「まったく、疲れましたっ。永久に終わらないかと思いましたよっ」 投げやりな台詞と共に、どかどかと聖衣箱を放り投げた長髪の男は、もう嫌だ、とばかりにその場に座り込む。 「ふむ。ご苦労だったなムウ。だが、黄金聖衣の修復なぞ、そうそう出来るものでもあるまい。私ですらやったことがないのだ。いい経験だと思うぞ」 「教皇……やってみれば分かります。どれだけ大変なことか。しかも、ちょっとでもミスしたら、あとで何を言われるかと思うと……」 ムウ、と呼ばれた人物は、そこで嘆息する。 事の始まりは、聖戦が終わった直後だった。 ムウ達黄金聖闘士は、残らず全員、嘆きの壁を破壊した時にその余波で消滅してしまったはずなのだが、気付いた時、彼らは聖域で眠っていたのである。いわゆる奇跡というやつだろうか。あの嘆きの壁で散ったはずの聖闘士、いや、それだけではなく、その前にハーデスによって蘇生させられた聖闘士等、冥界で死んだはずの者も、ことごとく生き返ってきてたのだ。理由は、分からない。 とにもかくにも、ここ数年の間に死んだはずの聖闘士数十人が復活したため、困ったことが起きた。聖衣が足りなかったのである。 元々、聖衣は八十八しか存在しない。しかし、実数はもっと少ない。過去の聖戦において破壊され、そのまま修復されていない聖衣なども数多くあるからだ。そして、その修復が急務となり……そのとばっちりは、現存する唯一の聖衣修復技術の保持者、ムウに回ってきたのだ。ただ、ジャミールにいながらペガサスとドラゴンを直したのが数年ぶり、ということからも分かるように、それまで思いっきりサボっていたのだから、当然といえば当然と言える。 だが。 「第一教皇、いえ、我が師、シオン。貴方も手伝ってくれたっていいじゃないですか。私に聖衣修復の技術を授けて下さったのは、貴方なんですから」 「馬鹿を言え。私は教皇という激務で忙しいのだ。それに、もう年だ」 「……18歳に若返った身で何を……」 ムウは心底恨みがましい目でシオン――教皇を睨みつけたが、教皇は、そのマスクに隠された状態でもはっきり分かるほど、思いっきり目を逸らしていた。 「で、無事終わったのか?」 「ええ。これで一応、現存する聖衣は全部直しました。もう、黄金聖衣の修復だけは勘弁願いたいですが。大体、ポセイドンが余計なことさえしなければ……」 「ま、まて、ムウ。いくらなんでも神を相手にその口調はまずいぞ」 「関係ありませんよ。どうせあのジュリアン坊ちゃんの中にいるだけでしょう」 毒舌に磨きがかかっている。シオンは、自分が死んでいた十三年の間に弟子が成長していることを改めて思い知った。 ……とっても嫌な認識の仕方だが。 「どうせタナトスにあっさり砕かれるんだから、黄金聖衣を星矢達に届けるなんて無駄なことをしなければ、私がこんな苦労をすることなんてなかったんです。ああ、それを言えば先に星矢達がさっさと神聖衣を発現させていればこんなことにはっ」 「それはそうだが……」 「大体、教皇、貴方がちゃんとアテナの血を受けた聖衣がどういうものかの説明をしていれば……」 「ま、まて。それはわしも知らなかったことなんだ。単に超次元を超えられるとだけ……」 そこでちょうど、教皇の間の扉が開かれる音がした。 「ムウ、聖衣の修復が終わったそうだな」 入ってきたのは、乙女座の黄金聖闘士、シャカである。彼の聖衣も、タナトスに粉々にされてしまっていた。 「ええ、終わりましたよ」 シャカはそうか、ご苦労だった、というと、さっさと自分の聖衣箱を抱えて出て行こうとする。 「ちょっと待って下さい。それだけですか?」 「……何かまだあるのかね?」 ぴし、と。空気が緊張するのを、シオンは感じた。 これは……とっても嫌な予感だ。それも、特級に。 「私が何日も徹夜して、目に隅作ってまで貴方の聖衣を直したというのに、それだけですか?」 「……礼か? 今言っただろう。『ご苦労だった』と」 そういうと、シャカは再び歩き出そうとする。 「……クリスタルウォール!!」 突然、シャカと教皇の間の扉の間に展開される、透明な壁。シャカは足を止め、怪訝そうな――というよりは殺気立った様子で振り返った。 「ムウ。これはどういうつもりだ? 返答次第によっては、私にも考えがあるぞ」 同時に、乙女座の聖衣箱が開き、シャカが黄金聖衣を纏う。ちなみにムウは、ここに来た時、既に纏っている。 「いつかは決着をつけねば、と思っていたのだ。この際、はっきりさせておこう」 「望むところですよ。貴方のその思い上がり、今こそ叩き潰してあげましょう」 まずい。シオンは即座に、この状況の危険性に気付いた。 すでに二人とも、互いの一挙手一投足に全ての注意を向けている状態だ。こんなところで黄金聖闘士同士の戦いを始められては……ん? 「お前ら、いいかげんにせんか!! 聖闘士同士の私闘は禁じられているだろう!!」 「お言葉ですが教皇。これは私闘ではありません。