白い闇の向こう側




 闇に落ちていたラナの意識が目覚めた時、目の前の視界は白かった。何もかもを白く覆い尽くすそれが霧だと気付いたのは、少し後。
 周りには誰もいなくて、ひどく心細くて。でもそれなのに、なぜか不安はなかった。
 立ち上がろうとして、足に激痛が走った。見てみると、赤く腫れ上がっている。どうやら挫いてしまったらしい。けど、歩けないほどじゃない。ラナは自分にそう言いきかせると、痛みを堪えて立ち上がった。それから、周りを見回す。だが、やはり周囲は白い闇に覆われていて、三歩先も見通すことは出来なかった。
 なぜ自分がこんなところにいるのか、ちょっと考えてすぐに思い出した。
 良い薬草が近くにある、と聞いて城を抜け出したのはいいが、山道の途中で足を滑らせてしまったのだ。誰にも言わずにこっそり出てきたから、多分自分がいないことに気付く人はしばらくいないだろう。そうなると、自力で帰った方が早そうだ。
 考えてみたら、運がいい。雪に包まれたトラキアで滑って気を失って、運が悪ければそのまま深い谷底へ落ちる可能性だってあったのだ。あるいは、雪に埋もれて気を失っていたとしたら、その雪に体温を奪われて死んでいた可能性もある。それが、どうやら運良く雪の積もってない、ちょうど岩が張り出して屋根のようになっている場所に倒れていたのだ。
 もっとも、どこから滑り落ちたのかすら、まったく分からないほどの霧がたちこめているのだから、あまり運が良いともいえないかもしれない。足も、やはりひどく痛む。
「こんなに私、ドジだったのかしら…」
 とりあえず適当な岩に座って、服についた汚れを手ではらう。その白いローブは汚れなどはさすがに目立つが、幸い破れたりはしていなかった。背中まで伸びた髪にも多少汚れがついていたが、これも払えば落ちてくれた。
 杖を持ってきていないのが失敗だった。杖さえあれば、≪自己転移≫ですぐにでも戻れるのだが、すぐ近くだから、と思って持ってこなかったのだ。
「なんとか帰らないと……」
 そう思って周りを見回すが、やはり白い闇に覆われているだけだ。何も見えはしない。
 考えてみたら、いくら安全と思われるとはいえ、少し無謀すぎる外出だといえた。
 いや、それも分かっている。なんとなく、いづらかったのだ。あの場所に。それが、大それた想いだと分かっていても、それでもやはり辛かった。少しだけ頭を冷やしたかったのかもしれない。
 二人並んでいると、どう見てもお似合いだと思えるのに。それでもなお、自分の想いは止められなくて。
 自分がひどく嫌な女になりそうで、それで理由をつけて城を出ただけだ。
 真白な雪景色が、自分のそんな感情をも全て白くしてくれるのではないだろうか、という錯覚を覚えた気もする。そんなはずはないのに。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
 突然かけられた声に、ラナが驚いて顔を上げると、そこにはいつの間に現れたのか、少年が一人立っていた。年は自分より三つ四つ下、というところか。粗末な防寒具を着た、ごく普通のトラキアの子供のようだ。
「……ん。ちょっと、ね」
「もしかして、迷ったの? この霧で」
「うん……」
 隠すようなことでもないので、ラナは正直に頷いた。すると少年は、ラナの手を取り、引っ張った。
「おいでよ。僕の村、近くにあるから。ここにいると、風邪を引くよ」
 ラナはちょっとだけ考えたが、結局少年についていくことにした。村に行けば、トラキア城に戻る道も分かるかもしれない。
 立ち上がろうとして、足の痛みに顔が歪んだ。少年はそれに気付き、心配そうに覗き込んでくる。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「うん。ちょっと痛むだけだから。歩けないほどじゃないわ」
