遥かなる時の果てに


 久しぶりの大地に降り立ったクラトスは、軽い驚きと共に目を見張った。
「まだ、生きていたのか」
 久しぶりの――時間の感覚が失せているのでもはや何年ぶりだかも覚えていないが、確か百年程度のはずだ――再会の、第一声がそれだった。言われた側は、苦笑している。
「それはこっちの台詞……なんだけどな。俺はまだともかく……」
「それを言うのなら、私も周りに同じ時を過ごすものなら数多くいる……いるだけだがな」
 答えた方は、そういうと空を見上げる。そこは、見事なまでの青空が広がっているだけだ。
「先に死ぬなって言われてるしな」
「フ……だがまさか、こうなるとは思わなかったがな、ロイド。それに神子……いや、コレット」
 ロイドの横で、ほにゃ、と金髪の女性――コレットが微笑む。
 これだけ時が過ぎているのに、未だにかつてと変わらない笑み、というのは、ある意味凄いのかもしれない。
「もうさすがに、他は誰も生きてないけどさ。ジーニアスも、何十年か前に、逝った」
「そうか」
 知己が次々にいなくなる、というのは慣れたつもりだった。いや、実際今も、かつて共に戦った仲間の死を聞いても、彼は何も感じない。それが、当たり前だから。
 だがそれでも、胸に押し寄せる虚無感だけは、拭い切れないものがあった。
「父さんも……今回、まだいるとは思わなかった」
「なぜだ?」
 父と呼ばれ、クラトスは少しだけ顔をほころばせる。そしてそのまま、沈黙で続きを促した。
「ジーニアスが死んだとき……俺、そこにいたんだけどさ。ハーフエルフのあいつでも死んじまうほどの時間が経っていたのか、って。改めて実感したとき、父さんももしかしたらって、そう思ってさ」
「それを言うなら、私はお前に会う前に、すでに四千年の時を生きてきている。今更、時の経過などは私には意味を持たない」
 そう答えてから、クラトスはふと思いついて、いま一人、時によっては失われるはずのない友人のことを思い出した。
「ユアンはどうした?」
 かつて、ミトスと共にカーラーン大戦を停戦に導いた仲間。彼もまた、クルシスの輝石によって不老不死となっているはずだが。
「ユアンは……相変わらずだ。死んでいないだろから……もう、彼は目を覚まさないんじゃないかな」
「なるほど」
 かつての恋人であったマーテルの生まれ変わりとも云うべき、マナの精霊マーテル。彼はこの星に残り、彼女の傍にいて、そしてずっと新たな大樹を守ることを選んだ。というよりは、選ばせた。
 そしてユアンは、大樹の傍に、ただ座り時を過ごすようになった。
 現在、大樹はかつての姿を取り戻している。そして、その巨樹は、ユアンの座っていた場所を、完全に呑み込んでしまっている。あるいは、ユアンは大樹と一つになったのかもしれない。かつて伴に歩くことの叶わなかった、その想いを遂げるために。
「もう……時が経ちすぎているからな」
 ミトスとの戦いから、すでにどれほどの時が流れたのか、ロイドもクラトスもコレットもすでに覚えていない。
 クラトスはデリス・カーラーンと共に宇宙を彷徨うことを選び、ロイドとコレットは、この大地に残されたエクスフィアの回収を始めた。それは非常に困難な作業だったが、彼らは一生をかけてもやり通そうと考えていたが――異変に気付いたのは、二十年も経ってからだ。
 途中までは成長していた。だが途中から、ロイドもコレットもまったく年を取らなくなった――老化しなくなったのである。さすがにおかしいと思った。そしてエルフ達に聞いた結果、想像もしなかった結論が彼らを待っていたのである。
 ロイドが持っているエクスフィアも、そしてコレットが持っているものも、両方ともクルシスの輝石だ。
 クルシスの輝石とは、体を一時的に無機化することにより、生物的な劣化を抑え、さらに能力を強化することが出来るものだ。そして輝石は本来、要の紋なしに直接装備する。そうしなければ、完全な効果――睡眠の不要、痛覚の除去、外部からの能動的エネルギー摂取(つまり食事)の不必要化等――を得られない。
 ところが、ロイドは最初から要の紋を使用してクルシスの輝石を装備していた。さらに、ロイドのクルシスの輝石は通常の方法ではなく、エンジェルス計画のほぼ唯一の成功例であり、その力は通常のクルシスの輝石を超えている。
 そしてコレットは、最初こそ要の紋なしであったが、途中から要の紋を装備された上に、ルーンクレストという特殊な装備によって、さらに輝石を抑え込んでいる。
 いわば、二人とも過去に例のない――マーテルがコレットと同じであったが、彼女は殺されている――形で、クルシスの輝石を装備しているのだ。
 結果、彼らの体は普通の人間と何ら変わらないように見えるが、その実エルフ同様老化しなくなっていた。にもかかわらず、彼らは人間同様睡眠を必要とし、痛みもあれば食事も必要とする、という状態になってしまった。いわば、不完全な天使化である。
 ただ一方で、通常の天使とは比較にならないほどの力を持っている。
 いわば、不老不死の人間になってしまった、といってもいい。
 そして彼らは、輝石が半ば体と同化していた。ゆえに、取り外すことは、死を意味するようになっていたのだ。
 迷った挙句、ロイドはとりあえず生きることを選んだ。一人だったら、多分そんな道は選ばなかっただろうが、コレットが一緒だったというのが何よりも大きかった。