少なくとも私は、聖衣修復者としての私の誇りをかけています」 げしっ。 シオンの問答無用の鉄拳。 「その程度の誇りなんぞ捨ててしまえっ!!」 しかし、それらの動きすら見ていなかった――ムウの動きしか見てなかった――シャカは、ムウの体勢が崩れたのを好機と見たらしい。 「くらえっ、天魔降ふ……」 「わ〜〜〜〜〜!!」 「ギャラクシアン エクスプロージョン!!」 どーん、と。 派手な音が響いて、シャカとムウが豪快に吹き飛び、壁に叩き付けられた。 「教皇、ご無事ですか」 現れたのは、サガだった。 かつて自分を殺してくれた相手ではあるので、やや複雑な気分だが、とりあえずこの場は収まったような気がする。 「す、すまん……が……サガよ。いくらなんでもいきなりギャラクシアンエクスプロージョンは……」 シオンの視線の先には、血をだくだく流しながら倒れている二人の黄金聖闘士。黄金聖闘士の必殺技の中でも、最大の威力を誇るといわれるサガのギャラクシアンエクスプロージョンを、不意打ちで直撃したのだから無理もない。 「いえ、とっさのことで。とりあえず、この二人が争うのは避けなければなりますまい」 「……それはそうだが……幻朧魔皇拳で十分だったと思うんだが……」 「……とっさだったので」 「生きてるのか?」 「大丈夫でしょう。かつて一輝は、青銅聖闘士でありながら、この私のギャラクシアンエクスプロージョンを受けても生きてました。黄金のこの二人が死んだら、それこそ情けないというものです」 この口振りから察するに、手加減した様子はない。 微妙に論点がずれている気がしたが、とりあえずシオンの次の行動は、倒れている二人をそれぞれの宮に引き摺っていくよう、側近に指示したことだった。 「……今だから思うが、サガ、お前、よくこんな連中の上で教皇に化けていられたな」 「いえ、簡単なことです。どうせムウはジャミールに引っ込んでいましたし、シャカにはいつも適当な用事を言い付けて、聖域にいないようにしてました」 「適当な用事?」 「ええ。たとえばモルジブ共和国で記念切手が出たみたいだから買ってこい、とか……」 「……………………」 記念切手を買いに行く『もっとも神に近き男』の図。それはそれで笑えるかもしれないが……。 「ところでサガ、何か用があって来たのではないか?」 「ああそうでした。今日は午後から、アテネで開催される年に一度のアテネ市長主催の食事会に参加することになっているんですよ。で、十三年も死んでいた教皇は、ご存知ないだろうと思って」 「……ちょっと待て。そんなことは、生前にも記憶にないぞ」 会話が微妙に変だが、当人達は大マジメである。 「それはそうでしょう。私が教皇になってから始めた習慣ですから。いえ、アテネのこの食事会の食事は美味しいんですよ。なので、教皇の年間行事に組み込みまして」 「いらんっ。私は別に美食家ではないっ」 「そうはいっても……」 「……サガ、お前が行けっ」 「は!?」 「どうせお前が行っていたんだ。教皇の扮装だって慣れたものだろう。私は今日は面倒だから、お前が行ってこいっ」 かくして。 サガは再び、教皇の格好をすることになった。我ながら、このサガの教皇の影武者作戦は名案だと思ったシオンは、今後、面倒な行事は全てサガに押し付けることを、心の中で決めた。だが、それはあっという間に後悔することになる……。 |
聖域から数キロ。その、ほんのわずかな距離に、アテネ市街はある。ギリシャの首都でもあるこの街は、当然だがかなり大きい。そもそも聖域がこの場所にあるのは、この街から物資を調達するためだったといっても過言ではない。 そして今日も、物資調達の役目を持たされた者が、アテネ市街に向かっていた……。 「買い出しはいい。だが、なんで黄金聖闘士である俺が行かねばならんのだ。大体、こんなもんは雑兵の仕事だろうっ」 「デスマスク……君があのボロボロに破壊された巨蟹宮の修繕は嫌だ、というからこちらに回されたのだ。第一、付き合う方の身にもなってくれ」 「あれをやったのはシャカだろうがっ。第一お前は、薔薇の買い出しがしたいだけだろうがっ」 「当然だ。薔薇がなくては、私は必殺技が使えない」 そういって男は、優雅に髪を払う。見た目が、女性(それも絶世の美女)にしか見えないだけに、その仕種はとても美しく、道行く人を老若男女問わず振り返らせる。 「……情けない奴だな、実は……」 「で、なんで俺までつき合わされているんだ?」 一人不満そうにしている男は、しかし見た目は一番恐かった。 「硬いことを言うな。仲間だろう。一緒にサガを信じて戦った」 「……それはそうだが、俺はムウにやられなかったぞ」 「それは暗に俺達がお前より弱いといいたいのか?」 実際そうだろう、という声は多分正しい。 そして再び(?)緊迫する空気。 その時、彼らは同時に、二つの小宇宙が消えるのを感じた。 「今のは……ムウと、シャカ……?」 「……何があった……?」 同時に感じるのは、正体の分からない悪寒だった。 「とりあえず、買い出しを済ませておくか……」 デスマスクの言葉に、二人が頷く。 しかしここで、その悪寒の正体を確かめるために聖域に戻っていれば、彼らはあのようなメには遭わなかった。そのことを、後に彼らは後悔することになる。 |
