神子


 身を切るような冷たい風が、頬をなでた。
 さすがに、この高度でしかもこの速度で空を飛ぶと、風が冷たく、そして鋭い。
「寒くはないか、神子……ああ、すまない」
 空を飛ぶ竜を駆り、御している傭兵――クラトスは、後ろに乗る者を気遣ってから、それが不要であることを思い出した。
 すでに半ば以上天使化している神子にとって、寒さや暑さというものは、すでに無縁の存在だ。
 これで天使を神聖な存在だと思えるのだから、ある意味信仰というものがどれだけの力を持つかが分かる。
 本来、戦争のために開発された能力が、天使だ。
 食、睡眠の必要を失くし、痛覚や暑さ、寒さも感じなくなる。限度を超えた――肉体に損傷の出る――温度は知覚できるが、それは熱い、冷たいではなく、危険だ、とだけ認知する。そして、代わりに目や耳が極端に良くなる。無論、エクスフィアの特性である肉体能力の向上もある。よく出来た『兵器能力』だ。
 ただ、声まで失うのは聞いていなかった。おそらく、この神子を完全に『器』とするためのものだろう。
「もうすぐ着くな……なんだ?」
 不意に、何かが触れてきたような感覚があった。物理的にではなく、心に何か触れる感じだ。
(あ、やっぱり……クラトスさん、聞こえます?)
 急に明瞭になったその『声』は、神子――コレットのものだった。
(なんとなく、もしかしたら出来るかなって思ったんです)
「驚いたな。心で会話が可能とは」
 コレットは、ゆっくり首を振る。
(いいえ。多分……クラトスさんだからだと思います。私と同じ……だから)
 クラトスは驚いて振り返った。
(クラトスさん、私と同じですよね? なんとなく、分かるようになってたんです。だから、もしかしたら直接お話できるかなって)
 クラトスは沈黙で答えた。そうしている間にも、救いの塔はどんどん近付いてくる。
 ロイド達は、竜を駆るのになれていないのだろう。もうかなり引き離していた。もっとも、それは予定していたのだが。
(別に、それでどうとかじゃないんです。クラトスさんが何者なのか……気にはなりますが、今気にしても仕方ないです。それに、救いの塔で何が起きるかは、大体分かっていますし、覚悟も出来てます。ただ、お願いしたいことがあるんです)
「何だ?」
 そうしている間に、ついに救いの塔の目の前まで来てクラトスは救いの塔の前の開けた場所に竜を降ろした。
 鞍から飛び降りると、コレットの手を取り――重さはほとんど感じないのだが――降りるのを手伝う。その後、竜の首を軽く叩くと、竜は一度嘶いてから、再び大空へ舞い上がった。そのまま、来た方向へと戻って行く。
 塔はそこの見えない巨大な穴に屹立しているが、コレットが塔の前に行くと、クルシスの輝石が光、塔の入り口へと階段が現れた。
 ここでロイド達を待つ、と言い出すかと思ったが、コレットは迷わず階段を上り始める。クラトスは慌てて後を追った。
(ロイドのことです)
「ロイド?」
(多分私の行動に……ロイドは納得してくれないと思います。でも、世界を救うためにはこうするしかない。世界のみんなが幸せになって欲しいって、私は思うから……だから、私が望んだんだって、ロイドに伝えて欲しいんです。私には……もう、無理だから)
 心が痛む。
 クラトスは、この世界再生の全てを知っている。
 これは、神の名を騙った、欺瞞に満ちた生贄の儀式だ。
 かつて、真摯に女神マーテルに祈っていたアンナと、その姿が重なる。
「神子……後悔は、ないのか?」
 この問いは、今自分に与えられている役目に反することは、十分に分かっていて、それでもなお、問わずにはいられなかった。
(ない……といったら嘘になります。でも、一番悲しいのは……ロイドが、悲しむだろうなってことなんです。だから、私が望んで天使になるって、伝えて欲しいんです)
 その道は誤りだ、というのは容易い。だが、それはクラトスの立場では出来ない。
「……分かった。だが、ロイドが納得するかは保障しない」
(はい。多分しないだろうなって、私も思います)
 コレットはそういうと、微笑んだ。それは、これから死に向かうとは思えない者のものだ。
 そしてコレットは、祭壇で祈りを始める。クラトスはそれを、いたたまれない気持ちで見つめていた。
(神子よ。確かに伝えよう。だが、ロイドは納得すまい。そして――そこからが、本当の戦いとなるだろう――)
 光が、塔の上部から降りてくる。レミエルが来たらしい。塔の入り口の方からは、床を蹴る靴音が複数聞こえてくる。
(いよいよ、か)
 幾度も見てきた世界再生の時。
 だがクラトスは、これまでとは違う結末になることを、この時予感していた。



 救いの塔に向かうコレットとクラトスです。いや、なんとなく。30分くらいで書きました。
 ちょうど二周目がここでして。
 ちなみに初回プレイ時、私は絶対ロイドとコレットが一緒に行く、と思っていたのですが……クラトスに先手を打たれ(違)
 っていうかこういう展開かーって感じでしたしね。プレイ中で一番辛かったのはコレットが声を失ってからフウジ山岳で目覚めるまでの期間でしたね、やっぱり。
 コレットがクラトスと話してたのは、いわば輝石同士の特殊能力ってことで。レミエルにもコレットの声、聞こえてたみたいですしね。ロイドと話せたのも、それで説明がつくんじゃないかと。実際、輝石が本来兵器のためのものであることを考えると、声を発しない意思伝達手段はあったと考えていいと思いますし。



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