陽射しが夏の強いものへと変わってきていた。北方に位置するバーハラにある宮殿は、寒さを凌ぐことを優先した建築であり、夏の暑熱をしのぐにはあまり適切ではない。この時期は、王宮でも全体的に倦怠感を感じてしまう時期である。 もっとも、普通の人々もそれは同じであった。バーハラの街の賑やかな通りも、昼の暑い時間は店を構えず、昼寝の時間となる。そして、暑熱が和らぐ夕方から盛況さを取り戻し、同時に暑い中狩りなどの仕事に精を出してきた男達が、酒場で一日の疲れを癒す。 そのバーハラの主は、額に浮き出た汗を拭うと、ふと窓から見える庭の一角に目を止めた。そこは、庭園の一部であるにもかかわらず、大きく抉れていて、芝もまったく生えていない。まるで、そこだけ切り取られたかのようである。 「……相変わらずか。あれからもう十四年も経つというのに」 一人そう呟くと、テーブルの上にある冷えた瑠璃水を手にとり、口に含んだ。同時に扉が開いて、長い金髪の女性が入ってきた。 「どうなされたのですか?セリス様」 セリスは入ってきた女性の方を一度振り返ると、もう一つの瑠璃水の入ったコップを渡して、それから視線を元に戻す。入ってきた女性はコップを受け取りつつ視線を同じ方向にずらし、セリスが見ているものに気がついた。 「まだあのままなのですね……。時々、あれは本当に現実だったのかしら、と思うのですけど、やはり本当だったのですよね」 セリスは視線の方向を変えずに頷く。 「だが、そのおかげで『黒の処断』では助かったといえば助かった。もう、あいつも大丈夫だろうしね。なにより、私と君の子だ」 セリスはそう言ってから、女性の方に向き直った。 「でも、やっぱり心配です」 セリスはその言葉を聞くと微笑みつつコップを置いて女性を抱き寄せた。 「ラナは心配性だね。大丈夫。あの子は強いから」 「それは……分かっています。けど、ティアのこともありますから」 その言葉に、セリスは苦笑する。 「……まあ、それはなるようにしかならないさ」 それからセリスは視線をまた庭に戻す。 「あの子はもう、あれ以上の力を制御できるようになっているんだから。確かに、ティアのことは別問題だけどね」 「そうですね。もっとも正直、無事であることはあまり心配はしていないのですけど」 二人は同時に笑った。 |
グラン暦七八七年。 聖戦が終わってから既に九年の月日が過ぎていた。かつての解放軍の仲間たちは、各々の故郷に戻り、それぞれの地域を治めていた。現在は既に、大陸のほとんどの地域がかつての暗黒時代の恐怖から立ち直り、世界は新たなる指導者達によって、復興を続けている。 そんな中、グランベル王の王妹であり、現在はイザーク王国ソファラの公妃であるユリアがバーハラを訪れたのは、陽射しが初夏から本格的な夏のものへと変わりつつある、そんな季節だった。 「久しぶりだね、ユリア。イザークの気候になれると、この季節はちょっと辛くない?」 「そうですね。ちょっと来る季節を考えたかったですね」 そういって微笑むユリアの足元に、二人の子供がついてきている。 「随分大きくなったね、二人とも」 そう言ってから、セリスは屈みこむと二人の子供に目線を合わせる。 二人とも、ユリア譲りの綺麗な銀髪の兄妹である。もっとも、妹の方はまだ立つのが精一杯、という感じで、ユリアのスカートのすそに必死につかまっている状態だ。身体が非常に弱く、最近まで寝たきりだったというから仕方がないところだろう。 「久しぶりだね、ルシオ、イーリア。といっても、覚えてないだろうけど」 「セリス様。覚えていたら恐いですよ」 やや遅れて部屋に現れたもう一人の金髪の女性の言葉に、セリスは苦笑した。 「ラナ様。お久しぶりです」 ユリアが深々とお辞儀をする。 「ユリア、そんなこといいのに」 「でも、礼儀ですから」 そういって顔を上げた時には、ユリアはかつて共に戦っていたときの表情に戻っている。 「でも、本当に久しぶりね。前に会ったのは、確かイーリアが生まれたときだから……4年も前よね」 「そうなりますね。本当はもっと来たかったのですが、イーリアが心配で」 ユリアは自分のスカートを掴んでいる娘を抱き上げた。 「まあ無理もないよ。でも、大分元気になったみたいだね」 セリスはユリアに抱かれているイーリアを覗き込んだ。頬が少し赤いのは、この年齢特有のものなのか。深い紫暗の瞳と、紫銀の髪は、ユリアそっくりである。そして、その左手の甲に浮き出た光の波のような痣。聖者ヘイムの力の継承を示す聖痕。だがそれは、継承者であることを示すほどにはっきりとしたものではない。 「あるいは本来は、この子がナーガを継承するはずだったのかな」 「それは、どうでしょう?」 ユリアはそこで、窓のほうに視線をずらした。そこでは、セリスと同じ青い髪の少年が遊んでいる。 「セリオ王子の方が、遥かに強い力を継承していますから」 「……確かにね」 セリスもラナも、そこでセリオのいる庭へと視線を転じた。 セリスとラナの長男であるセリオは、今年で六歳になる。 