アイオリアとアイオロスは、共に家に帰ってきていた。先ほど、教皇から呼ばれて修復の終わったばかりの獅子座と射手座の聖衣を受け取ってきたばかりである。 「それにしても、教皇の間にあったあの血の跡は一体……」 アイオロスが顔を顰める。ちなみに、なぜかアイオロスは死んでいた間の時間がきっちり経過していて、現在ではサガと同年代だ。不思議なことだが、気にしたら負けだろう。 「さあ……その直前に響いた轟音と、何か関係があるかもしれませんが」 ちなみに彼らの家は、アテネ市街の、中心からややずれたところにある。いわゆる一等地だ。アテナこと城戸沙織が、命の恩人には、ということで彼らに与えた家である。これまで、アテネ郊外で質素な生活をしていたアイオリアや、そもそも冥界で過ごしていたアイオロスからすると、まるで夢のような生活だが――実はこれでも、アテネ市民の一般水準よりやや上、という程度だった。聖闘士は質素倹約を旨とすべし、などというものはなかったのだが……要するに、聖闘士というのは収入がないので質素にならざるを得なかった、というのが実状なのだ。この点、現代のアテナが世界有数の財団の総帥でもあるというのは、もしかしたら最大の奇跡かもしれない。 しかしこの場所、当然だがアイオロスやアイオリアらの年齢で住まうことの出来るような場所ではなかった。仮にも一等地だ。家自体は普通でも。地価が日本ほど高くないとはいえ、このような場所に住める二十代そこらの人間は、そうそういるものではなく――そして彼らは、今までの生活が生活だったので、戸締まりなどする習慣は、ありはしなかった。 そう。 純朴そうな、都会慣れしてないのが見て分かる住人の、しかも不用心な、しかし資産家と思われる家。これは狙ってくれ、と言ってるのも同じではないだろうか……いや、そう思うものがいたとしても決してそれは彼らが悪いと一方的にはいえないと思われる……。 |
「久しぶりじゃな、アテネは。ほぼ250年ぶりかの」 「老師……いや、この呼び方もどうかと思いますが、せっかく若返ったのに、なんでまだ老人言葉のままなんですか?」 「仕方なかろう。いかに若返ったとはいえ、二世紀半以上生きている事実は事実。精神は老成するものじゃ。実際、肉体は19歳なのに、ラダマンティスに28歳のカノンの方が小宇宙は若々しいと言われたのじゃから」 なんでそんなことを知っている…… 「まあそれでも、この活気のあるアテネの街並みは、気持ちが若返るわい。いいものじゃ」 250歳を超える老人(化石という気もするが)が言う台詞じゃないだろう、と思うのだが、外見が二十歳前後なだけに、違和感爆発である。 「で……なぜ突然アテネへ?」 「言うまでもあるまい、紫龍。お前と春麗の婚前旅行じゃ」 「ぶっ」 「老師、私と紫龍はまだ……」 「ほっほっほ。冗談じゃ。愛い奴じゃのう。赤くなりおうて」 あんたキャラ違うんじゃないか、というツッコミは正しい。 「なに、前回聖域に来た時は、アテネをゆっくり観光する余裕もなかったからの。なんせ243年間、五老峰の前を動けんかったからのう。観光の一つもしたくなるのじゃ。で、紫龍。お前なら現代に精通しておろう」 「……つまり、私はガイドですか?」 「そうじゃ。じゃが、それなら春麗一人のけものにするのも哀れじゃろう。おお。それから先に、シオンから修復が終わった天秤座の聖衣を受け取らねばならんがな」 確かに考えてみたら、老師は243年間ずっと五老峰の廬山の大滝の前に座していて、世界を見て回ったことなど、当然ない。かつては黄金聖闘士として、世界中を飛び回った身だろうが、250年も経てば、世界はもう別物といっていいだろう。そして、ようやく勝ち取った平和。なら、少しは平和を謳歌したくなるのも、無理なきことかもしれない。 「分かりました。この紫龍、微力ながらガイドさせていただきます」 ガイドなどやったことはないが、まあ老師なら大丈夫だろう。紫龍はそう踏んだ。 だが、これが甘かったことを後で思い知る。 そう。老師は二世紀半も世間から隔離されていたために古い知識はあっても、いわゆる現代の常識など欠片も持ち合わせていなかったということに。 |
