「寒いっ」 パティは思わず声を出してしまった。その後で、慌てて口を塞ぐが、この大雪と風の中では、聞こえるはずはないだろう。 視界はほとんどゼロ。雪は深く、パティの背では膝はおろか腰あたりまで埋まりそうになる。頼りになるのは、先を行く――というよりは追跡しているのだが――者が歩いた後だけ。これも、急がなければあっという間に雪が降り積もり、埋もれて分からなくなるだろう。 後ろを見てみても、トラキア城どころかトラキア城がある山の影すら見えない。もしこの雪が、解放軍が出撃するまで降り止まなかったら、もしかしておいていかれるのではないか、とすら思えてしまう。土地勘にも方向感覚にも自信はあるのだが、ここまで雪が深いと、もう方向など分かりはしない。 「やっぱり誰かについてきてもらえばよかったよぉ〜」 いまさら言っても詮無きことである。それに、誰かを探しに戻っていたら、見失っていた可能性の方が高い。 もっとも、よく考えたら、別に報告するだけでも良かったのかも知れないが、この時パティは意地になっていた、というのがあった。 「絶対、尻尾つかむんだから」 雪は、まるで止む様子を見せなかった。 |
そもそも、パティがそれを見つけたのは、本当に偶然だった。 トラキアに駐留して十日目――十日間雪が降り続けているのだが――の昼過ぎ、食事を終えたパティはなんとなく城外に出た。別に、何か目的があったわけではない。ずっと城内に押し込められていたので、ちょっと外に出たくなっただけ。外は相変わらず吹雪といってよい状態だったが、なんとなく外に出てみたのだ。城からそう離れなければ、問題があるはずはない、と思ったのもある。 誰かを誘おうかとも思ったのだが、この大雪の中、好き好んで外に出る者はいない。偵察のため、天馬騎士部隊などがたまに外に出るくらいで、それもこの様な吹雪のときは出ていない。 パティにとっては、むしろ『吹雪』という状況が珍しかった、というのもある。 パティが育ってきた北トラキアでも、もちろん雪は降る。だが、吹雪くことはまずないし、そもそも膝丈以上に積もることもない。話によると、トラキア王国でもこれほど降るのは極めて珍しい、ということだが、パティにとっては初めての南トラキアであり、珍しい、と言われてもピンとこない。おまけに、かなりしっかりした防寒対策が城には施されているので、本当に珍しいのだろうか、とも思えてしまう。 とにかく、あまり深く考えずにパティは城外に出た。実はティニーやラクチェなどを誘ったのだが、断られたのだ。ラクチェはシャナンにしごかれて疲れきっていたし、ティニーは寒いのは苦手ではないものの、さすがにこの様な吹雪の中を外に出る気にはならなかったらしい。ここでシャナンを誘えたらパティとしては嬉しいことこの上ないのだが、さすがにそれはできるものではない。第一、シャナンはスカサハやラクチェに稽古をつける以外にも、色々やることはたくさんある。むしろ、早朝とはいえ自分のために時間を割いてくれているのも、あるいは少なからず無理をしてるのかもしれないのだ。 そんなわけで、結局一人で城外に出たパティだが、思った以上に楽しかった。 すでに雪はパティの身長の倍以上も積もっていて、城外に出るには地上階ではなく、その一つ上――つまり城壁の上――からでないと出られない。というより、城壁の見張り台の上から飛び降りても、全く問題がないのだ。 積もったばかりの雪は柔らかく、パティの体重でもあっさりと腰あたりまで埋もれてしまう。うまく歩けないのだが、それがかえって面白い。防寒用に、完全な撥水性のコート――動物の毛皮で、毛皮が裏地になっていて、表には油を何重にも塗りこんであるもの――を着ているので、寒さはともかく、冷たさは感じない。もっともごわごわとして動きにくいが、それは仕方のないことだろう。 そうやって、パティが外で雪の感触を楽しんでいるとき、ふと目に入った人影があった。 それは、パティ同様城壁から外に出る人影だった。誰なのかは遠目なのでわからない。ただ、パティと同じような防寒着を着用している。まあこれは、こんな時に外に出ようとするなら、当然の装備だ。ただ問題は、その動きが――吹雪のヴェールに覆われていて、よく分からなかったが――明らかに後方や周囲を警戒するような動きに見えたこと、そして何より、その防寒具が白かったことだ。この状況でそれだけ判断できたのは、パティの目と観察力の賜物だろう。 その人影は、明らかに道を急ぐように、城壁から離れていった。