新たなる道程


●注意●
幻水3のエンディング&六人目のラストまで
見てない人は読まないほうがいいでしょう



「もうすぐ……もうすぐだ。これで、全てが終わる」
 遺跡全体に満ち溢れていく巨大な力は、その全てが遺跡の機能によって収斂され、ただ一点、すなわちこの祭壇に集まってきている。ほどなくその力は極限に達し、本来ありうるべからざる力となって、この世界における、真の奇跡を起こすだろう。すなわち、神の力の具現である、真の紋章の破壊。
 真の紋章が描く遥か未来、絶対の秩序に支配された世界。そんな未来を求める者などいない。ならば、それが抗うことが可能かどうか。これは、神に対する挑戦。この世界における、絶対的存在――真の紋章を人が越えられるか、それに対する挑戦なのだ。
「真の紋章などに……負けはしない」
 この身に宿る真の風の紋章は、強大な力を受けて、今まさに解き放たれようとしている。解き放たれた真の風の紋章を、遺跡の力で凝縮した他の五行の紋章の力で砕く。その衝撃は、この遺跡はもちろん、グラスランドや、あるいはゼクセン、ハルモニアすらも呑み込むかもしれない。
 無論、そこに住まう人々も。
 百万の死をもたらした者――恐らく、歴史にはそう記憶されるに違いない。
 だが、それでも。
「たとえ百万の屍を越えてでも……」
「成し遂げなければならないことがある、かい?」
 突然聞こえてきたもう一つの声に、祭壇の中央に立っていた彼は驚いて振り返った。
 神殿の屋根のはじ。そこに、質素な旅装に身を包んだ、黒髪の少年が座っていた。だが、それが少年などではないことを、彼は良く知っていた。
「……相変わらず神出鬼没だね、ソウルイーター」
「君ほどじゃないよ、ルック」
 ソウルイーター、と呼ばれたその少年は、その呼ばれ方に僅かに苦笑いを浮かべて、祭壇の中央にいる人物を見下ろす。
「それから、その呼ばれ方は好きじゃない。僕の名前はレイ、だ。紋章は僕の本質じゃあない」
「そうだね。僕とは違うんだっけ」
 レイと名乗った少年を、彼――ルックは一瞥し、それから儀式を続けるべく意識を集める。
「どうしてもやるのかい?」
 いつの間にか、屋根から飛び降りたらしい。飛び降りた音などしなかったが、別に彼に関してはその程度では驚くに値しない。
「その身に、全ての咎を負うというのかい?」
 その声には、責めるような響きも憐憫の情もない。ただ、事実を確認するだけの言葉。
「愚問だね。真の紋章というくだらない楔から、この世界を解き放つ。これは、人が本来の人たるための不可避の犠牲だ。その咎を受ける覚悟は出来ている」
「あの始まりの紋章の奇跡を見てもなお、その考えは変わらなかったわけか」
 一瞬、ルックの手が止まる。
 十数年前。ここより南のデュナンで勃発した、都市同盟とハイランド王国との戦争。それは結果として、デュナン統一戦争という名称で呼ばれる戦いとなり、旧都市同盟の一部と、ハイランド王国を領土とする強大なデュナン国が誕生した。そして、その戦いの旗手となった弱冠十五歳の少年と、その幼馴染で、ハイランド王国の皇王となった二人は、相争い、どちらかの命を贄として甦る真の紋章の一つ、始まりの紋章の二つの相を宿していた。真の紋章の運命から逃れ得なければ、彼らはどちらかが死に、どちらかが永遠の呪いに囚われる。そのはずだった。
 しかし、彼らのお互いを想うその意志の強さが、真の紋章すらも乗り越えた。どちらか選んだ方の命を喰らい尽くすはずの紋章は、二人の想いに応えるかのように、二人に新たなる生命の力を与えた。真の紋章の力を人の想いが超えた、端的な例だ。
「……そうだね。あの時は僕も、人の可能性を信じられる、と思ったよ。ハルモニアに行くまではね」
