作り出せぬもの(中)




 エリーはその後、自分の目的の一つでもあった、マルローネとの再会を果たし、そして新たな目標を見つけていた。
 マルローネさんのような錬金術士になる。人に頼りにされ、また人を幸せに出来るような錬金術士に。最初に、漠然と思い描いていたその目標が、今のエリーには、より現実的なものとして見えてきていたのだ。
 そして、ダグラスは、ザールブルグに帰ってきてからは以前のように王室騎士隊の仕事に戻っていた。長期間休んでいたこともあり、あまり休みも取れず、また、エリーも採取にはあまり行かず、主に工房での研究が多くなっていたので、会う機会も減っていた。
 そうしているうちに、エリーはザールブルグに来て、5回目の誕生日を迎えていた。といっても、毎年のことながら、日食で真っ暗である。ロブソン村にいたころは、翌日にハイキングに連れていってもらったりしていたが、ザールブルグに来てからは、行っていない。もっとも、採取に行くの事体が、ハイキングのような感覚になってきているのだが、それでもこの時期には行かなかった。毎年8月1日はアカデミーのコンテストがあって、そのための勉強で忙しかったからである。
 マイスターランクになってからは、コンテストはないのだが、それでもどうせ出かけても外は暗いだけなので、出る気にはならない。せっかくだから、と今日に合わせて作ったチーズケーキを食べようかと思った時、工房の扉が叩かれた。
「は〜い。誰ですか?」
 日食の日は暗いため、犯罪が多発するという。この工房には今では、金目の物や危険物もたくさんあるので、用心する必要があるのだが、どうも自分が普段触れているので忘れがちである。それでも少し警戒していたが、返ってきた返事は聞きなれた声であった。
「俺だ。ちょっといいか?」
 随分久しぶりに聞いた気がする声であった。いや、実際一月ほど会っていなかったから、久しぶりなのだろう。最後に会ったのは、確か飛翔亭でばったり会った時だ。
「あ、ちょっと待って。今開けるから」
 扉を開けたところに立っていたのは、予想通りダグラスだった。いつもの、青い鎧を着て、ちょっと荷物も持っている。
「今日、暇か?」
「え?う、うん。とりあえず何の予定もないけど……」
 いきなり尋ねられたので面食らいもしたし、また意図も分からなかった。いきなりデートに誘ってきたとも思えない。甲冑を来てデートに誘うなど、いくらダグラスでもやらないだろう。それに、別にダグラスとそういう仲になった覚えもない。大体今日はどこも真っ暗で外に出る気にすらなれないのだ。
「じゃあちょっと出かける支度して来いよ。クーゲルの旦那に聞いたんだが、今日しか取れない草ってのが近くの森にあるらしいぜ」
「え?!ちょ、ちょっと待って。すぐ支度してくる!!」
 慌てて工房内に戻ろうとして、生きているホウキにぶつかってしまう。それでも何とか転ばないようにバランスを取りつつ、とりあえず貯めておいた保存食を袋に詰めて、採取用のかごを取り出す。
「お待たせ!!」
「それじゃ、行くぜ。といってもすぐ着くけどな」

 近くの森とは正式にはちゃんとした呼び名があるのだが、みんな『近くの森』と呼ぶため、エリーも正式名称は知らない。錬金術でよく使われる魔法の草――これも正式名称があるのだが――などが多く採取できるため、エリーも、特にアカデミーに来たばかりのころはよく採取に行っていた。しかし、日食の時だけ取れる、とはどういうものなのだろうか。
 その答えは、すぐに分かった。森のあちこちで、ぼんやりと茂みの下などが光っていたのだ。
 あまり知られていないが、植物も夜は寝ている、と言われている。そして、朝日を感じると起き始める。だから、朝、陽が昇ってから咲く花が多いのはそのためだ。だが、この草は太陽を栄養としながらも、みずからが光るためのなのか、昼の暗い時しか花を付けないのである。