しかも、人目を気にするように、いそいそと走り去り、あっという間に雪のヴェールに白の防寒具が溶け込んで見えなくなる。 「今の……誰?」 あの防寒具に、白いのはなかったはずである。あれは、あまり数がないものなので、一括して管理してあって、パティもそこから借りてきたのだ。借りるときに、適当な理由をつけたが、色がなんか気に入らなくて、他の色はないのか、と聞いたら、その色しかない、という返事だったのだ。とすると、あれは城内のものではない。 だが、解放軍がトラキア城に終結してから、トラキア城を出入りしたのは天馬騎士、竜騎士達だけのはずである。それ以外は、いないはずだ。 本来なら、ここで誰かに知らせるべきなのだろう。 密偵か、或いはなにか城内でやったのかは分からないが、パティの手に余ることだけは確かだ。それは、すぐに判断がついた。 にもかかわらず、パティはすぐ後を追うことにした。男を目で追うのは、ほぼ不可能である。だが、雪の上に残していった逃走の跡は、この大雪でもすぐ見えなくなるほどではない。だが、誰かを呼びにいっていたら消えてしまうに違いない。そう思ったからだ。 だが、それが、本当の理由に対する自分への言い訳であることを、パティはどこかで分かっていた。 |
吹雪は、すでに峠を越えたのか、少しずつだが弱まってきたように思えてきた。少しずつ、より遠くまで見えるようになる。しかし、パティが追っている人影は、全く見ることはできなかった。無理もない。保護色となる白い服を着ているのだから、見えるはずもない。しかし、見えなくてもその人物が雪の上に残した痕跡は、はっきりと残っている。これを追いつづけている限り、見失うことはありえない。 追いながら、パティは果たして自分が追っている人物が何者であるかを考えた。 まず、解放軍ではない。それなら、ああもこそこそと逃げ出す理由がない。だとすれば、解放軍に敵対する勢力か。 一つは、トラキア王国の残党である。竜騎士団が敗れ、王女アルテナが解放軍に帰順したとはいえ、素直に納得しない勢力はある気がする。あとは、グランベル帝国の者。特に、先日シャナンとオイフェ、セリスらが深刻そうに、この先から始まるであろう帝国との戦いのことを議論してたのを、パティは知っている――お茶を運んだからで、別に会議に参加していたわけではないが。帝国も、フリージ王国を滅亡に追い込んだ解放軍に無関心でいるとは、いくらパティでも思わない。むしろ、動きを把握しようとしてきても、不思議ではない。 もうどのくらい歩いただろうか。 太陽が見えなくてしかもずっと吹雪で、豪雪の中を歩いているので、距離感も時間感覚もすでに麻痺していた。トラキア盆地――トラキア城のある一帯のこと――を出たとは思えないが、かなり城から離れた気はする。無事戻れるだろうか、ということが急に心配になった。 気が付くと、空はかなり暗くなっていた。いや、元々灰色の空ではあったのだが、今はその灰色が、濃くなっている。多分もう、日が暮れるのだろう。 「どこまで行くのかな……」 パティも一応、このあたりの地形や村の位置は、大体覚えていたが、すでに距離感がないので、今自分がどの当りにいるのかすら分からない。方向は、とりあえず南西に向かっていたと思うから、街道の上を行っているのだろう、ということしか判断が出来なかった。 このまま向かうなら、トラキア盆地を抜けることになるだろうが、そこまで行くには仮に雪道でなくても数日はかかる距離だ。まして、このような悪天候で、そこまで行こうというのは、ある種狂気じみている。 「そろそろ、休むと思うんだけど」 すでに周囲はかなり暗くなってきていた。しかし、追跡を止めるわけにはいかない。ここまで来てやめたら、何しに来たのか分からない。いざとなれば、雪に穴を掘れば意外に暖かいことを、パティは知識で知っていたし、多分相手もそうするはずだ。当然火を焚くだろうから、それを確認したら自分も休めばいい。まさか、追跡されているなんて思いもしないだろう、とパティは思っていた。だが、それが過信だった。 感覚は麻痺していて、頭もまともに働いていない。ぼやけた思考能力は、ただ雪をかき分けたあとを追いつづけているだけだった。その、単調な作業は、唐突に中断される。 その変化に予兆はなく、また、パティがその変化を認識した時にはすでに遅かった。 吹雪く風の中に、一瞬風を切る、何かの音が混じった。鈍りきった思考が、その音に反応するまで、通常のパティの何倍も時間がかかっていた。