英雄再び 第一幕



「ロッカクの里?」

 シュウが怪訝そうな声で問うた。

「はい。私のような忍者が集まっている里です。これからの戦い、正確な情報を手に

入れることは大事だと考えます。であれば、私のような能力を持ったものが他にもい

た方がいいと思うのですが」

 シュウと向き合っているのはやや長身のショートカットの女性だ。容貌は美人とい

ってよく、着飾れば街行く男性十人のうち、七、八人は振り向かせることが出来るだ

ろう。だが、今彼女が着ている服は動きやすさを重視した服で、そういうものとは無

縁である。

「ふむ」

 シュウは顎に手を当てて考え込んだ。

 現在、都市同盟全体の運命を担っているといってもいい、シュキ率いるデュナン軍

の状況は微妙な状態にあった。

 狂皇子ルカ・ブライトをなんとか倒し、次の皇位は残った血族ジルに移ると思われ

た。ところが、シュキの幼馴染ジョウイがハイランド最後の血族、ジル・ブライトと

結婚して皇位を継いだのである。そして、そのジョウイから和議の申し入れがあった

のだが、これが罠であり、出向いたシュキ、ナナミ、テレーズらは危うく殺されると

ころだった。

 この事態は、ハイランド側の工作を看破していたシュウによって、事なきを得たの

だが、同時にお互いに手詰まりにもなってしまったのである。

 そのときにトラン共和国から派遣されているカスミによって提案されたことが、ロ

ッカクの里の、つまり自分の仲間を諜報員として仲間にしてはどうか、というものだ

った。

「悪いアイデアではないな。カスミ殿、頼めるか」

 しばらく考えていたシュウだが、その提案を取り下げるべき理由はなく、むしろこ

ちらから頼みたい内容である。

「はい。必ずや」

「ぼくも行くよ」

 それまで黙っていたシュキが言葉をはさんだ。

「無理を言って協力してもらうんだ。リーダーである僕が行かないと、信用してもら

えないと思う」

「えらいっ!シュキ!」

 ナナミが元気に言う。数日前までピリカのことでシュウを睨んでいた人物とは別人

のようだ。もっとも忘れているわけではなく、仕方がなかったのだ、と分かってきて

いるようだ。

「分かりました。それじゃ、よろしくお願いします、シュキ殿」

「ロッカクの里はバナーの村からトラン共和国に抜ける道の途中にあります。四、五

日でつけると思います」

 カスミの言葉を受けて、シュキが頷いた。

「じゃあ明日の朝に出発。行くのは僕とカスミさんと・・・」

「はいはいっ!もちろんあたしも連れて行くよね。そういう隠れ里って見てみたいも

の♪」

 ナナミがこう発言する時点で、シュキに発言は認められていない。こういうときの

強引さは、ナナミがデュナン軍随一であることを、本人以外の誰もが知っていた。

「俺も行っていいか?前にハンゾウには世話になったからな。あの時のお礼も言いた

い」

「そんなこと、ハンゾウ様は気になさっていないと思いますけど、ビクトール様」

「ん・・・まあ、気持ちの問題ってヤツだ」

「だったら俺も行っておこう。誰かさんのおかげで、向うでは死んだと思われている

からな」

 フリックがビクトールを横目で見つつ名乗り出た。

 どうもビクトールとフリックは、かつてトラン共和国でおきた『門の紋章戦争』の

最後の戦いにおいて行方不明になり、そのまま死んだと思われていたらしい。実際、

何人かかつてトラン共和国で戦った者達は、全員必ず彼ら二人の顔を見ると、開口一

番に「生きていたんですか」というのである。

 ビクトールがトランには知らせておく、と言っていたらしいのだが、完全に忘れて

いたらしい。フリックに言わせると「そんなこと忘れることかよ」となる。この場合

どちらに非があるのかは考えるまでもないだろう。

「それは悪かったよ。全く、根に持ちやがって」

「まあぼくは君たちが生きていようが死んでいようが関係ないけどね」

 いきなり会話に割って入ったのはルックだった。一瞬、全員後ずさる。

 先のルカ・ブライト包囲戦――結局ルカ一人の武力の前に作戦は失敗に終わったの

だが――において、援軍としてきたハイランド軍、ハルモニア軍を真なる風の紋章の

力をもってたった一人で撃退して見せたのは、まだ記憶に新しい。普段彼の使う力な

ど、本当の力のほんの一部に過ぎないということを改めて知ったのである。

「な、なんだよお前は。なんか用か?」

「君に用なんてないよ。ただ、そのロッカクの里――だっけ?それに行くの、ぼくも

同行させてもらうよ」

 ビクトールの言葉に、ルックは顔も向けずに答えた。

「な、ちょっと勝手に決めるな。大体なんの用で」

「・・・いちいち説明するのが面倒くさい」

 もう少し他に言い方があるだろう、とは本人以外の――もしかしたら本人もわかっ

