父親


 昼間で、かつ雲一つない空だというのに、見上げたとき目に映るのは紺碧とは縁遠い、不気味な色の空だった。
 いや、これが本来の――この四千年間の――空の姿。
 マーテル教、神子、天使、世界再生、そしてカーラーン大戦の真実。
 そういった、数多くの偽りに塗り固められた四千年前からの世界の、その歪みの象徴たるものが、そこにある。
 デリス・カーラーン。
 かつて、エルフ達が住んでいたマナの塊。宇宙を巡る巨大な彗星。そして、この大地に、生命をもたらしたもの。
 しかし今、そこでは文字通り、この星の運命を決める戦いが行われているはずだ。
 四千年前の英雄ミトスと、そして――。
「ロイドが……息子が心配かね、クラトスさん」
 不意に声をかけられて、驚いて振り返る。
 気を散らしていたとはいえ、すぐ後ろに来るまで気付かなかったらしい。
「おおっと、驚かしちまったかな。ま、でーじょぶだ。あれでもロイドは、やるときゃちゃんとやる」
「それは……分かっているつもりではあるのだが」
 クラトスはそう言うと、ゆっくり振り返り――そして視線を落とした。
 クラトスの、半分ほどの背の高さしかない、いかつい髭を蓄えた人物がそこにいた。
「それにロイドは、私が思っていたよりずっと……まっすぐ育っていた。感謝する、ダイク殿」
「そうかい。そう言ってもらえると、穴倉暮らしを捨てた甲斐があったってもんだがな」
 もう一度、空に目を移す。
 おそらくあの、広大なデリス・カーラーンの中で、ロイド達は必死に戦っているのだろう。
 本当ならばついていきたいところだったが、度々無理を繰り返していた上に、予想を遥かに超えて強くなっていたロイドとの戦いで、天使化してもなおダメージが大きく、足手まといになることが分かっていたので、この、ロイドの育ったこの家に留まったのである。
 何よりここには、アンナの墓もある。
「ま、どーも俺は勉強ってやつが苦手でよ。ロイドもそれが伝染っちまったのか……すまねえなぁ。あんたの息子なら、本来頭も良かったんじゃねえかと思うんだが」
「いや、そんなことはなかろう。それに、ロイドは勉学などより遥かに多くのものを、貴殿から学び取っている。仮に私が育てても、こうはならなかっただろう」
「まあ、ドワーフの誓いは全部覚えさせたんだがな」
 クラトスは思わず苦笑した。
 ことあるごとにロイドは『ドワーフの誓い』というのを持ち出していた。
 もっともその内容自体は、別にドワーフ独自のものなどありはしない。
 さらに言うなら『ドワーフの誓い』なるモノを、クラトスは聞いたことがない。無論、デリス・カーラーンでも。
 おそらくは、ダイクの創作だろう。
 ただその内容は、ごく当たり前の――ゆえに守りきるのは困難な――ことばかりが述べられている。多分ダイクは、これをもってロイドを教育していたのだろう。
 ある意味これも、ドワーフの見事な創作、といえるかもしれない。
「そういえば――」
「ん?」
「ロイドが以前、船を作って世界中を航海するんだ、と言う夢を語ったことがあったが、あれはいつ頃から?」
 たしか、まだテセアラという世界のことも知らない、世界再生の旅の途中でのことだったか。
「ああ、それか。ほれ、こっからちょっと行けば海が見えるだろう。で、ロイドが昔海の向こうに何があるんだ、っていつも聞くもんだから、男なら自分で行って確かめろ、って言ったらな。最近は言わなくなったから違う夢を持ってるのかと思ったが……」
「いや、まだ持っていたようだ。世界が平和になったら傭兵も仕事がなくなるから乗せてやる、と言われたよ」
 その時はまだ、ロイドは世界の真実を知らなかった。
 そして、クラトスもまた、世界が平和になどなることはない、と思っていた。
 ただ、もし本当にそうなったら、それも良いかもしれない、と思った。たとえ、親だと名乗りを上げることが出来なくても。  もっとも、その夢はおそらくすでにロイドの夢ではないだろう。
 皮肉なことだが、この戦いの中で、ロイドは文字通り世界中を巡ることとなり、結果として船で世界を巡る必要すらなくなってしまったのだ。
「ま、あいつはあいつで、自分のやることをちゃーんと考えてるところはあるからな。すぐ何をすべきか見つけるさ。そういう頭の回転は……あんたの息子だからかもな」
「ダイク殿……?」
 その言葉に、クラトスは若干の違和感を覚えた。そして程なく、その正体に突き当たった。
「ダイク殿。これは……これだけははっきりと申し上げておきたい。確かに私は、ロイドと血の繋がった父親だ。だが、貴方もまた、ロイドの……これ以上ないほど立派な父親だ。そして何より、私は心底、ロイドを育ててくれたのが、そしてアンナを看取ってくれたのがダイク殿であったことに、その偶然に感謝している。本当に……ありがとうございます」
「ちょ、ちょっとまってくれ。俺は別に……」
 しかし、クラトスは下げた頭を上げようとはしない。
 ダイクはしばらく手や視線のやり場に困ったようにしながら、やがて開き直ったようにクラトスに正対した。
「ええい。やめだやめだ。そんなお互い遠慮したって、何もいいこたねえ。クラトスさんよ。俺が立派な父親だっていうなら、あんただって立派な父親だ。それは、同じ『父親』の俺が言うんだから間違いねえ」
「ダイク殿……」
 クラトスはゆっくりと顔を上げた。
 その顔先に、いきなり大きなジョッキが突き出される。
「ま、ロイドがコレット嬢ちゃん連れて帰ってくる、前祝いといこうや。同じ父親同士、な」
 クラトスは小さく笑って、そのジョッキを受け取ると、屋内へと入っていく。
「傭兵なんて名乗ってたんだ、それなりにイケるんだろう?」
 ダイクはそういうと、樽ごと麦蒸留酒を取り出してきた。
「ロイドの前じゃおおっぴらに飲めなかったからなぁ」
 そういうと、ジョッキに並々と琥珀色の液体を注ぐ。
 ドワーフは酒好きだったはずだから、それはかなりの我慢だったのかもしれない。
 無論クラトスに、この杯を拒むつもりはない。
「では……」
「息子の無事と、そして世界の平和を願って」
 がこん、と二つのジョッキがぶつかる。
 その杯の向こうに見える扉から、コレットをつれたロイドが戻ってくることを、クラトスもダイクも、まったく疑っていなかった。