「これ……ドンケルハイトだ。前に図鑑で見たことあるもの。滅多に見つからない、とされているってあったけど……そっか。日食の時にしか見つからないんだ……」
 エリーは、草を殺さないように慎重に土ごとすくってきれいに土を払うと、かごに入れた。
「そういう名前なのか?それ。俺の故郷の方にもあって、そのまんま『日食花』って呼ばれていた。ま、最近まで忘れていたんだけどな。クーゲルの旦那に話を聞いた時に、これは、って思ったんだ」
「うん。ありがとうダグラス。これ、別名『大地の太陽』って呼ばれているの。ホラ、光を放つから。大地の力を光に変えることが出来る花で、これ単独で大地の力を象徴する、とすら言われているの。でもまさか、こんな近くにあったなんて」
 とりあえず5つほどエリーはドンケルハイトをかごに入れた。
「もういいのか?まだあるじゃないか」
「これが、何に使えるか分からないし。それに、取ってこようと思ったら、また来年もあるしね。とりあえずこれで十分」
 そうしているうちに、本当に日が暮れてしまったらしい。気がついたら月が出ていた。
「う〜ん、ま、今日は野宿しない?久しぶりだし」
 これから帰ろうとしていたダグラスは驚いて振り返る。
「おいおい。何の用意もしてないぞ。大体火をおこす道具だって……」
 するとエリーは、いくつか枯れ木を集めてきて、小さな声で呪文を唱える。ややあって、枯れ木に火が点いた。
「あなた、私が魔術師でもあること、忘れてない? 別にアイテムがなくたってこのくらいのことは出来るんだから」
 そう言いながら、さっさと保存食を取り出し、それから小さな鍋をダグラスに渡す。
「はい、水汲んできて。スープ作るから」
 ダグラスはまだ何か言いたげであったが、口をつぐむと素直に水を汲みに行く。その間にエリーは食事の準備を始めていた。
 採取に来ること事体、久しぶりである。ここの所、研究ばかりで、ろくに工房を出ていない。たまに、資料を読むためや、足りなくなった特殊な材料を買いに行くのにアカデミーに行くの以外は、日常の買い物で少し出るくらいである。採取はほとんど妖精に任せていた。
 マイスターランクには、在学期間の制限はない。そもそも、イングリド先生にしたところで、アカデミーの教師であると同時に、マイスターランクの研究者でもあるのだ。ただ、エリーはいつまでもザールブルグにいるのか、と聞かれると返答に窮する。研究者としての道も悪くない、とは思うけど、それと自分の目指すものは違う気がするのだ。
 そんなことを取り止めもなく考えているうちに、ダグラスが戻ってきた。
「何ぼーっとしているんだ?いくら火を炊いているからって、獣が襲ってこないとは限らないんだぞ」
「その時は来てくれるんじゃないの?だって今だって一応護衛でしょう?」
 そういってクスクス笑う。それから鍋を火にかけて、食事の準備を続けた。
「考えてみたら久しぶりだなあ。お前と街の外にいるのも」
 特にすることがなくて手持ちぶさたなダグラスが、ふと洩らした。
「そうね。私も久しぶりだもの。街の外に出たの。初めのころは大変だったなあ。この森に来るのも、命懸けだもの」
「ったく、とんでもない足手纏いの護衛を引き受けたって思ったよ。最初は。ま、今は少しはマシだけどな」
「ひっど〜い。私だってずいぶん戦えるようになってるもん。一回、武闘大会だって出たんだから」
 するとダグラスは嫌なことを思い出したように、ため息をついた。
「あの時は参ったよ……まさかお前が参加して、しかも俺と戦うところまで来るとは思わなかったからなあ」
 エリーは前々回の武闘大会に参加して、準決勝まで勝ち進んだのである。そして、その相手がダグラスだったのだ。
「ダグラスったら全然手加減してくれないんだもの。全く」
「控え室で言っただろうが。手加減はしないって」