 実際、痛みはかなりひどいのだが、それでもなんとか笑顔を作る。少年はそれを見て、少し気遣うような表情になり、ラナの手をゆっくりと引っ張った。
「そういえば、お名前は? あ、私はラナ」
「僕は、リジー」
 リジーと名乗った少年は、少しだけ誇らしげに答えた。

 数歩先すら見通せないような霧の中を、リジーは迷うことなく歩いていた。かなり慣れているのだろう。ただそれでも、トラキアでも稀だといわれるこの大雪には辟易しているのか、歩きづらそうだった。この辺は、イザークで大雪になれていたラナの方が足取りは安定している。といっても捻挫しているため、一歩一歩が辛い。
 リジーもそれを気遣ってか、歩くスピードはかなり遅くしてくれている。
「どうしてあんなところにいたの?」
 歩きながら、リジーはふと聞いてきた。
 確かに、どう見てもトラキアの人間に見えないラナがあんなところにいるのは、不思議だろう。
「うん。本当はお城にいたんだけどね。ちょっと薬草を探しに出て、滑ってしまって」
 一瞬、城にいることを言うべきかどうかは迷ったのだが、結局素直に言ってしまった。
 この近くの城、といえばトラキア城を指し、そして今、そこにいるのはトラキア軍ではなく解放軍――彼らトラキアの民から見れば、間違いなく侵略者なのだ。だがそれでも、ラナはそれを隠すことに後ろめたさを感じてしまい、隠すことをしなかった。
「じゃあ、解放軍っていう人たちの人?」
 少年の口調に変化はない。だがそれでも、ラナは少しだけ恐れつつ頷いた。実際、ここでリジーに放り出されたらどこに行けばいいかすら分からなくなるのだ。
「そっか。お姉さんも戦ったの?」
 意外なほど変化しない口調のまま、リジーは質問を続けてきた。
「え、ええ。でも私は、司祭だから、直接戦うわけじゃないけれど……」
 実際、トラキアの戦いでは、ラナが戦うことは全くなかった。一応彼女も、基本的な攻撃魔法を使うことは出来るし、高位司祭の資格を持つので、強力な光の魔法を使うことも出来る。だが、ラナはそれらの力を使うことは、好きではなかった。無論、それが偽善であることは分かっている。自分の手を血に汚さないからといって、それで自分だけが『戦争』という罪悪から逃れられるとは思っていない。ただ、セリスやラクチェやスカサハが、必死に自分だけは戦わせまい、と思ってくれているのを知っていたから。だからラナも出来るだけ人を傷つける魔法を使うことはしない、と心に決めているのだ。それが自己満足に過ぎないとしても、それでセリス達が戦うことができるなら。自分に出来ることなんてそんなにない、と分かっているラナに出来る、せめてもの戦い方なのである。
「ふ〜ん」
 リジーは別にそれ以上詮索することもなく、あとは黙って歩きつづけていた。ラナもそれ以上なにかを話し続けるきっかけがつかめず、結局黙ってついていく。
 霧は、晴れる様子はなかった。

「セ、セリス様!?」
 リジーに案内されて着いた村で、ラナを最初に迎えたのはセリスだった。驚いてラナは呆然と立ち尽くしてしまう。
「ラナ、よかった。無事だったんだね」
「セリス様こそ、なぜこちらに……」
 この村がトラキア城からどのくらい離れているのかは知らないが、そんなに近くはないはずである。自分が滑り落ちた場所までだって、朝に出て昼過ぎくらいまではかかったはずだ。そこからはそう歩いていないのだから。
「君がいないのに気付いてね。すぐ探しに出たんだ。こっちにきたのは偶然。なんとなく、そんな気がしただけだけど、大当たりだったね」
 セリスは嬉しそうにラナの手を握った。だがその時に、ラナは足の痛みに顔を苦痛にゆがめてしまう。
「ラナ、どうしたの?!」
 そう言ってから、セリスはすぐにラナの足に気が付いた。
「あ、大丈夫です。たいしたこと、ないですから」