 作成時間……30分ちょっと?
 ふと思いついた父親二人の対談(違)
 ドワーフの誓いってのは果たしてダイクの創作か?!(マテ)  いや、でも実際クラトスがダイクの家に残ったとき、何も会話ないはずないしなあ、と思って。あと『ロイドの夢』はフィールドスキットですが、こっからネタが出ました。あのスキットで『いい夢だな』ってクラトスが言ってるのは、多分心底そう思ってると同時に、多分そういう夢を抱かせてくれるよう育てたダイクに対する感謝は、言葉では言い表せないものじゃないかなあ、と。
 私は父親になったことは当然ありませんが(マテ)、なんとなくそういう気がしました。うんうん。嬉しかったんだろうなあ、と。
 ただ、一方でダイクも、何のかんの言いながら本当の父親には多少遠慮してる感じ……はなかったですが、でも、エンディングの台詞から察するに、やっぱかなり気にしてたと思うので、こんな感じの話がふと思いつきまして。
 ちなみにこの後、酒盛りでクラトスはドワーフの恐ろしさを知ることになります(笑)。途中で天使化して耐えますが(爆)。いや、だって麦酒じゃなくて、麦蒸留酒、つまりウイスキーをジョッキです。普通の人間なら死にますって(笑)
 ところでロイドって、実際頭は悪くはないんだと思います。クラトスの子供だからってのはありますが、何より作中で何度も見せてるあの発想の早さや直観力とか。……まあ、それ以上に記憶力に問題ありそうですが……(爆)



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