生まれながらに両の手の甲にそれぞれヘイムとバルドの聖痕をはっきりと宿していて、一部の廷臣達はそれをひどく喜んだものだ。イザーク王国にユリアが嫁いでしまい、王権の象徴と彼らが考えていた光の神魔法ナーガは、イザーク王国にいってしまった。それが、また戻ってくるからである。 セリス自身は、そんなことはばかばかしいと思うのだが、神器というものに対する一種の信仰は、今もなお大陸に深く根を下ろしているのだ。 「セリオは実際、あの年齢としては考えられないほど強力な魔法を使えるからね。正直、既にラナより魔力は強い」 「……下手をすると、現時点で私以上かもしれません。先ほどちょっとお会いしたときに感じたのですが」 「まさか」 セリスは驚いて妹を振り返った。 「分かりません。けど、セリオ王子はそのぐらいの潜在力を秘めています」 「確かにね」 セリス自身、セリオの潜在能力には驚異的なものすら感じていた。 六歳にして、セリオはバーハラでも有数の司祭であるラナの能力を凌駕している。ファラフレイムの継承者、サイアスですら「このままいけば、数年で私の力すら凌駕するでしょうね」と言っているのだ。 「すると、今回の来訪は、やはりそれかい?」 セリスは、ユリアの手にある金色の本を指す。ユリアはそれに、黙って頷いた。 ナーガの魔法の継承者であるユリアは、本来ヘイムの代行者として、様々な祭事を司る必要があった。だが、ここ数年はイーリアのことがあったので、全てセリスが代理で行っていたのだ。だがそれは、本来ナーガの継承者が行わなければならないことである。ゆえに、ユリアとしては早くナーガを次の継承者であるセリオの譲り渡したかったのである。 「セリオにはまだ早い気もするけど……」 「でも、あの子は魔力そのものも、そして魔法を制御する力も非常に優れています」 ユリアに代わって答えたのはラナであった。ラナは誰よりも、ユリアとイーリアを心配していたので、出来るだけ早くナーガを継承すべきだと考えていたのだ。実際、今回の来訪もユリアは実に五年ぶりに太陽祭のためにバーハラを訪れたのだ。 だが、ユリアのいるイザークからバーハラは非常に遠い。≪転移≫の魔法を使うにしても、術者には相当の負担がかかる。それは、たとえナーガの魔法を継承するユリアといえど、決して軽い負担ではないのだ。 「まあ、それは分かっているけどね。しかし、六歳で神器を継承するのは、多分前代未聞だろうね」 「それを言ったら、父上は七歳でファラフレイムを継承した、と言われていますわ」 アルヴィスの名は、今でも時として人々に忌避される名ではある。だが、彼が決して暗黒を望んでいたわけではないことは、セリス自身がよく分かっていた。セリスにとって、アルヴィスはもう一人の父親のような感覚すらあるのである。 「それはそうだけどね」 「それじゃあ、ちょっと行って渡してきます」 まるで、お土産を渡すかのように軽い調子で、ユリアは庭へと出て行った。 もっとも、実際神器の継承などは、儀式めいたものなど必要はない。神器を受け取り、その身に神――古代竜族――の力を顕現させるだけである。もっとも、さらに言うならばそれは本来継承者が持っている力であるという。神器の継承者は、生まれながらにして普通の人間を遥かに凌駕する力を宿しているという。ただ、その力はあまりにも強大で危険であるため、封印がなされているらしい。そして、その封印を解くのが神器であるという。 セリス自身、聖剣を握ったとき、聖剣から力を受けた、というよりは自分の中から新たな力が目覚めたような感覚があった。ただそれは、聖剣を手にしているときだけ湧き上がってくる力である。多分それが、この身に宿っている神――竜族の力なのだろう。 セリスが考え事をしている間に、ユリアはセリオの元に着いていた。太陽を遮るもののない庭を縦断したので、少し汗ばんでしまっている。 「あれ?誰?」 ボール遊びをしていたセリオは、動きを止めてユリアを見上げた。ユリアが最後にセリオに会ったのは、まだセリオが一歳のときだから、彼が覚えていないのは無理もない。 「私はユリア。あなたのお父さんの妹、だからあなたの叔母さんにあたるの。前会ったのはあなたがまだ一歳の時だったから、覚えてないのは無理もないわね」 そういってユリアは屈みこんでセリオと視線の高さをあわせる。 「セリオ君、魔法が得意なんですって?」 初めて見る叔母に少し戸惑い気味であったセリオの顔が、ぱっと明るくなった。 「うんっ、得意だよっ。見てて」 そう言うとセリオは手をかざして空に向ける。ややあってその両の掌中に光が生じ、それが近くでは直視できないほどに強くなる。そして直後、音が響かなかったのが不思議なほど強烈な閃光と共に、光の塊が虚空へと放たれた。 ユリアは驚いてセリオを見た。 今セリオが放ったのは、ライトニングと呼ばれる光の魔法である。光の属性を持つ魔法は、よほど才能のある者か、またはヘイムの家系でない限りは使いこなせない。無論セリオはヘイムの家系の人間、というよりもヘイムの力を継承する者であるので、ライトニングが使えることは、なんら不思議はない。 だが、セリオはまだ六歳である。