃん』と呼び、名前を呼んでくれないことであった。一度文句を言ったのだが、「どうせ女の子なんてお嬢ちゃん一人しかいないんだから分かるだろう」と言われたのである。そもそも、ディークからしてちゃんと名前で呼んでくれずに『お嬢ちゃん』と呼ぶ。彼が言い直してくれれば、他の団員も従ってくれると思うのだが、ディークに文句を言ってもいつもはぐらかされるだけだった。 もっとも、不満ごとといえばそれくらいで、シャニーはとりあえず戦いのない日々を過ごしていた。 そうして半月。ついに、シャニーが戦場に立つときがやってきたのである。 |
「依頼してたのはイリアと南西の国境近くにある、ティルスの街。こっからだと、大体五日くらいだな。仕事の内容は盗賊団の殲滅。ま、そんなに身入りのいい仕事でもないが、さっさと終わらせちまえば、そんなに悪くもない。とりあえず、出発するぞ」 ディークの言葉に、男達はそれぞれに応え、そして出発の準備をする。 シャニーもまた、急いで自分の部屋に戻って荷物を整えようとしたところで、ディークに呼び止められた。相変わらず名前は呼んでくれないが。 「お前にとっては初陣になる。いいか。油断するなよ」 するわけないじゃない、とシャニーは反論しようとしたが、ディークの表情がやけに真剣だったので、ただ素直に頷いた。ただそれっきり、ディークは中核のメンバーと道程についての相談を始めてしまい、その言葉の真意は問い損ねてしまう。 「……なんだろ。ま、いっか」 シャニーは少し気になったが、いつまでも悩んでいても仕方ない、とすぐに気持ちを切り替えて、自分の部屋に荷物を取りに行く。 荷をまとめたシャニーが階下に戻った時、すでに他の団員はほとんど集まっていた。残った者も、シャニーが来てすぐ現れる。 「よし、それじゃあ出発するぞ」 ディークの号令で、『イリア第一〇三傭兵団』は街を出発する。そんな中、シャニーは少なからず緊張している自分を自覚した。 初めての戦場。シャニーは、戦場に対する恐怖よりは、期待のほうが大きかったのだ。 しかし。 戦場が、決して優しいものではなく、むしろ何よりも残酷なものであることを、この時のシャニーはまだ気付いていなかったのである。 |
ティルスの街は、千人ほどが住む、国境付近の街ではかなり大きな街であった。エトルリアからイリアに入る旅人は、大抵この街で投宿し、それからイリアに入っていく。そういう重要な場所にある街ではあるのだが、エトルリアとイリアの関係は最近非常に良好であるため、特に常備軍を置いておくようなことはなく――元々イリアにおける『常備軍』とは継続契約を交わした傭兵なのだが――、十人前後の傭兵と、あとは警備の兵がいるだけだ。そこにどうやらエトルリアから流れてきた盗賊団が、近くに住み着いてしまったらしい。規模は、三十人程度。大きいとは言わないが、小さいとも言わない。非常に微妙な数のため、イリア騎士団や天馬騎士団ではなく、ディークらのような傭兵団に依頼することになったのだ。何より、その方が安い。 「ま、お嬢ちゃんの初陣としちゃ、理想的な環境だな」 団員の誰かの台詞に、シャニーは怒鳴りたくなる気持ちを必死に抑えた。 戦いが始まったら、誰よりも活躍して見返してあげるんだから。 そうしたら、もう『お嬢ちゃん』なんて言わせない。 そう決意し、槍を握り締めていたシャニーは、ディークがいつもとは違う、どこか心配するような目で見ていたことに、まったく気付いていなかった。 盗賊団のアジトの位置は、おおよそは分かっていた。あとは、実際に現地に行って探すだけだ。 「こういうとき天馬騎士は便利だよな。空から見ちまえば、あっさり分かるもんなあ」 まるで偵察以外では役に立たないような言い方に、シャニーはストレスをため続けていたが、それでもとりあえず、役に立つことは悪いことじゃない。ディークに頼まれて――やっぱり『お嬢ちゃん』と呼ばれたが――偵察に出ること数刻。シャニーはあっさりと盗賊団がねぐらにしている、古い砦跡を発見した。 「さすがだなあ。目もいい。長じれば、いい天馬騎士になるかもなあ」 そういわれることは、少しだけ気分がいい。