「それにしたって、最後に必殺技まで出さなくてもいいじゃない」
 ダグラスの得意とする技『シュベートストライク』は、打撃と斬撃を合わせた技で、打撃により相手を昏倒させてから、一撃必殺の斬撃で止めを刺す。エリーと戦ったダグラスは、最後にこの技を繰り出したのだ。
「お前の魔法だって、俺にはかなり効いたんだぞ。それに一応、手加減はしたぞ。最後の一撃は」
「まあ……いいけどね。私としても、あそこまで頑張れたから満足だったし」
 そう言っている間に、食事が出来上がっていた。といっても、保存食を加工したもので、それほど味はよくはない。食事が終わると、エリーは荷物から箱を一つ取り出した。
「お前、随分色々と持ってきているんだなあ。今度はなんだ?」
 するとエリーは、笑いながら箱を開けた。何入っていたのはケーキだった。
「へへ、今日あたしの誕生日なんだ。ザールブルグに来てからは、いっつも一人だったけど、今日はダグラス来てくれたし、せっかくだから、と思って。一緒に食べよ。味は保証できるよ。私が満足しているから」
 エリーは箱から一切れ取り出すと、ほとんど一口であっという間に食べてしまう。普段、それほど早く食べる方ではないだけに、ダグラスは驚いた。
「あ、私チーズケーキだけには目がないんだ。これ、特に自信作だから、食べてみて」
 言われてから、ダグラスは一つ取って食べてみた。
「お、確かに美味いな、これ。大したもんじゃないか。ケーキ屋でも通るぜ、これ」
「う〜ん。一度は考えたけどね」
 エリーは冗談めかしていう。しかし、お世辞ではなく、確かにこのチーズケーキは美味しかった。
「ねえダグラス。あなた、今度の年末の武闘大会、出るんでしょう? 自信は?」
 するとダグラスは急に真面目な顔になった。まるで、戦っている時のようである。
「ああ。今度こそ隊長に勝つ。勝てる気がするんだ。今年こそ、無敵を誇った男の伝説を打ち砕いてみせる」
 それは、まるで自らへの決意のようにも聞こえる。
「うん。頑張ってね。私、必ず見に行く。応援するから」
 ダグラスは「ああ」とだけ答えると、何か考えを巡らせているのか、そのまま沈黙している。エリーはしばらくその横顔を見ていたが、また口を開いた。
「隊長さんに……エンデルクさんに勝った後はどうするの? 故郷に帰るの?」
 その質問は予測していなかったのか、ダグラスは一瞬呆然として、それから考え込み始める。
「あ、そんな深刻に考えないで。ちょっと聞いてみただけだから」
「いや、考えてみたことなかったな、と思ってな。考えてみたら、どうするつもりなのか、なんて全然決めてなかった。というより、ただ強くなりたい、その証明が欲しいって思って隊長を倒そうとしていたんだ。もちろん、それが無駄なことだとは思わない。けど、その先……俺はどうするんだろうな。でも多分、王室騎士隊にいると思うぜ。結構居心地いいからな。お前はどうするんだ?ずっとアカデミーにいるのか?」
 今度はエリーが返答に窮する番になった。
「分からない……イングリド先生みたいにずっと研究していくっていうのもいいかもしれないけど……私が目指したものとは違う気がするの。マルローネさんみたいに、旅の中で何かを手に入れようとするっていう……そうしたい気もしているけど……なんだろう……?って私も全然考えていないわね」
 言いながら、やや小さくなったたき火に枯れ木をくべ、少しつつく。小さくなった火は、再びその強さを増し、エリーとダグラスを照らし始めた。
「いいんじゃねえか? どうせマイスターランクっていつまででもいられるんだろう?その間に見つければいいさ」
「うん。そうだね。大体マイスターランクに入ってまだ1年経っていないのに、こんなこと悩んでも仕方ないしね」
 ダグラスが全くだ、と相槌を打った。アカデミーは卒業したが、マイスターランクはまだ始まったばかりである。まだ、自分の能力は、高いとは言えない。自分の将来は、これから決めればいいことだ。
