聖域はどこか奇妙な活気に溢れていた。 だが、それも当然ではあると思う。 おそらく聖域において初ともいっていいであろう、双子座の聖闘士サガの内乱。 それがついに、サガの敗北で終了し、聖域には実に十三年ぶりにアテナが戻ってきたのだ。活気があって当然だ。 「……だが、被害は決して小さくはなかった」 聖闘士の中でも、わずか十二人しか存在しない、最強の黄金聖闘士が、この戦いだけで五人も死んでいる。しかも、実力において圧倒的に劣るはずの青銅聖闘士に敗れて。ただこれは、黄金聖闘士が不甲斐ない、というよりは、常識を遥かに超える奮闘を見せた彼ら青銅聖闘士を誉めるべきだろう。それに、彼らが敗れていたら、そもそもアテナが死んでいたのだから、結果としては良かったはずだ。 ただ。 「……お前が死ぬことはなかったはずなんだがな……」 季節的には、まだ寒い季節ではないはずである。 そもそも、ヨーロッパでも南に位置するギリシャは、さほど寒くなることはない。 だがそれでも、今彼が立っている場所は、極地の寒さもかくや、というほどであった。多分、聖衣を纏っていなければ、彼とて凍えて動けなくなるほどに。 「カミュ」 呼びかけてみるが、倒れた躯が動き出すことはない。 それは分かっている。 常人ではない彼には、倒れたその躯……カミュから、完全に小宇宙が消え去っているのが分かる。 それは、絶対的な『死』を意味するものだ。 カミュと戦っていた青銅聖闘士は、もうここにはいない。氷河、という名の白鳥座の聖闘士は、まだかすかに息があったため、急ぎ病院に収容されたらしい。重傷ではあるが、少なくとも生きてはいる、ということだ。 ならば、カミュよりもその氷河の方が優れた聖闘士だったのか。 それは、彼には分からない。 彼も、氷河とは戦った。 戦い始めたとき、氷河は確かに青銅聖闘士とは思えないほどの力を示した。だが、それでもなお、黄金聖闘士である彼との実力の差は、絶大なものがあった……はずだった。 だが、氷河にとどめを刺そうとしたその最後の瞬間、氷河は彼が想像もしなかったほどの力を示した。だから、彼は氷河の命を救い、そして彼の預かる天蠍宮を通過することを許したのだ。 その先に待つ、絶望的とも言える師弟対決があると知りながら。 「まさかお前が敗れるとは思っていなかったんだがな」 答える者は、当然いない。 ただ。 「後悔はしていない、とでも言いたげだな」 カミュの死に顔は、激闘の直後とは思えないほどに、安らかなものだったのである。それはあるいは、自分の後に続く者がいることへの、安心感なのだろうか。弟子を取ったことのない彼には、理解(わか)らない感情かもしれない。 なおも近づこうとした瞬間、カミュの体から聖衣が離れた。そしてそれは、守護星座を象った形態へと組み合わさっていく。 「もはや思い残すことはない……というわけでもなかろう?」 カミュのことは、よく知っている。 シベリアとギリシャ、さほど親交があったわけではないが、だが、それでもカミュが弟子をどのように思っていたかは、分かっているつもりだ。 「安心しろ。後は俺に任せるがいい」 一瞬、カミュが笑んだようにも見えた。無論、それは気のせいではあるだろうが。 「ミロ様!!」 聖闘士候補生の何人かがやってきた。先ほど、氷河や瞬を回収した後、戻ってきたらしい。 カミュを墓地へと運ぶために。 「カミュは俺が運ぼう」 「え? いや、しかし……」 「かまわん。それに、今のカミュにうかつに触れると、凍傷になるぞ」 その言葉に慄いたのか、彼らはカミュを運ぶのを任せてくれた。彼――ミロはカミュを抱えると、そのまま聖域の墓地へと歩いていく。 「これからの戦いを俺たちに任せて、早々に退散か……いい身分だな、おい」 戦いは、むしろこれから。 それは、ミロ自身もわかっていた。そしてカミュも。 だからこそ、カミュは命を賭して、自分の力を受け継ぐ、自分以上の存在を残そうとしたのだろう。 「まあ心配するな。そのうちそちらも賑やかになるだろうさ。嫌でもな」 その時、果たして自分はどちら側にいるのか。さしものミロも想像が出来ない。 ただ、命を賭してまで戦った友に恥じることのないよう、戦う。 地上を、アテナを守るために。 後を託していった、友のために。 |
ミロのお話。各務さんとこのミロの誕生日祭りにあわせて書きました。現在非公開になってるのでこちらで公開します。 ミロとカミュの話『氷の仮面』にリンクする感じになってますね。 しかしホントに、なんでカミュだけが死んだのやら……。 |