多分普段のパティなら、その音の前の気配を察することも出来たはずなのだが、このときのパティはそんなことに気付ける状態ではなかったのだ。 「え?」 痛みはなく、ただ不快感を伴う違和感。そして直後に、左肩がものすごい熱を持ったかのように熱くなった。 「なに、これ……」 そこにあったのは、細い木製の棒。それが、防寒具から突き立っている。それはそのままパティの左肩に突き刺さっていた。 まだ、痛みはない。寒さであらゆる感覚が麻痺しているからかもしれない。しかし同時に、体を急激に動かすこともまた、出来ない。 「うそ……」 鈍った頭が、どうにか状況を把握しようと、その思考速度を強制的に上昇させていく。左肩に突き刺さっているのは、通常の弓ではなく、仕掛け式の弓――いわゆる弩で発射されるものだ。弩は、普通の弓に比べて、短い矢を撃ち出す。普通の弓が山なりに射放されるのに対して、この弓は直線で打ち出されるため、射程距離は短いが、威力が大きい。手軽で、予め矢を番えておくことが出来、また撃ち出すときは片手でも出来るため、混戦の中でも使えることが出来るものだ。 そんな、意味のないことが次々に頭に浮かぶ。 だが、まだ体は動かなかった。頭が動いていても、体が動いてくれていないのだ。 そして、後頭部に強烈な打撃を感じた後、パティの意識は思考を止め、闇に落ちた。 |
迂闊だった。あまりにも不注意だったといってもいい。なんで人を呼ばなかったのか。確かに、急ぐ必要があったとはいえ、人を呼ぶくらいは出来たはずだ。それに、何者が、なにをやったのかは分からなくても、致命的な問題があったとは思えない。知らせるだけでも十分だったはずなのに、なぜそんなことをしたのか。 その理由は、わかっていた。 不安だったのだ。 自分が解放軍にいる理由を、パティは見つけられないでいた。 確かに、これまでであればシーフとしての能力で、隠し通路を見つけたり、あるいは情報収集をしたり、ということで役立つことが出来た。だが、リーフ軍に随行してきたパーンという男は、パティ以上に潜入工作にも情報収集にも長けていた。それに、もうこの先の戦いでは、そういう小細工が通じるような戦いもほとんどない。そうなると、パティとしては解放軍に居場所がないことになる。それが、ずっと怖かったのだ。特に、トラキア城に入ってから、それがよくわかった。居場所のない自分。 けど、それも終わり。自分を不意討ちしたのが何者かは分からないが、少なくとも捕らえた解放軍の人間を生かしておくことはないだろう。 (儚い人生だったなぁ……) なぜか、それほど死ぬことが怖いとも思えなかった。 死ぬことより、解放軍から追い出される方が、ずっと怖かったのだ。 一緒にいたい、と思う人たちに『もういらない』と言われる方が、よっぽど怖いと思えていた。 考えてみたら、悪い人生でもなかった。 何も知らないただの街娘として、孤児院の子供達と共に生きていくだけだと――それが悪いと思ったことはなかったし――思っていたら、自分の両親のことを知ることが出来、そして憧れの存在でしかないと思っていた、多くの人々と知り合うことも出来た。ある意味、一生モノの幸運だともいえる。 「せめて最期に、シャナン様にキスしてもらいたかったかなあ……」 「何を寝惚けている、パティ」 「へ?」 見えたのは、長い黒髪と、切れ長の瞳の、精悍な顔。 「あ、あれ?」 周りを見回すと、見覚えのない場所だった。どこかの小屋だろうか。別にごく普通のトラキア王国の家のようだ。 パティはベッドに寝かされていて、毛布をかけられていた。別に服が破れたりしているということはないが、肩のところは手当てされていた。まだ、熱を持ったように、そこだけ熱いが、傷薬のしみる感覚が、自分がまだ生きていることを教えてくれている。。 部屋の中は暖炉の火のおかげで、そこそこ暖かかった。ただ、まだわずかに寒さゆえか、手が痺れている。大丈夫かな、と思ってみてみたら、ロープの痕が手首にくっきりとついていた。どうやら、縛られていたらしい。 なぜ縛られていたのだろう、と考えて、パティはようやく頭が動き始めた。どう考えても、ここはトラキア城ではない。よく見回すと、床には数人、男が倒れている。壁にあるのは、白いコート。パティがトラキア城で目撃したものに間違いない。 「えっと……あの……」 「どういうことか、説明しろ、パティ!!」 その怒鳴り声は、シャナンのものではなかった。こと怒鳴り声に関しては、これ以上ないほど聞きなれた声。 「お、お兄ちゃん!?」 「お兄ちゃん?じゃないっ。なんで勝手に城を出たんだ!!心配したんだぞ!!」 パティはここにいたって、ようやく状況を把握した。 自分がドジって、捕まったところまでは覚えている。そしてその後、どうやったかは分からないが、シャナンとファバルが自分を助けてくれたらしい。パティが追っていた男とその仲間をことごとく打ち倒して。立場がない、とはまさにこのことだった。 「とにかく、きっちり説明しろっ!!」 ファバルの怒鳴り声が、ひっきりなしに聞こえる。 どう考えても、説明するまで兄は離してくれそうになかった。 |