そしてなにより、今セリオは魔道書を使わずに魔法を放った。ナーガの魔法を継承するユリアですら、そんなことが出来るようになったのは、聖戦の最後、ユリウスと戦うためにナーガを受け取った後だ。 改めてユリアは、セリオが自分すら遥かに凌駕する素質を秘めていることを実感した。一瞬、この子に本当に今ナーガを手渡して良いものかどうか、迷ってしまう。 けど、ナーガの魔法をこれ以上イザークに置いておくのは、ユリアもあまり気が進まない。祭事のたびにバーハラに来るのは、さすがに負担が大きすぎるのだ。 しばらく迷った後、ユリアは結局意を決して懐からナーガの魔道書を取り出した。淡い金色に輝く宝珠のはめ込まれた、光の聖書である。 「なに、これ?」 セリオは不思議そうに魔道書を見る。無論セリオも魔道書を見たことがないわけではないだろう。だが、同時にこれが普通の魔道書でないことは、すぐ分かるようだ。 「あなたが受け取るべきものよ。分かるかしら。とっても強い力を秘めているんだけど」 セリオは恐る恐るナーガの魔道書に手を触れた。魔道書がセリオの中に眠る力に反応したのか、かすかに輝きを放つ。 「なんだろう……温かいような、それでいて懐かしいような気がする……」 セリオはそのまま両手でナーガの魔道書を掴んだ。魔道書の光が、徐々に強くなっていく。初めて、ユリアがナーガを継承したときのように。 無論その時に、自分からあふれ出る膨大な力を制御しなければならない。特に、ヘイムの継承者に宿る力は、非常に強大である。だが、既に魔道書もなしでライトニングを操るセリオならば、制御できるに違いない。 「自分の中から湧き上がる力を感じて。それを、全て受け入れて。それは、あなたの力なのだから……」 ナーガの魔道書の光はますます強さを増し、そして光はセリオをも包み込む。セリオの魔力が増大していくのが、ユリアにも分かった。だが、その直後。 「きゃああああああ!!!」 ユリアは突然何かに、ゆうに数十歩分の距離を弾き飛ばされた。 セリスとラナは驚いて庭に飛び出してくる。その、目の前で。 巨大な光球が浮かんでいた。直視するのが辛いほどのその光の塊の中央に、小さな人影がある。それが誰であるか、二人はすぐにわかった。 「セリオ……」 魔力などほとんどないセリスにも、今目の前にある力が異常なほど強大である事はすぐにわかった。かつて、魔皇子ユリウスと戦ったときに感じた力より、遥かに強大な力。せめてもの救いは、それが闇ではなく光の力であるということか。だが、それでもこれだけ強大な力となると、ある種絶望感に似た思いに囚われそうになる。 「ユリア、大丈夫?」 呆然とするセリスの横で、ラナがユリアを助け起こしていた。幸い、芝が厚くなっている夏であったため、吹き飛ばされた割には怪我などはしていないようだ。 「は、はい。私は大丈夫です……。ただ、セリオ王子が……」 ユリアはなんとか立ち上がると、セリスと同じ方に向き直った。 「ユリア、これ……」 ユリアが弾かれたときに一緒に飛ばされたのだろう。ラナの手にはナーガの魔道書があった。だが、それは同時にセリオが今ナーガを手にしていないことを意味する。 「そんな……じゃあ、完全に力が発現していない状態で、あれ……?」 今目の前で感じられる力は、かつてのユリウスや自分すら、完全に凌駕している。 「神器を手にしたことによって、力が目覚めた……。少しだけ、解放された……?」 どちらにしても、ユリアは自分の見立てが完全に甘かったことを痛感していた。 あれだけの力など、自分だって制御しきる自信はない。まして、まだ六歳にしかならないセリオが、制御できなくてもなんら不思議はない。 制御できないほど大きな魔力は、暴走を続け、限界以上に力を引き出し、最後には本人の生命力すら削り死に至る。このままでは、セリオは確実にその運命を辿るだろう。 「多少手荒なことになっても……!」 ユリアはナーガの魔道書を手に取り、意識を集中した。魔道書にはめ込まれた宝珠が、ユリアの力と反応し輝きを増していく。 「ナーガよ。我が意に従い、我が力となれ――」 直後、ユリアは眩いばかりの金色の光に包まれた。そしてその光は金色の竜を象り、ユリアを守るように抱く。 「セリオ、ごめんなさいっ!」 竜が、その口から光の息を吐いた。それは、狙い過たずセリオを直撃する。 だが。 セリオをつつむ光球は、まったく影響を受けた様子も見せず、そのままそこに存在していた。ユリアの表情が、驚愕へと変わる。確かに、全力では放っていない。それでも、神魔法ナーガの一撃である。並の魔法とは、比較にならないほど強力なはずだ。すくなくとも、同じ神魔法でなければ、対抗など出来るはずもない。 だが、セリオはたった今目の前でそのありえないはずのことをやってみせた。たとえ、本人が制御しきれていない、神器に触れたことがきっかけで溢れ出た魔力とはいえ、それは考えられない。もしこれがセリオの力だとするならば、セリオは神器による力の封印を解くまでもなく、神器の継承者より強大な力を持っていることになる。