 ルックがハルモニアに行ったのは、真の風の紋章が見せる運命を打破するための手段を見つけるためだった。それは、あの二人の始まりの紋章の奇跡を見ていたからこそ、自分もまたその可能性を持てるのではないか、と思ったのだ。だが、ハルモニアで見たものは、ルックの想像を遥かに超えた絶大な真の紋章とハルモニアの力、そして自分自身の恐るべき秘密だった。
 自分が『真の紋章を宿すための存在』であることは知っていた。そこから必然と、作られた存在であることも、なんとなく想像はついていた。だが、想像することと、それが事実として突きつけられることの間には、凄まじい開きがあったのである。
 虚ろなる真の紋章の器。それが自分であり、兄であり、あるいは他の多くの失敗作たる壊れた兄弟達であった。全てはあの、ヒクサクという真の紋章を求める、愚かな男のための存在。そしてそれに自分が含まれることが、何よりも許せなかった。
 そう、だからこそ逆らってみせたのだ。ヒクサクに、何よりも、真の紋章に。
 人ですらない自分には、あの始まりの紋章の奇跡をもたらした二人のような奇跡は望むべくもない。だから、絶対的な、奇跡などではなく自分の確たる意志と力によって真の紋章を乗り越えてみせる。そのためにこれまで、苦渋に耐えてハルモニアの神官将などにも就いていたのだ。
「……僕は彼らとは違う。それに彼らの奇跡も、所詮数十年の夢に過ぎない」
 レイはなおも何かを言おうとしていたが、やがて踵を返し、歩き出した。
「……僕を止めるつもりで来たんじゃないのか? ソウルイーターなら、今の僕でも造作なく止められるだろう?」
 真の紋章の中でも、もっとも凶悪な力を持つ『生と死を司る紋章』。その力の前では、ありとあらゆる命ある存在は、なす術がない。それはたとえ、虚ろなる紋章の器であるルックとて、例外ではない。
「そんな義理は僕にはない。僕がここにいるのは、ただの気まぐれさ。むしろ、この地で十分に戦乱を起こしてくれたルックには感謝しているくらいだ。おかげで、ソウルイーターは満足しているよ」
「……らしくなったね、そいつの主として」
 レイは「そうかもね」とだけいうと振り返ることなく立ち去っていった。
 このままこの近くにいたら、彼も巻き込まれないだろうか、と思ったが、考えてみたらレイは真の紋章の所有者だ。そうそう滅多なことで死ぬことはない。
 あるいは彼が止めたら、自分はこの愚挙を止めたのだろうか、と思ったが、すぐそれを否定するように、ルックは首を振った。
「もう、たとえ誰であっても、僕を止めることは出来はしない……」
 ルックは静かに呟くと、再び儀式に集中し始めた。

 目が覚める、という感覚は当たり前のものであるにも関わらず、なぜかその時は酷く違和感を感じた。しかし、その違和感の正体を確かめるより先に、柔らかく暖かい感触が重みを感じさせている。
「う……?」
 目を開けて最初に見えたのは、見慣れた、くすんだ金色の髪――セラの頭だった。彼女は倒れている彼――ルックにしがみついて胸に顔を埋め、ただ泣き続けていた。
「セラ……?」
「やれやれ、ようやく眠り姫のお目覚めかい? あんまり起きないから、制御に失敗したのかと思ったよ」
 その声は、戦いの前に言葉を交わした者の声。
「レイ? まだここに……」
 そこまで言いかけて、ルックは現状の異常さに気がついた。
 まだ「生きている」。
 確かに自分は死んだ。間違いない。
 解放された真の風の紋章の圧力に魂が耐え切れず、肉体と魂が遊離した。いわゆる、完全な死の状態を迎えたはずだ。微かだが、レックナートの声も聞いた気がする。魂が最後に、あの魔術師の塔に還ったのだろうか。
 だが、今の自分は間違いなく生きている。呼吸し、そして全てを感じることが出来る。
「一度死んだ気分はどうだい、ルック」
「……どういうことだ?」
