姫様達の狂想曲 2



 風が気持ちがいい。高いところが苦手な人ならば、目を回しそうな空の上に、一頭の飛竜が風を切り裂いて飛んでいる。その上には少女が二人。一人は淡い薄紅色の長い髪をなびかせ、もう一人はこげ茶色の髪をなびかせている。
 無論、先ほどリボー城で騒ぎを起こしたリボー公女ミリーと、トラキア竜騎士団長ディーンの娘レンティーナの二人である。
 二人とも年は十四歳。レンティーナの両親とミリーの母親はかつて共に戦ったことがあり、それでお互いのことは知ってはいた。だが、会うことがあったとしても、それは王宮などでであり、まさかその時は、二人ともこのような形で遊びに行くようになるとは思ってもいなかった。
 しかし二年前、ミリーがいつものように城を抜け出して、イード砂漠のオアシスの町まで遊びに――片道馬でも五日はかかるはずの距離なのだが――行った時に、偶然レンティーナと出会ったのである。レンティーナもまた、同じように愛竜ターティエで遊びに出ていたのだ。もっとも、十二歳の子供が「遊びに」行く距離ではないのだが、幼い頃から外見に似ず飛竜に慣れ親しんでいるレンティーナにとっては、どうという距離ではなかった。そうでなくても、なぜか――必然というべきだろうか――野外で生活する術だけはやたら上手になっていたのだ。
 どにかくばったり会った二人はその場で意気投合し、以後は二人でいつも出かけている。そして、今回もレンティーナがミリーを迎えに来たというわけだ。ミリーも乗馬は得意で、一人で出かける――旅に出るという表現の方が正しいかもしれないが――時は馬を使っていたが、飛竜の方が遥かに移動範囲が広い。また、行動力のあるミリーが一緒に行くようになったことで、二人の移動範囲は大幅に向上したのである。これが親たちにとっていいことか悪いことかは別だろうが。
「今回はどこに行きましょうか、ミリー」
 とりあえず西に向けているのは、単に他に行く方向がないからだ。強いて言えば南に行ってトラキア半島を回る手もあるが、下手をするとレンティーナは手配が回っている可能性もある。北と東はイザーク王国だから、ミリーが捕まる可能性がある。というわけで西に向かうことになるわけだ。
「あのね、シレジア行こう♪ まだ行ったことないし、それにシレジアの夏ってすっごい綺麗だって言うじゃない」
「そういえばそうですね。じゃ、決定〜♪」
 レンティーナはそういうと手綱を少しだけ操って、飛竜の速さをあげる。風が少女達の髪を舞い上げたが、すこし汗ばむような陽気の下では、その風が心地よい。二人は飛竜の上で、ミリーが持ってきたお菓子を食べながら、陽が落ちそうになるまで飛びつづけ、そして夕方になると人目につかない場所を探して地上に降り、野宿をして夜を明かす。ミリーが木の実を集めてきたり、魚を採ったりしてきて、それをレンティーナが調理する。二人の本来の身分を考えれば、こんなことをしていたら卒倒する人がでるかもしれないが、二人とも手馴れたモノである。
 お腹が膨れたらそのままターティエのそばで寝る。見張りは立てないが、実際盗賊などは飛竜などに近寄ってくることはない。それに、二人ともなれたもので、妙な気配がしたらすぐに目が覚める。また、ターティエも警告を発してくれる。そして、彼女らは外見は確かにまだ幼いが、レンティーナは強力な光の魔法を使いこなすことが出来る、ミリーは魔法も剣も扱えるのだ。並の相手どころか、実は一級騎士でも互角以上に渡り合える。
 時々、体が汚れたのが気になったら、ターティエを隠して街に行き、公衆浴場を使っても良い。ある程度の街には、最低一軒はある。それに、この季節ならば川などで水浴びをしても気持ちがいい。どうせ着替えはそんなに持って来てないのだから、それらを洗わなければならない、というのもある。
 そうして飛び続けて三日目に、二人はシレジア王国に入った。街道などでは検問もあるのだが、空を行く二人にそんなものは意味がない。ただ、このシレジアは天馬騎士がいる。さすがに、自分達の身分はあるていど認識はしている。迂闊に捕まるような事態になっては、国に送り返されるだけではなく、下手をすれば侵犯の問題も起きる。その程度のことは、二人にも分かっているのだ。
 とりあえず二人はシレジア領に入ってから、ターティエを降りた。ここから先は、人里もあるから飛竜は使えない。本当はシレジアの空を飛竜で飛びまわってみたいが、それはさすがに公式に訪問した時の楽しみにするしかない。
 二人は飛竜を降りると、ターティエを見上げた。
「じゃ、ターティエ。四、五日くらいしたら呼ぶから、お願いね」
 レンティーナがそういうと、その言葉を理解したようにターティエは一度嘶き、それからレンティーナとミリーに顔を摺り寄せてくる。
「あ、こら、くすぐったいってば」
「四、五日なんてすぐだから、ね?」
 しばらくそうやってじゃれていたが、やがてターティエは名残惜しそうに飛び立ち、そして東の空に消えた。時々、一体いつもどこで時間を潰しているのだろう、とは思うがとりあえずいつもちゃんと来てくれるし、近隣で飛竜による悪い噂話も聞いたことがないから、二人はとりあえず安心はしている。
「さて、と。どちらに行きましょうか、ミリー」
「とりあえずさ、少し先に道が見えたから、そこからどっちかに行けば村とかあると思うよ」
 そういうとミリーは歩き出す。すぐにレンティーナも続いた。
