氷の仮面




 聖域の最深部、アテナの聖なる意志に満たされた十二宮。そのうちの一つ、天蠍宮の主は、予定外の、だが予想していた者の来訪を迎えていた。
 ここに、下から来る者があるとすれば、今十二宮を突破しようとしている青銅聖闘士だと思っていた。無論、その確率は天文学的に低い……というよりはほとんどありえない。しかし、今ここに来たのは、青銅聖闘士ではなかった。
「やはりお前か、カミュ」
 水瓶座の黄金聖闘士。そして、ミロの友人でもある。だが、彼の本来いるべき場所は、ここより上の宝瓶宮のはずだ。
「何をしに天秤宮へ?」
 十二宮は、たとえ黄金聖闘士だろうが神だろうが、己の足で十二宮の石段を登る以外に、突破する方法はない。無論、実際には多少の抜け道などもあるのだが、それとて必ずどこかの宮に通じているし、その抜け道の存在はほとんど知られておらず、また、なぜか十二宮を突破する意志のある者には決してその道は見えないという。
 ただ、下りる時は別だ。テレポーテーションで一気に突破することも可能なのである。
 そしてつい先頃、上の宝瓶宮から天秤宮へ、瞬間移動した小宇宙を、ミロは感じていたのだ。
「天秤宮は無人のはず。何の用があったんだ? というよりは誰と戦ったんだ?」
 天秤宮に移動した直後、天秤宮で二つの小宇宙が激突するのをミロは感じていた。一人は、間違いなくカミュのもの。しかし、もう一つは記憶にない小宇宙だった。
「氷河だ」
 一瞬、ミロはカミュが泣いているのかとも思った。本当に、そう聞こえたのである。
「氷河……たしか、お前の弟子の名前ではなかったか?」
 カミュはただ頷いて肯定した。
「そうか……お前の弟子も来ていたのか。だが、ならばなぜ?」
 カミュが弟子想いなのはミロも良く知っている。ミロは、弟子なんて取るのは面倒くさいから、とそれを断っていたのだが、カミュは氷河や、もう一人いた――行方不明になったらしいが――アイザックなど、その他にも幾人かの弟子を指導していた。時々シベリアを訪れた時、弟子を訓練している彼の姿を見ることが出来た。もっとも、あれはかなり厳しい修業だったとは思ったが。
 しかし、戦っていた小宇宙の、片方は完全に消えている。小宇宙の消滅は、すなわちその人物の死を意味する。その相手が氷河だというのなら、カミュは自らの手で、弟子を殺したことになる。
「殺してはいない」
 ミロの心を読んだかのように、カミュが呟いた。
「ただ、氷に閉ざした」
「お前の氷……それでは、俺達ですら砕けないではないか」
 カミュの作り出す氷は、それ自身がカミュの凍気を宿していて、決して砕けることはない。たとえ、黄金聖闘士の力をもってしも、だ。
「殺したのも同然ではないのか?」
「もしかしたら、いつか砕けることもあるかもしれない。その時まで、氷河はあのままだ。……この戦いで、誰かに殺されるなら、いっそ私が手を下すのが正道だろう。弟子の不始末は、師である私の責任だ。それでも殺しきらないのは……私が甘いのだろうな」
「カミュ……」
 ミロとカミュは、黄金聖闘士の中でも比較的親交がある。ミロは普段聖域にいて、カミュはシベリアにいることがほとんどではあったが、カミュの故郷はフランスであり、よくこちらに来ていたのだ。また、ミロもなぜかこのともすると冷淡に見えるこの男との付き合いが、気に入っていたため、数回、シベリアに赴いたこともある。
 カミュは恐らく弟子を殺したくはなかったのだろう。
 彼の弟子は、今回十二宮を襲撃してきた青銅聖闘士の一人のようだ。すなわちそれは、黄金聖闘士達と戦う羽目になる、ということだ。黄金聖闘士が青銅聖闘士に勝つことなど、まずありえることではない。白銀聖闘士にすら、普通勝てはしないのだ。確かに今回十二宮の突破を企む青銅聖闘士達の力は、通常の白銀聖闘士以上である、とは聞いている。だが、白銀と黄金の間には想像を絶する隔たりがあることを、ミロもカミュも良く知っているのだ。
 このままでは、カミュの弟子は、必ず黄金聖闘士の誰かの手にかかって死ぬことになるだろう。カミュのいる宝瓶宮まで至ることなど、まずありえまい。なればこそ、自分で止めを刺したのだろう。いや、正確には氷に閉ざして、仮死にし、この戦いからリタイアさせたのだ。
「もし……」
「なんだ?」
「もしやつが氷を脱してここまで来たら、その時はどうする?」
 それ自体が、天文学的な確率の低さだろう。だがそれでも、ありえないわけではない。
 黄金とその他の聖闘士の違いは、結局は小宇宙だ。その小宇宙がもし、ほんの一瞬でもカミュを上回れば、カミュの弟子がカミュの氷から脱する可能性が、ないわけではない。そんなことはないだろう、と思っていたのだが、なぜかミロはその可能性に気付き、そして無視できなくなっていた。
「その時は……任せる、ミロ」
 カミュはそれだけいうと、十二宮の石段を再び登っていく。
 その表情は、あくまで崩れることはない。
「……相変わらず、不器用な奴だ」
 ミロはその後ろ姿を見送り、ただ一言だけ呟いた。


 各務さんが一人一本、とか提案してきたのですがこれは二人一本ですね(笑)
 ミロとカミュの話。当然十二宮の途中です。カミュが氷河をフリージングコフィンに封じて戻る最中。どうやってカミュが天秤宮に現れたかは……下りる時はテレポーテーション可能、ということにして無理矢理解決しましたが、登るのは自分の足で、とハーデス編でアイオリアが言っていたので、当然天秤宮の次の天蠍宮でミロと会うはずで。で、ミロが氷河と戦っている時にカミュの本心を語っていたので、どこで言ったんだ、と考えたらこの時しかないだろう、ということで。しかしこの時は天秤座の武器で氷河は出てきてるけど……(^^;



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