 五感が戻ってくると同時に、意識が鮮明になってきた。今いる場所は、最後に炎の英雄の後継者と戦った、その同じ場所。確か自分は戦いに敗れ、そしてその力を失った。炎の英雄の刃に、命を奪われるところだった。しかしその時突如遺跡が崩れ始め――まああれだけ大きな力が暴れたのだから当然かもしれないが――炎の英雄の刃はルックを捉えることはなかった。しかし既に全ての力を失ったルックは、ただ緩慢に訪れる死を待つだけであったはずなのに。
 良く見ると、遺跡は見事に崩れ去っているにも関わらず、この祭壇だけはまったく被害が出ていなかった。いや、むしろ、まるでこの場所を守るために遺跡が崩れたようにすら思える。
「どういうことだ、と言われても言った通りだよ。君は一度死んだ。もう、君らを知る者で君らが生きていると知っているのは、僕一人だ」
「そういうことを聞いているんじゃない。僕の魂は、既に力を失っていた。セラもだ。これまで無理させすぎた反動で、彼女の命の灯火もまた、消滅寸前だった。それがどうして生きている」
 いや、生きているだけではない。前以上に強い生命力が自分に宿っているのを、ルックは感じていた。ただ違うのは、それが真の風の紋章によってもたらされた生命力ではなく、本当に自分が持つ生命だということ。
 その時になって、ルックは自分の中から真の風の紋章が消え去っていることに気がついた。生まれた時からこの身に宿っていた強大な風の力が、今はまったく感じられない。
「説明より先に彼女を落ち着かせた方がいいんじゃないかな? そのままじゃいつか涙で枯れてしまうよ」
 ルックはその時になって、端から見たら赤面せざるを得ないような状態であることに気がついた。思わず顔を赤らめ、それから急いで上体を起こす。その後で、自分にそんな感情があったことに驚きを感じていた。

「さて、何から説明が要る?」
「……まず、なぜ僕らが生きている」
 ようやく泣き止んだセラを横に座らせ、ルックはかつてのトランの英雄に向き直った。
 セラは泣き疲れたのか、目を赤く腫らし、それでもルックの横から離れようとはしない。
 その様子に、レイは少しだけ笑うと、ルックの方に向き直った。
「ちょっと考えれば分かりそうだけどな……僕が何を持っているか、忘れたのかい?」
 レイはそういうと、手袋をつけたままの右手をぷらぷらと振ってみせた。
「ソウルイーター……」
 本来は生と死を司る紋章。二十七の真の紋章の中でも、特に大きな力と、そして邪悪な意志を持つ紋章である。正直、この紋章に比べたら、真の風の紋章などはまだ聞き分けがいい方に入る。
「そう。この力で、一度君達を殺した。それから、再び君達を蘇生した。大して難しいことでもないよ」
 さらりと言っているが、それはすなわち、強大な力を誇るソウルイーターを、ほぼ完璧に制御していることを意味する。ルックですら、生まれてから三十年以上、ずっと宿してきた真の風の紋章を御しきれてはいないというのに、この男は紋章を宿して二十年にも満たない間に、しかもソウルイーターを御せるようになったというのか。
「この紋章は僕一人のものじゃないからね。紋章が力を貸してくれれば、さほど難しいことでもないさ」
 一瞬、ルックはこの男が心底空恐ろしい、と感じた。ソウルイーターを、いや、生と死の紋章を自在に操れる、ということは、それはもはや神にも等しい。真の紋章はそもそも神の力の、この世界での具現化した形だから、それを宿す者はある種神といえるのかも知れないが、その中でも生と死を操る、ということは生きとし生けるものに抗う術のない、絶対者に等しい存在だ。
「……でも、その力もいつかは紋章の描く未来へとつながるだけだ。所詮君も……」
「それなんだけどルック。なぜ真の紋章が導こうとしている未来が、無味乾燥とした、人の存在しない灰色の世界だというんだ?」
 思わずルックは目を白黒させた。
「それが真の紋章が見せた未来だからだ。君だって見てるだろう。ソウルイーターは真の紋章の中でも、特に力が強いはずだ。それを宿す君が、あの未来を見ていないはずはないだろう」
