警告:以下の条件のいずれかに当てはまる人はこれを読まないほうがいいと思います ・幻水2のグッドエンディングが本当に3人にとって幸せだと思う人 ・ジョウイは主人公、ナナミと一緒にいないと絶対にいけないと思う人 ・ジョウイ×ジルが嫌いな人 |
こぼれる想いを抱きしめて 第一幕「セリオ、ジョウイ、こっちこっちー! ホラ、すごいよー!!」 ナナミの元気のいい声が山間にこだました。後から二人の少年が続く。傍目には、 ごく普通の旅をしている少年に見えるが、この二人は、ここよりも南の旧都市同盟― ―現デュナン国にとっては最重要人物といえる二人であった。 半年前に集結した都市同盟とハイランド皇国との戦争は、都市同盟側の勝利に終わ り、ハイランド、都市同盟を統一したデュナン国という新しい国家が誕生した。デュ ナン国の統治体系はハイランド、ミューズ、サウスウィンドゥ、ティント、トゥーリ バー、グリンヒル、そしてゲンカク城の各地域の代表による合議制である。盟主はゲ ンカク城の代表であるシュウ。南のトラン共和国とは同盟関係にあり、北のハルモニ アとも今のところ比較的良好な関係を結んでいる。 もっとも、本来デュナン国の盟主たる人物はその建国の母体となったデュナン軍リ ーダーセリオである。 しかし彼は、より広い世界を見て回ることを希望し、義姉のナナミ、親友のジョウ イとともに旅に出てしまっていた。そのためシュウは常に「私は代理に過ぎない」と 言いながら、国政の舵取りをしているのである。 そしてその頃、その人物達は、というと、きままな三人旅をしているわけであった。 「なにやってるの、二人で。早く来てごらんなさいよー!!」 再度ナナミの催促する声に、セリオとジョウイは走り出した。そこからは、眼下に 広大な海が見える。考えてみたら、ナナミとセリオはまともに海を見るのは初めてだ。 ジョウイはハイランドに港町があるので数回、見に行ったこともあるが、二人は戦争 中にそんな余裕などなかった。 「すっごいねー。これ、全部水なんでしょう。デュナン湖も初めて見たとき大きいな あって思ったけど、海ってもっとすごいんだねー」 やや興奮気味のナナミを見て、ジョウイは少し微笑んだ。 一時期、ナナミがあのロックアックスのケガが元で死んだ、と聞いた時は正直目の 前が真っ暗になった。なんとしても守ろう、と思っていた、その一つが失われたと思 ったからだ。 結局、ナナミは生きていてくれて、今こうして目の前にかつてと変わらぬ笑顔を見 せてくれている。以前と全く変わらずに。けど、最近それが痛い。 「ジョウイ、どうしたの?」 気持ちが表情に出ていたのだろう。ナナミが心配そうに訊ねてきた。 「あ、いや、なんでもないよ。あまりに海が広くて、ちょっとぼうっとしちゃっただ け」 「そう。なら、いいけど」 ナナミはその返事で納得したのか、また視線を海に戻す。ジョウイも、また海を見 つめていた。 あまりにも広大な、水の連なり。寄せては返す波。永久に変わることのないであろ う営み。その中にあっては、人の営みなど、ほんの些細なことなのかもしれない。け ど、そのほんのわずかな中でも、人は悩み、過ちを犯し、そして互いを傷つけ、そし て殺しあう。それはあるいは、人が背負う業のようなものなのだろうか。 それでも、それらは無駄ではないのだと思いたい。でなければ、人の営みには一切 の意味がない。少なくとも、ジョウイはそう思っていた。守りたいもの。それを手に 入れられたのだから。 「さて、と。そろそろ街に行って、宿取らないと、陽が暮れちゃうわね」 ナナミはそう宣言すると、さっさと歩き出してしまう。セリオは慌てて追いかけよ うとして、ジョウイがまだ佇んでいるのに気が付いた。 「ジョウイ、行くよ?」 「あ、ああ、ごめん。今行くよ、セリオ」 その間にもナナミは先に行ってしまっていて、二人は結局半ば全力で走ることにな ってしまった。