「ようやく解放されたのか?」 小屋を出て、少し高いところに上ったパティは、その声に振り返った。 振り返った正面に見える大きな岩の上に、シャナンが座っている。 「うん。とりあえず、って感じでしたけど。でも、あんなに怒らなくても……」 「それは無理もないだろう。ファバルにとって、お前はたった一人の妹だ。心配して当然だろう」 「それは……分かるんですが」 パティが追いかけていたのは――そして拉致されかけたのは――やはり帝国の密偵だった。彼らは、解放軍の現状を探りに来ていたのだ。 そして、パティがいないことに気付いたファバルとシャナンは、ラナの転移の魔法で、パティのいる位置へ直接移動し、パティを助けた、ということだ。転移の魔法というのはが人を目標にできるものなのか、と思ったが魔法に全く詳しくないパティには分かるはずもない。 なぜこの二人が、というのがちょっと疑問になったが、どこにいるか分からず、敵がいるかもしれない状況では、この二人を派遣するのは妥当な判断だろう。この二人でどうしようもない相手など、まずいるものではないからだ。 「あまり兄に心配をかけるな。お前だって、兄が突然いなくなったら心配だろう」 「お兄ちゃんは、ちょっとやそっとのことじゃ平気でしょうけど……」 でも確かに、今回みたいなことがあったら、やはり心配に思うだろう。 「シャナン様は?」 パティはシャナンが座っている岩の上に飛び乗った。 「何がだ?」 「シャナン様も、心配してくださったのかな、って」 「……そうだな。普段いる者が、いきなりいなくなったら心配になるのは誰だって同じじゃないか?」 それが照れ隠しに思えたのは、あるいはパティの欲目かもしれない。実際、シャナンの表情も口調も、いつもと全く変わらなかった。ちょっとだけ、それが悔しく思えた。 「で、なぜこんなことをしたんだ?」 一瞬、説明するのが躊躇われたが、さすがに言わないわけにはいかないだろう。 「ちょっと城外で遊んでいたの。そうしたら、不審な人物が見えたから……」 「それだけじゃあるまい?」 「え……」 「それだけで、こうも無茶をするとは、思えんが?」 シャナンの言葉は、詰問するような口調ではなかったが、同時にごまかしたりはぐらかしたりすることを許さない、鋭い言葉に思えた。 「……怖かったんです」 言うつもりのない言葉が、さらりと口から出る。 「私、何の役にも立たないです。自分の身を守るのが精一杯。ラクチェやティニーみたいな力もない。パーンさんほど情報収集なんて出来ない。何もかも中途半端。だから……解放軍にいつまでもいられないんじゃないかって……」 「……そんなことを考えていたのか?」 いきなりぐしゃ、と頭を掴まれてぐりぐりとまわされた。 「ふにゃあ〜、何するんですか〜」 パティの抗議に、シャナンは微笑して答える。 「そんなことを気にしてどうする。そう思えるなら、最初からついてこないだろうが」 「あ、ひっどい。私、最初からそんなに役立たなかったんですか?」 「そんなことは、他人が決めることだろう。誰かお前に、役に立たない、なんて言ったか?」 「え……」 「一人もいないだろう。なら、パティは解放軍にいていい、いや、いてほしい、と思ってる者が多いはずだ」 「……シャナン様……も?」 恐る恐る、聞いてみる。 「とりあえず、退屈はしないな」 表情も口調も変わらない。ただ、シャナンもいてほしいと思ってる、ということだけは分かった。 思わず、涙が出そうになった。一番言ってほしい人に、一番ほしかった言葉をもらえた、その嬉しさで。 「それに、そんなに不安なら、ラクチェやスカサハと一緒に訓練するといい。別にいまさら一人二人増えたところで、あまり変わらん」 「シャナン様、ありがとうっ!!」 「こ、こら、パティ!!」 シャナンが反応するより先に、パティはシャナンに抱きついていた。このままキスしたい気分である。 「こら、パティ、離れ……」 「きゃあっ!!」 