 一気にまくし立てるルックを見て、レイは小さく笑うと、その右手の手袋を外した。そこにあるのは、死霊が大鎌を持ったような、禍々しい紋章。生と死を司りながら、その業の深さゆえに『ソウルイーター』という恐ろしい名前を持つ真の紋章のひとつ。
「このソウルイーターが、そんな世界を望むと思うかい?」
「あ……」
 ソウルイーターの本質は争乱と混沌。そして流転する生命。争いを好み、なによりその中で死ぬ魂を求め、喰らう。この紋章が、ソウルイーターと呼ばれる所以である。そして当然だが、ソウルイーターは人がいなければ始まらない。そもそも、人を生み、そして死すべき運命を与えているのがソウルイーターだ。そのソウルイーターが導こうとする未来が、あのような世界であろうはずはない。
「確かにこのソウルイーターも未来を見せてくれるよ。そう。永遠の争いの続く未来。僕も最初はそれに、ひどく悩んだ」
 レイはそういいながら、ゆっくりと手袋をつけなおした。
「けどね。考えてみたらこの世界なんて、大差ないんだよ。所詮、争いが続く。それは歴史が証明している。それは、ソウルイーターの意思とは関係なく、人が争いを起こしているんだ。無論、ソウルイーターの意思に影響されたような争いもあるけど、でも僕は、人間がそうそう真の紋章ひとつに振り回される存在だとは思っていない。たとえば、あの十五年前のデュナン統一戦争は、間違いなくあの二人の意思によって続けられた。そこに、ソウルイーターの意思の介在する余地はない。だから結局、ソウルイーターが望む未来は、長い目で見たらもう訪れていることになる」
「けど、真の風の紋章は、確かにあの空虚な世界を望んでいた。それは……」
 レイはやれやれ、というように首を振ると、左手をかざしてみせる。ややあって、そこに光が生じ、そしてひとつの珠が現れた。今回、ルックが真の紋章を奪うときに使った、あの魔器である。そして、その中にあるのは。
「真の風の紋章……」
「放置しておくわけにもいかなかったのでね。幸いこの封印球がひとつ、無傷で転がっていたから、利用させてもらったよ」
 なぜかルックは、とても不思議な感覚がした。これまで、自分の魂と強く結びついて、意識しなければ右腕に顕れることもなかった紋章。それが今、自分から離れて別の場所にある。それはどこか現実離れしていて、しかし現実なのだ、と思った時、なぜかとても嬉しく思えたのだ。
「ルックともあろう者が、またひどく視野狭窄的になったものだね。君が見ていた真の風の求める未来。それは、他ならぬハルモニアの――いや、神官長ヒクサクの持つ、法と秩序を司る円の紋章が求める未来じゃないか?」
「え?」
「真の紋章はそのすべてが対等というわけじゃない。始まりの紋章に象徴される、剣と盾。その戦いの末に生まれた二十七の真の紋章。それらはどれも世界を組成するほどの力を持っているけど、その中でも格がある。そして、円の紋章はおそらくその中でもほぼ最上位だ。始まりの紋章が持つ相の一つ、秩序を司っているわけだからね」
 そしてレイは、この十五年間の間に手に入れた真の紋章に関する知識を、ゆっくりとルックに語り始めた。
 真の紋章に格がある。それにレイが気付いたのは、デュナン統一戦争の時だ。まがりなりにも真の紋章と呼んでも差し支えないはずの黒き刃、輝く盾の二つの紋章は、とある祠に封じられていたという。真の紋章を封じる技術は、古シンダルの技術だ。だが、その祠はどう見てもシンダルの技術ではなく、簡単な――それでも一般的には十分複雑だが――術の跡が見られただけである。つまり、黒き刃、輝く盾の紋章は、力としては真の紋章に匹敵するほどの力がありながら、それを封じることは比較的容易だったということになる。
