遺された言葉


 本来は眠る必要すらない人なのに。
 それなのに、今は私に合わせて眠ってくれている。
 想像すら出来ないほどのその永い時を、この人は何を見て、そして、何を想い過ごしてきたのでしょう。
 どれだけの苦しみを、その身に抱えてきたのでしょう。
 今、この時。
 私は、それを和らげてあげられているのでしょうか。
 でも、それはほんの一時。
 まもなく私は、全ての意識を失うでしょう。
 ただ、その前に。
 この人の救いになることを祈って。
 いつ、伝えられなくなるか分からないから。
 私の、最期の言葉を。
 いつか、この人の救いになってくれるように。

「……なんだよ?」
 ロイドは片付ける手を止め、怪訝そうに振り返った。
「そんなにきっちり片付けなくても、どうせ休むだけだ」
「そうだけど……」
 クラトスの顔を見て、ロイドは「やっぱり片付けるっ」というと、どうやったらこれほど散らかせるのだろう、と思えた作業台の上の片づけを再開した。
 オリジンとの契約を終え、エターナルリングを手にしたロイドは、いよいよ明日、コレットを助けるため、そして、世界を元の姿に戻すために、最後の戦いに赴く。
 本当ならば、クラトスも同行するつもりだったのだが、ロイドとの戦い、さらにその前のユアンらに受けた傷、そしてオリジンを開放するために体内のマナのほとんどを消耗してしまったことが、いかに四大天使の一人といえど、すぐに回復できないほどのダメージとして蓄積されていたのだ。
 そのため、クラトスはダイクの家に残ることになったのである。
 戦いの終焉は見えている。移動時間を含めても、あとほんの数日で、世界の運命は決まる。
 その間クラトスが休む場所として、ロイドが自分の部屋を提供することにしたのである。
 ロイドとしてはすぐにも出発したかったのだろうが、さすがにロイドを含め、全員の疲労の色も濃く、今日はダイクの家で休むことにしたのだ。それで、ついでだからとロイドは自分の部屋を片付け始めたのである。
 片付け始めて数十分。
 意外なほどの速さで、ガラクタが散乱していたロイドの部屋は、すっかり片付いてしまった。
 どうやら、ちゃんと片付ける場所は決まっていたらしい。
 単にしまうのが面倒だったということか。
(あなたはいつも散らかしっぱなしですね。クルシスでもそうだったんですか?)
 不意に、懐かしい声が聞こえた気がした。
(アンナ……?)
 そういえば、長くはなかった逃亡生活の中で、さらに短い期間、一所に落ち着くこともあった。ロイドが生まれる前後のことだ。
 辺境の、かつては人がいたのだろうと思える村の廃屋を失敬して、三ヶ月ほど過ごしたことがある。
 その時、ついついモノを片付けないクラトスは、アンナによくたしなめられていた。
「っと、これでよし。あとは好きに使ってくれ」
「ああ」
 クラトスはそれだけ応えると、寝台に横になる。
「なんかあったら、親父に言ってくれ。じゃ、俺は明日の準備があるから……」
 その時クラトスは、すでに眠りに就いていた。

 翌日。
 ロイド達七人は、レアバードで飛び去っていった。ダイクとクラトスだけが残された。
「さて。ま、俺たちにあとできるこた、やつらがきっちりやることやって戻ってきた時、帰る場所を守るだけだな。まだ、もう一騒動あるかもしれんしな」
「そうですね」
 クラトスはそれだけ応えると、ダイクに続いて家に入ろうとして――立ち止まった。
「どうしたい、クラト……」
 ダイクは呼び止めかけて、言葉を切ると、一人家の中に戻る。
 そしてクラトスは、少し迷った後に、家の脇にある小さな墓石の元へと歩き出した。
 妻・アンナが眠るその場所へ。

