「・・・被害は以上です。当面、イザーク王国の監視のための部隊を駐留させること となると思いますが、それ以外については本国への撤退の準備を開始してよろしいと 思います」 報告を受けているのは、流れるような美しい金髪の持ち主だった。その動作一つ一 つに、光が纏っているような錯覚すら覚えさせる。 グランベル王国第一王子、そして王太子であるクルト王子。今回の、イザーク遠征 軍の総司令官でもあり、また光の神魔法ナーガの継承者でもある。外見からは想像で きないほど強力な魔法を使うことが出来るのだ。 実際、この戦いにおいてクルト王子はその神の力、とすら云われているナーガの力 を振るい、グランベル軍を勝利に導いた――とはやや誇張があるにしても事実の一端 は含んでいるだろう。実際、彼がナーガをもってイザーク軍の攻撃を持ちこたえなけ れば、グランベル軍は瓦解していた可能性があるのだ。 「分かった。駐留させる部隊については被害の比較的軽微であったフリージ、ドズル 両軍から選ぶように両公爵に伝えよ。その他の部隊は本国への帰還準備に取り掛かれ」 「はっ」 兵士は踵を返して素早く天幕から出る。兵士が出て行った後も、天幕の入り口を覆 う布が、イザークの乾いた風に煽られて時折外を覗かせていた。 そとはもう陽が落ちていて空の色は闇に変じている。ただ、完全な闇ではない。最 後の太陽の残り陽が空を赤黒く染め上げていたのだ。それは、同時に血の色を想起さ せる。 「業深きはわが身なり、か。後世、この戦いがどのように評価されるのか・・・」 発端は確かにイザークに非があった。だが、だとしてもここまで完全に滅ぼす必要 があったのか、と考えると疑問である。あるいはイザークが早々に降伏してくれれば こうもならなかったのだろうが、あの勇猛果敢なイザーク人が降伏する様など、想像 も出来ない。だとすれば、もはや最初の激突の時からこれは避けられぬ運命だったの だろうか。 「・・・王自らが姦計を用いるなどしなければ・・・」 戦端が開く前、イザーク王マナナンは、謝罪の使者として、ごくわずかな共を伴っ てグランベル軍の陣を訪れた。だが、これは王自身が、クルト王子をはじめとしたグ ランベル軍の主要人物を暗殺せんとした策略であったという。 用心のため、と先に面会したフリージ公レプトールが突然攻撃を受け、レプトール は已む無く反撃をしてマナナンを殺害した。結局、クルトはマナナンと相対すること はなく、そして和平の可能性も失われたのである。 その後、ソファラの戦いでクルトはマナナンの息子であるマリクル王子と直接戦っ た。 正直、よく生きていられた、と思う。 かの王の実力の前に、バルド、トード、そしてヘイムの力を持つ三人の聖戦士をし て圧倒されたのだ。彼を倒したのは、背後からの不意打ち、というおよそ正々堂々と 呼べる手段ではない方法だ。だが、それよりもクルトには気にかかることがあった。 マリクルが自分に攻撃してくる時の言葉。 『我が王を謀殺しておいて今更何を言う』 その後、彼の圧倒的な力の前に、その内容を問い質す暇すらなく、結局彼を殺して しまったが、確かに彼は『謀殺』といったはずだ。だがマナナン王は卑怯にも和平の 使者を装って自分達を殺そうとしていたはずだ。あれで殺されていたら、こちらが 『謀殺』されていたはずだ。 なによりあの時マナナン王は神剣を持っていなかった。つまり、生きて帰るつもり がなかったということである。ならば、自分を含めた指揮官が倒れた後にマリクル王 子が軍を率いてグランベルを攻撃するつもりだったのだ。 ずっと、そう考えていた。 だが。 よく考えてみれば、奇妙なことがいくつもある。なにより、あの誇り高いイザーク の民の王ともあろう人物が、そのような下策をとるのか。それも考えにくい。 もし、これが何者かの謀略だとしたら。 それは許されざることだ。なんとしても真実を突き止めなければならない。