 そしてレイは、真の紋章の知識を得るために、危険を承知でハルモニアの首都、クリスタルバレーにある一つの神殿へと赴いた。だが、結局彼は一つの神殿には入らなかった。そこで、その神殿を包む圧倒的な、自分の持つ紋章と同等の、そして対極の力を持つ紋章の力を感じたからである。
「正直、驚いたよ。あれほどの影響力を、僕は他に知らない。あのバルバロッサの持っていた、覇王の紋章などあれに比べたら可愛いものだ」
 仕方がないので、レイは人を使って一つの神殿の資料をあたることで、真の紋章には属性が存在するという結論に達した。すなわち、秩序と混沌、そしてそのどちらでもない、という三つの属性である。
「どちらにも属さないその代表例は獣の紋章かな。獣の紋章が司るのは、破壊と守護。両極端だろう? つまり、これはどちらにも属することはない、両方の性質を持った紋章ということだ。そして円の紋章はもちろん秩序に属する。僕のソウルイーターは混沌にね。そしてこの二つの陣営――すなわち、剣と盾それぞれから生じたこの真の紋章達は、自分たちの陣営を増やそうとしているんだ。そう、つまり属性を侵食する。そしていうまでもないと思うけど、本来五行の紋章は、どちらにも属さない紋章なんだよ。そして紋章が求めるものは、たとえば真の風であれば、それは風の吹き渡る世界。秩序でも混沌でもなく、ただ風の導くままに流転する世界。……つまり、現在の世界を望む」
 ルックとセラは、ただ呆然とレイの話に聞き入っていた。これまで、真の紋章の示す未来は絶対だと思っていた。だが、目の前のかつての英雄は、真の紋章それ自体が決して単一の存在ではないことに目をつけ、真の紋章の求める未来が定まっていないという結論に到達していたのだ。
「真の紋章は、確かに神の力の具現かもしれない。でもそれが、二十七もの数に分かたれたことによって、それらは統一された意思を欠いた。そしてそれぞれに、自分達が最大の力を発揮しうる未来を望む。しかし、力の強い紋章は、明確な未来を求める力を示すことによって、他の紋章にも影響を与えてしまう……そう、たとえば永きに渡ってハルモニアの、円の紋章の影響下にあった真の風や真の火は、円の紋章の求める未来を示すようになってしまう」
「じゃあ、僕が見ていた未来は……」
「円の紋章の望む未来だろうね。話のとおりなら、まさにぴったりだろう?」
 確かに、法と秩序を司る円の紋章の未来は、あの完全なる秩序が支配した世界だろう。それ以外はありえない。
「あるいはヒクサクが真の紋章を求めているのは、秩序にも混沌にも属さない紋章たちを、すべて秩序に取り込むため――つまり、真の紋章の求める未来を導くために世界を変えるために行っているのかもしれない。まあ、ここまではわからないけどね」
 レイはそこで肩をすくめる。
「……その真の風の紋章をどうするんだ?」
「そうだね。とりあえず僕が持っておくよ。宿すことはできないけど、この紋章球なら持ち歩くのに不自由はない。あるいはずっと僕が持っていたら、真の風は本来の、秩序にも混沌にも属さない元の属性を取り戻すかもしれない。……まあ、混沌に一気に傾く可能性もあるけどね」
 レイはあっさりというと、真の風の紋章を封じた紋章球を消す。この紋章球は、わずかに位相のずれた空間に『置いて』おくことができるのだ。
 そしてレイは、立ち去ろうとして、ふと立ち止まり、振り返った。
「ああそれから言い忘れていたけど」
 レイは呆然としたまままだそこに座っているルックとセラを振り返る。
「真の紋章によって奪われたはずの君の生命は、すべて元に戻っている。もう真の紋章を宿していないけど、このまま生きていくことはできる。そしてさっきも言ったように、君の生存をしる者は、もう僕とそのセラ以外一人もいない。一人の人間として、好きに生きるといい。せっかく拾った命だ。出来るだけ使い倒してみるのも、いいんじゃないか?」
 レイはそれだけいうと、突然ふっと消えた。どうやら瞬きの紋章によるテレポートを行ったようだ。十数年前はそんなことはできなかったはずだが、彼もまた、無為にこの十数年を過ごしてきたわけではないらしい。