「ふぅ、やはり聖衣があると落ち着くな」 そういって、どっかと腰を下ろしたのは、水瓶座の黄金聖闘士、カミュだった。先ほど、教皇から連絡を受けて、修復の完了した水瓶座の黄金聖衣を受け取ってきたばかりである。 「良かったじゃないか。とりあえず、酒でも飲むか?」 「ああ、すまない、ミロ。ワインがあったら頼む」 さすがはフランス人である。 ちなみにここはアテネ市街にあるミロの家。前述のアイオロス兄弟の家同様、アテナこと城戸沙織が買い与えた家である。聖戦までは暇などなかったが、聖戦後、聖闘士の生活水準向上、と称してアテナは黄金聖闘士に家などを与えてくれているのだ。これまで、家といえばあばら小屋同然だったミロなどからすると、恵まれていることこの上ない。 ちなみに流石は戦いの女神というべきか。 黄金聖闘士はかなりいい家をもらえるのだが、白銀聖闘士はアテネ市街ではあるものの、郊外に近いやや交通の便(聖闘士が交通機関を気にするのかは考えないことにする)の悪い家、青銅聖闘士はアテネ郊外の小さな家、一般兵(雑兵とも言う)などは集合住宅だ。つまり、上に行けばいくほど生活環境が向上する。こうやって競争意識を育むのだとアテナはにこやかに宣言した……。 さすがは、世界有数の財団の総帥である。 「……ん。すまん、ワインが切れている」 「なに? 酒といえばワインだぞ。ワインは命の水なんだ。それがなくてどうする」 「お前、その微妙にキリスト教っぽい考えは……なんだ?」 「当然だろう。フランスはキリスト教の根づいた国だぞ」 普段から実在する神に会っている人間の台詞とは思えない。 「まあいい。せっかくだから買いに出るか」 「む。だが、私はギリシャの通貨など持っていないぞ」 「俺が持っている。これもアテナからもらったものだが」 「前から聞きたかったのだが、聖域詰めの聖闘士はどうやって食っていたのだ?」 「それを言うなら、東シベリアなんぞでどうやって食っていたのか気になるんだが」 「それは難しいことではあるまい。ちょっと力仕事を手伝ったり、あと永久氷壁にトンネルを掘るのを手伝ったり、やることは色々ある」 それ以前にそんなところにトンネルを掘ろうとするな。 「……そ、そうか。肉体労働をやっていたんだな……。聖域は、基本的には人々からの寄付で成り立っていたんだ」 「聖域も苦労しているんだな……しかし、それで良く成り立っていたな」 「あとは、聖闘士志願者は基本的には財産を捨ててくるか、あるいは聖域に寄付していたんだ。その意味じゃ、星矢なんてハナから無一文だったから、誰も師匠になりたがらなくて、で、一番金とかに縁のなさそうな魔鈴が受け持ったって話だ」 「……なんだそのいかがわしい新興宗教みたいな取り決めは……」 「仕方あるまい。いくら聖闘士とはいえ、食わねば死ぬのだ」 「……とりあえず、買い出しに行くか」 二人はそういうと、家を出た。考えてみたら、ワインはなくてもブランデーやらビールはあったわけで、無理に買いに出る必要があったわけではない。というよりは、結果だけ見るなら出ない方がずっとマシだっただったのだが……神ならぬ身の彼らに、いや、神ですらも予期していなかったのだから、彼らにそれが分かるはずもなかったといえよう。 |
ずたぼろになったムウとシャカが、不快感丸出しでアテネ市街を並んで歩いていたのは、別に仲直りをしたというわけではない。ただ、ムウもシャカも、買い物に出なければ食料が何もないという現実にぶち当たったため、市街に買い出しに出たのだ。本来なら、ムウは貴鬼に行かせるところなのだが、貴鬼は先日来の聖衣修復マラソンの最中、完全に倒れてしまい、今もジャミールで聖衣を修復する音を悪夢に見つつ、魘されている最中である。情けない、と思うがまだ修業中の身だからこれが限界だったのだろう。 シャカも、普段は粗食なので平気なのだが……要するに血が足りないのである。いかに黄金聖闘士といえ、生身の人間。血が足りなくなっては、食うしかない。 だが、当然だが彼らはアテネ市街の地理に明るくはない。本当は雑兵を適当に捕まえて道案内を頼もうと思ったのだが、現在聖域は、ハーデス戦争序盤における、冥闘士の聖域襲撃による被害の復興のため、大忙しの毎日なのである。雑兵はもちろん、青銅、白銀の聖闘士はことごとく駆り出されている。場所が場所なので、普通の土木事業業者も入ってこれず、聖闘士らが自力で復興するしかないのだ。そうなると、巨蟹宮や処女宮で暴れたムウやシャカは、ちょっと居心地が悪い。加えてシャカは、わざわざ沙羅双樹の園を修復するようにとまで頼んだ(居合わせた星矢に言わせれば、あれは脅したとしか思えないとのことだったが……)ため、今ごろは雑兵が必死に花々を運び込んでいる最中である。シャカなど、聖戦で功績のあった聖闘士はとりあえず土木作業は免除されているとはいえ、自分の宮でゴロゴロしてるのは、さすがに居心地は悪いらしい。この辺りも、まだ悟りきってない、とシャカはいうが、そんなのを無視できるような悟り方はして欲しくないというのは万人に共通した想いだろう。 とにかく道案内を確保、ということで、彼らはアルデバランに声をかけたのだ。 ちなみにアルデバランは、免除されていたのにも関わらず巨蟹宮の土木作業を手伝っていたのだが、彼ら二人が頼むと「そうか。俺もちょっと買い出しに行こうと思っていたところだ」といってあっさりついてきてくれた。