 だがセリスはラナの言葉を聞かず、ラナを抱き上げた。
「セ、セリス様?!」
「どう見てもたいしたことない、って言うものじゃないよ。まったく」
「手当てするの?だったら俺の家に来なよ。じいちゃん、腕のいい薬師なんだ」
 それまでことの成り行きを見ていたリジーが、横から口を挟んだ。セリスは一瞬どうしようか迷ったようだが、すぐ頷いた。
「じゃあ、頼むよ。ええと……」
「リジー。ヨロシクね」
 セリスはリジーに、屈託のない笑顔で頷いた。
「私はセリス。彼女の、仲間だ」

「セリス様、何をなさっているのですか?」
「星が見えないかなって」
 セリスは、声に振り向かずに答える。その後で自分が座っている岩の隣を手で払うと、声をかけてきた人物に指し示した。
「座ったら、ラナも」
「……はい」
 ラナは少し戸惑いつつもセリスの隣に座った。
 空を見上げてみるが、やはり霧に覆われていて、何も見えない。
「……少し、驚きでしたね。セリス様」
「そうだね」
 セリスは何が、とも聞かずに頷く。
 リジーに案内されてきたこの村は、トラキア城の北東にある村で、トラキアの多くの村々の例に漏れず、男達は傭兵として稼ぎ、そして女達が枯れた大地で、わずかな作物を作ったり、あるいは布などを生産し、他国と取引をするごく普通の村であった。
 したがって、この村の男達もまた、解放軍と戦った多くの兵達の中に、入っていたはずである。
 無論、全てのトラキア兵を殺し尽くしたわけではない。
 戦争というのは、相手の士気をくじけば勝利となる。だから、解放軍は特にトラキアではそのことに腐心した。トラキア軍を包囲し、あるいは中枢に一撃を加え混乱させ、敗走させるように戦ったのである。
 だから多分、今ごろトラキア各地では敗走し、あるいは散り散りになったトラキア兵たちがあちこちにいるはずである。
 だが、だからといってセリス達がトラキアを侵略した解放軍の一員であることに変わりはない。
 なのに、村の人々は、セリス達が解放軍の一員であるにも関わらず、暖かく迎えてくれた。無論、セリスが解放軍の盟主であることは伏せてはある。だが、着ている物や物腰から、タダ者でないことは容易に想像はつくはずなのに。
 それに対して村人は、笑って答えたのである。
「あんたらが誰であろうと、私らには関係はない。あんたらが迷ってここへ来たという事実だけが確か。それ以外は全て聞いたこと。たとえそれが真実であろうとも、私らにとっては君らはタダの迷い人なんじゃよ」
 リジーの祖父はそう言って、ラナの足を治療してくれた。
 ラナの捻挫はかなり腫れてはいたのだが、それほどひどくはないらしく、明日には歩けるようになるという。今は一応、杖を借りている状態なのだ。今日はもう遅くなった、ということで二人は朝までこの村に留まることにした。幸い、セリスはいざという時の為に伝書鳩を連れてきていたので、それで事の次第は伝えてある。
「もしかしたら、この国の人たちは大陸で一番優しくて、そして一番強いのかもしれないね。素朴で、でも決して挫けない。自分達の境遇を不幸と嘆かずに、明日を生きていく。そして彼らが信じていたのが、トラバント王であり、アリオーン王子だった」
 そしてそれを打ち倒したのが解放軍である。だがそれでも、村人は誰一人として恨み言は言わなかった。
「陛下が敗れたのであれば、それは陛下が間違っておられたのかもしれん。それは、わしらの判断することではない。だから、わしらにあんたらを恨む理由はないんじゃよ」
 リジーの祖父の言葉は、セリス達に重くのしかかった。
 セリス達はトラバントを倒した。果たしてそれが正しかったのか否か、それは、これからの行動で示さなければならないのだ。
「責任、重大ですね」
「リーフ王子もね」