パティの抱きついた勢いを殺し損ねたシャナンは、パティの重みも手伝って岩の上から転がり落ちた。もちろん、パティも一緒に。これで、下が何もなければ下手をすると大怪我をするところだったが、幸いというか、下は思い切り雪が積もっていたため、二人ともその雪のクッションに突っ込む羽目になる。 先に落ちたシャナンの上に落下するパティ。 その時。 パティの唇がシャナンのそれに触れていた。 それは、本当に一瞬。 パティは慌てて立ち上がろうとして、バランスを崩し、シャナンの横に仰向けに倒れてしまう。 「おいおい、大丈夫か?」 シャナンはどうやら、パティがパニックになるような先ほどの出来事には気付かなかったらしい。 「あ、はい。大丈夫です」 そう言ってから、パティは初めて空に気がついた。 「わあ……」 見えたのは、文字通り満天の星空。 ここは、ちょうど谷の底みたいな場所なのだが、周囲の山々は黒い威容ではなく、白銀の化粧を施されていた。月は山の陰になっているのか見えないが、山の白銀の輝きは、その月明かりを受けてのものだろう。まるで、山一面を宝石で埋め尽くしたかのように煌いて見えた。 これに比べたら、人の作った宝石の美しさなど、すべて色褪せてしまう。そう思えた。 「私も先ほど外に出たときに気付いたのだがな。これほど見事な星空は、イザークでもそうはなかったな」 「イザークでも、こんな綺麗な空見れるんですか?」 「ああ。冬など、空が恐ろしく澄んで見える時がある。そういう時、こういう空が見える」 「見てみたいなあ、それ。コノートだと、ここまでは見えなかったんですよ。やっぱり、ここやイザークは空が近いからでしょうか?」 「手が届きそう、か?」 「はいっ……て、シャナン様も、そういうことやったことあるんですか?」 それに対して、シャナンはひどく複雑な顔になる。 「……あのな、パティ。私だって子供だった時期はあるんだが?」 「あ……」 しまった、と思った。 シャナンにとって、幼い頃の思い出は、辛い事の方が圧倒的に多いのだ。 何か言おう、と思ったときに、先に頭をぐしゃぐしゃとまわされた。 「うにゃ〜」 「何を沈み込んでいる。第一、戻ったらまだ叱られる相手がたくさんいるんだぞ」 その言葉に、パティの顔色が青くなる。 「えっ。お兄ちゃんだけじゃ……」 「ラナもレスターもティニーも、かなり心配していたからな。特に噂だが、ティニーは怒らすと怖いらしいからな、覚悟しておいたほうがよさそうだぞ」 「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい。……逃げちゃダメですか?」 「逃がしてくれる輩なら、な。今のうちに気分を軽くしておくんだな」 ラナはともかく、ティニーが怒ったら怖そう、というのはなんとなく想像がつかなくもなかった。寒いはずなのに、冷や汗が頬を伝う。 「じゃあ今のうちに、気晴らしだけしますっ」 言うが早いか、パティはシャナンに抱きついた。 普段は、こんな大っぴらに抱きついたりなど出来はしない。だから、今のうちに甘えてしまえ、と思ったのだ。 これが同じ状況でも、太陽の下だと到底そういう気にはならなかっただろう。儚い、だが美しい星空が、パティを後押ししてくれた気がする。 「こら、パティ、離れろっ」 しかしそれでも、パティはシャナンから離れなかった。 こんなときくらいいいよね。見てるの、お星様だけだし―― |
後日、聖戦が終わった後。 パティはユリアから、転移の魔法の、もう一つ特殊な使い方を聞く機会を得た。 転移の魔法は、術者か転移者が思い描いた場所へ転移させるのが普通だが、もう一つ、目標とする人物の元に転移させることが出来るらしい。ただし、人を目標とする場合、術者か転移者が、とても強くその人を想わないと転移は失敗する。それは、恋人や家族を想うほど強くなければならないらしい。 そして転移の魔法は、基本的に複数を同時に転移させることは出来ないのだ――。 |
一度90%くらいできてから、不満だったのでざっくり削除して直したのがこれです。とりあえず、まあなんとかまとまりました。本当はメインテーマはシャナンとパティのらぶらぶ(?)話と雪と星空……なんですが、雪と星空の描写は今回あまり凝れませんでした。ちょっと残念(^^; えっと、これは子世代の恋人を基本に同じ夜を描いたシリーズモノ(?)です。この他にもリーフ×ナンナ、セリス×ラナ、アーサー×フィー、ディーン×リノアン、スカサハ×ユリア等があります。 |
written by Noran |