 エリーはふと、目の前の騎士が、いつまで自分と同じ場所にいるのかが気になったが、特には何も言わなかった。


『年忘れは王室主催の武闘大会で』
 街のあちこちにこの張り紙が見えると、ザールブルグの人々は今年も年末が近づいたんだと感じてくる。毎年12月28日から二日間にわたって開催される武闘大会はザールブルグ王室が主催する大会で、参加は誰でも出来、遠くの地域からも参加してくるものがいる、大きな大会である。しかし、優勝者はすでに大会前から定められているような観があった。
 王室騎士隊長エンデルク。これまでにすでに18年連続優勝という記録をうちたてている。すでに37歳という年齢にありながら、未だに衰えを見せない。このまま、無敗で引退するのでは、というのがほとんどの者達の予想であった。
 武闘大会が近くなると、街も年末、年始の準備と大会の雰囲気に包まれていく。ザールブルグの人々にとって、一大イベントなのだ。半ば公然と賭けも行われているのだが、もっぱら優勝者の予想は立てられない。エンデルクが負けるとは、誰も思っていないからだ。また、ここ数年は準優勝者の賭けも成立しない。これも、ダグラスが準優勝、ということで無風状態なのだ。
 賭けはむしろ他の――前々回はエリーが大穴であったが――参加者が何回戦までいくか、というものである。エリーは、アカデミーで賭けが禁止されているので、賭けることは出来ない。そのため、さっさと観客席に入った。
 本当は、ダグラスに頑張って、と言いたかったのだが、直前に見たダグラスは、まるで触れてはいけないもののように見えたので、声をかけることが出来なかったのだ。28日は5回戦までで、ダグラスにとっては楽な相手のはずなのだが、今年のダグラスに気合はそれだけ並外れているのかもしれない。
 特に大きな波乱もなく、一日目は終了した。エンデルクもダグラスも、またハレッシュなども順当に勝ち上がっていた。ダグラスは、全く危なげなく勝っていた。というより、相手がダグラスを見ただけで萎縮しているのではないか、とすら思えたほどである。
 夕方になり、エリーが工房に帰ると、入り口の前に人影があった。誰か、何かを頼みに来たのだろうか、と思ったが、それはダグラスであった。
「どうしたの? そんなところじゃなんだから、入ってよ」
 そういってエリーはさっさとダグラスを工房に入れる。
「ちょっと待って。今お茶煎れるから」
「いや。すぐ帰るから……」
 しかしエリーはそのままお茶を煎れ始める。
「いいお茶があるの。元気出るわよ」
 しばらくして出されたお茶は、ダグラスの見たことないものだった。ただ、非常にいい匂いがする。似た匂いをかいだことがある気もするが、思い出せなかった。
「ミスティカティ、聞いたことない?」
 驚いて顔を上げる。非常に高級なお茶で、作るのに相当手間がかかるものである。非常に高価で、普通滅多に口に出来るものではない。
「大丈夫、私が作ったものだから。もとを辿っていけば、たいしてお金はかかってないわよ。時間はちょっとかかるけどね。今日疲れただろう、と思ったから」
 飲んでみると、まるで体に染み込むような感覚すらある。今日一日の疲労などが、一気に癒されたような気がした。
「美味いな、これ。なるほど、高価な理由が分かるな」
 するとエリーは保存庫――特別な魔法で温度を一定に保ってある倉庫――からチーズケーキを取り出してくる。
「これも食べる?前に美味しいって言ってくれたでしょう?」
「お前……いつもチーズケーキばかり食べているんじゃないだろうな。太るぞ……」
「ひっどい。そんなことないわよ。たまに、よ。そんなこと言うとあげないわよ」
 エリーはチーズケーキを保存庫に戻そうとする。
「あ、いや。冗談だ」
