愛のカタチ



「…あれ?どこに行ったんだろう…」
 誰もいないペルルーク城の回廊で、スカサハはぽつりとつぶやいた。
 セリス達解放軍はトラキアの制圧を果たしてすぐ、ミレトスへの足がかりを得るためにまず最もトラキア側に位置するペルルークを解放した。すぐ西のクロノス城にはアーサーとティニーの伯母であるヒルダがこちらの動向をうかがっているが、まだ攻めてくる気配はなく、解放軍は束の間に訪れた休息を楽しんでいる。
 ペルルークはミレトス地方のいちばんはずれにあるとはいえ、グランベルやレンスターとの地中海貿易が盛んであり、街は以前立ち寄ったトラキアと比べて店も多く、賑やかである。今日は偵察に残っているオイフェとフィンとハンニバル以外はほとんど、恋人同士でペルルークの街へ遊びに行ってしまっていた。
 …というわけで、スカサハもユリアを誘って街に出かけようと思っていたのだが、肝心のユリアがどこにもいない。
 懐から小さな皮袋を出し、軽く手のひらで弄ぶ。こっそりと貯めてきたお金がちゃりちゃりと、袋の中でいい音を立てている。
 中庭の辺りを見ると、ちらほらと雪が降り始めていた。冬が近いのだ。
「仕方ないなぁ、一人で行くか」
 スカサハはくるりと背を向けて、城門の方向へ向かった。

★★★

 ペルルークの市場の陽気な喧騒を聞きながら、スカサハはぶらぶらと街道を歩いていた。雪はそんなにひどくは降っていない。外套の上に落ちるとすぐ、雪の粒は儚く消え去ってゆく。
 ユリアと初めて会ったのも、こんな雪が降る日だった。そしてあれから、1年が過ぎようとしている。
「あ」
 スカサハは思わず右にあった小さな店に目を留めた。麻布の上に、綺麗な装飾品がたくさん置いてある。スカサハは近寄って、しげしげと商品を眺めた。
 一見粗末だが不思議な輝きを放つ翡翠の指輪に惹かれて、それを手にとり、目の前でにこにこしているおばさんに差し出す。
「これ、いただけるかな?」
「はいよ。これを選ぶなんて、お兄ちゃん目が高いねぇ」
 ?…単にこれがいちばんデザインがあっさりしていて、値段も安いと思ったからなんだが…。
 何で誉められたのかよくわからないまま、スカサハはぼーっとしてるうちに、おばさんにしっかり20000Gを取られてしまった。長い間貯めていたへそくりは今の買い物で一気にすっからかんになった。
 空っぽになった皮袋に、お金のかわりに小さな包みを入れる。懐の軽さが異様に寒々しい。
 その時、背後で聞き覚えのある声がした。
「へへっ。見ぃ〜た〜わ〜よ〜?」
 冷汗がして後ろをゆっくり振り返ってみると、ラクチェとヨハルヴァがにやにやとこちらを見て笑っていた。

★★★

「いや〜アニキもやるもんだねぇ。カノジョにプレゼントなんて」
 自分だってさんざんラクチェに貢ぎまくってるくせに、完全に棚に上げたことをヨハルヴァは言う。
 その証拠に、ラクチェはまた新品のプロテクターを身に着けていた。毎回戦いで活躍しているから、すぐぼろぼろにしてしまうのだろう。だからって、ラクチェも自分でいっぱい稼いでいるんだから、何も貢がせなくてもいいものだが…。
 その上ラクチェの左手の薬指には、見なれぬ金色の指輪が光っていた。母譲りのスキルリングとはまた別物の、普通の指輪だ。あれもヨハルヴァからの贈り物だろう。
「ユリアへのプレゼント買うんだったら、言ってくれたら一緒に選んだげたのに」
「いや、最初はユリアと一緒に選ぼうと思ってたんだけどさ。…それに、お前はふつーの女の子とは趣味が違うからなぁ…」
「…なぁんですってぇ〜!?」
 ぼそっとスカサハが言った言葉をラクチェは耳聡く聞きつけ、頬の筋肉をぴくりと動かす。それを合図にバトルが始まろうとする気配が漂ったが、ところでさぁと言ったヨハルヴァの気の抜けた台詞で、兄妹漫才は急に終了した。
「アニキはユリアと一緒じゃなかったのか」
「…勝手にアニキって言うなよ」
 スカサハの小声のツッコミも聞いちゃいないのか、ヨハルヴァは真剣な顔をして、横にいるラクチェと何事か話し合っている。こそこそとしゃべっているので、スカサハには何を話しているのかわからない。
「…はぁ、やっぱりな…」
 ヨハルヴァが急にでかいため息をついた。何の事だかさっぱりわからず、スカサハはぼーっとしている。ラクチェが何だか心配そうに、スカサハの顔を見上げた。
「あのね、スカサハ。私さっき、街でユリアを見たわ」
 その次のラクチェの台詞は、スカサハにとっては衝撃的なものだった。
「ユリア、セリス様と二人で買い物してたの…」