ちなみに共に作業していた檄などが、恨みがましい目でムウとシャカを睨んだが、それに気付いたアルデバランは「すぐ戻る。それまでお前達はあちら(さほど力仕事ではないこと)をやっておいてくれ」と言って出ていった。どこまでもいい人である。 とにかく出発した彼ら三人だが、ムウとシャカの様子に、さすがのアルデバランも怪訝な表情になる。 「おい、どうした二人とも。先ほどから殺意に満ちた小宇宙をひしひしと感じるのだが……」 「いえ、何でもありませんよ。アルデバランが気にするようなことではありません」 にっこりと笑うムウ。しかし、目が欠片も笑っていないのは気のせいではないだろう。 「そうだ。君が気にするようなことではない。ところで、どこへ向かっているのだ?」 「あ、ああ。とりあえず中心街のスーパーだ。今日、肉が安いと聞いたのでな」 「……そんな話をどこで……?」 「隣のご婦人からだが。お前達、近所付き合いしてるのか?」 ちなみにアルデバランの家も、アテネ中心街にある。 しかし、この男が近所付き合いしている光景は、何をどうやっても想像は出来ない。 「……貴方が近所付き合い出来るとは知りませんでした」 「ジャミールに引っ込んでいたお前よりはマシだと思うが……。少しは考えた方がいいぞ。俺達も戦ってばかりというわけではないのだからな」 「アルデバラン。このムウは人の礼も満足に受け取れないやつだ。そんな奴に、近所付き合いなど求めても無駄だ」 「何かヒマラヤの山々ほどに含むものがある言い方ですね、シャカ。この際、はっきり仰ってはどうですか?」 「ふむ。私としては、これ以上ないほどはっきり言ったつもりだったのだが……」 「ここで始めますかか? 先ほどの続きを」 「いいだろう。周囲の者を巻き込みかねないが、このシャカの顔が引導代わりだ。問題はなかろう」 「ま、まてまてまて。何をする気だ、お前ら。ほ、ほら、ついたぞ」 話している間に、目的のスーパーに到着したらしい。ムウとシャカは、千日戦争寸前まで高めた小宇宙を、とりあえず引っ込めた。 そしてとりあえず、アルデバランは買い物篭に次々と肉を入れていく。 「……で、アルデバラン。その大量の牛肉はなんだ? それでは共食いになるのではないか?」 「誰が共食いだっ。第一、肉といえば牛肉だろうっ」 「……そう言えば、貴方、ブラジル出身でしたね」 ブラジルでは、牛肉より豚肉の方が高級なのである。 「だがその量……一人で食べるのか? どう考えても、軽く5人分はあるように見えるのだが……」 「肉は安い時に買う。基本だろう。冷凍しておけば、5日程度は保つ」 妙なところで主婦的な経済観念を持っている聖闘士である。 「さて、と。個人の分はこれでよし……と」 そういうと、アルデバランは何やら肉屋の主人と交渉を開始した。身長210cmに大男に値切り交渉をされて、応じない者がいるだろうか。いや、いない(謎反語)。 数分後。 自分達の分の買い物も終えて合流したムウとシャカの見たものは、牛一頭を抱えて歩くアルデバランの姿だった。 「……なんですか、それは」 「なに。聖域の連中も腹をすかせているだろうとおもってな。差し入れだ」 相変わらず顔に似合わず気配りがきく。 しかし牡牛座の聖闘士からの肉牛丸一頭の差し入れ。どこかシュールな感じがするのは、気のせいだろうか……。 その時。 ガシャーン、という音と共に、悲鳴と怒号が周囲に響き渡った。 そしてこれが、後に『悪夢の午後』と呼ばれたアテネ崩壊事件の、始まりを告げるものであった……。 |
騒ぎが起きたのは、アテネ中心街に近い、住宅地の一角。 この日、おそらくは世界で最も不幸だった人物の一人である彼の名は、カルドといった。実は、密かな有名人である。といっても、まっとうな方面で有名というわけではない。いわゆる泥棒として有名だったのである。 神出鬼没。しかも、常人では考えられないほどの運動能力をもって、次々とありえない盗みを実行する彼は、いつしか怪盗として名が知れ渡っていた。ただ、それも至極当然だったのである。 彼は、聖闘士候補生からドロップアウトした人物だったのだ。もう少し具体的に言うなら、聖衣争奪戦に敗れたため、聖闘士に慣れなかったのである。仕方がないのでまがい物でも、と思ってデスクィーン島の暗黒聖衣を手に入れようと思ったら、そこは既に一輝に制圧されていて、彼の出る幕はなかった。やむなく彼は故郷であるギリシャに帰ってきたのだが……そこで、彼は自分が無一文であることに気がついた。 そう。聖闘士となることを目指すには、聖域に全財産を寄付しなければならないため、彼は既に全財産を失っていたのである。これは詐欺だ、と訴えたが、そもそも影で人間の歴史を操作してきた聖域が、現代の司法に影響がないはずがなかったのである。そして彼は、修業時代に身につけたその超人的な身体能力を活かし、泥棒になったということである。 しかし彼は、仮にも『地上の愛と正義を守る』聖闘士を目指しただけあって、無差別にいろんな家を狙うようなことはしない。狙うのは、金持ちの、裕福な連中だけで、しかもほんの少し宝石などをいただくだけだ。自分の日銭さえ稼げればいいのだから。 そうして、今日、彼が狙ったのは、最近アテネ中心街に引っ越してきた、不用心な若い兄弟の家だったのである…… |