ているのかもしれないが――全員が思うことだが、彼の場合、こういう言い方が地な

のである。だが、だからといってそれを許容できるかどうかは別問題だ。

「このガキ・・・!!」

「やめとけよ、ビクトール。大人気ないぞ」

 フリックがややあきれたようにビクトールを止める。少し前に同じような会話がこ

の同じ場所で繰り広げられていたが、あの時とは二人が逆だ。もっとも、そのことに

当事者は気付いていない。

「で、いいよね?」

 その二人を無視して、ルックはシュキに向き直った。

「うん、いいよ」

 シュキはとりあえず断る理由もなかったから、そのまま承諾した。実際、彼が協力

的に――傍目には到底そう見えないとしても――動くのは珍しい、と思えたからとい

うのもある。

「じゃあ、こんなところで。あんまり大人数で行っても仕方ないですしね」

「そうだな。ではシュキ殿、よろしくお願いします」

 

 都市同盟からトランへ行くには、砂漠を越える方法、バナーの村から山を越える方

法、海に出て海路トランを目指す方法、西回りに目指す方法の四つがある。そして今

回、シュキ達が選択したのは、バナーの村から山を越える方法だったが、これはなに

より今回用があるのはその山道の途中だからである。

 といってもただトランに行くとしても、砂漠越えと海路は取れる状態にない。

 砂漠は普通人がとても越えられるものではなく――ビクトールはここ三年で三回ほ

ど越えたというが――一応トランと都市同盟との境として城壁が築かれているが、実

はあまり意味はない。

 そして海路は残念ながら、都市同盟には海に面した港町はない。一説には、三十年

前ミューズのダレルがハイランドに戦争を仕掛けたのは海に面した街が欲しかったか

らではないか、とすら云われている。

 西回りのルートはその入り口を抑えているティント市の態度が不明確なため、通り

抜けできるかどうか分からないのでトランに行くには選択すべきではない。

 もっとも今回は、バナーの村からのルートの途中に目的地があるのだから、当然バ

ナー経由で向かうことになる。

 バナーまでの道のりは、大変順調だった。もともと、サウスウィンドゥを中心とし

たこのあたり一帯はすでにデュナン軍の制圧下にある。何かあるはずもない。といっ

てもさすがにかなりの距離はある。サウスウィンドゥ、ラダトを経由してラダトから

は船でバナーへ。順調に行けば往復で一週間くらいの予定だ。

 ゲンカク城を出発して三日目。陽がやや傾き始めた頃に一行はバナーの村についた。

「のどか・・・だなあ、本当に」

「確かにな。まあここまでは、戦争なんて関係ないんだろうな」

 静かに流れる川。川縁には川魚が天日で干してある。干物はこの村の重要な収入源

の一つだ。その他には、狩をして生計を立てている。どちらにしても、一応都市同盟

の領土内にある土地だが、戦争とは全くといっていいほど無縁だ。

「今から山越えやると、途中で日が暮れてしまいますね・・・。今日はこの村で休ん

で、明日朝に出発しましょう」

 カスミがそういうと、ナナミがシュキの手を引っ張ってはしゃいだ。

「わ〜い、じゃ、シュキ。少し村を回ってみようよ」

 ナナミは前のトランとの同盟交渉のときは居残りだったので、この村には来ていな

いのである。それほど見るものなどないのに、と本人以外の全員が思うことなのだが、

ナナミにはあまり関係がない。

「ほら、早く!!」

 義姉に引っ張られるままに村へと連れて行かれる姿は、ごく普通の十六歳の少年で

ある。あの少年が、この都市同盟全ての命運を握っているとは、一瞬信じがたい。だ

が、シュキは紛れもなくデュナン軍のリーダーであり、そしてあの狂皇子ルカ・ブラ

イトを倒した英傑でもあるのだ。

「まあ、こんな村で何があるわけでもなし。たまにはいいんじゃないか。あいつらだ

って本当ならまだまだ遊びたいざかりだろうし」

「だな。フリックなんてあの年の頃は遊んでいたんだろうしよ」

 言わなければいいのに、ビクトールが余計な一言を発した。ただそれは、図星だっ

たらしくフリックは「ぐ・・・」とうめいているだけで何も言い返さない。さらにそ

こに追い討ちがかかる。

「情けないね。いつまでたっても子供で」

 その容赦のない言葉を投げつけた見かけは子供の人物は、すたすたと宿のほうに向

かう。もう休むつもりらしい。ちなみに言われた本人は何かを言い返したくてもまる

で通用する相手じゃないことを知っているので、悔しそうに俯いているだけである。

「ま、まあとにかく宿を取りましょう。ね」

 カスミの言葉は、フリックには届いていなかった。



第二幕

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