光墜つ・第十一幕



「急げ!早く装備を確認して、中央広場に集合だ。バイゲリッターが出たらすぐ俺達

も出撃するんだぞ」

「い、一体何が来たんだ」

「反乱軍だよ。ほら、シアルフィの公子。あれが、シレジアからグランベルに攻めて

来たんだ」

「反乱軍?でも、このリューベックの軍だけで撃退できるのか?」

「だからバイゲリッターも出撃しているんだ。俺達は、その援護だよ」

「あ、そうか。でもバイゲリッターが出るなら、大丈夫だよな。シグルド軍って寄せ

集めって聞いたぜ」

「それに、ランゴバルト様の持つ聖斧スワンチカには、誰も勝てやしねえよ」

 急に騒がしくなってきた城内の様子は、無論バイロンにも届いていた。

 断片的に聞こえてくる会話から、大体の状況は察することが出来る。そして同時に、

自分がこれまで生かされていた理由に、バイロンは気付いた。

「だとすれば・・・なんとしてもここを出なければ・・・」

 このままでは、自分が人質にされてシグルドは手出しできないだろう。自分のこと

など気にするな、といってそうできるような息子でないことは良く分かっている。そ

の優しさは、非常に尊いものだが、この場合、それが足を引っ張ってしまう。

 嫌な時代だ。優しさが仇になるような時代は、どこか間違っていると思う。

 だが、今それを言っていても仕方がない。

 それに、なんとしても息子に聖剣を渡さなければならない。あの剣でなくては、ラ

ンゴバルトの持つスワンチカに対抗など、到底出来はしない。

 しかし、どうやって。

 しばらく考えていたが、バイロンにも他に方法が思いつかなかった。幸い、これま

で常に三人はいた兵士が、今は一人である。

「・・・この年になって、芝居をするとはな・・・」

 

 ガン、という大きな音を聞いたのは、ちょうど牢獄を見回りに来ていた兵士であっ

た。

 他の兵士はもういない。すでにほとんどが装備を整え、中央広場に集まっているは

ずである。

 ただ、もうすぐランゴバルトがここの囚人――彼はここにいるのが誰かは知らない

――を連れ出しに来るという話だ。だが、そこで大きな音がしたので、彼は驚いての

ぞき窓から中をのぞく。

 そこには、倒れて動く気配のない囚人が倒れていた。よく見ると、薄暗い壁の一面

に、黒く染みのついたようなあとがある。彼の記憶では、前回彼がここの見張りを受

け持ったときはそんなものはなかった。よく見ると、血に見えなくもない。かすかに

流れているようにも見える。

「ま、まさか・・・」

 彼は慌てて扉を開けようとした。

 ここの囚人は、なんとしても生かしておくように、と厳命されている。

 そのため、食事などに使う食器にも細心の注意を払っていた。

 ガチャ、と鍵の外れる音がして、彼は急ぎ扉を開けた。よりによって、自分が見張

りをしているときにそんな事をしなくても、と恨みたい気分でいっぱいで、細かいと

ころまで観察する余裕などない。だが、彼の不幸はその直後に本当に訪れた。

「あがっ・・・・!」

 扉を開けた瞬間、彼の意識は一瞬で闇へと落ちた。かすかに、頭部に痛みを感じた

が、その感覚すら遠くなる。

「・・・悪いな。だが、わしとてこのままむざむざとシグルドの足手まといになるわ

けにはいかぬのでな」

 バイロンは手早く自分のまとっていた上着を、倒れた兵士にかぶせると鍵を奪って

すぐさま外に出た。一応鍵をかけなおす。

 長い虜囚生活で、すっかり力は削ぎ落ちてしまっているが、まだ歩くことは出来た。

 状況を察するに、自分の脱獄などすぐ露見するだろう。ならば、その前に脱出する

必要がある。だが、なんとしても持ち出さなければいけないものがあった。

「ランゴバルトのことだ。城主の部屋にある・・・だろうな」

 多分ランゴバルトは、バイロンが逃げ出したのに気付いたら、すぐ出入り口を閉鎖

するだろう。また、城内にはともかく場外に出る道にはおそらく兵が溢れているだろ

うから、こっそり出るのは至難の技だ。歩いてならともかく、一刻も早くシグルドに

聖剣を渡さなければならないことを考えると、なんとしても馬で逃げなければならな

い。そのためにも、なんとしても必要なものである。

 バイロンは人に見つからないように、城内を、上階へと上がっていった。

 