ただ、すぐその後に『お嬢ちゃんもやるなあ』などといわれるとやっぱりなぜか頭に来る。 「あったりまえじゃないっ。あたしは、あのユーノお姉ちゃんの妹なんだから」 その言葉に、数人が少しだけ驚いた顔になった。 「ユーノって、あのエデッサ天馬騎士団の部隊長を勤めていたあのユーノか?」 シャニーの姉、ユーノの名前はイリアでは有名である。ユーノや、また、シャニーが見習いとして名を連ねるエデッサ天馬騎士団は、天馬騎士団の中でも最大の騎士団の一つだ。もっとも、この規模になると一括で依頼を受けることは稀で、たいてい部隊単位で分かれるため、時々同じエデッサ騎士団同士が戦うことすらあるほどだ。そのエデッサ騎士団の中にあって、部隊長を勤めていたユーノの名は、イリアの、特に天馬騎士を目指す者にとっては憧崇をもって呼ばれている。つい最近結婚したために引退したが、その実力は現エデッサ天馬騎士団の団長、シグーネとも互角といわれているほどだ。 「ま、姉は姉。お前はお前だ。まずは、生き残ることを考えるんだな」 ディークはシャニーの頭をぽんぽん、と叩くと、部屋を後にする。 「出発は明朝だ。それまで、英気を養っておけ。では、解散っ」 ディークの言葉で、傭兵達は三々五々、それぞれに散っていった。時刻は夕方より少し前。 シャニーはどうしようか、と思ってとりあえず街を歩いてみることにした。 街は、意外に活気に溢れていた。盗賊の討伐を依頼したほどだから、その被害に脅えているのかと思ったが、そういうことはないらしい。途中の露店で買い物がてら聞いてみたところ、まだ被害はあまり出ていないらしい。ただ、早めに手を打っておこう、ということでシャニー達が呼ばれたようだ。 他の地域ならいざ知らず、イリアにおいては傭兵に対する抵抗が少ない。 シャニーは聞いたことがあるだけだが、他の地域では傭兵はならず者とほとんど同義のように扱われていることすらあるらしい。イリアの傭兵はそんなことはないのに、と思うが、こればっかりはどうしようもないだろう。人々が持つ意識を変えるのは、難しいものなのだ。 道行く人は、シャニーに気軽に声をかけてくる。実際、シャニーくらいの年頃の少女の傭兵は、他国ならいざ知らずイリアでは珍しくない。人々が気軽に『がんばってね』と声をかけてくれるのが、シャニーにはとても嬉しかった。 そして翌朝。 シャニーにとって、初めての戦いが、始まろうとしていた。 |
シャニーの見つけた盗賊団がアジトとしている砦跡は、ティルスの街からエトルリア方面へと向かう街道から、少し外れたところにあった。いつ建造されたのかも分からない砦だが、さすがに城砦だけのことはあり造りは堅牢らしく、多少崩れたところがある程度だ。さすがに、城壁に拠って防衛戦が出来るほどではないが、防衛戦の際に射手を砦の上に配するにはちょうどいいだろう。 「ま、連中も俺達が来てることなんて百も承知だろう。ただし、傭兵が来た、というところまでな」 ディークの言葉に、シャニーは首を傾げる。 「昨日から、街を出入りする連中を規制してもらってたんだ。俺達の戦力を把握させないためにな。案の定、夜中に抜け出そうとする盗賊の仲間を一人、捕らえることが出来た。一応吐かせてみたが、街を張っていたのはそいつだけらしい。つまり、俺達の戦力は、少なくとも連中に正確には把握されていない」 「正確には?」 「いったろ、嬢ちゃん」 だからその呼び方は止めて、という前に男の言葉が続けられる。 「アニキは有名なんだよ。だから、アニキの率いてる俺らも、大体の人数は割れてる。ただ、今回から一人増えたろ?」 「あ……」 確かにこれまで、この傭兵団には天馬騎士はいなかった。だが、今回は違うのである。 「砦の上に陣取られて、弓で射掛けられるのはいい気はしないからな。幸い、連中はまだお前の存在は知らないはずだ。だから、砦の上に陣取ってる弓兵を、一気に始末してくれ」 「うん、分かったっ」 弓兵は当然だが接近戦に弱い。最も天馬騎士の方も弓に弱いのだが、弓の有効射程外から一気に攻撃をかけてしまえば、弓など恐れるほどのものではない。仮に複数いたとしても、狙いを絞らせないほどに速く動きまわればいいだけのことだ。 何よりシャニーは、重要な役割を任せられている、ということが嬉しくて仕方なかった。 だからその時、ディークがシャニーを心配そうに見ているのに、またもまったく気付かなかったのである。 |