「……好き勝手言ってくれる……」
「ルック様、これからどうなさいますか?」
 その時になって、ルックはようやく隣にセラがいることを思い出した。どうやら、レイの話に圧倒されて、周囲のことを完全に忘れていたらしい。
「どうする……か。でもいまさら、僕が許されると思うかい? 百万の屍の山を築こうとした僕が……?!」
 全部言葉を言い終わるより先に、セラがルックに抱きついてきた。そしてそのまま、強く強く抱きしめる。
「セ、セラ……!?」
 心のどこかで、このあまりにも一般的な反応にも驚いていた。これまで、感情などというものはもう全て失ったと思っていたのに。
「生きて、ください。ルック様。私には、貴方しかいないのです……」
「セラ……」
「私は、ルック様の行かれる道ならいかなる道をもついて行きます。それが、あの一つの神殿で、ルック様の手をとった時からの、私の誓い。でも、だからこそ、セラはまだルック様の手をとっていたいのです」
 セラの言葉の最後には、ほとんど涙と嗚咽が重なっていた。
『一人の人間として、好きに生きるといい』
 レイの最後の言葉が、ルックの脳裏によみがえった。
(一人の人間として、か……)
 今回の事件についても、おそらくレイはほとんどを知っているだろう。そして、自分やササライの出生の秘密も。それでもあえて、彼は言った。『人間として』と。
「セラ」
 ルックはセラが泣き止むのを待って、優しく声をかける。
「僕の罪は許されるものではないと思う。でも、それでも生きていてほしいと願う人がいるなら、僕はそのために生きたいと思う。そして……もしあるなら、僅かでも罪を償う道を、探したいと思う……」
「ルック様」
 セラはゆっくりと顔を上げると、涙を拭わずに、微笑んだ。それは、ルック自身初めて見る、セラの心からの微笑みだった。
「世界中がルック様の敵であっても、私はルック様と共にあることを選びます。だから、ルック様は、生き続けてください……」

 償いきれない罪。けど、それに代わる何かを成し遂げることはできると思う。紋章に支配されることは何よりも不幸だ。そして、それがハルモニアという強大な国家を覆い尽くしているというのなら、それを解放する。それが、自分にできる償いの形。
 たとえどれほど険しい道であっても、いつか、必ず成し遂げてみせる。
 ただ今、この一時だけは休んでもいいだろう。三十年もの間、一度として手に入れることのできなかった安息を、手にしたのだから。




 勢いオンリー(ぉ
 幻水3に坊ちゃんが出なかったのがひたすら不満で、それでどうにか出そうと思って作ったお話です。まあ……確かにこのストーリーだとねえ。坊ちゃん出てきたらちょっとまずいですね。でも出てきてほしかった……(えぐえぐ)
 紋章の属性やら影響やらは無論勝手な捏造です。でも、そうすると説得力ちょっとありません? ねえ、ねえ(同意求めるな)。まあこのあたりはOthersの方で語ってます(w
 とりあえず坊ちゃんが出したくて、それだけで書いたものですので投石不可(マテ)。まあルック×セラなんてほとんどデフォルトだし、まあいいかなあ、とか。ラストが盛り上がりもなにもなくいきなりらぶらぶ(死語)ですが、セラに関してはゲーム中に散々出てきますしねえ。とりあえず問題ないでしょうっ(笑)。もっともこの先でルックとセラがくっつくかはかなり怪しいかも……。セラの気持ちは決まってると思いますが、ルックがねえ。完全に保護者になっていると思うし……。
 なお、作中で書く場所がなかったのですがゲームのラストの遺跡崩壊は、紋章の力の影響ではなく坊ちゃんがやったものです。トドメ刺させないために。しかし幻水シリーズって、ラスボス倒した後は必ずその場所が崩壊しますよね……。




戻る