「な・・・こ、これは・・・」

 見張りの兵がいないことで不審に思いはしたのだが、まさかバイロンが逃げ出して

いるとは思わなかった。この場合、目の前の気を失った兵を責めて見つかるものなら

そうしたいのだが、そういうわけにもいかない。

 無論、バイロンがいなくなったとしても、シグルド軍に負けるとは思えなかったが、

だがアンドレイが勝ちは動かない、と見たシレジアの内乱をひっくり返したのは、間

違いなくシグルド軍だ。その力は、決して侮れないものがあるといえる。

 また、国境の部隊からの連絡では、シレジアの王子が同行しているという。もしそ

れが、風の神魔法フォルセティを継承している王子だとしたら。とてもではないが、

スワンチカだけで対抗できるかどうかは分からない。数々の伝承にある、フォルセテ

ィの恐ろしさをランゴバルトも良く知っていた。

「とにかく通用門に至るまでの全ての出口を封鎖、また出て行ったものがいないかど

うか、直ちに調査させろ」

 ランゴバルトは手早く命令すると、軍の出撃を早めるよう命じた。最悪、バイロン

がシグルド軍と合流する前にシグルド軍を撃破してしまえばいいのである。

 その頃、バイロンはどうにか城主の部屋の前までは来ていた。だが、さすがにここ

には見張りの騎士がいる。他に出口はないし、どうやっても見られずに突破できると

は思えない。

 一応自分の手元には途中の武器庫らしき場所で拾ってきた剣があった。グランベル

一般兵の制式装備だろう。バランスは悪くない。切れ味はさほど期待できそうにない

が、振るう分には問題はない。

 だが、自分の状態には十分問題があった。

 正直、歩くだけでもかなり辛い。まして、戦闘行為のような、素早い動きなど、一

瞬できるかどうかだ。

 かつての自分であれば、並の騎士二人など、物の数ではないのだが、今はそういう

わけにはいかない。

 それに、気付かれないようにするためには、ほぼ一瞬で二人を屠る必要がある。

「・・・もともと、ないも同然の命、か・・・」

 あまり迷っている時間もなかったし、また選択肢がないのも事実であった。どうせ

動けるのは一瞬で、与えられている時間も一瞬であるなら、問題はない。失敗したら、

それが天命なのだろう。

 意を決すると、バイロンは文字通り矢のように柱の影から飛び出した。さすがに、

いきなり斬りかかられるなど予測もしていなかった騎士は、完全に反応が遅れ、まだ

剣の柄に手をかけた状態であった。そこに、バイロンの手から剣閃が走る。

 一人の喉が完全に切り裂かれ、ひゅーひゅーという空気が洩れる音と共に、崩れ落

ちた。だが、その間にもう一人が剣を抜く。

 バイロンはもう一人に連続的に斬りかかった。叫びを上げさせる暇すら与えてはな

らないのだ。

 騎士は必死に受け止めている。やがて、バイロンがあっという間に疲れが来て動き

が鈍っていく。そして騎士の方に余裕が出てきて、まだ劣勢であるが助けを呼ぼうと

口を開けかけたところで、突然騎士は後ろに倒れた。先に倒された騎士の剣の鞘に、

足が引っかかってしまったのだ。

 倒れた方は偶然を呪い、斬りかかった方は偶然に感謝した。

 直後、肉を切り裂く音と共に、断末魔すらない死がもたらされた。

「・・・すまぬな。恨むな、とは言えんが・・・」

 バイロンはそれだけ言うと、一応部屋の中の音を聞いたあとに扉を開けた。予想通

り、誰もいない。その壁に、懐かしい剣の姿があった。

「ティルフィング・・・。すまぬな。わしが不甲斐ないばかりに」

 剣を取り、鞘を腰のベルトに固定する。そして、剣を抜き放ったが、バイロンには

とてつもなく重く感じられた。