戦争、というほど大規模な戦闘ではない。だが、個人の争い、というよりは規模は大きい戦いだった。 盗賊達も、ディークらが来るのを待ち伏せていたようで、砦の、崩れた門の前に十人程度が陣取っていた。砦の正面には、罠を仕掛けられるような茂みもほとんどなく、また、地面も固いために落とし穴などの罠の確率もない。完全に正面から激突することになるのだが、そうなると高所――砦の上部だが――を支配している盗賊達の方が、やや有利である。上方から矢を射られれば、丸見えのディーク達に避ける術はない。かといって正面以外は、かなり木々が茂っているため、罠の確率が高い。だから、その弓兵を排除するのがシャニーの役割だった。そのため、シャニーは一人別行動をとり、罠の恐れのある森の中を、見つからないように砦に近付いていた。確かに罠の確率はあるだろうが、普通、空中を飛ぶ相手に、わざわざ罠をしかける者はいない。 砦まで、あと一足飛び、という距離に来たところで、シャニーは慎重に近付いて、砦を観察した。見える人影は、二つ。二人がほぼ並んでいて、どちらも弓を持っている。まだ、矢は番えていないようだ。 「さてと……合図は……」 ディーク達が突撃を開始すると同時に、シャニーが一気に弓兵を倒す。そういう手はずだった。ディーク達が現れれば、弓兵の注意は正面にだけ向き、後ろから近付くシャニーに気付いた時には手後れという作戦だ。 どのくらい待っただろうか。 恐らくは本当に短い時間だったのだと思うが、シャニーにはものすごく長く感じられたその静寂を途切れさせたのは、予定通りディーク達が突撃をするその声と、足音だった。弓兵二人が慌てて身を翻し、矢筒から矢を抜いて、弓に番える。 今だ、と思ったシャニーは迷うことなく飛び出した。 後に、結果はどうあれこの勢いの良さは長所の一つだろう、とディークが評したほどの思い切りの良さである。 低空から一気に砦の壁沿いに舞い上がったペガサスは、翼をはばたかせて上昇を急止し、そこから一度砦の床を蹴ってまっすぐに弓兵へ向けて突っ込む。そしてシャニーの手には細身の槍が握られている。 高空からの突撃ではないが、短距離での勢いをつけた天馬騎士の突撃の威力は、騎馬兵のランスチャージにも劣らない。ペガサスが、他の乗騎に勝っている点の一つとして、その瞬発力があるのだ。 「なっ、天馬騎士……!!」 弓兵二人は、当然だが完全に不意を突かれていた。慌てて弓を射とうとするが、既にまともに狙える距離ではなくなっている。その、一瞬の逡巡でも、シャニーには十分過ぎる隙だった。 彼らが慌てて抜いた剣は、護身用程度のもので、長さはシャニーの腕よりも短い。そこに、高速でシャニーが突っ込み、そして槍を突き出す。本来軽いその一撃は、速さを伴って非常に重い一撃となり、盗賊の剣はその勢いをまるで殺ぐことが出来ず、その穂先が二人のうち一人の、鎖骨の下あたりに突き刺さった。 「!?」 その瞬間戸惑ったのは、盗賊ではなくシャニーの方だった。 いままで感じたこともない感触が、槍を通して掌に伝わってくる。それは、これまで幾度も繰り返してきた訓練の感触とは、まるで異なっていた。 そして、その相手の、顔。凶悪なはずのその男の見せた、槍が突き刺さる直前直後の顔は、シャニーがこれまで見たことがない、まるで泣き出しそうな表情だったのだ。 しかしそれでも、突撃の後動作を正確に行っていたのは、それまでの鍛練の賜物だろう。 天馬騎士の突撃は、威力こそ騎兵や竜騎士のそれに引けをとらないが、乗り手が必ず女性であるため、相手を貫いた後にそのまま相手を勢いに任せて攫う、ということは出来ない。通常の騎兵であれば、相手の体重を支えきらなければ槍を捨て、別の槍を受け取って戦う、ということも可能だが、天馬騎士は空を飛ぶため、予備の武器を受け取れる、という保証がないので、武器を失うことは基本的にあってはならないのだ。