「ロイドが飽きたって言うまで、私も付き合うよ。私は、ロイドといられるなら嬉しいし」
 彼女がそう言ったのは、一体何年……いや、何百年前だろうか。
 すでに時間そのものに意味はない。しかし一方で、普通の人間のように暮らさなければならない以上、年を取らない彼らは、同じ場所にはいられてせいぜい十年から十五年だ。といっても、今ではエルフの里に住まわしてもらっているので、それは気にしなくてよくなった。
 エクスフィアの回収は、もう終わっている。地上に残るのは、ロイドとコレットが持つもの、そして、大樹の中にいるであろうユアンの持つもののみ。
 すでに地上では、幾度か戦いも起きている。もう、彼らの知る町も国もありはしない。本来、こうやって興亡を繰り返すものだ、と古い書物で知っていなければ、あるいは介入してしまったかもしれない。ロイドもコレットも、すでに人の持つ力を遥かに超える力をもつ存在であり、その介入は歴史にすら影響を及ぼしかねないのだ。
「今はまだそれほどじゃないけど、でもそろそろ人間は魔科学の復活を始めている。あるいは……遠からず人間は再び大樹を枯らすかもしれない」
 かつての、カーラーン大戦のように。
「その時ロイド、お前はどうするのだ?」
 エターナルソードを持つロイドは、かつてのミトスと……いや、ミトス以上の力を持っている。再び世界を二つに分かつことも、決して不可能ではないだろう。
「俺は……多分何もしないよ。俺、ずっと考えてた。なぜ俺達に、こんな時間が与えられたのか。正直、今もそれは分からない。ただ……」
 ロイドはそこで、コレットを振り返った。
 かつてとなんら変わらない、優しい笑みを浮かべる、彼にとって掛け替えのない女性を。
「ミトスは、同じ時間がありながら、人を支配した。それは、マーテルがいなかったかでもあると思う。でも俺にはコレットがいる。だから、俺は世界を支配しようとも、そして歴史を影から変えようとも思わない。エクスフィアが利用されるようなことさえなければ」
「それは、大樹ユグドラシルが枯れたとしても、か」
「ユグドラシルは枯れるよ。確実に、一度は」
 その言葉に、クラトスは軽く目を見張った。
「なんとなく分かる。エターナルソードが教えてくれる。ただ……その運命は、絶望に繋がっていない。そう、感じるんだ」
「フ……悟りきったようなことを言う」
「あのな〜。俺だってもう……」
 言いかけてからロイドはコレットを振り返る。
「何歳だっけ?」
「覚えてるわけないよ、私だって」
 今度はクラトスは、声を上げて笑った。
「ハハハ……相変わらずだな。まあいい。確かに、お前の力ならば歴史を変えることも、世界を変容させることも出来るだろう。だがそれは、かつて我々が辿った……道だ。お前は……」
「分かってるよ。俺はもう間違えない。絶対に正しい、ということをやり続ける自信は……正直ないけど、でも、取り返しのつかないことなんて、そうそう世の中あるわけじゃないしな」
 再び大樹を見上げる。
 その青々とした美しい巨樹は、世界を支える楔であり、全ての命の源でもある。
 しかし、人の欲は限りない。いつか再び、間違いを起こしてしまうだろう。だが、それを正せるのも、人である。
 ロイドはそれを、自身の経験から知っている。
「さて、立ち話もなんだし、いこうぜ。デリス・カーランが離れるまでは、まだ時間があるだろう?」
「フ……そうだな。普通に食事をすると言うのが、ある意味ここに来る楽しみになってるからな」
「ああ、腕によりをかけて作ってやるよ。あ、トマトとピーマンは入らないけどな」
「まだピーマンがダメなのか、コレットは」
「それ言ったら、私たちより四千年も長く生きてるお義父さんだって、トマトダメじゃないですか〜」
 その言葉に、クラトスは言い返すことが出来なかった。



 ツッコミは却下っ!!(ぇ
 っていうか実際こうなるなんて思ってませんが……エンディングでクラトスが『私より先に死ぬなよ』とか言ってたので……これもありかなあ、とか(マテ)
 というわけでロイドとコレットが不死です……が。やりたかったのは実は最後の『お義父さん』だったり(爆)
 それだけかいっ、というツッコミなら受け付けます(コラ)
 ……他に言うこと……ないよな。
 このネタでファンタジアとつなげたことやるかもしれませんが……それにはまずファンタジアのクリアが必須ですね(笑)
 しかし弟に聞いたのですが、TOSのエターナルソードとTOPのエターナルソードって、力が段違いと思うのは私だけでしょうか。あっちは時間移動を防ぎ、時間移動を可能にしてるとのことですが……TOSのエターナルソードはそれはもちろん出来るし、しかも世界を二つに分かつことも、そしてあのデリス・カーランを引き止めることも出来るという……。思うにオリジン、手を抜いたな(マテ)
 というか、必要以上に大きな力を与えることをしなかったのでしょうね。まあミトスがオリジンに望んだのは、一時的に世界を二つに分かつ力でしたから、仕方ないのでしょうが……っていうかオリジンって一体何(汗)



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