★★★

「この戦いが終わればミレトスの自由都市へ行くから、そこでしばらく休むといい」
「……」
「あ、そうだ。二人で買い物に行こうか。ユリアが好きなものを買ってあげる。でもあまり高いものはダメだよ、レヴィンに叱られるからね」
「セリス様ったら…でもうれしい、ありがとう。それじゃぁ…」
  「…とまぁ、ずっと前に二人がこーいう会話をしてた現場を、俺達は見ちまったわけなんだが…」
「…でもまさか、ホントに二人で買い物に行っちゃうとわねぇ…」
 話を聞いていたスカサハは、既に頭の中が真っ白になっていた。ラクチェとヨハルヴァが何とかフォローの言葉を探すが、何て言ってやればいいのかわからなくて、顔を見合わせてため息をつく。
 両手で抱え、しゃがみこんだスカサハの頭の中には、いろんな考えが渦巻いていた。
 そーいえば、ユリアはセリス様のことが好きだった。それもたった1年前。いきなり気持ちが再燃してもおかしくない。
 そーいえば、最近またセリス様とユリアは親密になってきてる。おまけにさっきヨハルヴァが教えてくれたあの会話。どー考えても仲が良すぎる。昨日だって俺はユリアを誘おうと思ったのに、何故かユリアは俺のことを避けて、セリス様と話をしていたような気が…。
 そーいえば、今日はラナは杖の修理に出かけているはず。まだセリス様とラナは結ばれてはいない…まさかセリス様、そーやってラナを遠ざけといて、その隙にユリアとデートを…。
 考えれば考えるほど、思い当たるふしが涌き出てくる…。
 ラクチェはスカサハの側にかがみこんで、無理して笑顔を作り、そっと顔を覗き込んだ。
「ス、スカサハ…。だいじょーぶよ、まさか二人がよりを戻したなんてことは…」
 そこまででラクチェははっとして言葉を止めた。スカサハの顔は見る影もないくらい蒼白になっていたのだ。
 スカサハはがっくりとその場に膝をついた。懐にあった小さな包みを取り出し、右手でぎゅっと握り締める。
「…いや、いーんだこれで。もともとユリアはセリス様のことが好きだったんだから…。俺は、彼女が幸せなら、それで…」
「ラクチェ、ヨハルヴァ…それにスカサハ、こんなところでいったいどうしたの?」
 悲壮な表情でそう言ったスカサハの頭上から、不意に無垢な青年の声が降ってきた。
 見上げると、噂の渦中の人物であるセリスとユリアが、きょとんとしてこちらを見ていた。