「・・・やはり、もう我が力ではこの剣を振るうことは出来ぬか・・・」

 剣の宝玉から、すでに光は放たれていない。それは、バイロンの中に眠る聖戦士の

力と、聖剣が呼応していないことを意味する。予想はしていたのだが、やはりその現

実は辛かった。

「だが、シグルドならば扱えるはずだ。なんとしても、シグルドにティルフィングを

渡さなければ」

 バイロンは急ぎ部屋を出ると、地上階まで降りていく。庭に通じる道は、意外にも

誰もいない。

 見回してみると、厩舎が見え、何頭か軍馬がいた。周りには、やはり人影はない。

 ふと、バイロンはリューベックの構造を思い出して納得した。この辺りは崖に面し

ているため、出入り口がない。だから、この辺りは見張られていないのだろう。だが、

壁の向こう側には、馬一頭くらいは通れるだけの幅は十分にあったはずだ。

 とりあえず厩舎に近付いたが、人の気配はない。馬達は突然現れた人間を不思議そ

うに見ているが、さすがに騒ぐ様子はない。

 バイロンはその中でももっとも丈夫そうな馬を選び、手綱を柱からはずして引っ張

った。さすがによく訓練されているだけあって、突然嘶いたりすることもない。バイ

ロンはその様子を確認すると、そのまま手綱を引っ張り、出来るだけ見通しのきかな

い城壁の方に行く。

「いかにわしでも、もはや軍を突破してこの城を出ることは出来ぬ・・・。なれば・

・・」

 バイロンは連れてきた軍馬を少し後ろに下がらせ、聖剣を抜き放った。

「ティルフィングよ・・・。我に、最後の力を・・・我が命と引き換えに、最後の力

を!」

 聖剣の宝玉がにわかに光を放つ。そして、バイロンの体にも力が湧きあがってきた。

ただしそれは、蝋燭が燃え尽きる最期の輝き。

「おおおおおお!」

 雄たけびと共に、バイロンは聖剣を振り下ろす。ドン、という大きな音と共に、城

壁が完全に破壊され、通り道が出来た。その力は、本来のティルフィングの力よりも、

遥かに大きい。それが、バイロンに残された最期の力であることは、バイロン自身が

分かっていた。

 すでに完全に光を失った聖剣を鞘に納めると、バイロンは素早く軍馬にまたがり、

鞭を入れる。馬は、一度小さく嘶いてから、その穴を抜けて駆け出した。

 ややあって、その穴の城内側に、先ほどの轟音を聞きつけた兵士達が集まり、自分

を指差しているのが見えた。

 だが、すでにバイロンに出来ることはもう何もない。あとは、なんとかシレジア方

面から来るというシグルドと合流するだけだ。

 よく訓練された軍馬は、一度方向を指示しただけで、あとは勝手に新たなる指示が

あるまで駆け続けてくれる。その馬の背で、バイロンは馬首にもたれかかるように倒

れていた。

「シグルドよ・・・。私はまだ死ねぬ・・・。お前にこの聖剣を渡すまでは・・・」




第十幕 後書き

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ちょっとだけ後書き
 よ〜やく終わった・・・。結局十一幕ですか。もっとも一幕あたりは従来の一話の三分の二くらいしかないので、実際にはもっと短いですけどね。でもさすがにそこそこの長さだなあ。実はまともに連載を完結させたのは初めて・・・。ひどいものですね(オイ)
 とりあえず決めてあったのはティルフィングで城壁を破るバイロン。というかこれがやりたかったというか。このあと、バイロンがどうなるか、なんていうのはゲームをやられた皆様なら良くご存知でしょう。だからこんな場所で切るのです。書く必要もないですしね〜。
 さて、とりあえずFEネタの一つは吐いた、と。再開時にここ知らない人にはいきなり新しい連載が完結しててお得な感じかも(←死ね)