グラン ベル王国は、確かにユグドラル大陸最大の国家であるが、正義を振りかざせる存在で もなければ、絶対の存在でもない。 もしこれがグランベル側の謀略――もし真に謀略であるとしたならば首謀者もほぼ 分かっている――ならば、その償いもできる可能性が幸運にも残されてくれていたの だ。 報告によれば、エバンスの城主となったシアルフィ公子シグルドの元に、マリクル の妹姫アイラと、マリクルの息子、すなわち王権の継承者であるシャナン王子がいる という。元々、イザーク王国を完全に滅亡させるつもりなど、クルトにはなかった。 なれば、彼らを保護し、そしてこの地に再びイザーク王家の旗を揚げさせてやっても よい。そうすれば、聖戦以来なぜか結ばれていなかったイザークとグランベルの国交 を結ぶことも出来るだろう。それは、戦争などより遥かに有益な、そして意味のある 行為のはずだ。 「殿下」 声と同時に、不規則にはためいていた入り口の布が上げられる。軍装ではあるが、 鎧は纏っていない。グランベル王国宰相にしてフリージ公爵でもあるレプトールであ る。半ばトレードマークとなっている片眼鏡に布があたって落ちそうになるのをかけ なおしつつ、「失礼します」と言って入ってきた。 「どうした、レプトール」 クルトはいずれグランベル王となるべき人物であり、現在、実質政務の全てを統括 している。レプトールは宰相の地位にあるが、だがその権限は年々縮小されている。 代々肥大化していた宰相の権限を、クルトが縮小していっているのだ。 先代の宰相であったドズル公などは、その強大な権力を振りかざし、王すらも下に 見ていたという。クルトはそれを嫌い、親政を行うと同時に、宰相の権力を縮小して いったのだ。レプトールとしては、当然面白くない。だが、だからといって、彼が一 公爵であり、クルトが王子である、という絶対的な立場の違いがある以上、あまり強 く出れないし、また、今回の戦いではフリージ軍もよく働いていた。実際、あのマリ クル王と戦った時は、レプトールも危うく殺されるところだったのである。 「さきほどゲルプリッターを当面の間イザークに駐留させると聞きましたが・・・」 「不服か?」 ゲルプリッターはフリージ公国の誇る雷魔法を得意とする者たちで構成された騎士 団である。ゲルプリッターに限らず、各公家の騎士団は公爵直属の部隊であり、例え クルト王子の命令でも、公爵を通さなければ動かすことは出来ない。その意味では、 国軍というより、各公家の私兵とも言える。 これをイザークに残す、ということはフリージ公の力を殺ぐ、という意味もあるの だ。 もっとも、フリージのゲルプリッターとドズルのグラオリッターは、此度の戦いに おける被害が極めて軽微であったのだから、この役目は当然といえば当然でもある。 だが、グランベル国内での力関係を考えると、フリージ公としては承服しかねるかも しれない。 というよりもクルトは、これによって彼らがどう出るかで、今後の国政の舵取りを 占おう、という心積もりもあるのだ。 「とんでもございません、殿下。事実、我らの軍が駆けつけるのが遅く、殿下やバイ ロン卿を危険にさらしたのは事実。その償いの意味でも、我らがこの地に留まり、安 定をはかるのは当然でしょう。慎んで、拝命いたします」 クルトはちょっと呆気にとられてしまった。こうもあっさりとレプトールがゲルプ リッターを手放すことを認めるとは思わなかったのである。 「ならば、それはよい。貴公自身が残るのか、それは好きにするがよい」 「御意。なれば、我が息子ブルームを置いていこうと思います。もう軍を指揮する経 験を積んでも悪くはないゆえ。よろしいでしょうか?」 クルトはブルームを思い出してみる。士官学校は優秀であったはずだ。また、トー ルハンマーを継承する資格をもつという。地位や身分を考えても、妥当な選択だ。 さすがにレプトール自身がイザークには留まらなかったか、と思ったが、いくらな んでもそれはしないだろう。 