それは、兄ユリウス――暗黒神ロプトウスや自分などとは比較にならないほど強力な力の持ち主である、ということだ。 「ラナ!!」 ユリアのナーガが弾かれて呆然としていたラナは、突然のセリスの声で、はっと我に返った。 「サイアス司教を呼んで来て。それからセティも。彼が祭事のためにここに来ている偶然には、感謝したいね。もちろん二人とも、神器を持ってくるように伝えて」 セリスはそれだけ言うと聖剣を抜き放った。その眼光は、かつて聖戦で戦っていたころと、なんら変わらない。ただ違うのは、その相手だけだった。 「ラナ、早く!」 やや戸惑っていたラナは、そのセリスの言葉で走り出していた。途中、庭へ出る入り口で呆然と庭を見ていたルシオとイーリアを中に連れて行く。その後姿を見て、セリスは一瞬安心したような表情を浮かべた後、また正面に向き直った。 「どう思う?ユリア」 「……次は全力で放ちます。それでダメなら……私一人ではどうしようもありません」 言葉と同時に、ユリアを包み込む光がさらに強さを増し、一瞬直視できないほどになる。直後、竜の口から、先ほどとは比較にならないほど強力な光が放たれた。あの、ロプトウスを滅ぼしたときと同等か、あるいはそれ以上の力。しかしそれすら、セリオを包み込む光と数瞬拮抗した後、完全に消滅してしまった。 「やはり、無駄ですね……」 今度はユリアも、別に驚きはしなかった。セリスも同じである。根拠はないが、こうなることを予想していたからこそ、セリスはサイアスとセティを呼ぶように頼んだのである。 光の中心で、セリオはまるで眠っているような状態で浮いていた。時折、小さく手が震えている。多分本人は意識などほとんどないだろう。 二度の攻撃に晒されたにも関わらず、セリオを包む光には変化はなかった。大抵、こういうものは本人の恐怖や本能などに反応するため、攻撃されると反撃してくるのが常である。だが、まったくといっていいほどその様子はない。セリオが攻撃しないように抑えているのか、それとも先ほどの攻撃を脅威と感じていないのか。 「一瞬でもあの光が消えてくれれば、セリオを起こせば終わるのだけど……」 だがそれには、セリオを包む光をどうにかしなければならない。ユリアが全力を持って放ったナーガを弾くほど強力な障壁だ。正直、並の方法で破れる思えない。 「いずれにしても、早く助けないと、セリオ王子が……」 セリスは黙って頷いた。魔法は使えないセリスだが、魔力の暴走、というものが最終的にどういう結果を招くかは知っている。 「どちらにしても、私達だけでは話にならない。せめて……」 セリスが何かいいかかけたところで、セリスのすぐ横の空間に光が生じ、二人の人物が現れた。さすがにこう現れるとは思っていなかったセリスは一瞬驚いたが、すぐ表情を元に戻す。 「セリス王。これは一体……」 真紅の髪の司祭は、目の前の光球を呆然と見上げた。恐らく、彼の知識をもってしても、これがどういう事態か分かりはしないのだろう。 「見てのとおりだ。とにかくセリオを助けたい。サイアス。ファラフレイムを使え。これは命令だ」 サイアスは、ファラフレイムの継承者であるにもかかわらず、それを使うのを頑なに拒否していた。だが、今はそういうことを言っている状況ではない。 「……分かりました」 サイアスは短く、それだけを言うとラナから真紅の宝珠のはめ込まれた魔道書を受け取った。炎の神魔法ファラフレイム。これが継承者の手に渡るのは、かつてシアルフィでアルヴィス皇帝が倒れて以来、実に九年ぶりのことである。 「ユリアが全力でナーガの力を振るっても、あの光球を破ることは出来なかった。多少手荒になるのは承知だ。セティ、サイアス。力を貸してくれ」 セリスはそれだけを言うと、聖剣を持つ手に力をこめる。それに反応するように、聖剣が淡い光を放っていた。 「セリス王、事情はあとで聞かせてもらえるのですよね?」 セティは、フォルセティの魔道書から力を引き出しつつ、呟いた。それにセリスは、無言で頷く。 「風よ……」 セティの言葉に応えるように、セティの周囲の風が渦巻き始めた。それはやがて砂塵を巻き上げ、セティの体を守るように包み込む。 神器フォルセティの風の力。あらゆる風を自在に制御し、防御にも攻撃にも使用する。その刃はたとえ鋼であろうとも寸断し、近づこうとしたもの全てを弾き返す。解放軍最強と言われたセティの力は、セリス自身良く分かっていた。 だがそれでも、セティの力でも単独では今のセリオの障壁は破れないだろう。セティと並び称されていたユリアのナーガがまったく通用しなかったのだ。恐らく、たとえ神器の力を持ってしても、単独で今のセリオの障壁を打ち破る事は出来ないだろう。 だからセリオはセティとサイアスを呼んだのだ。本当はトールハンマーの力も借りたかったのだが、残念ながらトールハンマーの継承者はまだトールハンマーを扱う事は出来なかった。フリージ家の息女リンダの娘で、シャリンと名づけられた子が、継承者である。しかし、まだ二歳。当然、魔法など使う事は出来はしない。