「私たちの子は、大きく、そして強くなったぞ、アンナ。この私をも凌ぐほどにな」
 古い墓石には、かすれて読めなくなってはいるが、マーテル教の聖言と、それに没年が刻まれており、そしてその上に新しく『アンナ』と刻まれている。
 多分、名前が分かった後にロイドが彫ったのだろう。
「ロイドはいい仲間に……そして、家族に恵まれた。あの子ならきっと、私がやり遂げられなかったことを……やってくれる」
 マーテルを失って堕ちたミトス。そしてそれを止めることが出来なかった自分。
 そして絶望のままにさまよった四千年間。その、最後に出会った安らぎ。
 しかし彼女は、もういない。
 自らが、この手にかけたのだから。
『ロイドは、あなたが、クルシスが犠牲にしてきた全てを背負っています』
 ロイドとの戦いの直前の、神子の言葉が思い出される。
「……アンナ。あるいは、お前を連れ出さなければ良かったと、思うこともある。お前を連れ出さなければ、確かにいつかエクスフィアに侵食され、意思なき存在となっていたかもしれない。だがそれでも、助かる可能性がないわけではなかったのに……」
 あの時は、自分でも不思議なほど必死だった。
 エクスフィアに意識をも侵食されようとしているアンナを、せめてあの場所から救い出したい。それだけを、ただ望んだのだ。
 結局クラトスは、アンナを守れなかった。いや、よりによって最悪の形で、アンナの生を止めてしまったのだ。
 ロイドが今、コレットを必死で、あきらめず守っているように、同じことが、どうして出来なかったのだろう。それが、悔しくもある。
(そんなことありませんよ。私は、貴方と出会って、そしてロイドを授かったことは、とても幸せでした。だから貴方は、私の分も、ロイドを守ってあげてください)
 不意に、そしてはっきりと、クラトスはその声を聞いた。驚いて周囲を見回すが、そこにあるのは変わらぬ森の風景だ。
「……アンナ?」
 返事の代わりに、言葉にならない想いが、クラトスの中に流れ込んできた。それは、間違いなくアンナの想い。
 そしてその時、クラトスは自分のクルシスの輝石が、淡い光を放っていることに気がついた。
 そこからあふれ出すのは、確かにアンナの想いと言葉。
 クラトスへの感謝と、そしてロイドへの想い。
「……そうか……私の輝石に……」
 ずいぶんと遅い『遺言』というわけだ。
 ただ。
 クラトスは、苦笑するように、空を――デリス・カーラーンを見上げる。
「私たちの息子は、もう私たちの助けなど必要としないほどの『男』になっているぞ、アンナ」
 今頃、あの中では激しい戦いが繰り広げられているのだろう。
 だがクラトスは、息子たちの勝利を、全く疑っていなかった。



 というわけでついに書きました、クラトス話。コレットについで好きなのですよ、クラトス。っていうかお父さん(笑)
 ちなみに父親だと判明する前からすごい気になってました。なので、敵になっちゃった、というか仲間から外れた時はショックで。いや、絶対そのうち外れるのは分かってはいたんですけどっ。だから再加入した時は……スミマセン、踊ってました(爆)
 実際クラトスはおそらく天使化と人間を使い分けられるみたいですよね。クルシスの輝石を完全に制御しているというか。となると、天使化を解除している時は多分眠ったり食事したりは普通にやるんだろうなあ、と。コレットもそうでしょうが。大体生体的に人間の機能は完全に存在したわけだし、遺伝子も人間のものだったはずですしねえ(でないとロイドが……)
 クラトスとアンナの話は書きたいなーとか思わなくはないんですが、最近見つけた某サイトさまが素晴らしく……書く必要ないじゃん、という……(爆)。あ、でも出会いはネタがぼんやりあるので書いてみたいですねー。いつだろ(ぉ。ロイコレのがたくさん書きたいし(笑)
 それにしても気になるのですが。
 確かファンタジアはシンフォニアの後の話で、ファンタジアのラスボスってあそこから来たんだよねえ。クラトスはどうしたんだろう……?



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