 するとエリーはあっさりと機嫌を直したのか、チーズケーキをテーブルの上に置いた。
「いよいよ明日だね……」
「ああ」
 ダグラスは、そのまま黙りこくっている。エリーは手持ちぶさたになり、ダグラスの空になったカップにお茶を注いだ。
「今度こそ勝つ。今度こそ勝てる、と思えるんだ」
「明日も、応援行くから。頑張ってね」
 ダグラスは、それを聞くと、一瞬安心したような表情を見せた。ただ、すぐにいつもの仏頂面に戻ってしまう。
「すまん、邪魔したな。そろそろ帰るぜ。それじゃ、また明日な」
 そういうとさっさと立ち上がって帰ってしまった。エリーはダグラスが何しに来たか、分からなかったが、でも来てくれたこと自体が、なんとなく嬉しかったので、気にしないことにした。

 翌日。エリーは朝早くから起きて、武闘大会会場に向かった。もちろん、見やすい席を取るためである。まだ陽が昇る前から行ったためか、観客席の、ほぼ最前列を確保できた。さすがにまだほとんど観客は来ていない。やがて、陽が昇ると人が集まってくる。そして、開始するころには、満員になっていた。エンデルクの優勝、と思われていても、やはりみんな万に一つを期待しているのだろうか。しかしエリーは、今年こそは、と強く自分に言ってくれた騎士が勝つことを、信じていた。
 やがて、準々決勝から開始された。ダグラス、エンデルクもまた順当に勝ち上がっていく。エリーのもう一人の知り合い、ハレッシュも準決勝まで進んでいたが、準決勝でエンデルクに破れた。
 そして決勝戦。大方の――というよりはザールブルグの市民のほとんどが――予想した通りの組み合わせであった。
 静まり返った場内に、静かにブレドルフ王の声が響く。
「これより、王室武闘大会決勝戦を始める。王室騎士エンデルクならびにダグラス、入場せよ」
 同時に大歓声が起きた。その中を、二人は闘技台へ上がって行く。二人とも使う武器は剣。武闘大会が凄惨な殺し合いにならないように、刃を止めてあるものである。そして、まるで水を打ったように場内が静まり返る。二人の騎士は、闘技台の中央で向き合っていた。
「今年はまた随分と腕を上げてきたようだな。私をより楽しませてくれるのか?」
「どうかな? 今年はあんたの不敗記録が破れる年だって予定なんだが。俺には」
 ダグラスは静かに剣を構える。
「ほう……それは楽しみだ……」
 エンデルクも、やや遅れて剣を構えた。そして、数瞬の後、闘いの開始が大きな太鼓で告げられた。同時に歓声が沸く。
 動いたのは同時。そして、剣同士がぶつかった音が響いた時、両者はすでに距離を取っていた。そして、また一気に詰める。再び響く剣戟の音。動きの速さは、ダグラスにやや分があった。これは、年齢によるものもあるのだろう。だが、純粋な剣技となると、やはりまだエンデルクの方が上だった。だが、ダグラスはそれを動きでカバーしている。
 はじめは歓声をあげていた観客も、いつしか声を失っていた。それ程に、この闘いは凄まじかったのである。誰の目にも、この二人が、ザールブルグ、いや、近隣諸国全てを合わせても最強の二人であることは、疑いなかった。
 しかし、やがてダグラスが押され始めた。受けに回る時間帯が、ダグラスの方が長くなってきたのだ。
「どうした、この程度か? お前が王室騎士隊に入って学んだことは、所詮この程度なのか?」
「うるせえ。まだまだこれからだ!!」
 更に斬り込むダグラスだが、それはすべて受けられてしまう。そして、エンデルクが止めを刺すように上段からの振り下ろしを繰り出してきた。ダグラスはそれをかろうじて受ける。
「所詮お前もここまでか……」
 体格の差で、この体勢ではエンデルクの方が遥かに有利である。エンデルクはそのまま、剣に体重をかけていく。
「く……く、くそ……」
「ダグラス、頑張れ〜〜〜!!!」
 すべての観客が静まりかえっていた中、突然響いた声。よく聞き覚えのある、ドジな錬金術士の声だった。