「ランゴバルト卿は?同じ命令を出しているはずだが」 するとレプトールは、必要以上に恭しく礼をすした。その挙動には、なぜか不快感 すら感じられる。 「彼も息子のダナンにグラオリッターを任せ、この地の安定をはかる、とのことです。 全ては殿下の御意のままに」 バーハラにあって堂々と『反王子派』などと名乗っていた両公爵が、こうも従順だ とかえって気味悪さを感じなくもない。だが、なにか策謀があるとしても、今なにか 有効な手があるとは思えなかった。 「それならば、よい。他には?」 「いえ。我らの意向を伝えにきたまでです。では殿下。ごゆっくりお休みください」 レプトールは再び恭しく頭を垂れると、天幕から出て行った。 月明かりのせいだろうか。優しさを感じさせる風が天幕の中を吹きぬける。ふと、 ある懐かしさを覚えてクルトは天幕の外に出た。 いつのまにか外は、月明かりによって不思議な色の光景を見せている。 乾いた大地が優しい銀色に染まっていた。その色は、クルトの遠い記憶を喚起させ る。薄い紫色にも見える、銀色の輝き。儚げで、抱きしめてしまえば壊れてしまいそ うな、そんな、女性の記憶を。 「シギュン・・・」 余人から見れば、背徳以外の何者でもないだろう。それでも、あの時自分はこの世 界の全ての罪を被ってでも、ただ一人を欲した。それほどに強く、そして狂おしく欲 したのだ。だが、その結末は、自分以外のすべてを不幸にしてしまった。 「私は・・・まだ忘れられそうにない・・・。王者としてあるまじきことなのだろう が・・・」 もう三十八歳にもなるのに、いまだ妻帯しないことに、父王はもちろん、バイロン やリングも心配していた。しかし、彼らは自分が妻帯しない理由を知っているだけに、 あまり強く言っては来ない。それに甘えて、これまで我が侭を通してきたが、もう限 界だろう。今回のような戦いが、またないとは限らない。そして、自分が生き延びれ るとも限らないのである。 王として、光の力の後継者としての責任を、これまで政務に精励することで果たし てきたつもりだが、やはりそれだけでは認められない。 正直、今誰か女性を娶るとしても、かつてのように強く愛せないだろう。だが、そ れも仕方がない。あるいはそれが、自分に課せられた罰かもしれないのだ。 「全ては我が罪・・・。なれば償うべきは私自身をもってしてであろうな・・・」 風が、優しく吹き抜けた。
グラン暦七五八年。一年以上にわたったイザーク戦争は終結し、ドズル公子ダナン 率いるグラオリッター、フリージ公子ブルーム率いるゲルプリッターを残して、グラ ンベル軍は帰国の途に就いた。長かった戦いも終わり、全ての兵士が、ようやく国に 帰れることに喜んでいる。 しかし。 絶望の時代は、まだ多くの贄を欲し、その獰猛なる牙を剥き出そうとしていたので ある。
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あれ?主役(バイロン)がまたいない。しまった(汗) まあご愛嬌ご愛嬌。どうせバイロンのファンなんていないだろうし〜(暴言) とりあえずやっとこさ撤退開始。でもまだリングとかランゴバルトとかアンドレイとか出てこなきゃいけないキャラクターがまだ出てないよ〜。ヤバイ。とりあえず次で登場願おう、うん。 クルト王子、こう書いちゃなんですが、私、好きじゃないです。なんせこいつがいなければこの不幸な戦乱は起きなかったんですから。というか。シギュンとどーこーはいいとしても、素直に妻帯して、王子がいれば、きっとアルヴィスも簒奪とかまで考えなかっただろうし。というかそれ以前に態度がはっきりしてなかったから漬け込まれたんじゃないかな、とか。 まあ言いたい放題ですが、実際顔だけ良くてもね〜、とか。実はかなり嫌いなのかもしれない、私 とりあえず次から本番。皆殺モード(鬼)発動予定なので期待して♪(誰が) とりあえずグリューンリッター壊滅は決定事項〜(^^; |