だがトールハンマーの先の継承者イシュタルは既に亡く、今トールハンマーの使い手はいないのだ。無い物ねだりをしても仕方が無い。新たなファラフレイムの継承者も同じで、まだ幼すぎる。それ故に万に一つを考えファラフレイムの魔道書はバーハラで保管してあったのは、非常に幸運だった。 「とにかくセリオを包んでいる障壁に衝撃を与え、それで障壁が消滅するか、セリオが目覚めてくれるのを祈る。それ以外に方法はない」 セリスは、自分がこういう時にほとんど無力な聖剣の継承者である事を呪った。自分の子であると言うのに、助け出す事が出来ない。もっとも、その悔しさは母であるラナの方がもっと強かった。彼女は何も出来ないまま、ただセリオの無事を祈るしかなかったのである。 「セリス様……どうかセリオを……」 この時ほど、ラナは自分が神器の継承者でなく、しかも戦う力もない司祭である事を悔やんだ事はなかった。同じ司祭であるといってサイアスは、ファラフレイムの継承者でもある。その力はラナとは比べ物にならない。 「ラナ。あとで冷たい瑠璃水を、セリオの分も用意しておいてね」 そんなラナの心情を察したのか、セリスがおどけた調子で言った。その言葉に、思わずラナは表情をほころばせる。 「はい。セリス様やサイアス様、セティ様の分も」 「私もお願いね、ラナ」 ユリアの言葉に、ラナは微笑んで頷いた。 「分かってるわ、ユリア」 そして同時にセリス達は厳しい表情で正面に向き直った。セリオを包む光は弱くなるどころか、ますますその圧力を増しているようにすら思える。このままでは、魔力の暴走によっていずれは生命力を削り取られ、セリオが死んでしまうだろう。 ただ、正直セリスにはセリオの力の底が見えなかった。神器もなしに、これだけの力を放出していれば、並の魔術師ではとっくに死んでいる。いや、ユリアやセティですら、もう消耗が始まっていてもおかしくはない。だが、弱冠六歳のはずのセリオには、未だにその兆候はない。無論それはセリオが消耗してない、ということで悪い事ではないのだが、それでも全く衰えを見せない力に、一体どこまで対抗できるのかが不安になってくる。 しかし、いつまでも手をこまねいているわけにもいかなかった。 「セティ、サイアス、ユリア。三人同時に光球を攻撃して。全力で」 「し、しかしそれでは……」 サイアスが異論を挟もうとする。だが、セリスは視線を変えずに厳しい声で続けた。 「さっき、ユリアが全力でナーガを叩き付けて無駄だった」 その言葉で、サイアスも納得した。今もなお、セリオを包む力は強くなり続けている。先程、ナーガが通用しなかったとなれば。 「分かりました」 恐らく、ナーガ、ファラフレイム、フォルセティをそれぞれ最大の力で叩き付けても、どうなるかは分からない。あれがセリオ自身の本能によって形成された力だとするならば、あるいは反撃してくる可能性だってある。だが、それは考えても仕方のない事だ。 「いきますよ……」 サイアスはそう呟くとファラフレイムを発動させた。全てを焼き尽くす神の炎が、サイアスを包み込む。実に九年ぶりにその封を解かれた炎は、それ自体を喜んでいるかのように凄まじい勢いで燃え盛る。 そして、誰が合図をしたわけでもなく、三人は同時に、しかも一点に対して力を放った。大陸最強の光と風と炎の一撃である。かのロプトウスにすら大きな打撃を与える事が出来るはずの一撃。 その複雑に絡み合うように放たれた攻撃は、それぞれが共鳴を起こし、一つの力となって光球に激突した。その力の激突は、周囲に凄まじい爆風を撒き散らし、かなり離れていたラナですら一瞬吹き飛ばされそうになる。 「これで効果がなければ……」 化け物だ、という言葉をセティは飲み込んだ。グランベルの王子に対して言うべき言葉ではなかったし、なによりもその可能性を口にする事を本能的に恐れたのだ。だが、セティはこの時自分の感覚を呪う事となった。視界が開けた時、そこにまだ厳然と光球は存在していたのである。 「バ、バカな……」 サイアスが呆然として口を開いた。初めて使うファラフレイムとは言え、その力の使い方は、体が、なにより血が覚えている。ファラフレイムは完璧に発動した。セティのフォルセティと、ユリアのナーガに勝るとも劣らない威力で。その、大陸において最強の力が三つ、同時に激突したというのに、セリオ王子一人の力に遠く及ばない、ということなのか。 「……まずいっ!」 突然セリスが叫んで、サイアスを突き飛ばした。直後、サイアスの立っていた場所の地面が圧倒的な威力の光の濁流によって、抉り取られる。 「さすがに脅威と感じたのか……?」 表面上セティは平静を装っていたが、内心では焦燥感に包まれていた。今セリオが――無意識だろうが――サイアスに向けて放った力は、明らかにユリアのナーガの威力を大きく凌駕していた。あんな力を受けては、いくらフォルセティの風の鎧でもひとたまりもない。 そのセティの恐れた事は直後に現実となった。光球からまるで刺が生えたように光がほとばしり、それが光の刃となってセティ達に襲い掛かった。 「くっ……速い!!」 セティはかろうじてそれを避けた。