「ライトニングボルトーー!!」 いくらかの喧燥に満たされた、いつもの午後を引き裂く声。そして直後に響いたのは、炸裂する地面と、その衝撃に弾き飛ばされた石畳の破片が、近隣の家々の壁を破壊する音だった。 「ど、どうした、アイオリア!」 「あ、兄さん。いえ、賊が……」 「賊?」 「ええ。我が家に入り込み、物色しておりましたので」 「……それで、ライトニングボルトか……? どう考えても、相手は死んだとしか……」 「いえ、ちゃんと手加減はしました」 「…………」 アイオロスは、アイオリアと暮らしていた分かったのだが、アイオリアは一般人の水準をまるで知らなかった。というのも、考えてみたら生まれてからずっと聖域で過ごしていて、周りの人間は全員聖闘士か聖闘士候補生。およそ、一般人というものがどういう者かは分かっていない。せいぜい聖闘士候補生が一般人と思ってるに違いない。 もっとも、聖闘士候補生だろうが聖闘士最強の黄金の必殺技を受けたら確実に死んでいると思うが。 「で……賊は?」 とたんにアイオリアの顔が曇る。 「それが……逃げられました。ライトニングボルトをかろうじてかわし……」 「なに!?」 手加減したとはいえ、黄金聖闘士の必殺技をかわす、というのは偶然ではほとんどありえない。いや、ありえても嫌だが……。 「とても一般人とは思えません。しかも賊。これは地上の平和を守る聖闘士としては看過すべきではないことではありませんっ。賊を追います!!」 「いや、とりあえずは通常の官憲に任せれば……」 しかし黄金聖闘士随一の直情型のアイオリアは、兄の言葉などまるで耳に入らず、先のライトニングボルトで破壊された家々の壁を尻目に、家を飛び出していた……。 |
「なんだ? 今の音は」 「一瞬、アイオリアの小宇宙が大きくなるのを感じました。そういえば、彼らはこの辺りに住んでいたはず。何かあったのでは」 「アイオリアに限って何かあるとも思えないが……それにアイオロスが一緒だろう」 「シャカ。そうはいってもアイオリアも人間。なにか間違いくらいあるでしょう」 間違いで小宇宙を大きくする聖闘士は見たくない。アルデバランは心底そう思ったが、彼ら二人はそうは思わなかったっぽい。 「いずれにせよ、尋常ならざる事態。看過するわけにもいくまい」 シャカはそういうと、買い物袋を抱えて走り出す。やや遅れて、ムウが続いた。そしてアルデバランは、それをただ見送っている。 「……ハーデスでも現れん限り、なにかあるはずないんだが……」 アルデバランはそう呟くと、牛を抱えて聖域への帰路をたどり始めた。 今日の黄金聖闘士で、最も平穏に過ごせたのが彼であったのは、言うまでもない。 |
「何事だ?!」 「爆発が聞こえたぞ!!」 突然響いた轟音に、テーブルについた者達は色めきだった。そんな中、ただ一人仮面を被っている男は、そんな轟音にも気付かず、仮面の下で冷や汗を流している。もちろんサガである。 (ア、アテナが来てるというのは……聞いてないぞ……) 実際にはアテナとしてではなく、グラード財団の総帥城戸沙織として来ているのであるが、サガにはそんなことは関係ない。 実は、サガは知らなかったのだが、最近グラード財団はギリシャ、特にアテネ地方の観光事業に乗り出していて、そのおかげでかなりアテネは潤い始めている。その謝意も込めてアテネ市長が彼女を招待したのである。 その席で、サガは――正しくは教皇は――アテネ郊外の貧しい人々の心の支えとなっている、聖域というボランティア団体の長として紹介された。まあ確かにあのおよそ外に漏れたら確実に全員逮捕されても文句の言えないようなスパルタ戦闘訓練の実態を明かすわけにもいかないので、これは無理はない。現実はともかく。 沙織は、終始ニコニコと教皇に微笑みかけていたが、その笑みはサガにとって胸を貫きたくなるような衝動に駆られる笑みでしかなかった……。 「騒がしいですね。何かあったのでしょうか?」 心も〜ち声に怒気がこもっているように感じるのは、被害妄想なのかサガには分からない。ただ彼は、二度と教皇の影武者などやらないぞとただただ呪文のように繰り返している。 「……教皇さん?」 「は、はいっ」 「どうかなさいました?」 相変わらずニコニコとしているが……。 怒っている。絶対に怒っている。それももうこれ以上ないほど怒っている。 この前にいつまでもいるくらいなら、まだアテナ・エクスクラメーションの爆発に巻き込まれた方がマシと思えてしまう。 その時、サガは外の喧燥に気がついた。 「外が……すみません。ちょっと見てきます」 サガはそういうと、いそいそと外に出ようとし、そこでばったりと見た顔×5に出くわす。 