遺志




 体中の傷跡から吹き出す血は、普通の人間であればとうに致死量を超えていた。
 よくもまあこれほど容赦なくやってくれたものだ、と思うが、あれだけの力を持つ聖闘士が育ってくれていると言うのは、あるいは嬉しくも思えてくる。それが自分の命を奪った存在だとしても、彼もアテナの聖闘士。いつかはアテナのためにその力を使ってくれることだろう。
 一瞬の隙をついて振り切った後、どこをどう逃げてきたのか、自分でも分からない。
 ただ、もうアテナと自らの聖衣を託すことは出来た。
 彼が何者であるのかは、まったく知らない。ただ、彼に託すことが出来る、となぜか確信できた。あるいは、アテナ御自身が、自分の小宇宙に下さった啓示かもしれない。
「ここは……」
 いつの間にか目の前に、見慣れた懐かしい宮があった。
「人馬宮……」
 本来、自分が守護する、絶対の防御を誇る十二宮の一つ。
「私の最期の場所としては、これ以上相応しい場所はない……か」
 おそらくいつか、この十二宮において、聖域の、いや、聖闘士の運命を決める戦いが起きる。
 本当は、自分が何とかしなければならなかったのだろうが……もう、自分にそれだけの力は残されていない。
 出来ることといえば……。
「東方に、辞世の句というものがあると……聞いたことがあるが……」
 そういえば、アテナと聖衣を託した人物も、東洋人だったが……詳しく聞いておくべきだったか、などと的外れなことを思ってしまう。
「はぁ!!」
 振り抜いた拳が、一瞬にして壁を削り、そこに字を刻んだ。
 その一文字一文字を、ゆっくりと確認する。
「これで、いい……」
 いつかこの場を訪れた者達がこれを見れば、自分の遺志を継いでくれるだろう。
 それが果たして弟アイオリアなのか、あるいは別の聖闘士なのか。それは分からない。
 また、いつになるかも分からない。  ただ、それでもいつかは誰かが着てくれる。それは確信に等しい。
 かすかな気配が、人馬宮を取り囲んでいた。どうやら、追っ手が追いついてきたらしい。
 しかしもう、自分を捕らえたところで、アテナはとうに安全な場所まで逃げ延びているだろう。
 悔やまれることは、アイオリアに真相を語る暇すらなかったことだが、アイオリアならばいつか真相にたどり着いてくれるだろう。
「さらばだ……」
 小宇宙を燃焼させる。その高まりは、人馬宮を取り囲み、今まさに飛び込もうとしていた者達を、全員踏みとどまらせるほどに強大で、そして凄まじいものだった。
「いつかこの場を訪れる者たちよ……」
 小宇宙が、限界を超えて高まる。自らの、命すら燃やしつくほどに。
「君たちに……アテナを託す……」
 光が溢れる。そしてその直後、全てが消え去った。

 しばらくして踏み込んだ者達が見たのは、何もない人馬宮の広間だったという。


 なんとなく、の一人シリーズ第九弾。アイオロスです。名前一度も出てないけど(爆)
 彼がどこで死んだのか、そして何よりあの『遺言』をいつ刻んだのか。実は結構謎ですが……それをなんとなく捏造してみました。
 シュラもアイオロスにダメージを与えたといっても、殺したとは言ってなかったし。
 ただ、正直彼はあの『遺言』をアイオリアのために遺したんじゃないかと思うんですが……どうでしょう?
 しかしこのシリーズ、個々人によって長さに極端に違いがありますね……いや、まあ良いけど(笑)



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