し る べ     
風の道標・第三十一話




 その変化は、あまりにも唐突だった。
 バーハラへの凱旋は、シグルド以下、シアルフィ、ユングヴィの兵が先に立ち、続いて傭兵達、さらにレヴィン、ラケシスら他国の、そして今後諸事を交渉しなければならない者達は後方についていく形にしていたのだ。
 総数はおよそ五百。  元々、すんなりとことがすむとは思ってはなかった。
 ヴェルトマーの将軍の一人であるアイーダに導かれ、シグルド達はバーハラの城門をくぐった。
 レヴィンにとっても数年ぶりの大都バーハラである。
 そのままシグルド達は、バーハラの王宮の、その広大な中庭へと案内されると、そこで待っていたのはヴェルトマー公爵アルヴィスだった。
 その姿は、遥か後方にいるレヴィンでも、すぐ分かるほどはっきりとしていた。
 波打つ真紅の髪と、何より彼自身から感じられる圧倒的な力は、レヴィンならずともその場にいる者全てを注目させるだけの、力を感じさせるものだったのだ。
 だから、レヴィンですら気づかなかったのかもしれない。
 さらに、シグルドとアルヴィスの間で何事か、言葉が交わされた後、アルヴィスの横に現れた女性が、さらにレヴィンを驚愕させた。
 遠目であっても、そうそう間違えようはない。
 その女性は、間違いなく、二年前に行方不明になった、シグルドの妻ディアドラだったのである。
「バカな……一体何がどうなって……」
 この時点で、周囲の変化に気づけなかったことを、レヴィンは後々も悔しく思い返した。
 いつの間にか、中庭を囲む回廊は兵に満たされ、シグルドらはその数倍の兵力で完全に取り囲まれていたのである。
 そして、変化が起きた。
 最初の変化は、空。
 真夏のイードの、灼熱の太陽よりもなお狂猛な熱の牙が、美しい中庭に突然降り注いだのだ。
 それが、炎の魔法の一つ『メティオ』であると気付いたとき、すでに中軍にあった傭兵達の大半が、その炎に焼かれていた。
「なっ!!」
 シグルドとアルヴィスの間で交わされた言葉がなんであるかは分からない。
 だが、一つ確かなことは、アルヴィスは敵だった、ということだ。
 そしてそれは、このバーハラ自体が全て敵であることを示す。
 迂闊だった、と思わなくはない。完全に、敵の懐に飛び込んでしまったことになるのだ。
 まさか、バーハラの王宮内でこれほど派手に攻撃を仕掛けてくるとは、予想もしなかった。
 だが、そういえば奇妙なことはいくつもあった。
 もしシグルドが、ランゴバルト、レプトールらの専横に対して兵を挙げた、とされているのならば、なぜ街は静まり返っていたのか。
 そもそも、形の上では救国の英雄としてシグルドを迎えたはずなのに、バーハラ王宮へと導く道は、市街を通らない、特別な道だった。
 それはすなわち、シグルド達の姿を市民たちに見せたくなかったということではないのか。
 そして先ほど、アルヴィスの横に見えた女性。
 確かアルヴィスは、イザーク戦争でバイロンに――おそらくはレプトールとランゴバルトに――暗殺されたという、グランベルの唯一の王位継承権者、クルト王子の娘を妻とする、という噂がなかったか。
 クルト王子、すなわちバーハラ家の力は光。
 そしてディアドラは、驚くほど強力な光の力を操らなかったか。
 ただ、彼女を妻としていたシグルドが、彼女の聖痕に気付かなかったということは考えにくいが、ディアドラの出自が訳ありであることは明らかで、だとすれば、何かしらの方法で隠されていた可能性もある。
 そして、ディアドラは暗黒教団にさらわれた。これは、シャナンの証言から間違いない。
 そもそも、バーハラ王家の親衛隊長であったアルヴィスが、国王の――正しくは王子の――代理の如く振舞うのはなぜか。それは、バーハラ王家の姫を恋人とし、婚姻することが決まってからではないか――。