フォルセティの魔道書によって力の封印を解かれた状態では、セティの反応速度や敏捷性は、普通の人間とは比べ物にならないほど高くなっている。だが、そのセティをして避けるのはぎりぎりであった。まるで、強力な巻き上げ式の弩から放たれた矢のようである。 セティでこれである。いわんや他の者は。 体勢を立て直したセティが見たのは、大体予想通りの光景だった。ユリアはかろうじて直撃を避けたようである。もともと、ナーガの魔法を発動させた状態のユリアの能力は、反応速度だけならセティに匹敵する。加えて圧倒的な防御力をもつ。だが、サイアスはそうはいかなかった。 ファラフレイムは絶大な攻撃力を持つが、それ以外に際立った特長がない。無論、身に纏うように生じている炎の圧力によって、並の魔法や攻撃などものともしないが、今放たれた攻撃は到底並の攻撃ではなかったのだ。 「サイアス!!」 セティの目の前で、サイアスはその光の刃――剣と表現するべきか――に貫かれていた。光はそのままサイアスを貫き、地面に深い穴を穿つ。それからやや遅れて、サイアスの口から血が溢れ、そのまま地面に崩れ落ちた。致命傷ではないかもしれないが、重症であることは疑いない。 そして光の刺――というよりはもはや剣――はさらに容赦なくサイアスを襲おうとした。 「やめろ、セリオ!」 光はそのままサイアスに突き刺さろうとする。だがそれを、セリスは聖剣で全て受け止めた。 神器中最大の魔力障壁を張ることの出来るティルフィングならではである。 それでも、完全に遮断することは出来なかった。セリスのわき腹を、光の剣が抉ったようだ。 「なんて威力だ……この聖剣の防護を、正面から貫くなんて……」 自分の子がここまで強いことは、少しだけ誇らしく思わなくはないが、今はそれどころではない。 一体どうすれば。 ナーガ、フォルセティ、ファラフレイム。神器のうち三つの魔法の同時攻撃ですら、セリオの魔力には敵わなかった。既にサイアスは重傷を負い、おそらくもう魔法を使うことは不可能だ。となるとあとはフォルセティとナーガ。だが、この二人だけで先ほど以上の力を生み出すことは、もっと不可能だ。 「セリオが気がつくのを待っていても……」 半ば絶望的な想いに囚われかけたとき、セリスはセリオを包む光球が先ほどより少しばかり弱まっていることに気がついた。それは、まるで魔力を攻撃によって放出したことによって弱まったように。 「まさか……」 セリスは目を凝らしてセリオを見た。そのセリオは、必死に歯を食いしばって何かに耐えているようにも見える。もしや、という希望的な想像がセリスに浮かぶ。可能性は低いが、今はそれにかけるしかない。実際、光の刃の攻撃は、今は止んでいるのだ。 だとすれば、あと一撃も加えれば、可能性はある。だがそれには、先ほどと同等の攻撃は必要だろう。 「……イチかバチか、やってみるしかないな」 セリスはある決意を固めると、聖剣を握りなおした。もし失敗すれば、死ぬのは自分だが、ゆっくり対策を考えている暇などない。 「セティ、ユリア。私に最大の力で魔法を放て」 二人は同時に驚愕の表情をセリスに向けた。当然だ。いくら聖剣ティルフィングでも、ナーガとフォルセティの力を、同時に受けては耐えられるはずもない。第一、セリスを攻撃することに何の意味があるというのか。 「イチかバチかだ。時間がない、早く!」 その言葉で、ユリアは自分の纏っている光を、さらに強くした。驚いてセティが止めようとする。 「よせ、そんなことをして、なんになる!!」 「セリス兄様はなんの根拠もなくそのようなことをいわれはしません。ですから、私はセリス兄様を信じます」 迷うことなく、ユリアは光竜の力を増大させていく。その力の増大を危険と感じ取ったのか、セリオを包む光球が攻撃しようと光の刃を放とうとしかけたが、なぜかそれは放たれてなかった。それを見て、ユリアもまたセリスの意図をある程度は察した。 「セティ、頼む。他に方法はない」 「……わ、分かりました」 セティもまた、風の力を増大させる。風が渦巻き、小さな竜巻が発生したようになる。 「いきます、兄様」 「いきますよ、セリス王!!」 光と風が、同時に放たれ、それがセリスに襲い掛かった。 セリスは聖剣を掲げて、目を閉じて意識を集中した。それに応えるように、聖剣の宝玉が輝きを増す。 直後。まるでフォルセティとナーガの力が、聖剣に吸い込まれるように軌道を変えた。そして、その全てが聖剣に吸収される。 二つの神魔法の威力を吸収した聖剣は、まるでそれ自身が鳴動しているようにぶるぶると震えていた。 「やってみれば……できるものだ……!!」 セリスは聖剣を掲げたまま、気合と共に振り下ろした。そこから放たれた衝撃は、今吸収した二つの神魔法の力を大きく増幅し、さらに聖剣自身の威力をも上乗せしている。 そして。 その衝撃の激突直前に、光球からも凄まじい勢いの光が放たれ、その衝撃を迎撃した。 激突。 生じた光は、視界を全て白に染め上げ、そして直後に衝撃によってセリス達は思いっきり吹き飛ばされた。倒れたままのサイアスは、体勢が幸いしたのか、ずるずる少し後ろにずれただけであった。体重の軽いユリアは完全に吹き飛ばされ、五十歩は離れていた王宮の壁に激突しそうになるところを、ラナに助けられた。セティも同じくらい吹き飛ばされたのだが、彼は何とか風のクッションで激突を避ける。セリスは、すぐに剣を地面に突き立てたのだが、すぐに吹き飛ばされ、そのまま室内の壁に激突した。運がいいのか悪いのか、窓の方向に吹き飛んだのである。窓は、衝撃で全て粉々になっていたのだ。 |