★★★

「ちょっとセリス様ー!ひどいですよ!!」
 ふと気づくと、ラクチェが立ち上がってセリスに突っかかっていた。
「スカサハに内緒でユリアを連れ出すなんて!」
「ああ、そうそう」
 にっこりと笑顔でぽんと手を打つセリスに、ラクチェは脱力して肩を落とした。セリスはそんな彼女に構わず、ほらユリア、とひじで軽くユリアをつつく。
 ユリアは真っ赤になってセリスの影に隠れていたが、やがてスカサハの前にしゃがみこみ、ばっと勢いよく、後ろに隠していた両手を差し出した。
 手には、キラキラと銀色に輝く少し大きめの指輪が握られている。
「…ユリア…?」
「あのっ…あの…いつも私のこと護ってくれてありがとう、これからもよろしく!」
 ユリアはそこまで一気に言ってしまうと、また耳まで真っ赤になって顔を伏せた。スカサハは何が起こったのか今一つわからず、ただ茫然と指輪を見ている。
「いやー…。ユリアがこの前、自分はスカサハにいつもお世話になりっぱなしだから、何かお礼をしたいって言ったんだよね」
 あっけらかんとしたセリスが、これまた茫然としているラクチェとヨハルヴァにぺらぺらとしゃべっている声が聞こえる。
「それでさ、びっくりさせようと思って内緒で買い物に誘ったつもりだったんだけど…やっぱり、何かまずかったかな?」
「…何だ、そーいうことかよ」
 ヨハルヴァがほっとしたように、ふうと息をついた。スカサハはさらに力が抜けて、ぺたんと地に足を崩してしまう。
「…あのぅ…ス、スピードリングなの。スカサハ、いつも前線にいて、よく怪我したりするでしょ…だからせめて、少しでも攻撃を避けられるようにと思って…」
「そっか…ありがとう、ユリア」
 スカサハは微笑んで、差し出されたユリアの手からリングを受け取り、指にはめた。代わりに自分の手に握り締めていた包みから翡翠の指輪を取り出し、ユリアの手を取って、そっと薬指にはめてやる。
「!…これは…」
「俺達、出会って1年たったから…記念にと思って」
 顔を上げたユリアの目には、涙が光っていた。
「俺こそ、これからもよろしくな」
「…はい…!」
 照れくさそうに笑うスカサハと真っ赤になりながらも満面の笑みを湛えるユリアを、セリス達は半分呆れながらも温かく見守っていた。

「でもさー、どっか色気ないのよねスカサハってば」
「は?何だよいったい。それに第一、お前に言われたくないぞ」
「だってあの指輪、シールドリングじゃない。そりゃ実用的でいいって言えばいいかもしれないけどさ、恋人にはやっぱりちゃんとした婚約指輪をあげなきゃよねー」
 そう言って軽い足取りで去ってゆくラクチェの後姿を、スカサハはまた茫然と見送っていた。
 目が高いよと言っていた、おばさんの言葉を思い出す。  そっか…あれ、シールドリングだったのか。
 どーりで、異常に高かったはずだ…。  冬の初めの雪と一緒に、寒々しい風がひゅるりとスカサハの懐をすり抜けていった。
FIN




※後記
 1000ヒット達成記念リクFE版第1弾ということで、のらんさんリクのスカユリです。スカユリのシリアスはもう飽きるほど(いや、飽きてないな…)書いてるので、「よし!いっそのこと思いっきりギャグにしてみよう!!」と思い、いざ書いてみたらどんどんとギャグになっていきました。
 それにシリアスな小説書きは、のらんさんのが大先輩ですので…(^^;)
 でも甘ーいところはしっかり甘かったりするので(指輪交換vv)、そこはやっぱ私だなぁって感じですが。
 何でこの話にしたかといいますと、9章ラストのユリアとセリスの台詞が何だかなーと思ったからなんですよね。だってたいてい、この辺りでセリラナ(この話の中ではまだカップリングさせてないけど)&スカユリは成立してるのに…。じゃあマジで二人で遊びに行っちゃったらどうなるのか!?てことで、この話が出来ました。そしてこの直後、ユリアはマンフロイに攫われる…あーあ。
 初めてギャグな話を書いててすごく楽しかったです。よろしければこの話はのらんさんへ、もらってやってくださいまし。
 次はシャナン×パティを書くぞ!
BY 紺瑠


頂いてしまった幸運な人より(^^)

いや〜、ギャグというよりラブラブでしょう(笑)
ペルルークの買い物はやっぱりお互いのためですね(^^)
でもこの後いきなりシビアな現実が待っていると思うとちょっと辛いかも。
私はこういうノリの小説は上手く書けないので羨ましいです(^^)
ありがとうございました♪

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