 戦いが終わった後、トラキア半島を統治するのは間違いなくリーフ王子の役目だ。それはつまり、このトラキア王国についてもリーフが責任を負うことになる。だがもちろん、セリスもその責任は負わなければならない。
「それにしてもラナ、なんだってこんな遠くまで来たんだい?」
「え、あの、それは薬草を採るために……」
「にしても危ないじゃないか。偶然、リジーが見つけてくれたから良かったようなものの」
「す、すみません……」
 ラナは小さくなって謝った。その様子を見て、セリスはふう、とため息を吐く。
「別に怒っているわけじゃないよ。ただ、まだこの周囲だって安全とも限らないし、誰にも言わずにいなくなるから、心配したんだから」
「す、すみません。本当はご報告しようと思ったのですが……」
 出る前にやっぱりセリスには伝えておこうと思ったのだ。だが、その時セリスはユリアと話していた。どこかへ一緒にでかけるという約束をしているような内容だった。その、二人だけの様子がとても羨ましくて、そして妬ましく思えて。そして自分がそんな感情を持つことが、聞くとはなしに、といってもこっそりと息を殺して聞いてしまっていることが、ひどく汚らわしく思えて。気が付いたら、ラナは城を飛び出していたのだ。
「その、ユリア様とお話しているところだったので……」
「ユリアと……ああ、あのときか。気にしなくて、良かったのに」
「いえ、そういうわけには……」
 ラナはそれだけ言うと俯いた。これ以上話していると、言いたくないことを言ってしまいそうだったからだ。自分の奥底に眠る感情が、吹きだしてしまうその前に、ラナはセリスの前を立ち去ろうとして、杖を握った。だが、立ち上がろうとするラナの肩をセリスが掴んでいたため、バランスを崩してぺたん、と座り込んでしまう。
「ラナ、なんか勘違いをしてない?」
 セリスはラナの肩を掴んで、顔を自分の方に向けさせる。セリスとの距離が驚くほど近くなって、ラナは思わず顔をそむけた。そうしなければ、いくら夜でも、顔が紅潮していることに気付かれてしまうためだ。
「あ、あの私は……」
「ユリアのこと、誤解してるよ、ラナは。確かに私はユリアを大事だと思ってる。けどそれは、君が考えているようなことじゃないんだよ」
 セリスはため息を吐いて、それからラナの手を握る。普段着ている鎧服ではなく、今はセリスもごく普通の街人と同じ服装だから、お互いの手が直に触れ合う。その、ラナがずっと想って来た人の手はとても温かくて、一瞬冬の寒さ冷たさの全てを忘れさせてくれる。
 ラナが落ち着いたのを見ると、セリスは安心したように笑って、それから手を離し、まだ白い闇に包まれた空を見上げた。
「ユリアは、確かに私には大事だと思える。なぜかは分からない。最初に会ったときから、私にとってユリアは特別な存在だった」
 ラナは思わず手に力を入れていた。『特別な存在』という響きと、そこにこめられたセリスの想い。それは全てユリアに向けられたものである。
 もちろん、ラナもユリアのことは好きである。なぜか守らなければいけない、と思わせるような、そんな儚さを持った存在。年齢はほとんど変わらないはずなのに、まるで妹のように感じることすらある。
 でも、間にセリスのことが入ると、自分自身嫌になるほどユリアに対して負の感情を持っていることに気付かされてしまう。そんな風に思いたくないのに。だからラナは、出来るだけユリアがセリスと一緒にいるときは会わないようにしていたのだ。
 そんなラナの気持ちに気が付いているのか、セリスは優しい笑みを浮かべて言葉を続ける。
「ユリアはね、私にとっては妹みたいな存在なんだ」
 一瞬、ラナはセリスの言葉を計りかねた。
 そして、その意味するところを理解した時、自分の想いが誤解ではないのか、という結論に達する。
 だがその結論が頭の中でまとまる前に、セリスはさらに、決定的な言葉を続けた。