「きょ、教皇!?」 「ミロ、カミュ? それにシュラやアフロディーテまで……」 「俺は無視ですかい、教皇」 「いや、名前が縁起悪いから」 「……」 「それはともかく、お前達はどうしたのだ?」 その質問には、カミュが手短に説明する。簡単に言えば、買い物途中にばったり会ったところで、先ほどの轟音を聞いた、ということだった。 ちなみに、あまりにもナチュラルに対応してしまっていて、サガは自分がシオンの代わりにここにいることを完全に忘れていた。最もそれは彼らも同じで、教皇の中身がサガだということは分かっていても、それになんら不信感は抱かなかったというあたり、終わってるかもしれない。 「では、何があったかはさっぱ……」 サガが言いかけたところで、突然彼らのすぐ近くの地面が砕けた。 「な、何事だ!!」 爆ぜた地面の猛煙の向こうから現れたのは、アイオリアである。 「くっ、逃がしたか!?」 「ア、アイオリア。一体何事だ!?」 「これは教皇。なぜこのような場所に?」 「私のことなどどうでもいい。だが、街中でライトニングボルトというのは何事だ!?」 「いえ、賊が……」 「賊?」 「はい。我が家に賊が入り込み、現在も逃走中なのです。先ほど偶然会ったムウとシャカにも捕らえるよう頼んだところです」 何かどっかで間違っているという警鐘が鳴らされていた気がした。 「それはいかん。地上の平和を守るという使命を負っている以上、たとえ賊一匹であろうとも逃がすわけにはいかない」 ミロが大仰に頷き、手早く賊の特徴を聞いている。だが、それはおよそ目が二つあって口が一つあってという説明と、果てしなく同レベルだったことを追記しておく。 「よしわかった、カミュ、探すぞ!」 「……今の説明で分かったのか?」 「問題ない。賊め、見つけ出したらアンタレスを叩き込んでやる」 いや、それは黄金聖闘士でも死ぬから止めておけ。 「仕方ない、俺達も探すのか?」 「容貌は問題ない。この私より醜い者を探せばいいだけのことだ」 お世辞抜きでその辺りにいる連中誰でも良くなる気がするんだが……。 「だがどこを探せばいいのだ。第一、こう民家が多くては……エクスカリバーで整地していいなら楽だが……」 「それなら教皇のギャラクシアンエクスプロージョンの方が……って、あれ? 教皇がサガ!?」 ようやくここに来て、彼らは異常な事実に気付いたらしい。 「あ、いや……」 「まさか、また教皇を暗殺!?」 「ち、違う。これには訳が……」 ミロは既に殺気立って人差し指をかざしている。横ではカミュが、さっそく周囲の気温を下げ始めていた。 「ちょ、ちょっとまて、シュラ、デスマスク、アフロディーテ、何とか言ってくれ」 「……俺はもう黄泉比良坂には落ちたくないんですよね……」 「俺も大気圏外まで運ばれるのは……」 「私も顔に騙されて殺されるのは金輪際……」 「まてまて〜〜〜話を聞けといっている〜〜〜〜〜!!!」 直後、アテナのいる建物のすぐ目の前で、凄まじい衝撃が炸裂した。 |
同刻。 そのアテナのいる場所から、いくらも離れていない場所で、ムウとシャカがにらみ合っていた。間にいるのは、 彼としても、聖闘士の家なんぞに盗みに入るつもりなどさらさらなかったのだが、まさか貧乏においては右に出るもののいない聖闘士が、アテネ市街の高級住宅地に住んでいるなど、夢にも思わなかったのだが、これは彼が迂闊というよりは現代の聖闘士が特殊なんだと思う。 とにかく彼は、結局ムウとシャカの前にあっさりと捕捉された。そこまではよかったのだが。 「シャカ。この者は私が責任を持ってアイオリアの前に引き渡します。そもそも捕らえたのは私のサイコキネシスなのですから」 「ムウ。君はそうやって手柄を一人占めにする気か? 探したのは私だって同じなのだぞ?」 「私がそんなことをする人間に見えますか?」 「ふっ。このシャカ。神に近い男などと言われているが……」 「その先の台詞は結構です。とにかく、私が連れて行き……」 「人の台詞を妨害するとは……許せん。今日こそ決着をつけてやろう」 「……望むところです。やはり白黒ははっきりつけないといけませんからね」 そして飛来する黄金聖衣。主人に呼ばれてやむなくやってきた、というのがありありと分かるかのように、その聖衣がどこかすすけてみえたのは気のせいではないだろう。 「行きますよ……」 「ふっ……」 いきなり目を開くシャカ。その直後、ムウは危険を察して飛びす去る。 「乙女座のシャカ最大の奥義、天舞宝輪!!」 いきなり卑怯技から入るシャカ。だが、ムウはかろうじてその射程内からテレポーテーションで脱していた。代わりに捕まったのは、不幸にも彼らの間にいたカルドである。 「むぅ。さすがにそう容易にはいかぬか」 そう言いながら、せっかく発動させたので、と片手間に哀れな犠牲者の五感を奪うシャカ。この時点で、既にこの騒ぎの大元は片付いたのだが、事態はすでにそれとは無関係の様相を呈し始めていた。 「同じ技が何度も通じると思わないことです!! くらえ、スターライトエクスティンクション!!」 「なんの、天魔降伏!!」 かくしてここに、千日戦争が、アテネ市街のど真ん中で開始されたのである。 |
