光墜つ・第五幕



 にわかにあがった鬨の声は、あまりにも近くからであった。暗闇の中で、突然湧き

上がる声に、シアルフィの兵とグリューンリッターは何事かとざわめいた。

「敵襲か!?」

「敵襲って、一体どこの?!」

「勘違いじゃないのか?!」

「いや、第一部隊がすでに壊滅したという話も来ている!!」

 情報のあまりに少ない状態では、判断も何も出来はしない。そして、本来判断を下

すべきシアルフィの指揮官達も、このときばかりはあまりの情報の少なさゆえに、判

断を下せないでいた。

 

「それで、状況は」

「残念ながら、ほとんど分かっておりません。攻撃を受けた部隊との連絡はすでに取

れなくなっています。また、クルト王子率いる本隊、およびユングヴィの軍との連絡

もつきません。幾度も伝令を走らせてはいるのですが」

 シアルフィ軍の指揮官であるバイロンは、内容のほとんどないと言うしかない無意

味な報告を受けて、苛立つ自分を抑えるのがやっとだった。代わりに、スサールが伝

書使に下がるように命じる。

「おのれっ、一体何がどうなっている!!」

 戦場での戦いであれば決して取り乱すことのないバイロンだが、全く予期していな

い、このような状況は彼自身初めてである。だが、すぐに落ち着きを取り戻していく。

「スサール卿。貴卿はどう見る?」

「イザークの攻撃とは考えられなくもないですが、おそらく違うでしょう。彼らが、

こうも早く軍を立て直して来れるとは到底考えられません」

 スサールは一度そこで言葉を切る。その先は、彼自身言うのが憚られるのだ。だが、

バイロンは黙ってその先を求めた。スサールは重苦しくその唇を動かし、続きの言葉

を紡ぎだす。

「恐れながら、それだけの軍、一朝一夕で現れるものではありませぬ。とあれば、こ

の地に存在している軍は、我らグランベル軍のみ。おそらく、これは我がシアルフィ

以外のいずこかの軍が、我らを攻撃しているとしか思えませぬ」

「やはり、そう考えるしかないか」

 バイロン自身、それしか可能性がないことは分かっていた。そして、だとするなら

ばその相手ももう容易に想像がつく。

「まさか、このような手段を講じてくるとは思いもせなんだわ。いや、我らが甘すぎ

たのか」

 バイロンはそう言うと立て掛けてあった聖剣をとり、ベルトに固定した。

「このままむざむざと我が軍がやられるままに任せる道理はあるまい。とにかく、一

度敵軍――いや、ドズルとフリージの軍列に対して、真を問うこととしようぞ」

 バイロンは天幕を出ると、侍従たちが引いてきた愛馬に跨った。スサールもそれに

続く。

 その遥か向こう側では、今も戦いの怒号が響いていた。

 

