風の盟友――悪夢の続き


●注意●
幻水3をある程度進めてから読みましょう
また、タイトルに騙されてシリアスと思わないよう(ぉ



「我が憎悪の元凶……我が悪夢の元凶……」
 躊躇う事なく言葉にした。何度も、何度も。
 この身を焦がす憎悪を口にする。かつて、憎悪を噴出させる手段だったそれすらも、永き時の中で意味のないものになっていった。否、意味はある。忘れぬ為に。
 この黒い感情を忘れる事なんてあるのだろうか。考える間でもなく、その様な事はありえない。だが、それでも憎悪を、深く深く、魂に刻み付けずにはいられない。
「……やっと見つけたよ」
 背後から、唐突に響く声。この声の主に、二人ほどの心当たりがユーバーにはある。声音は、少年とも青年ともつかないが、彼の推測が外れていなければ、年相応のものという訳ではないだろう。だが、相手を断定出来る程、どちらとも親しかった訳ではない。
 同じ側に属していたか、敵対していたか。ただ、それだけに過ぎない……前者に関しては。後者に関しては、出来る事なら、二度と会いたくはない相手だ。
 前者であってくれ――
 希望を持つ事なんて、遠い昔に置き去りにしてきたはずのユーバーも、僅かだとしても望まずにいられない。
 ――どうか、頼むから。
「……おまえは、ハ、ハルモニアの……」
「どうやら、瞬殺されたいみたいだね」
 いつかと同じ、愉悦に満ちた声。ユーバーの微かな期待も何も、たったそれだけの言葉に粉砕された。
 彼らしくもなく、カクカクとした動きで振り返る。そこに居たのは少年だ。……何と言うか、格闘戦だとしたら、ユーバー相手に10秒もてば万々歳、と言える程に、弱そうな少年。
 だがこの少年を前に、ユーバーは恐怖というものを感じていた。
 少年の名は……忘れもしない。出来る事なら忘れたいが、恐怖が……それこそ魂に、真の紋章の恐怖として刻み付けられた恐怖が、それを許さない。
「……ル、ルック」
「そうだよ。ところで、言い遺す事はそれでいいのかな?」
 高々と掲げられた右手に、思わずユーバーは後ずさる。直接味わった訳ではないが、あの時以上の威圧感を少年からは感じ取れた。どうやら、自分は地雷を踏んでしまったようだ。
 ルック一人に対し、此処まで恐怖を感じているのだ。あの時逃げていなければ、どうなっていたかは考えるまでもないだろう。そう思えば、あの日以来連夜続いた悪夢で済んだのは、奇跡に近い。逃走の時間を稼いでくれた己の眷属に、改めて感謝せずにはいられない。
「ま、待て」
 押し出すようにして、言葉を紡ぐ。内心の動揺が言葉の端々から見て取れるような気もしたが、この際、キャラクターにこだわっている余裕はない。
「意外と、往生際が悪いんだね」
 ルックは、冷ややかにユーバーを一瞥する。ただの一瞥でさえ、寿命の縮む思いがする。しかも、右手は未だ掲げられたままなのだ。掲げられていようといまいと、彼の命はまさしく風前の灯。何せ、踏んではいけない地雷を力一杯踏み抜いてしまったのだから。……よりによって、真なる風の前の灯火になるなんて、よくよく運がない。
 負けるな……頑張れ、私。
 心の中で、何度も何度も呟いてから、ユーバーは最初に浮かんだ疑問をルックに投げつけ……投げかけさせて貰った。
「どうして、おまえが此処にいる」
「今となっては、別にどうでも良い事なんだけど?」
「よくない、よくない!」
「案外と細かい奴だな。まぁいいよ」
 ゆっくりと、ルックの右手が降ろされて行く。そのことに安堵しつつ、未だ風前の灯火である事を、改めて感じる。右手の昇降に、細心の注意を払わなければならない。一瞬でも注意が逸れれば……永き刻に終止符が打たれるのだ。
「感謝して貰っても良いんだよ?この僕が、君に頼みたい事があるんだから」
 これが人に物を頼む態度なのだろうかとも思うが、そのような事よりも、『頼みごと』がある、という衝撃の大きさのあまり言葉がでない。言葉を紡ぐ為に動かされた口が、発声する事が出来ずにパクパクと動いた。
「た、頼みたい事だと……?」
 気を取り直して。改めてユーバーは口にする。何かの間違いであってほしい、頼むから私に関わらないでくれ。そんな思いが込められた言葉も、先程同様、ルックの答えに打ち砕かれた。
「そうだよ。そうじゃなければ、わざわざこんな所まで出向いてなんかやるもんか。まぁ、強制的に召還してもよかったんだけどね。流石に僕でも、それ位の礼儀はわきまえているさ」