そのため、天馬騎士は相手に攻撃が命中したところで、その突き刺した点を中心として、半円を描くように移動して穂先の向きを逆転させ、今度は駆け抜ける勢いで相手から槍を引き抜く戦法を取るのである。 そしてシャニーも、当然この訓練を、傭兵団に入る前から幾度となく繰り返し行っていたため、シャニーの体がその動作を覚えていて、足でメーヴェに指示を――シャニーは鐙を付けていないだが、メーヴェとの意思疎通には何ら不自由はしない――出して、半円を描かせた。しかし、その後の動作がいつもとは違ってしまった。 吐き気とも目眩とも違う、異様な気持ち悪さが、掌から腕に、そして全身に広がる。シャニーは反射的に、メーヴェに止まるように指示してしまい、メーヴェはそれに応えて半円を描いたところで急停止した。その勢いで、シャニーの顔がメーヴェの首に突っ伏し、反動で槍が男から抜ける。 槍が突き刺さった位置から無理矢理体を反転させられた男は、その傷口が抉れ、そして槍が抜けた時に悲鳴すらなく膝を付く。半瞬遅れてその傷口から血が吹き出し、それがシャニーに文字通り雨の様に降り注いだ。 「え……」 視界が、真紅に染まる。その鮮やかな色は、今までシャニーの知る世界には存在しない色だった。 純白のメーヴェが赤い斑点模様に染まり、自分の青い鎧にも白い服にも、その赤が付いていく。 そして、目の前では、苦悶の表情を浮かべた男が、ゆっくりと倒れていく。その目は、どこも見ていないようで、あるいは自分を睨んでいるようにも、シャニーには見えた。 そしてやや遅れて知覚される、血の匂い。 血を見たことがないわけではない。にもかかわらず、シャニーは今、自分が何をやったのかを理解できないでいた。 「あたし……」 スローモーションのように倒れる男。倒れ伏すと、そこに血溜りがじわじわと広がっていく。 今、自分は何をした。 自らのその問いに、シャニーは答えられなかった。ただ呆然と、目の前の倒れた男を見つめている自分がいる。 その、赤とも黒ともつかない不気味な血溜りは、そのまま地の底へと通じている穴のようにも思われた。 落ちていく。体が、まるで動かない。金縛りにでも遭ったかのように。 「何寝ている!!」 突然の声に、シャニーはびく、となって覚醒した。目の前には剣を振り上げた男が、そのままの姿勢で先ほどと同じ、苦悶の表情のままと待っていた。確か、最初にいたもう一人の弓兵だ、と気付くのに数瞬。それに気付いた時、男はその表情のままぐらつき、そしてうつ伏せに倒れ伏した。その背中には、深々と手斧が食い込んでいるいる。 「おい、無事か。生きてるか!?」 呼びかけられている声が、ひどく遠い。自分は今どうなっているのだろう、と思って、ディークの腕の中にいるんだ、と分かった時、シャニーはなぜか安心して、気を失ってしまった。 |
次にシャニーが気が付いたのは、ティルスの街の宿だった。慌てて手や体を見たが、血の跡はない。 周囲を見回そうとして、すぐにディークが横にいるのが目に入る。 「あたし……」 「血の跡が酷かったからな。ここの女将さんに頼んで、拭ってもらっておいた。さすがに俺達じゃまずいからな。お前の愛馬ももう血の跡は洗い流してある。大丈夫か?」 酷く、情けない気がした。 血を見て、倒れてしまうなんて最悪だ。 戦いは慣れているつもりだった。戦闘訓練も何度もやったし、時間がある時に姉にも色々教えてもらっていた。にもかかわらず。 「まあ、最初だからな。人を殺したのは、初めてだろう」 人を『殺した』。その事実に、改めて体が震えてきた。槍が突き刺さった感触。吹き出す血と、死ぬ直前の人の顔。そして、倒れた人に重なる、深い真紅の穴。 「傭兵を止めるなら、止めはしない」 え、とシャニーは驚いて顔を上げた。 「傭兵というのは、言っちまえば人を殺して自分が生き残って、それで金をもらう職業だ。天馬騎士だの、イリア騎士だと言ったところで、その本質が変わるわけじゃあない。いや、イリアに限らず、軍隊とは、人と命の取り合いをする場所だ。つまり、人と殺し合うために存在するものなんだ」 シャニーは黙ってうつむいている。 