「ライトニングプラズマーー!!」 「オーロラエクスキューション!!」 「スカーレットニードル!!」 「積尸気冥界波!!」 「ピラニアンローズ!!」 「エクスカリバー!!」 つい数分前まで、のどかで平和だったアテネ市街中心部で炸裂する、地上最大の攻撃。唯一幸いなのは、一般人でも彼らの異様な小宇宙を感じて、遁走しているため、人的被害がなかったことだろう。慰めにも何にもならないが。 「お、お前ら……人の話を聞けといっている!!!」 「くっ。さすがは13年間教皇に化けていた男!! まだ息があるぞ!!」 「手を休めるな!! 油断すれば、やられるのは我々だ!!」 「ほっほっほ。元気じゃのう、お主ら」 若々しい声で老人言葉をしゃべる人物が突然乱入。その瞬間、彼の動きが一瞬止まった。 「老師っ!!」 「聞いて下さい、サガが再び……」 「ほほ。まあ待て。サガにも何か言い分があるようではないか」 「老師……」 サガは心底安堵した。何といっても老師は年長者だし、分別もある。これで、どうにか事態が収まってくれるそうだ。もっともだからといって、アテナなどの追求を躱し切ったことにはならないのだが、少なくとも再び殺される危険性だけは回避できそうだと思えた。 「さて、サガよ。申し開きがあるなら言うてみい」 「あ、あのですから、これは私の意志ではなく……」 「往生際が悪いぞ、サガ。潔く己の罪を認めんか」 「あ、あの老師……サガは何か本当に事情があるように見受けられるのですが……」 あんまりだと思った紫龍が、助け船を出す。 「紫龍……かつて戦ったというのに……」 「いや、これ以上街中で暴れられても困るから」 「じゃが紫龍よ。悪は正さねばならん、と教えたはずじゃ。それが、聖闘士たる証、聖衣を身に纏う者の役目なのじゃ」 「それはそうですが、これ以上この街を破壊しては……」 すでに手の施しようがないほど破壊された街は、まるで隕石でも落ちたかのような有様だった。 だが、今ここにいる連中は隕石の数百倍は危険な連中である。そういえば、少し離れたところで聞こえる爆音も気になる。 「問題はなかろう。街など、戦争で幾度も破壊され、そして再生するモノじゃ」 「いや、その認識はどっか違……」 「それ以前に俺の弁明を聞いてくれ〜〜〜」 「もはやこれまで、か。サガよ」 「わ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」 「廬山百龍覇!!」 再び、爆音が響く。紫龍はただ、春麗を庇ってそこから逃げ出すだけで精一杯だった……。 |
「事情は、良く分かりました」 時刻は過ぎ、場所は変わってアテナ神殿。その前で、アテナの前に跪く教皇と黄金聖闘士が10人。 アテナは終始ニコニコと彼らの報告を聞いていた。それはもう、顔に貼り付けたんじゃないかと思われるような笑顔を浮かべて。 ただし、着ている服は、先ほどの大騒ぎにより、思いっきり汚れて、すすだらけである。 「カノン」 「はっ」 一通りの報告を聞き終えたアテナは、横に控えていたカノンを呼ぶ。ちなみにカノンは、黄金聖闘士の資格もあるのだが、サガが復活したので聖衣がなく、仕事もないので城戸沙織の護衛という形でアテナに随従していることになっている。余談だが実はこの方が給料は遥かにいい。 「教皇代理に任じます。シオンは下僕としてこき使って構いません」 一瞬、場の空気が冷える。 「あ、あの……」 「それから……星矢、瞬」 こちらは護衛としてではなく、単に観光についてきただけなのだが……今はなんと神聖衣を纏っている。この状態の彼らには、黄金聖闘士といえどもおいそれと手出しできない。 「彼らを全員、スニオン岬に放り込みなさい」 アテナのその宣言と同時に、シオン以外の黄金聖闘士がことごとくグレートキャプチュアーで束縛される。 「な、ちょ、アテナ、待って下さい。これには事情が……」 神にもっとも近い男シャカでも、さすがに神聖衣のアンドロメダ鎖は振りほどけない。 アテナは、底冷えがするような貼りついた笑顔を浮かべ――こめかみには青筋が見えた気がするが――て、黄金聖闘士達を見渡す。 「どのような事情が、アテネ市街の10%以上を吹き飛ばした理由になるのですか?」 アテナの巨大な小宇宙……普段は愛に満ちたその小宇宙が、全て殺意に変わっていた。黄金聖闘士達は、文字通り『蛇に睨まれたカエル』状態である。 「しばらく、反省してなさい」 |
後日。 ずたぼろにやせ衰えた黄金聖闘士達が、スニオン岬の牢から開放された直後、そのすきっ腹を待っていた最初の食事が金牛宮での焼き肉パーティーだったのが、彼らにとっては最大の処罰だったことを追記しておく。 |