「だから、ユリアのことは大切だと思う。けど、それはレスターがラナを想うような、スカサハがラクチェのことを心配するような感覚だから。私が、ラナのことを想う気持ちとは、全然違うんだよ」
「え……?」
 いくらなんでも、文脈の流れからセリスの言いたい事は容易に想像がつく。それは、ラナにとってはとても嬉しく思える言葉。けど、望むべきではないと思っていた言葉。
「あの、それは……」
「大体……」
 セリスはやや呆れたように言葉を続ける。それが少し怒っているように見えて、ラナは思わず身構えてしまった。しかし、続いた言葉はラナの予想を遥かに越えたものだった。
「ずっと前に、ラナは私と結婚しようって約束していたのに」
 目が丸くなる、というのは多分こういうときの為にある表現なんだろう、とラナは奇妙なところで納得した。
 実際、確実に自分はそういう表情をしているのだ、と分かる。それを見て、セリスはさすがにおかしかったのか、ぷっと吹きだしていた。
「え、あ、あの、一体、いつ、そんな……」
「うーん。確か、私が七歳の時」
 ラナは思わずがっくりと力が抜けてしまった。セリスが七歳、ということは自分はまだ三歳である。覚えていろ、という方に無理がある。
「あ、あの、セリス様……?」
「その時からずっと、私のお嫁さんになる人はラナだって決めていたのに。それをそんな風に疑われているとはなあ」
 セリスは少しおどけて見せる。けどそれでもその言葉に込められた気持ちは確かに本物だと、ラナにも分かった。
 結局、自分ひとりが勝手に勘違いをして、一人でくるくる回っていたことになる。ラナは、その事実と、ずっと想っていた想いが実は遥か以前から通じていたことに気付き、とても恥ずかしく、また同時に嬉しくて、顔を真っ赤にしていた。セリスはそれを見て、微笑みつつラナの肩を抱き寄せる。
「まだ戦いは続く。けど、その戦いが終わった時、ラナには私の傍にいて欲しい。いや、終わった後も、ずっと」
 その言葉に対する、ラナの答えはもうずっと昔から決まっていた。いや、あるいは物心つく前からなのかもしれない。その、三歳のときに約束を交わした時から、あるいはそれより以前から、ずっと。
「……はい、セリス様……。私は必ず、あなたの傍にいます。いつまでも……」
 二人の距離が急速に縮まり、お互いが触れ合いそうになったとき、突然強い風が吹き抜けた。
 思わず二人とも舞い上がる髪を抑えて目を瞑り、風が収まってから目を開く。その時、二人の目に映ったのは宝石を散りばめたような星空だった。今の風が、周囲を閉ざしていた白い闇を一気に吹き払ったのである。
「……すごい……」
 二人は異口同音に呟いた。そのまま、魅入られたように星空を見上げている。
 地上まで届くようになった月の光は、銀色の大地を優しく、そして神秘的に輝かせ、そして漆黒の闇の中に浮かぶ星々はまるでそれぞれが自己主張するように美しく光瞬いていた。
「ティルナノグで見た星空も美しい、と思ったけど……ここも、素晴らしいね」
「はい」
 ラナは、先ほどまでの霧が自分の心にかかっていた靄のように思えていた。そして、それが晴れた途端、何もかもが美しく、自分の前に姿を見せている。そんなことはあるはずもない、と分かってはいても、ラナにはそう感じられたのだ。
「あの星たちが、私たちを祝福してくれているように見える、っていうのは、ちょっと気取りすぎかな」
 セリスは少し照れたような笑いを浮かべつつ、ラナの方に向き直った。
 でもそれは、ラナも考えていたことで。その、同じ認識をもてたことが嬉しくて。
 ラナは自然にセリスにもたれかかるようにその腕の中に収まった。セリスは、ラナを優しく抱きしめる。
 その二人を見ていたのは、星と月と、そしてトラキアの山々だけであった。



written by Noran

戻る