 何より、この一連の争乱において、もっとも利を得たのは誰だったか――。
 レヴィンが、この一連の争乱の中で、どうしても分からなかったことがある。
 それは、この騒乱に暗黒教団がどの様に関わっているか、だ。
 ランゴバルトもレプトールも、暗黒教団とは繋がらなかった。
 繋がるはずもない。
 いかに私利私欲を求めた彼らとはいえ、聖戦士の末裔。その矜持まで失っているとは考えにくい。
 事実、彼らの周囲に暗黒教団の影など、まるで見えていなかった。
 だが今、アルヴィスにはそれがはっきりと見える。
 暗黒教団がアルヴィスに協力して、何を求めているのかなど分かるはずもない。
 だが、いかなる偶然があろうが、暗黒教団に攫われたディアドラが、なんとか逃げ出してアルヴィスの元に現れるなどありえない。万に一つ逃げ出していたのであれば、シグルドの元にくるはずだ。
 アルヴィスが意識しているかしていないかは分からないが、アルヴィスは間違いなく暗黒教団と繋がりがある。
 そして今、このグランベルでアルヴィスに対抗しうる勢力は、今ここにいるシグルドだけ。
 アルヴィスはいわば、満を持してそのシグルドを始末しようというのだろう。
 叛逆者として。
「レヴィン様!!」
 フュリーの声に、レヴィンは脳裏を駆け巡った考えをとめた。
 時間にすれば、ほんの一瞬のことだったのだろう。
 だがその間にも、次々と巨大な火球が大気を焦がし、大地を焼いている。
「……逃げるぞ。とにかくなんとしても、この場を切り抜けろ!!」
 言うと同時に、レヴィンは懐に忍ばせていた魔道書に手を触れる。
 同時に、莫大な力が自分の中から溢れてきた。
「フュリー」
「は、はい」
 フュリーはこの場で戦うつもりなのだろう。
 敵はまず炎の魔法で大半の兵力をなぎ払うつもりらしいが、最後方のこのあたりは、もう回廊に隠れていた兵が肉薄してこようとしているため、炎は来ない。代わりに、ゆうに数百にも及ぶ兵が、馬蹄が大地を蹴る音を轟かせて、こちらに向かってくる。
「お前は、ラケシス王女を連れて逃げろ」
 その言葉に、フュリーと、すでに騎乗し、剣を抜き放っていたラケシスは驚いて振り返った。
「道は俺が開く。おそらく地上は、ことごとく兵で塞がっているだろうが、お前のペガサスなら逃げ切れる」
「そんなっ、レヴィン様!!」
「レヴィン王子、それはどういうことですか!?」
 女性二人の詰問に、レヴィンは一瞬たじろぎかける。
 だが、ここで譲ることは出来ない。
「ラケシス王女。貴女はイザークに行った息子に責任があるはずだ。フィン亡き今、貴女がさらにここで死んだら、デルムッドはどうなる?」
 ラケシスは反論しかけて、口をつぐんだ。
 実際には、知る者は他にもいる。だが。
「それにフュリー。お前も絶対に、ここを生きて脱しなければならない。これは、シレジア王レヴィンとしての命令だ」
「でもっ……!!」
「第一、身重のお前では、足手まといだ」
 その言葉に、フュリーははっと口を押さえ、ラケシスは目を丸くした。
「気付かないと思ってたのか? あいにく、俺はそこまで鈍くないぞ」
「でも……だったら、なおさら!!」
「誰がここで死ぬ、なんて言った?」
 その言葉に続いて、レヴィンはその力を解放した。
 もう近くまで迫ろうとしていた騎兵が、突然何かに突き飛ばされたかのように弾け飛ぶ。
「レヴィン様……」
「正直に言おう。お前達のことを気にして、力を抑えている余裕は、俺にもない。だから、先に脱出しろ、と言っているんだ」
 一瞬の逡巡。だが、決断は早かった。
 ラケシスは何も言わずに、フュリーの後ろに乗ると、フュリーは手綱を引き絞った。