「まだ……負けられねえ。勝つっていったんだ!!」
 ダグラスは雄叫びと共に、エンデルクの剣を押し返した。エンデルクは驚いて距離をあける。
「そうだ。そう来なくてはな。いくぞ、ダグラス!!」
 エンデルクの突進と共に、再び歓声が沸き起こった。その中で、二人の騎士は全くの互角の剣技を繰り出していた。
 どれほど時間が経ったか、気がつくともう陽が傾いて、空を朱く染め上げている。すでに、二人の騎士も、限界まで力を出し尽くしていた。普通の人間であれば、立っていることすら出来ないだろう。二人とも、剣を杖替りにして立っているような状態である。
「見事だ。ダグラス。よくここまで私を追いつめた。だが、最後に勝たせてもらうのは私だ」
 そういってエンデルクは剣を構え直した。
「へっ、それはどうかな。俺は何がなんでも勝たせてもらうぜ」
 ダグラスも、剣を構える。お互い、もうあと一撃を放つのがやっとだというのは分かっていた。だから、最高の一撃を繰り出してくるだろう。お互いに。
「いくぞ……!!」
 エンデルクが一気に間合いを詰める。
「来い!!」
 ダグラスもまた、間合いを詰めていった。
「アインツェルカンプ!!」
 エンデルクの必殺技。神速の斬り下ろしと斬り上げを一瞬で繰り出す、まさしく最強の技である。ダグラスは去年、この技で破れたのだ。
「シュベートストライク!!」
 剣の柄の打撃と斬り上げの二連撃。去年、破れた時のことは、今でも鮮明に覚えている。だからこそ、この技で挑んだのだ。ダグラスが、最初の打撃で狙ったのは、エンデルクではない。繰り出されてくる剣そのものである。
 ガツッ、という音と共に、ダグラスの剣の柄が半ばからなくなった。しかしそれにより、わずかにエンデルクの斬撃の速さが落ちる。そしてそこに、ダグラスの一撃が繰り出された。一瞬遅れてエンデルクの斬撃も繰り出されてくる。ダグラスは、その一撃が自分の脇腹に当たる感覚を感じた。やはり、勝てなかったのか。そう思ったが、自分の一撃を、最後の、渾身の力を振り絞って振りぬいた。それは、奇妙なほど抵抗なく振りぬけた。
 そして、気がついた時、ダグラスは歓声に包まれていた。目の前にはエンデルクが倒れている。その鎧には、斜めに深い傷がついていた。
「え?お、俺……」
 するといきなり誰かが飛びついてきた。ダグラスはバランスを崩しかけるが、なんとか踏みとどまる。しかし、まだその飛びついてきた人物が誰であるか、確認する余裕もなかった。
「勝ったんだよ、ダグラス!!最後、凄かったよ。ホントに。勝ったんだよ、おめでとう!!」
「か、勝ったのか……おれ、隊長に……」
「そうだよ、おめでとう、ダグラス!!」
 その時になって、ダグラスはようやく、抱き付いてきたのがエリーであるのに気がついた。
「そうだ。お前の勝ちだ。見事だ、ダグラス」
 上体だけを起こしたエンデルクが、静かに言った。そして、剣を杖にして立ち上がる。
「勝ち名乗りを上げるといい。観客と、お前を応援してくれた者たちに応えてやれ」
 しかし、ダグラスが何かする前に観客席の観客がドッと押し寄せてきた。
「わ、わ、ダグラス〜〜!!」
「エルフィール!!」
 ダグラスが、人垣の向こうで呼んでいるのは分かったが、しかし人波にのまれて、エリーはどんどん離れていってしまった。気がつくと、闘技場の入り口にいる。
「あはは。はぐれちゃった……。でも、せっかくだから……」
 もう一度闘技場にはいる。今度は、観客席の最後列へ行った。ちょうど、国王からダグラスへ、優勝杯が手渡されるところだった。
「よかった。ダグラスが優勝できて……。よ〜し、私も頑張るぞ〜」
 その日は、遅くまで街は大騒ぎであった。



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