分かっていたつもりだった。だが、本当に『つもり』だっただけだった、と痛感した。 人を殺すということ。その意味を、自分はまるで分かっていなかったのだ。 「それでもこのイリアは貧しい。だから、そうやって傭兵に、騎士になって金を稼がざるを得なかった土地だ。だが、ここで生きるすべての人がそうやって糧を得ているわけじゃない」 確かに、イリアも他国と同様に商業を、農業を営んで暮らす者は少なくない。というよりは、全体数からすれば、当然そちらの方が遥かに多い。 「お前の姉が優れた天馬騎士だったからといって、お前がそれに続かなきゃならないって義務はない。他の生き方だって、選べるだろう」 「……ディークさん」 「なんだ?」 「あたし、傭兵向いてない?」 小さな拳が、痛くなるほど固く握られている。シャニー自身、自分が震えているのが分かった。 ディークはしばらく押し黙っていった後、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。 「正直、向いてない、と思う。それは、別に今日のことを見たからじゃない。今日のことくらいは、誰だって、お前のような経験を一度はする。それを乗り越えた者が、傭兵になる。だが、傭兵――イリアの場合は騎士も含めるが、これは実は他国の騎士や軍隊よりも、辛い」 シャニーは、ディークの言う意味が分からなくて、首を傾げる。 「お前は、自分の姉と殺し合えるか?」 一瞬、驚愕に目が丸くなる。だがその後に、ディークの言葉の意味を理解した。 「イリアの騎士の誓い。あれは実際には、イリアの傭兵達全員の誓いでもある。そしてそのなかの最重要とされる誓いが――」 「『傭兵として一度かわした契約は、決して裏切ってはならない。そしてそのためには、あらゆる私心を捨てよ』……」 イリアの騎士・傭兵達の誓い。それは、イリアの傭兵達の心構えを説いていると同時に、誓約でもある。そしてその誓いを破った場合、その者は死をもって償わなければならない、とされているのだ。それこそが、イリアの傭兵が他国から絶大な信頼を得ている、最大の理由でもある。その誓いは、たとえイリアの傭兵同士が敵味方に分かれても、その相手が友人や肉親であろうとも、一切の妥協を許さない厳格なものだ。 そして、同じ傭兵である以上、シャニーが姉ティトと戦うことにならない、とは限らないのである。そのために、同じ傭兵騎士ゼロットと結婚したユーノは、傭兵を辞めたのだ。 「そういうことがありえない、とはいえない。それでもお前は、姉に槍を向けることが出来るのか?」 シャニーには言葉はない。 その厳格な誓いゆえに、イリアの傭兵達は契約を結ぶ時に、最新の注意を払うのだが、今のシャニーでは契約にどうこう言うことは出来ない。もし、姉と対立する陣営に属してしまった場合、姉と戦わなければならないのである。 そう考えてから、ふと、目の前に立つディークを仰ぎ見た。 「ディークさんは……ディークさんはどうなの?」 その質問は予想していなかったのか、ディークは少し面食らったように目を瞬かせた。 「……まあ、俺は契約を交わす本人だからな。そういうことはないようにしてるさ」 「じゃあ、あたしもディークさん信じる」 その言葉に、ディークは心底呆れたようになる。 「おいおい……昨日今日知り合ったような人間をだな……」 「みんなを見てれば分かるよ。みんな、ディークさん信頼してる。あたし、人を見る目はあるしさ」 自分より十以上も年下の少女の台詞とは思えない。 「ついでに、もう一つ聞いていい?」 すでにシャニーの中では、傭兵を続けることが決まってしまったらしい。この切替えの早さは、見事を通り越して呆れてしまう。ディークが「ちょっと待て」と言おうとするより先に、シャニーが言葉を続けた。 「ディークさんは、初めて……その、人と戦って、その人の命を奪っちゃった時、どうしたの?」 これも予想していない質問だった。 一瞬面食らったディークは、少し考えてから「覚えてない」と答えた。 「え?」 「生憎、そんなことを考えられるような環境にいなかったんでな。