「レヴィン様……」
「必ず、お前の元へ行く。それより、ラケシス王女を頼むぞ。それから……ラケシス王女」
「はい?」
「フィンは生きているかもしれない」
 突然のレヴィンの言葉に、ラケシスは大きく目を見開いた。
「根拠はない……ただの、カンだ」
 その言葉に、ラケシスはくすり、と笑う。
「では、貴方のカンが正しかったかどうか、確かめないとなりませんね、私が」
「そういうことだ」
 その言葉を合図に、ペガサスが羽ばたいた。
 見えない空の道を駆けるように、ペガサスは舞い上がる。
 それを見て、慌ててそのペガサスに狙いを定めた弓兵がいなかったわけではない。
 だが彼らは、例外なく同じ運命を辿った。
 空に向けて放った矢は、ペガサスに届くことなく、放った時の倍の弓勢で、彼らの体を貫いたのである。

 バーハラ宮殿の中庭は混乱の極にあった。
 シグルド軍の兵は約五百。それに対し、アルヴィスはゆうに数倍する兵力を揃え、かつ不意打ちによって最初に甚大な被害を与えている。
 にもかかわらず、アルヴィス率いるヴェルトマー軍はシグルドらを殲滅できていなかった。
 むしろ、その被害はヴェルトマー軍の方が遥かに大きかったのである。
「バカな……」
 ありうべからざる事態、といっていい。
 逃げ場などほとんどないこの中庭に誘い込み、ロートリッターを中核とした三千の兵で包囲、殲滅する。最初のメティオの攻撃で、シグルド軍に大きな被害を与え、混乱したところに、ロートリッターや精鋭の騎兵による突撃だ。ほぼ一瞬で片が付く。そう思っていた。
 シグルド軍の兵は実際半減しし、かつ指揮官たるシグルドはいないのである。
 最初の不意打ちに一瞬自失したシグルドは、ファラフレイムによって焼き尽くされた。
 本当はそこまでするつもりはなかったのだが――。
「ディアドラ、そうだね! きみなんだね!?」
 あの時のシグルドの言葉。そしてディアドラの反応。
 彼女の過去は分かっていない。記憶がないからだ。
 だが、彼女にかつて恋人がいたであろうことは――想像は付いていた。
 彼女が失っている記憶の中に、誰かがいる、ということは。
 だがまさか、それがシグルドだというのだろうか。
 その可能性に思い至った時、アルヴィスはファラフレイムの力を解放していた。
 そして、ティルフィングを抜いていなかったシグルドには、それに抗う術は存在しなかった。
 最強の魔法障壁を展開すると云われる聖剣が彼の手にあれば、あるいはファラフレイムとてシグルドを焼き尽くすにはいたらなかっただろう。
 いや、むしろアルヴィスが返り討ちに遭う可能性も存在した。
 だが、シグルドはディアドラの出現と、その直後の攻撃に自失しており、ほとんど無抵抗でファラフレイムを受け、地上から消えた。文字通り、消滅した。
 ただその場に、聖剣がわずかに主の『影』を残し、その場に落ちた。
 それで、戦いは終わるはずだったのだ。
 叛逆の首謀者たるシグルドを討ち、中庭にいるシグルド軍を――真実を知るであろう者全てを――鏖殺する。また、バーハラ郊外に残るシグルド軍にも、バーハラとヴェルトマーからすでに兵を向けてある。
 クルト王子を暗殺し、国家に対する重大な犯罪者となったシアルフィ家は消滅する。
 バイロン、リング、ランゴバルト、レプトール、クロード、そしてアルヴィス。
 グランベル六公爵のうち、政治に対して基本的に干渉しないエッダのクロードはともかく、それ以外の四公爵に対して、アルヴィスの力は若輩であることもあり、その立場は非常に弱かった。
 バーハラの親衛隊長として、国王のそばにあるが、これはあくまで武門の地位であり、政治的な権限は皆無に近い。
 だが、彼には理想があり、そしてそれを行うだけの覚悟もあった。
