死してなお




「来た、か」
 石段を蹴る足音は三つ。それはなんら生者のものと変わることのない音だが――それが違うことを、彼は既に知っている。
 すぐ下の白羊宮での異変は、すぐにその正体が判明した。
 懐かしい小宇宙。本来なら、再会できたことを喜ぶはずの出会い。
 だが、ありえるはずのないその再会が、何によってもたらされたものであるかを、彼――アルデバランはとうに承知していた。
 それは、分かっている。
 ただ――。
「なぜだ」
 カツ、とすぐ前で石段を蹴る音が止んだ。互いの視線の先に、それぞれ黒と金に光る衣がある。
「久しぶりだな、アルデバラン」
 先頭に立つ男が、口を開いた。
「サガ。それに、カミュにシュラ」
 懐かしい、だが、もはや呼びかけることのないと思っていた名。
 アルデバランは、ただそこに腕を組んで立っている。しかしそれが、彼の最も恐るべき戦闘スタイルであることを、サガ達は知っていた。
「お前と問答している暇はない、アルデバラン。我々を通すか、それとも我らの前に立ち塞がるか。そして立ち塞がるのならば――」
 サガの小宇宙が膨れ上がる。その強大さは、かつてと比べてもなんら遜色ない。
 それは、カミュもシュラも同じだった。
「何が目的だ」
「知れたこと。アテナの首を取ることだ」
 澱みのまるでない答え。そこには、一欠片の迷いすらない。それが、アルデバランには異様なほど奇妙に思えた。
 仮にもアテナの聖闘士だった者達だ。まして、黄金ともなると、その忠誠心においては他の追随を許さないほどに堅固である。確かに、生への執着に負け、ハーデス軍の軍門に降ることが、ないとは言えないだろう。彼らとて、人間だから。だが、だとしてもここまで澱みなく答えられるものなのか。
「戦うか、退くか。どちらだ、アルデバラン」
 その言葉に、アルデバランはサガ達の真意を、漠然と悟った気がした。
 彼らは、十二宮を抜けなければならない。ハーデス軍の尖兵として。だがその目的は、恐らくは違う。ハーデス軍のそれとは、一致してはいないのだろう。
 今は口にすることが出来ない、しかし差し迫った何かが、ある。
「いいだろう、通れ」
 その言葉に、むしろ驚いていたのはサガ達だった。まるで信じられないものを見るように、アルデバランを見上げている。
「正気か?」
「正気だ」
「後悔するぞ」
「俺はそれほど考えるのが得意ではない。だが、だからこそ自分の判断を、お前達を信じた自分を信じる。死してなお、ここに現れたお前達をな。あまり余計なことを考えるのは、シャカなどに任せている」
 そういうと、アルデバランは苦笑してみせる。
 サガ達は、アルデバランが何を考えているのかを悟った。
『感謝する、アルデバラン』
 それは声ではなく、直接小宇宙に語り掛けるような、あるいはそう聞こえた気がしただけのものなのかもしれない。
 アルデバランは、サガ達が金牛宮を駆け抜ける音を、最後まで聞き送ると、ゆっくりと構えを解いた。
「サガ……お前達の本当の覚悟を、見せてもらうぞ……」
 しかしその時、金牛宮には死の香りが静かに忍び寄っていたのに、アルデバランはまだ気付かずにいた。


 本当に唐突に書いてみた、アルデバランのお話。サガ達が聖域を襲撃した時、彼らは金牛宮は素通りしてきたそうなんです。でも、アルデバランはいたはずで……なにがあったのかな、ということでなんとなく。しかしこの後ニオベに……(涙)
 別にアルデバラン、特に好きなキャラというわけじゃなかったんですが、美形ばっかりの黄金聖闘士の中だと、ああいうキャラクターってかえって魅力的に見えたりしません?(笑)。というわけで実は好きだったりする……(笑)



戻る