考えたのかも知れんが、覚えてない」 「大変、だったんだ」 「まあ、な。イリアじゃそんな傭兵の苦労話なんてごまんとある。だが、それでもお前みたいのが手を血に染める必要があるのかは、俺にも分からん」 「ディークさん、イリアの出身じゃないの?」 「ああ。だが、イリアは長いからな。色々分かっているつもりだ」 シャニーはそこでもう一度自分の手を見た。 すでに血の赤はなく、元の白い肌の色が目に眩しい。しかし、この先傭兵を続けるということは、幾度もあのような事に遭うということだ。その想像は、正直恐い。 ふと、姉達は一体どうやって、この恐怖を乗り越えたのだろう、と気になった。 イリアの生活を支えるためだろうか。それとも、天馬騎士の意地か。シャニー達の母も天馬騎士だった、その跡を継ぎたかったのか。それとも、他になにかあったのか。 考えても、その答えはシャニーには出なかった。 ただ一つ、直感に近い、だがシャニーにとって何よりも正しいと思える真実がある。 いまここで、傭兵を辞め、天馬騎士への道を諦めれば、自分は絶対に後悔する、ということだ。根拠はない。だが、確実にそうなる、とシャニーは感じていた。 「うん、だから、いいんだ」 「おい?」 シャニーは勢い良く寝台から跳ね起きると、ディークの前で直立する。 「まだまだ頼りない新米天馬騎士だけど、よろしくっ、ディークさんっ」 そうして、大仰に頭を下げた。 ディークは今日三回目の、予想外のシャニーの言動を見て、しばらく黙ったままだったが、やがてくつくつと笑い出す。 「たいしたお嬢ちゃんだ、まったく」 「あ、その言い方。だから……」 シャニーが抗議するより先に、ディークはすでに扉の方へと歩き始めていた。 「今日はどちらにせよ寝ておけ。実際、弓兵を引き付けてくれたおかげで、俺達は完勝できた。ご苦労だったな、シャニー」 「えっ……」 その言葉と同時に、扉が開いて、傭兵団の仲間が半ば倒れ込むようになだれ込んできた。 「おい、お前ら……」 「だ〜からいったろ、シャニーなら大丈夫だって」 「けっ。何言ってやがる。お前が一番信用してなかったじゃねえか」 「大体これまで女っ気がないこの隊で、シャニーちゃんいなくなったらまたお前らのむさい顔しかみれなくなるじゃねえか」 「お前が一番むさいだろうがっ」 シャニーはその様を、ただ呆然と見ている。 「何はともあれ、シャニーが残ってくれて良かったよ。いや〜、どうなるかと思ったからなあ」 「えっと……」 シャニーはまだ、事情を理解できないで、ディークの方を見る。ディークは、最初に見せた人好きのする笑顔を見せると、シャニーに手を差し出してくる。 「言っておくが、楽な事の方が少ないぞ?」 確認するような、その言葉。しかし、シャニーの答えは、もう決まっていた。 「分かってるって」 迷わずに、その手を握り返す。 「ようこそシャニー。俺達の傭兵団へ」 「あ〜、アニキずっりぃ。俺達もシャニーと握手ぐらいさせてくれよ」 「そうだそうだ。横暴だ」 「あ、もしかしてアニキ、シャニーちゃんのこと……」 最後の台詞を言いかけたのは、倒れ込んだ男達の一番下で潰されていた男で、そこには容赦なくディークの蹴りが顔面に飛んだ。 「お・ま・え・ら〜〜〜〜〜〜。さっさと出てけ!! 帰り支度は終わってるのか!!」 ディークの怒鳴り声と共に、男達が散るように逃げ惑い、扉から出ていく。出る間際に、各々「またあとでな、シャニー」とか声をかけていった。 「ったく、女が入ったと思って浮かれやがって。ま、女といっても、こんなガキじゃなあ」 「あ〜、ディークさん、それはひどいっ」 しかしディークは笑うだけで、特に取り合ってはくれなかった。そのまま、男達に続いて部屋を出ていく。 「とりあえず今日は休んでおけ。明日、帰るからな」 最後にそう言って、扉を閉じる。 シャニーは、呆然としながら、ぽて、と寝台に座り込んだ。それから、ゆっくりと手を握り込む。 「えへへへ。そっか、そういうことかぁ」 ずっと名前を呼んでくれなかったディークや仲間達。それは、まだシャニーが仲間と認められていなかった、ということだったのだろう。 だからなのか、シャニーは自分の名前が呼ばれるようになったことは、とても嬉しく思えた。 確かに、楽な道じゃないだろう。けれどこの道は、姉や母も通った道。自分が子供の頃から想い描いていた道なのだ。 「ユーノお姉ちゃん、ティトお姉ちゃん、あたし、なんとかやっていけると思う」 シャニーはその時、確かに姉達の想いを感じ取れたように思えた。 |