 そのはずだった。
 実際、対抗しうる四人の公爵はことごとく死ぬ。そして、おそらくその真実にもっとも近い――クロード卿がブラギの塔で真実を掴んでいるのは確実だろう――シグルドとクロードも、この場で反逆者として処刑する。
 それが、アルヴィスの筋書きだった。
 遠大な、そして危険な計画だった。
 イザーク戦争、その戦争で倒れるクルト、そして反逆者として処理されるバイロンとリング。
 最初の予定では、実は普通にランゴバルトとレプトールを、王子暗殺の大逆の罪で反逆者として、処理する予定だった。彼らの武力は強大ではあるが、シグルドやエッダの勢力、それにバーハラの戦力と、何より大義名分を手に入れていれば、勝てなくはない。そう思っていた。
 シアルフィはそのままシグルドに継承させ、ユングヴィはスコピオに継承させる。二人ともアルヴィスより若輩であり、抱きこむのは難しくないはずだった。
 それが狂ったのは、クロードの存在だった。
 クロードが、まさか内乱中のアグストリアを越えて、ブラギの塔に行くと言い出すとは思わなかったのだ。
 ブラギの後継者がブラギの塔で祈るとき、真実が示される。
 それが本当なのかは分からない。だが、もし本当だとすれば、計画の全てが露見してしまう。
 ヴェルダンを暴走させ、アグストリアとシレジアに内乱の種を撒き、ランゴバルトとレプトールを反逆者として処刑した後、グランベルの指導者として混乱する地域を『鎮圧』する。その後に新たな理想社会を作る。
 それがアルヴィスの野望であり、また理想であった。
 そのための、グランベル王国の掌握。
 それはもう、ほぼ達成されたといっていい。
 予定は大幅に変わったが、ランゴバルトとレプトールは『反逆者』シグルドに殺された。残ったドズル家、フリージ家にはそれなりに報いる必要が出てしまったが、シアルフィがそれらに変わっただけだ。それに後継者はいずれも若く、アルヴィスの権勢を脅かす存在にはなり得ない。
 そして今、シグルドは死に、司祭としての実力はともかく、武力という点ではクロードはいかに継承者とはいえ、騎士には敵わないはずだ。また、今この中庭には強力な結界を敷いてある。たとえクロードの力でも、転移の魔法で逃げることは出来ないはずだ。
 シグルド軍がこの場を脱する術はない。
 後はこの場と城外に残っているシグルド軍を壊滅させれば、真実を知る可能性のある者はいなくなる。
 そのはずだった。
 だが。
 シグルドの部下達の力は、アルヴィスの予想を遥かに超えていたのである。
 そして。
 アルヴィスにとって最大の誤算。
 それは――。

 ごっ、という音と共に吹き荒れた暴風が、戦列を容赦なく打ち砕いた。
 もはやそれは風、などというものではない。あたかも鈍器であるかのような、圧倒的な『重量』を持った巨大な壁だ。
 しかもその壁に触れた者は、ことごとく同じ運命を辿る。
 全身をずたずたに切り裂かれ、血煙を上げて絶命するのである。
 アルヴィス最大の誤算は、この風を起こしている者、すなわちフォルセティの継承者レヴィンの存在だった。
 そもそも、アルヴィスはシグルド軍に神器の継承者がシグルド以外にいること自体、知らなかった。
 シグルド一人だと思っていた。
 だが実際には、シグルド以外に、風の神魔法フォルセティの継承者レヴィン、聖弓イチイバルの継承者ブリギッドがいて、さらに今もなおアルヴィスは気付いていないが、聖杖バルキリーもまた、クロードの手にあったのである。
 レヴィンはフュリーとラケシスが逃げ切ったのを確認すると、容赦なくその力を解放した。
 レヴィンを中心に、強大な風が荒れ狂い、まさに竜巻がその場に現れる。