 礼儀をわきまえている人間が、瞬殺なんて言葉を用いるだろうか。
 ふと、疑問に思ったが、それを口に出す程、ユーバーも命知らずではなかったらしい。
「何か?」
「いや何も」
 一瞬の間もおかず否定する。こんな所で死ぬ事だけは、何としても避けたい。真の紋章の手に掛かるとはいえ……理由が間抜け過ぎる。永き痛みが、永き苦悩が、無駄なものとして灰燼に帰してしまう。
「そう……。でも、なんでこんな所にいるんだよ。瞬きの紋章を使ったから良かったものの……いや、使っても僕にこんなに苦労させて。此処にもいなかったら、見つけたら即座に輝く風でも挨拶代わりにお見舞いしてやろうと思っていたのに……」
 ぶつぶつと、ルックは続ける。この場から動かなかった自分に、ユーバーは心の中で盛大に拍手をしてみた。何せ、挨拶をお見舞いされる事がないまま、恐怖と遭遇したのだから。それとも、挨拶の直撃を受け、昏倒していた方が、自分にとってはよかったのだろうか。
 ルックのお見舞いは、輝く風の予定だったようだ。……葬送の風でないだけ、マシだろうか。
 ふと、そんなことをユーバーは考えてみた。こちらが被る痛手は、輝く風の方が大きいが、葬送の風の即死効果によって何も知らないまま終焉に導かれるなんて、冗談ではすまされない。
 そうだ、きっとマシだったのだ。そして、何もなかった今、これはなけなしの運が引き寄せてくれた、最良の選択だったのだろう。
 と、彼は思う事にした。
 ユーバーは気がついていなかった様だが、ルックが輝く風を選んだ事には勿論理由がある。至極簡単なことだ。旅の疲れを癒しながら、相手に制裁を加える事が出来る。これにユーバーが気付かなかったのは、不幸中の――砂粒程度の――幸いだったのかもしれない。
「それで、頼みたい事とは何なんだ」
 終わりが見えないルックのぼやきを、ユーバーはなんとか本筋に戻そうとした。どちらを聞いていても、自分の命は危険に思えるのだが、ぼやきが長じて怒りに変わったら……それは確実な最期を意味している。
 ユーバーの疑問に、さすがのルックもぼやくことをやめた。本筋に戻らねばならないのは、ルックにしても同じだったようだ。
「あぁ、そう言えばそうだったね。ユーバー、僕の盟友とならないか?」
「……何だと?」
 盟友、だと?
 自分を恐怖で凍り付かせている相手から発せられた言葉だと信じる事が出来ない。
 だが、ルックの目は真剣そのものだった。……悪い冗談ではないらしい。
「面倒だからかいつまんで話すけど、僕の目的の為に君の戦力が欲しい。君の望む血も、争いも、混沌も……僕の近くにいれば、かなり味わえると思うんだけど……どうだい?」
 ルックの提案は、確かに甘美なものだった。デュナン統一戦争以来、ユーバーの望みを満たすような争いなど、殆ど存在しなかった。
 だが……彼の提案には、ユーバー自身が背負うリスクが大きすぎるようにも感じた。いついかなる時も、恐怖を、死を感じていなければならない、というリスクがある。
 それは、避けたい。
「悪いが、こ……」
「へぇ、断れるんだ?この僕の、盟友と言う立場を」
 右手が、すっと掲げられる。
 ルックの表情は、今まで見た事のない位、慈愛に満ちた笑みだった。顔の造作は美少年なのだ。何も知らない人間が見たら、思わず目を奪われるだろう。
 だが、今のユーバーにとっては、死神の笑みに見えた。刈り取る獲物を前にした笑み。死に逝く魂に対する、愛惜の笑みに。
 これは、頼みごとなんかじゃない。ユーバーは思う。これは、強迫と言うのだ、と。しかも。
 ――逆らえば、イノチハナイ。
「まさか、そんなっ!よ、よ、喜んでっ、喜んで盟友とならせていただきますっ」
「そうか。よかった」
 某氏が此処にいたら、そのユーバーは偽者だと断言すると思われる程に狼狽えながら、ユーバーは『頼み』をきく事を、自ら選んでしまった。
 す……と、降ろされるルックの右手。
 深い呼吸を繰り返しながら、ユーバーはその様子を見つめていた。強く握られた両の手は、脂汗で濡れている。
 これから、毎夜ではない。寝ても覚めても、悪夢が目の前にあるのだ。
 そう考えると、あれだけ永いと思っていた過去の生も、短すぎる時だったように思える。
 悶々と、苦悩を続けるユーバーに対して、ルックは己の目的実現に、小さいながらも一歩近付く事が出来た事に満足していた。
「じゃ。これからも、よろしくね」
 その言葉と、ルックの愉悦の表情に。
 改めて、真の紋章に対する畏怖の念を強めるユーバーだった。

