息子


 どれほどの時をまどろんでいたのだろうか。
 この世に生を受けてから、これまでに生きてきた時間に比べたら、おそらく微々たる時間に過ぎないだろう。
 しかし、傷はまだ癒えない。
 あの、己の存在の全てを抉り取られたかのような傷。
 だが、果たして時が幾星霜過ぎたとて、果たしてそれが癒されるのか。
 もしかしたら永久に癒されないかも知れない。
 あるいはそれが、自分に与えられた罰なのか。

「地上……衰退世界に行け、と?」
 突然そんな話を持って来たのは、このウィルガイアにおける最高指導者、ユグドラシルだった。
 もとより、眠り続けることを望んでいる私を、無理にでも起こすことが出来る者など、限られる。
 だが、意識がはっきりしていないのか、その話の意味は、分からなかった。
「一体何のために?」
 眠っていた、といっても、それはあくまで意識を閉ざしていただけに過ぎない。
 覚醒直後に、意識がはっきりしない気がするのは、人間であった頃の癖のようなものだ。
「衰退世界に行き、マナの神子を守り、そして監視してもらいたい」
 今度は意識がはっきりしているにも関わらず、首を傾げた。
「基本的には干渉しないのではなかったのか?」
 マナの神子と世界再生。
 このユグドラシルが作り上げた、マーテルの器を作り出し、そして一方でマナの枯渇している世界を維持するシステム。
 しかし、ここ数百年間、シルヴァラントの神子は失敗続きだという。
 本来なら、そうそう失敗はしない――ディザイアンはあくまで神子を『生命の危機』にさらすことでクルシスの輝石の更なる成長を促すだけなのだ――はずの再生の旅だが、いつからか『レネゲード』という組織が、マナの神子を毎回殺し続けているらしい。その目的は、いまだに分かってはいない。
 元々、クルシスは基本的にはシルヴァラントにもテセアラにも干渉しない。ただ、マナの血族に対して『神託』という形でマナの神子がマナの流れを逆転させ、そして新たなマーテルの器となるのを、わずかながら助けるだけである。
「そうだ……本来は。だが、今回は状況が異なる」
 ユグドラシルは、その秀麗な、それ自体が一級の細工物であるかのような指を動かし、近くにあった端末を操作する。そこから、デリス・カーラーンのコアシステムにアクセスし、いくつかのデータを表示した。
 その結果に、私は思わず目を見張った。
「これは……!」
「そうだ。今回のシルヴァラントの神子、コレット・ブルーネルは、遺伝情報がマーテルに……姉さまに極めて近い。今度こそ、完全な器が手に入るかもしれない」
「……それで私に、神子を守り、そして再生の旅から逃げぬよう、監視せよ、と?」
 やる気なさげに、問う。
「そうだ。信頼出来る者にしか、これは頼めない。そして、お前は輝石の力を抑えれば、完全に人間になれる」
「だが……」
 それでも気は進まない。なにより、シルヴァラントはアンナの思い出が多すぎる。
 だが、ミトスはそれを知ってか、追い討ちをかけるように言葉を続けた。
「もしこれで姉さまが復活すれば、私は世界を元に戻そう」
「……分かった。地上に降りよう。世界を元に戻すためならば」
 もう、アンナのような悲劇が起きないというのならば。
 そうして私は、地上に降りた。

「お前はロイドというのか」
 平静を装いつつ、それでも心穏やかざるものがあった。
 失われた、私とアンナの子。十四年前に失った我が子と、同じ名を持つ少年。
 もし生きていれば、ちょうどこの少年くらいの年齢だったはずだ。
 しかし、所詮偶然の一致。
 そう思っていた。
 あの墓と、そしてロイドのエクスフィアを見るまでは。

 これも運命だというのならば、運命というのはある意味ユグドラシルより、いや、あのクヴァルなどよりはるかに残酷なものらしい。
 ロイドの幼馴染が、神子。それも、マーテルに極めて近いマナの持ち主。
 だとすれば、この先あの少女を待つ運命は、マーテルと同じになる。
 だが――。
 いくつもの鍵と布石は、すでに彼らの手にある。
 レミエルの哄笑が聞こえる。
 愚かなやつだ。四大天使というのが、ただの地位だとでも思っているのか?
 戦いの趨勢は、最初こそレミエルが圧していたが、すぐさま逆転する。当然だろう。
 天使といえど、所詮エクスフィアで強化された存在に過ぎない。ただの人間であるならともかく、同じエクスフィアによって強化された人間と戦えば、その力に本質的に差はなくなる。あとは、本人の力量次第だ。
 レミエルは決して弱いとはいえないが、かといってここまで戦ってきたロイド達の力は、よく分かっている。万に一つも敗れはすまい。
 だが、ロイドがその先どうするか。
 心を奪われ、死を目前にした神子を、どうやって取り戻すか。
 方法がないわけではない。
 だがそれは、もっとも困難な道のりとなるだろう。
 それでももし、ロイドがその道を歩もうとするのならば――私も覚悟を決めよう。
 ロイド、お前は強い。そして、自分が間違うことを知っている。
 ならば、私やミトスが選べなかった道を、選ぶことも出来るはずだ。
 レミエルのうめき声が聞こえた。どうやら、決着がついたらしい。
 コレットに必死に呼びかけるロイドの声が聞こえる。
 おそらく、ロイドは諦めはしないだろう。ああいう、愚直なまでにまっすぐにロイドを育ててくれたダイク殿には、感謝すらしたい。私よりよっぽど素晴らしい父親だったと思う。
 ならば、私のなすべきことは一つ。
 もう後悔はしない。
 そして、同じ過ちは繰り返さない。
 さあロイド、私が教えられることは、もう全て教えてきた。
 ここから先は、お前自身の力で、戦いぬけ。そして、この世界の歪んだ理を、正して見せるがいい。
「無駄だ。神子にはもう――」
 そして、神子を救え。
 私が、ミトスが、ユアンが選べなかった道を。
 ただまっすぐに。



 一人称……やはり難しい(汗)
 クラトス、旅の間ず〜っとロイドのことをこれ以上ないくらい気にかけてるんですよね。なんせ体力ちょっとへったらすぐファーストエイド飛んでくるし(笑)。とにかく親バカ……もとい、過保護です、絶対。いや、分からなくないけど。
 シルヴァラント編のラストで、レミエル、クラトス、ユグドラシルの三連戦がありますが、クラトスとしてはユグドラシルの登場は予定外だったと思ってます。だってあの状況、レネゲード来なかったらロイド死亡確定……(汗)
 あの後、クラトスはエターナルソードをロイドに装備させるために暗躍を続けたのでしょう。
 あとユアンが『ロイドを鍵』と言ったのは、私てっきりエクスフィアのためだと思ってましたが。実際には少なくともユアンにとっては、オリジンの封印を解くためにクラトスに言うこと聞かせるためだったんでしょうね。
 あと謎なのは。クラトス、ロイドの、つまりアンナのエクスフィアが普通のものではないって知ってたんでしょうかね。っていうかロイドのはクルシスの輝石以上の存在だったわけですが……。
 この話、ホントはクヴァルとのエピソードも入れたかったんですけど……冗長になるのでカット。っていうか一人称って難しいよぅ。もっと練習しないとですねえ……。



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