神様からのバレンタイン




 その日、星矢は学校から必ず午後、学校が明けたらすぐに、城戸邸に来るように言われていた。
 別に、呼び出されること自体は珍しいことではない。ただ、大抵呼び出される場合は星矢だけではなく、瞬も呼び出される。だが、聞いてみたところ、瞬はアテナ――城戸沙織には呼び出されてはいないらしい。
「一体何なんだろう……?」
 そういえば今日はずいぶんクラスがざわついていたように思えるが、何かあるんだろうか、とは思ったが。
 とにかく、と星矢は学校が終わると、即座にクラスを飛び出した。
「それじゃ、お先っ」
 今日は明日から学校が入試のために休みになるので、午前中だけなのである。
「あ、星矢っ、ちょっと……」
「わりっ、今日はちょっと用事があるんだ」
 友人が呼び止める声が聞こえたが、星矢にとってはアテナからの命が何よりも最優先である。
 一言だけ言い残すと、文字通りすっ飛んでいった。
 そして一分後――普通に電車を使っても三十分はかかるはずの距離のはずだが――、星矢は城戸邸の前にいた。
 いつものように呼び鈴を鳴らすと、メイドが迎えてくれ、中に通される。
 客間に通された星矢が、首を傾げつつ何の用か考えているところに、沙織が現れた。
 手を後ろに回して、何か持っているらしい。
「お帰りなさい、星矢。早かったんですね」
「ああ……すぐに、ってことだったしな」
 星矢の言葉に、彼がどうやってここまで来たかを察し、沙織はくすくすと笑った。
「……そこまで急がなくても良かったんですが。じゃあ、誰にも捕まらなかったんですね?」
「は? いや、特に……っていうか、俺が誰に捕まるんだよ」
 意味が分からない、と首を傾げる星矢に、沙織は満足そうに頷くと、後ろ手にもった何かを、星矢に差し出した。
「これは?」
「はい。バレンタインチョコです。……本当は手作りにしたかったんですけど、私も時間がなくて」
「………………は?」
 たっぷり三秒、星矢は固まっていた。
「もしかして……このために?」
「ええ。職権濫用、かもしれませんね」
 そういって、くす、と笑う。
「あ……いや、そういえば、そうだっけ……」
 星矢はなんと言えばいいか分からず、とにかくチョコを受け取った。
「にしても、職権濫用って……別に、いつでも……」
「……いえ、分からないんなら、いいんです」
 沙織はなおもくすくすと笑いながら、その答えをはぐらかしていた。

 そして。
 星矢が去った後の学校では、星矢にチョコを――大半は本命を――渡せなくて悔しがっている女の子がいたという。
 また、別の場所では。
 部屋中をチョコレートで埋められた瞬がいたとかなんとか。


『聖なる夜に』の外伝というか。らぶらぶネタ。バレンタインネタです。なお、沙織は忙しくてこの日も学校には行ってない、ということで。お昼の時間を利用したんですね。



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