 ルックの、新たなる盟友に祝福あれ。





 え〜と、indigoさんから強奪しました(ぉ
 いや、もう間違いなくこの表現で正しいです。ずっきさんと私とindigoさんの3人で飲みにいったその席で確約とりまして、書いてもらっちゃったものです(まぢ)
 なんでそういう話になったんだっけ……まあいいや(コラ)
 酒の席で「どうやって仲間になったんだろうね〜」とか話してたら発展したのは確かです。そして書いてもらうことになりました……っていうか書かせたという話もあり(爆)
 いや〜、もう大笑い。湯葉……もといユーバー……お前、微妙に情けないやつだな……まあ、ルックが相手だ。仕方ないか。なお、内容的にはうちにある『わが悪夢の元凶』の影響もあるトカないトカ……(笑)
 なお、ご本人のindigoさんから注意書きの要望が。
『剃刀メールはご遠慮したいです』だそーです(笑)

 で……さらにあとで、承前とも言うべきお話をもらっちゃいました(w




承前


「本当にこの次には居るんだね?」
 ペシュメルガはその言葉に一も二もなく頷いた。
「そろそろ限界なんだよね。同じ軍で戦った縁があるとはいえ……次居なかったら制裁だよ?」
 大体いつもこんなだからいつまで経ってもユーバー捕まえられないんだよ、と続くのに、ペシュメルガは心の中ではらはらと涙した。こんなことなら、甘い台詞に負けず今までどおり独りでやっていけば良かった。後悔先に立たず。
 ――僕は君もユーバーも盟友にしたい。僕の目的が果たされた後になら、君達の因縁とやらに決着をつけようと何しようと好きにすればいい――。
 そう言われペシュメルガは彼の盟友になった。
 だが実際はルックがユーバーを見つけるのではなく、彼がレーダーの様なことをさせられている。それがどうもうまくいかず、ユーバーがそこに居た痕跡はあるのに、本人には遭遇できない。そんなことが何度か続き……現在、彼の盟友はご立腹なのだ。
「次いなかったら……そうだね、昔のよしみで切り裂きにしてあげるよ」
 笑み一つ浮かべもせずルックは言い放つ。
 こいつ、本気だ。
「次こそ……必ず……」
「ふぅん……じゃあ、行くよ」
 ユーバー、そこから動くなよ。
 心中で呻きながら、ペシュメルガは今日も宿敵との再会を熱望している。



 携帯のメールでいただきました(w
 いや〜笑った笑った。ということは上記で、きっとペシュメルガは草葉の陰(違)からこっそり見ていて、きっとユーバーに絶望(?)して……というよりはルックの恐ろしさに恐怖して逃げたんでしょうね……可愛そうに……(ほろり)<ぉぃ




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