「・・・ナナミは寝たの?」 「うん。ぐっすり。あれだけ走ったら疲れるよ」 三人が宿泊した宿は、値段の割に立派で、各部屋にバルコニーがついている。 ナナミは昼間に騒ぎすぎたのか、疲れていたらしく宿に入って食事したらあっとい う間に眠ってしまった。セリオとジョウイはまだそれほど眠くなかったので夜風にあ たっているところである。 春になったばかりの風が、二人を優しく包み込む。 「半年、か。みんなはどうしているかな」 「気になるかい?セリオ」 うん、とセリオは頷いた。それから空を見上げて呟くように言う。 「やっぱり気になるよ。戦いが終わって、みんないろんなところに旅立っていった。 けど、みんな大切な仲間だった。それは多分、ずっと変わらない」 「戻りたい、と思うかい?」 セリオはしばらく考えた後、やはりうん、と頷いた。 「いますぐ、じゃないけどね。やっぱりいつか戻りたいと思うし、戻らなくちゃいけ ないと思う。けど、それはジョウイの方がそうじゃない?」 「えっ・・・」 「ジョウイ、笑い方変わった。ううん。どこがどうって具体的にいえないけど、やっ ぱり変わったよ。昔のままじゃない。当たり前だけど」 ジョウイは無言だった。それは、自分自身認識しているから。 「多分ぼくも変わったと思う。ジョウイ、前に言ったよね。『お互い、昔のままでは いられない』って。その通りだと思う。決して変わらないものはあるけど、その上に もっとたくさんの想いが乗せられている。正直ね、ぼくはあの戦いでジョウイを失う ことがあっても仕方ない、と覚悟していた。あの時、ジョウイが玉座にいて、ぼく達 に敵対していたら、戦うしかなかったと思う。デュナン軍のリーダーとして」 風がひときわ強く吹き抜け、ジョウイの髪をなびかせた。解いてある髪は、風に弄 ばれて月光の下でもジョウイの表情を隠す。 「じゃあなぜ、あそこでぼくと戦わなかった?」 責めるような口調ではなく、だが決して誤魔化すことを許さない口調で、ジョウイ は訊ねた。 ジョウイが最期の場所、と決めたあの約束の地。ジョウイはそこで、ハイランド最 後の王として、デュナン軍のリーダーであるセリオに討たれ、そして戦争を終結させ ようと思っていた。なにより自分自身、あの時黒き刃の紋章の力を使いすぎていて、 長く持たないことも分かっていたから。 だけどあの時セリオは、ジョウイと戦おうとはせず、たた打たれるのみであった。 「あの時ぼくは、デュナン軍のリーダーとしてあそこに行ったんじゃない。僕はジョ ウイの友達として、約束を果たすために行ったんだ。君と戦うためじゃなくて、君を 迎えに行ったんだから」 「・・・そうだね。あの時ぼくは、自分が死ぬ前に君に討たれることしか考えていな かった。君が、真の紋章たる始まりの紋章の力すら上回るほどの想いを・・・持って いてくれたことが、ぼく達の命を救った。本当に感謝している」 ジョウイはそこで言葉を切って、空を見上げた。星の瞬きすら、今のジョウイには 優しく思えた。 「ぼくは本当に幸運だと思う。君と、ナナミに出会えて。そして、君たちと友達でい られて。本当は、ずっと一緒にいたいとも思う。けど・・・」 「分かってるよ、ジョウイ。気付いたのは少し前からだけど。けど、いつか赦せるよ うになれるよね?」 ジョウイはそのとき、自分がひどく驚いた顔をしていることを自覚した。自分の目 の前にいる幼馴染は、時としてとんでもなく鋭いことがある、ということを再認識し たのである。 「やれやれ、敵わないな。あるいはこれが、成すべきことを成した者の余裕かい?」 ジョウイは皮肉そうに言うと、右腕をかざした。その手の甲には、黒い炎のような 剣が描かれている。 始まりの紋章の力の相、黒き刃の紋章。 「これは、君がもつべきものだ。デュナン国のリーダーとしてね。君だって、まだ全 部を果たしたわけじゃない。今はこれでいいだろうけど。もう少し、寄り道するくら いは。でもぼくは、ぼくの成すべきことを果たすよ。それがぼくの・・・ジョウイ・ ブライトとしての役目だから」 セリオはコクリと頷いて静かに右腕をあげる。その手に描かれているのは、淡い光 を放つ盾。始まりの紋章の守の相、輝く盾の紋章。そして。 二人の紋章が輝きを放つ。やがてジョウイの手から光が浮き出し、セリオの右腕に 宿った。そしてそこに、新たなる紋章が浮き出ている。 始まりの紋章。戦いを裁く力。 「ナナミが、怒るかな」 「なんとか言いくるめるよ。でも、これだけは忘れないで。ぼくとナナミは、いつま ででもジョウイを待ってる。それだけは、絶対だから」 「・・・ありがとう、セリオ」 ジョウイは自分の荷物だけを取ると、ナナミの寝ているほうを一度だけ振り向き、 それから部屋を出て行く。 「またね、ジョウイ」 まるで、また明日会えるような、そんな言葉。 その言葉は、いつまでもジョウイの耳に残っていた。
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