それから数ヶ月。 シャニーもかなり戦うことに慣れ、今や傭兵団の重要な戦力の一人となっていた。 人を殺すことには、実はまだ慣れていない。やむを得ない、ということは分かっているが、シャニーは殺さなくていい相手は、気絶させるだけに済ますようにしたりすることもある。もっともそれは、実はディークのやり方を真似てみたものだ。 ディークに言わせると『生け捕った方が報酬がいいことが多いんだ』とのことだが、果たして真実はどうなのだろうか。 この数ヶ月の間に大きく変わったことといえば、ベルンによる侵攻が始まったことだろう。いや、ベルンによる侵攻はシャニーが傭兵になる頃から始まっていた。ただそれが、ここ数ヶ月でその侵攻速度が増し、イリアの辺境部はベルンの制圧下に置かれてしまっているらしい。 シャニーとしては悔しいことだが、実際ベルン軍は強く、イリアの傭兵達も苦戦を強いられたという。こういう時、一致団結して戦う意志に希薄な傭兵達は、弱い。現在は停戦協定が結ばれているため、膠着状態であるが、またいつ戦いになるか分からない状況だ。 そんな時、ディークから新しい仕事の話があった。 「おい、お前ら。次の仕事が決まった。リキアのフェレ侯エリウッド卿の依頼だ」 その言葉に、仲間の何人かが驚いたように口笛を吹く。 「リキア、フェレのエリウッドっていやあ、リキア一の騎士として有名な?」 「そうだ。だが今は病床でな。で、今ベルンの動きがきな臭い。そこで、リキアの盟主オスティア侯が同盟軍を結集させようとしているらしいんだが、自分が行けないので息子に行かせるらしい。で、それの手助けをして欲しい、とのことだ」 「じゃあ、相手はベルンですか?」 ベルン軍といえば、大陸でも精強で鳴らした、最強の軍隊の代名詞だ。だが、問うた方の声にはむしろ期待が混じっている。 「恐らくそういう事になるだろうな」 「よっしゃ、ベルンにイリアの傭兵の力を見せてやるぜ!!」 「お前はすぐそれだ。ベルンだぞ、相手は。気を引き締めないと……」 しかし、同僚をたしなめているが、彼自身も気持ちは同じらしい。その声には、どこか昂揚感がある。 「とにかく行くぞ。合流はベルン国境付近だからな。いきなり戦闘って事もありえる。気合入れていけ!」 おう、と男達が喚声を上げる。シャニーもそれに混じって、「おう」と叫んだ。 |
しかしこの時、この仕事が、まさか大陸全体の命運を左右するほどの戦いに巻き込まれるとは、誰も予想していなかった。 |
佐倉様がどさくさ(?)にリクエストしてくれて、なんとなく書いてみたくなったので書いてみたのがこれ……なんですが長いぞ(汗)。おかしい……(<おかしいのはお前の頭じゃ) え〜と、シャニーとディークの出会いのはずだったんですが……出会いじゃないですね、これ。……ま、いいか(オイ) なんとなくあんな女の子が傭兵やっているってことは、まあ初陣だって当然あるわけで、ということでこんな話に。某シャ○ンの話で似たようなことやってますがツッコミはなしの方向で(ぉ。ただ、傭兵と彼らみたいな立場だと、また捉え方も違うでしょうけど。話全体はお約束ですけどね(^^; なんかタイミングも良かったので、佐倉様のサイトの50000Hit記念に贈らせていただきます。リクエストしたのが運の尽き、と思って受け取っていただけると幸いです(^^; なお、シャニーのペガサスの名前『メーヴェ』ですが、会話集サイトを巡ってみたのですが(ぉぃ)どこにも記述がなかったと思うので、勝手に付けました。ティアサガ思い浮かべるか、白い小型の飛行機械思い浮かべるか……貴方はどっち?(ぉ。名付け親は片桐アヅサさんです。ありがたう(w |
written by Noran |