最初に気がついたのは、ラナであった。すぐ目の前には、ユリアが倒れていた。 白濁とした視界の中で、ユリアが吹き飛んでくるのが見え、慌てて止めようとして結局壁とユリアにはさまれる形になってしまったのである。だが、あのままではユリアは無防備なまま頭から壁に激突していたであろう。 立ち上がろうとして、ひどい激痛が走った。あばら骨にヒビがはいるか、折れるかしたようだ。それでも何とか起き上がり、周りを見ると、ずっと向こうにセリオが浮いていた。だが、その身を包む光球はもうその力をほとんど失っている。 「セリオ……」 ラナは痛む身体を引きずるようにセリオの方に歩き出した。そんなに離れていないはずなのに、その道のりがひどく長く感じる。 ようやく近くまでくると、セリオは完全に気を失っていることが分かった。だが、もう魔力は暴走していない。それだけは分かった。 「セリオ……もう、大丈夫だから……」 ラナはそのまま光球の方に歩く。光球は既に見えるだけの存在で、何の抵抗もなかった。 やがてセリオはゆっくりと降りてくる。ラナはそれを優しく抱きとめ、そして強く抱き締める。痛みは、気にならなかった。 |
結局この事件は、公には何も知らされなかった。第一、公開できるようなものでもない。 ただ、王宮の庭にある、最後の激突で抉れた穴が、事件の記憶をとどめていた。 「最後のあれは、一体なんだったのです?」 ようやく傷も癒えたセティが、やや疲れたようにベッドに横たわるセリスに訊いた。傷の度合いは、一番ひどかったのがサイアスで、ついでセリスだったのである。 「聖剣ティルフィングは、ほぼ無限の魔力を内包し、一度に放つことが出来る、と云われているんだ。もっとも、私も試したことはなかったし、試す気にもなれなかった。なにしろ、それにはその魔法を直撃する必要があるから。ただあの時は、もうそれしか方法はないと思ったんだ。二つの魔法に、聖剣の力を上乗せするしかね。賭けだったけど、うまくいった」 セティはその解説には半信半疑だったが、とりあえず納得したように頷くと、少し離れたところで、ベッドに横になっているセリオを見た。あの事件から既に二日経つが、セリオは未だに目覚めない。 「一体この王子の力はなんです?あれはナーガの力か?」 やや詰問するような口調。だが、無理もないだろう。大陸最強といわれているセティのフォルセティが、セリオにはまったく通用しなかった。しかも、いくら魔力の暴走状態とはいえ、相手は六歳の子供であり、しかも神器を持っていたわけでもないのだ。 「あの力は……」 それまで黙っていたユリアが口を開いた。頭に包帯を巻いてはいるが、傷自体の経過は良好である。明後日にある祭事は予定通りこなし、その後イザークに帰る予定は変更されなかった。 「あれは、セリオ王子が持つ力……それも、神の力ではなく、彼自身の力です。多分彼は普段からその力を大きく制御していたみたいです。ですが、それがナーガの魔道書で一時的に開放されて、彼の制御を離れてしまった」 「な……っ」 そうだとするならば、セリオ王子は弱冠六歳にして、フォルセティやナーガよりも強大な力を所有していることになる。 「ただセリオは、なんとか最後は力を抑えてくれていた。多分私達が相手にしていたのは、最初にセリオが解き放ってしまった力だ。だから、実際三つの魔法を直撃させた後やあの光の刃を放った後は、どんどん力は弱まっていた。だから、あと一撃でって思ったんだ」 セリスがユリアの言葉を引き継ぐ。だがセティはそれはあまり聞いていなかった。フォルセティやナーガをも遥かに超えた力。それをあの王子は六歳という年齢にして持っている。しかも、ほんの一瞬解放されただけの力で。 確かに本人の意思を離れて暴走した力は、術者の本能に従って暴れる。自分も、初めてフォルセティを継承したときは、その力を制御できずに、魔力が暴走してしまった。その時は、父が止めてくれた。つまりは、現在大陸最強と謳われているセティですら、その程度だったのだ。だが、セリオはそんな力など遥かに超越している。おそらく、このまま成長しあの魔力を制御できるようになったら、それはたとえ自分がフォルセティを持って全力であたったとしても、勝ち目はまったくないだろう。いや、自分だけではなく、ファラフレイム、トールハンマーなどをもってしても。 抑えることの出来ない、絶対的な力。それは、その者を誅することが出来ないことを意味する。 「……恐ろしい力だ」 セティはそれだけを言った。まさかここでセリオ王子を危険視して排除することなど出来はしない。ただこの王子が正しい心をもって成長してくれることを祈るだけだ。 「セティ?」 セティの様子を不思議に思ったセリスが、心配そうに声をかけてきた。セティはそれに、やや皮肉そうな笑みを浮かべる。 実際、今どうこう考えても仕方がないのも事実だ。それよりは、明後日の祭事の準備が目の前にある。これを先に片付ける必要があった。 「いえ、なんでもないですよ。それより、セリス王は平気なのですか?」 「う〜ん。代理をお願いしたいけど、無理だよねえ」 その時の空気は、間違いなく解放軍時代のものだった。 |