 その戦いが起きるより少し前。

 グランベル軍の本陣の、ひときわ大きなテントに、二人の人影が入っていった。入

り口には見張りが立っているはずなのだが、彼らはだらしなく眠ってしまっている。

「・・・誰だ?」

 入ってきた人の気配に、豪奢な天幕のベッドの上から体を起こしたのは、グランベ

ル王国の支配者たる人物であった。

「シアルフィのバイロン卿が、クルト王子に対し奉り、暗殺を企て、そして軍をもっ

て我らを攻撃しようとするそうです、殿下」

 入ってきた人物を見て、クルトは少なからず驚いた。それは、この陣にはいないは

ずのレプトールとランゴバルトだったのである。

「何をバカなことを・・・バイロンがそのようなことをするはずが・・・」

 そこまで言ったところで、クルトは二人の出で立ちが完全な武装状態にあることに

気が付いた。しかも、神器を持っている。

「いえ。事実でございます。そして、バイロン卿は殿下の側近達を魔法で眠らせ、殿

下を暗殺せしめたようです」

「貴公ら、一体何を・・・」

 そこまで言ったところで、クルトははっと悟った。人の気配のしない陣。そして、

二人の出で立ち。

「・・・そうか。そういう筋書きか」

「御意」

 あくまでも二人は恭しく振舞っている。だが、今やろうとしていることは。

「私を、殺すつもりか」

「ご理解が早くて助かります、殿下」

 レプトールは恭しく頭を下げる。

 だが、その後のクルトの行動は、二人を少なからず驚かせた。

「好きにするが良い。どうせ、命乞いをしても無駄であろう?」

 クルトはそう言うと静かに目を閉じる。その、あまりにも潔い態度は、逆に二人の

不信感を煽った。

「何をお考えです、殿下」

「・・・何も考えておらぬよ。おぬしらの真の目的は分からぬが、それはもう私には

関係ない」

 レプトールは一瞬、空恐ろしさすら覚えた。この王子は一体何を考えているのか。

これから殺されるというのに、この潔さはなんなのか。それがさっぱりわからない。

「レプトール卿、何を躊躇う。我らは迷う必要など、ないはずだ」

 さすがは武人、というべきか。ランゴバルトは一振りの剣を取り出すと、その切っ

先をクルトに向けた。

「殿下。最期に何か言い残すことはありますかな?」

「ない。仮に言い残したとて、おぬしらが私の最期の言葉を聞いているはずはないの

だからな」

「そうですな」

 ランゴバルトはそう言うと、躊躇なく剣を突き出した。白銀の切っ先が、クルト王

子の白い夜着と彼の肌を貫き、半瞬遅れてそれらが紅く染まり、さらに半瞬遅れて彼

の唇から同じ色の液体が溢れ出す。

 ――シギュン、これで私は、君に逢えるのだろうか――

 それは、言葉ではなく願い。誰に語られることなく、ただ密やかに。永遠の想いを

込めて。

 彼が最期に見たものは、剣の切っ先ではなく、懐かしい、紫銀の髪の女性の幻影で

あったのかもしれない。

 剣が引き抜かれると、クルト王子の体は、まるで壊れた操り人形のようにそのまま

ベッドに倒れこんだ。

「・・・死んだか」

 レプトールが言うと、ランゴバルトは倒れたクルト王子の体を検める。

「うむ。さて、陣に戻らねば。いつまでも眠りの魔法が聞いているわけではないから

な。我らがここにいることを、見られるわけにはいかぬ」

「そうだな」

 静寂に包まれた陣を、二人はそれぞれの方角へ馬を進める。新たなる野望と、そし

て自らの栄達のために。

 

 ――クルト王子が暗殺された――。

 この情報はまさしく風のごとき迅さで、グランベル軍全軍に広まっていった。

 犯人はクルト王子の本陣の周辺の者を魔法で眠らせ、そしてクルト王子を害したの

だという。そして、やや遅れてその犯人の名が、噂という形で広まっていく。

 シアルフィ公国公主バイロンとユングヴィ公国公主リング。さらに、シアルフィ公

国は全軍を挙げてドズル、フリージ両軍への攻撃を開始したらしい。しかし、その事

態を察知していたランゴバルト、レプトールの両卿は、密かにイザークよりグラオリ

ッター、ゲルプリッターを呼び寄せていて、それにより被害は最小限に抑えられ、攻

撃をかけてきたシアルフィの軍は壊滅したという。

 ユングヴィの軍は、リング卿の息子アンドレイが掌握し、直ちにレプトール、ラン

ゴバルトの両卿に恭順する旨を伝えてきたが、シアルフィの軍はなおもドズル、フリ

ージ両軍を攻撃しているらしい。

 この事態に至り、レプトールは暗殺されたクルト王子に代わり、グランベル王国宰

相の権限でグランベル軍全軍を掌握、バイロン、リングの両卿をクルト王子暗殺の首

謀者と断定、さらにシアルフィ軍を逆賊として征伐することを決定する。ユングヴィ

軍、およびバイゲリッターは、クルト王子暗殺に際し、責任の追及がありうるためフ

リージ軍の監視の元、全軍が凍結された。ただ、公子アンドレイがそのまま指揮権を

継承したため、さしたる混乱はなかったようだ。

 そしてヴァイスリッター、グラオリッター、ゲルプリッターおよびシアルフィ、ユ

ングヴィ以外の全軍は、シアルフィ軍を包囲殲滅せんとしていた。

 しかし。

 これらの情報は、シアルフィ軍には全くもたらされていなかったのである。

 

 グラン暦七五八年。イザークのダーナ襲撃に始まった陰謀は、グランベル軍のイザ

ーク遠征の帰路、ついにその姿を見せ始めた。

 混乱する戦場の中、ユグドラル大陸史上、もっとも凄惨な殺戮が、今始まろうとし

ている。




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ちょっとだけ後書き
 とりあえずクルト王子暗殺、と。彼は結局いつかはこうなったんじゃないかなあ、とも思うのですが。なんせ全ての元凶だし。つ〜かこれだって責任放棄してさっさと死んでいるだけ。お前も責任ある立場ならもうちょっと抵抗せんかい!!アナベル市長(幻水2)の方が何百倍も指導者らしかったぞ!!
 って抵抗させなかったの私か(爆)
 ゲームではグラオリッターによる騙し討ちでグリューンリッターが壊滅したことになっていますけど、実際ほぼ一兵も逃さずに全滅させないとこの作戦ってヤバイでしょう。だってバイロンは一度もクルト王子の本陣なんて行ってませんし。一般兵士の証言はもとより、騎士の証言は無視できないでしょうから。そうなると確実に皆殺し、と。ならばほぼ全軍を挙げてシアルフィ軍を壊滅させないとね♪ケケケケケケ(邪悪)
 いよいよ次は大殺戮大会、本番です(鬼畜)
 どうでもいいけど、これで『皆殺しののらん』って異名ついたらどうしよう・・・。そしたら開き直るかな(爆)
 だってこういうの、書いていて楽しい・・・(外道)