道化




「……誰だ?」
 苦痛も、限界を超えるともはやそれすらもまどろみの中に沈む。自分の身に何が起きたかはかろうじて覚えているが、かといってそれを悔しがることもない。ただ、程よいまどろみの中に沈んでいた意識を、何者かが無理矢理引き上げたのは、少なからず不快だった。意識の覚醒と共に、その身に浴びせられる苦痛が再び認識されるからだ。
 だが、もう慣れたものなので特に顔を苦痛に歪めることもない。
 生前、数限りない命を奪ってきたその代償。それは、その痛みを未来永劫に渡って己が浴び続けるというもの。
 もっとも、神に――それも本来、自分が絶対の忠誠を捧げるべき相手を裏切っていた罰としては、むしろ軽いといえるだろう。
「誰だ?」
 もう一度、訊ねる。
 目の前に立つのは、自分とそう背の高さの変わらない美丈夫といっていい人物だった。金の髪が、強いくせになっているが、どこかで感じたことのある気配でもある。
「現世に戻るつもりがあるか、デスマスク」
 自分の名を、久しぶりに呼ばれた。半ば、忘れかけていたその名が、思考に浸透してくるにしたがって、今の自分の状態を思い出し、そしてその男のいった意味をゆっくりと吟味する。
「止めとく。美味い話には裏があるもんだ」
 そう。
 自分は死んだのだ。あの十二宮の一つ、巨蟹宮で紫龍と戦い、そして敗れた。負けるはずがない、という奢りが油断を招いた。だが多分、それだけではないだろう。あの紫龍のもつ力は、確実に黄金聖闘士たる自分とほぼ同等か、それ以上の潜在力を秘めていた。それを見抜けなかった、自分の負けだ。
「裏か。だが、お前に拒否権はない。命令する。私と共に来い」
「何の権利があるんだ、お前に……」
 言いかけて、デスマスクはその人物の小宇宙を思い出した。外見は記憶にない。だが、この小宇宙は間違いなく。
「……その姿は?」
「思い出したか、デスマスク」
 デスマスクの質問には答えず、その男はもう一度「来るな?」と確認する。そしてその時に、デスマスクの心にその男の意志が流れ込んでくる。
(この話は、たとえ小宇宙に直接語り掛けたとしても、生者に対しては言うことが出来ぬ。それが我にかけられた呪だ。だが、我らの目的のため、お前達の力が必要となる)
 声には出さぬ、壮大な計画。
「我らはハーデス様の忠実な部下、冥闘士となる。そして見事にアテナの首を取れば、我らは永遠の命を与えられる。来るな、デスマスク」
 その裏に秘められた、凄絶な決意。神を欺こうという豪胆さに、デスマスクは思わず笑みが漏れた。
 そして、口を突くのは別の言葉。
「面白え。どうせ聖域の連中には、借りを返したい連中がいるしな。あんたと一緒なら、せいぜい暴れられそうだ」
「その意気だ。いくぞ、デスマスク」
 その男は、踵を返し、歩き始める。その後ろに、デスマスクが続いた。
(せいぜい憎まれ役になるさ。それにまあ、連中と戦えるってのは、それはそれで悪くはねえ。どうせ死んだ身だ。せいぜい派手にもう一度死んでやる)
 実際、デスマスクは自分の実力を過大評価はしていない。恐らく、シャカなどと戦ったら勝てはしないだろう。借り物の冥衣では、真の黄金聖闘士には到底及ばない。それが、デスマスクには分かっていた。
(ま、どうせ俺は嫌われ者だからな)
 それでも、こんな自分でもまだ地上の平和のために役立つことがあるのなら、それでもいい。
 確かに、地上は善悪なく争いが続く。だが、神々の争いなら、死の世界よりは、まだあの小娘の望む世界の方が、面白いはずだ。
 役回りとしては、むしろ道化じみているが、いっそ自分にはふさわしい、と思えた。
「どうした、デスマスク。いくぞ」
 ふと顔を上げた時、そこには他にも見知った顔がいくつかある。
「またお前達と暴れられるのは、それはそれで悪くないな」
 デスマスクの言葉に、誰となく皮肉そうな笑みを浮かべていた。


 単独創作第三弾……デスマスクです。
 ハーデス編でシオンが『たとえ死してもアテナの聖闘士。ハーデスに裏切る者が一人でもいると思うのか』と言ってた、ということは当然最初にさくさくやられたデスマスクとかもそうなんだよな……まあ確かに、力の信奉者ではあっても、地上が死の世界になるのは歓迎しないだろうし、それならハーデスに従うフリをして〜はありえるけど……ということでこんな話を。
 ちなみに無理矢理な設定で甦ったシオン達は、生者に対しては喩えテレパシー(というか小宇宙に直接語り掛けるやつね)ですら、ハーデスに対する叛意を表せない、としてます。でないとこっそり小宇宙で教えてしまえばいいわけだし、シャカが死んだ時にサガ達が真実を語ろうとしたのが矛盾しますし。
 というわけでデスマスクは……力いっぱいやられ役でしたけどね、ハーデス編では。でも最後の嘆きの壁の前で現れた、ということはやはりシオンの言う通りなんでしょう。というわけでこういうお話を書いてみました(^^;
 なお、このお話は聖闘士星矢にはまるきっかけをくださった某E嬢に捧げます(笑)



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