 風は触れる存在を全て切り裂く刃と化し、さらに獲物を求める獣のように、ヴェルトマー兵の戦列に飛び込むと容赦なく『それ』を寸断した。
 人であろうが馬であろうが、あるいは剣であろうが矢であろうが槍であろうが。等しくそれらは、目に見えぬ刃によって、文字通りばらばらにされる。
 レヴィンがフュリーらを先に行かせた理由の一つは、実はこの暴虐な力を見せたくなかった、というのもあった。
 かつてマーニャに洩らした、自分の力への恐怖。
 それゆえに、レヴィンはこれまで、ただの一度もフォルセティの力を最大に解放しては来なかった。
 だが、今はそんな余裕はない。
 元々、風の魔法を構成する風の精霊は、炎の魔法を構成する炎の精霊に対して相性が悪い。
 そして、ヴェルトマーの兵は当然だが炎の魔法を得意とする。
 生半可な風は、炎をより猛り狂わせるだけだ。
 炎を圧倒するには、文字通り、全てをなぎ払うほどの風でなければならないのである。
 一方のヴェルトマー兵は、レヴィンに対して恐怖を抱いていた。
 風の魔法が炎の魔法に対して弱いのは、魔法を修める者にとっては常識である。ゆえに彼らは、レヴィンがフォルセティを発動させても――さすがにそれが神魔法だとは思わなかった――炎の魔法で圧倒できると考えた。
 だがそれが間違いであるのに気付くのに、そう時間はかからなかった。
 彼らの手から放たれた炎は、ほんの一瞬も風と拮抗することが出来ず消滅する。
 そして、本来、風の魔法を遮断することが出来る炎の障壁も、あの風に対しては、抗うことも出来ずに、あっさりかき消されてしまうのだ。
 まさに、彼らヴェルトマー兵の炎の魔法は、あの強大な風の前では、暴風の中の蝋燭の火に等しかった。
「ば、化け物だ〜!!」
 それまで、何とか踏みとどまっていたヴェルトマー兵だが、ついに恐怖が勇気の堤防を決壊させたらしい。
 一度挫けた心は、そのまま戦列にも表れた。
 雪崩を打つように、レヴィンから騎士たちは遠ざかる。
 その様子を見て、レヴィンは安堵した。
 これで、しばらくは相手は近寄ってこない。だが、レヴィンにもそれほど余裕があるわけではない。いくらフォルセティが強力であろうが、相性の悪い炎の魔法を相手にし続けるのは、それなりに消耗する。まして、あまりこの場に留まっていると、最強の炎を相手にすることになってしまう。
 同じ、神々の武具。炎の神器、ファラフレイムを。
 最初のメティオの直後に、レヴィンは圧倒的な炎の気配を感じた。
 あれがファラフレイムだろう。
 さすがにメティオが連続的に降り注ぐ状況でそれを確認する術はなかったが、その対象はおそらく――。
 混乱を極めているこの状況では、お互いの安否の確認すら出来ない。
 また、いかにフォルセティをもってしても、この場にいるすべての味方を救うことは出来ない。というよりは、すでに自分の周囲で手一杯という状況だった。
「潮時だな……」
 敵味方が入り乱れている中庭は、すでに状況把握は不可能に等しい。となれば、今は自分が無事逃げおおせるのが第一、とレヴィンは判断した。少なくとも、アルヴィスはこの場にいる者はすべて殺すつもりできている。それはすなわち、この場にいる者が知りうる事実ですら、抹殺したいという心の現われだろう。
 突然、風が変化した。それまで広範囲に広がっていた風が、一気に圧縮し、代わりにこれまでとは比較にならないほどの強力な、一筋の竜巻と化した。その竜巻は砂塵を巻き上げ、その竜巻の内側がどうなっているかなど、まるで見えなくなってしまう。
 そして竜巻が突然、大地を離れた。まさに荒れ狂う風の蛇のごとき竜巻は、そのまま天空へと消えていく。周囲の兵は、それをただ呆然と見ているしかできなかった。




第三十話  第三十二話

目次へ