「あれからですね、セリオが剣を学び始めたのは」 妻の言葉に、セリスは皮肉そうに笑ってから頷いた。 セリオは、自分が何をしてしまったのか、全て認識していた。 ひどく泣いて、一時期は本当に自殺でもしかねないほどに落ち込んでいた。優しすぎるのだ、セリオは。 そしてそのセリオが導いた結論が、魔法に頼ることのないようにすること――つまり、剣だけで十分戦えるようになることだった。 ナーガの継承は、当然見送られた。実際、セティはずっと警戒していて、結局二年前の『黒の処断』で、成り行きでセリオがナーガを使用し、もう大丈夫だ、と判断されてやっと継承したのだ。 「もっとも、剣でもあんなに強くなるとは思わなかったけどね」 どうせ剣を学ぶなら、とセリスはセリオをイザークにやった。シャナンに教えてもらうのが一番いい、と思ったからだ。幸い、シャナンにはセリオと同じ年のフィオという王子がいたから、友達を作るためにもいいと思ったというのもある。 セリオは十歳のころまでは一年のほとんどをイザークで過ごし、シャナンから剣を学んでいた。セリスとしては、息子の上達ぶりを知りたかったのだが、セリオは「シャナン様に『一人前』だって言われるまでは」と拒否していた。結局、セリスとセリオが初めて手合わせを出来たのは、セリオが十三歳のとき。だが、このときにセリスは、セリオに完敗した。セリスは息子の成長を喜ぶと共に、同時に驚愕した。それから、セリオとセリスの差は開く一方であった。無論セリス自身の衰えもあるが、正直セリスは、仮に自分がもっとも強かった時期でも、十三歳のセリオには勝てなかっただろうと思っている。 「天はニ物を与えず、というけど、まさか例外が自分の息子に現れるとは思ってもいなかったよ」 大陸最強の――というよりは恐らくは神々すら凌駕するほどの――魔法の力、そして大陸最強の剣。それに滅多に使わないが、セリオは槍や斧、弓といったほかの武器の扱いも、水準を遥かに越えている。加えて、十分美男子として通る。実際「ただ立っているだけであれば」その容姿は多くの女性を虜にする。 「ただ、あの性格で全てが、って気もしますね」 セリスはラナの言葉に苦笑した。 もう一度、あの時の跡を見て、それから北の空を見上げる。 「けどそれでも、少しは成長していると思うんだけどね。せっかく一緒に行ったんだから」 ラナはそれに微笑んで、それから複雑そうな顔になる。 「帰ってきたら、家族が増えていたら驚きですけどね」 「それはどうかなあ」 セリスはそう言うと、心の中で自分の子と白金色の髪の少女の無事を、神々に祈っていた。 |
後書きというのは書き終えた後に書くから後書き、という言うのでしょうが……。文章校正を終える前に書くものなんでしょうか? いや、ちょっと思っただけですが。 孫世代話番外編(?)というか昔の話です。でも、最初と最後は実はずっと(といっても一年)後だったり。ナーガの継承者であるユリアがイザークに嫁いでいるのに、なぜセリオのナーガ継承が遅かったか、という理由付けのお話とも言います。要するに、あまりにも強力すぎて、セリオですら制御できなかったんですね。といっても六歳の子供では仕方ないかもしれませんが。まあしかもいきなりでしたから。実際にはある程度はこの段階でも制御できたのでしょうが(実際普段から抑えていたわけだし)突然解放されたからこうなってしまった、というわけです。 この一件以後、セティはセリオを本能的に恐れ、また警戒してしまいます。ただ、セティの心配はよそに、セリオは性格に(ごく一部分の性格が歪みまくったこと以外は・笑)歪んだところもなく、素直に真面目に育ちましたが(笑) なお、最初と最後のシーンでは、バーハラ王宮にはセリオもシアもティアもいません。時間的にはグラン暦八〇一年の夏です。シアはイザークに嫁いでいるからですが……二人はある事情で、ユグドラル大陸にすらいません。いつか書く予定ですが、果たしていつだ(オイ) 書いたとしたらもうオリジナルとどう違うか言ってみろ、というものになるでしょうが。なんせ聖戦と繋がることといえば竜族の存在とあとはセリオとティア(これもオリジナルといえばオリジナル?)くらいだし(謎) まあ、奇特にも楽しみにする人がいれば、そのうちお目にかかることもあるでしょうから、その時に(オイ) タイトルはindigoさんに依頼してしまいました。はう〜。かっこよくって素敵です〜♪ indigoさん、ありがとうっ(^0^) |