 道に出た二人は、そこでミリーの持っていた剣を地面に立てて……倒れた方向に歩き始めた。これで迷わないのだから、奇跡的といえる。実はミリーは以前迷ったことがあるのだが、レンティーナが方向感覚に極めて優れていて、二人で旅するようになってからは、迷ったことはないのだ。
「本当に気持ちいいね、適度に涼しくて、なんか緑も瑞々しいし」
 ミリーはイザーク、レンティーナは南トラキアの出身だ。二人とも、初夏の美しさ、というものとはあまり縁のない場所に住んでいる。それゆえか、なおさらシレジアの夏は美しく見えた。途中から道と平行して流れる小川の水は、シレジアの山々から流れ出しているものなのか、びっくりするほど冷たい。ターティエと別れたのは昼前であり、さすがに陽射しはちょっと暑かったのだが、時々その小川のほとりで休むと、なぜか涼気が体を包んでくれるような気がした。
「本当に綺麗……。兄様とかも、こういう楽しみ、知ればよろしいのに」
 ミリーもレンティーナも、同じ年のマジメな兄がいる。この辺も、この二人が仲良くなる要因であるのだろう。それぞれ兄のことは大好きだが、時々口うるさく思ってしまう。
 しばらくそうやって景色を楽しんでいた二人が、その気配に気がついたのは、あるいは周囲の景色をきょろきょろと見ていたからかもしれない。
「ねえ、今何か聞こえなかった?」
「ミリーにも聞こえたってことは、私の空耳じゃないですね……」
 二人は同じように右手に広がる森に注目する。
 争うような音、それに何かが走る音。そして……
「助けて〜、誰か〜!!」
 今度は聞き間違えようがない。はっきりと二人の耳に届いた声は、助けを求める声だった。声から察するに、自分達と同じくらいの年齢の男の子か。
「レティ!!」
 言うと同時にミリーは走り出していた。鮮やかに跳躍して森に飛びこんでいった。レンティーナが慌てて続く。
 良く似ている二人だが、レンティーナはミリーに比べると――いや、一般的に見てもかなり鈍いほうである。そのため、いきなり木の根っこに躓いて見事に転倒してしまった。
「レティ?!」
「だ、大丈夫です。それより、早くっ」
 ミリーは一瞬躊躇したが、すぐに文字通りネコのように駆けて行く。その後を、ややゆっくりとレンティーナが続いた。
「くそっ、手間取らせやがって!!」
 少しだけ開けたところに出たミリーの目の前には三人の人影があった。
 一人は、自分と同じくらいの年齢の少年だ。近くの村の子供だろうか、質素な服を纏っている。倒れた時に気を失ったのか、転んだまま動かない。
 あと二人は、とりあえず『自分は悪漢です』という名札の代わりを顔に貼りつけたような男だった。年齢は二十歳くらいだろうか。結構鍛えているのか、赤茶けた肌はシレジアでは珍しいかもしれない。ただそれでも、髪の色がライトグリーンなのは、ここがシレジアなんだな、ということを再認識させられる。
 とりあえず、どちらを助けるべきなのかは、見るまでもなかった。
「こらあ!! おじさんたち!!」
 三人はそこでやっとミリーの存在に気付いたようだ。もっとも、一瞬誰のことか分からなかったらしい。確かに、二十歳で「おじさん」といわれても反応する者はあまりいないだろう。
「……な、なんだこのガキは?」
「な、なによお。ガキって。これでももう十四歳なんだからっ」
 平均的な十四歳としては、過不足なく成長しているつもりだったミリーに、この言葉はちょっとカチンときた。とりあえず叩きのめす、と心で決めてしまう。
「おい、面倒だ。このガキも一緒に連れていっちまおう。ガキだが見た目は悪くねえ」
 ミリーには話している内容の意味は良く分からない。ただ、とりあえずこの男達は気に食わない、というのだけは明らかだったので遠慮するつもりはなかった。
「そうだな。おい、お前はあのガキを押さえておけ。俺はこのうるさいガキを押さえておく」
 男のうち一人は、転んで動かない男の子を示すと、ミリーに向き直った。
 ミリーは現在は背中に背負った剣は抜いていない。これは、昔母が使っていたという剣で、めったに抜かない、と決めているのだ。代わりに、ミリーは腰に佩いた細剣を抜き放った。その切っ先を男に向ける。だが、男は恐れたようすはあまり見せない。確かに、ミリーの外見では剣を持ったところで凄みが増すことはない。残念ながらそういう迫力を身につけるには、外見が可愛いらしすぎる。
「物騒だなあ、お嬢ちゃん。こりゃ、少し痛い目を……」
 男は腰にある大曲刀も抜かずに、無造作に近づいてきた。確かに、ミリーが外見どおりであれば、それで問題はない。だが、ミリーは外見どおりの女の子ではなかった。
 ひゅん、と。
 刃が風を切り裂く音と共に、男の服が切り裂かれていた。器用に上着を固定していた紐の部分を切り裂き、上着が地面に落ちる。男は、それを青い顔をして見送った。
「言っておくけど、私、手加減できるほど器用じゃないの。抵抗するなら、容赦しないよ?」
 これは冗談ではない。
 ミリーはこの年齢としては卓越した剣腕を誇るが、それほど実戦を経験しているわけではないのだ。加えて、自分の周囲はみんな自分より剣が強いので、手加減など学ぶことはなかった。
 その直後、ミリーは自分の背後でかすかな音がしたのに気づいた。そして、すばやく方針を定める。
「こ、このガキ!!」
 男は怒り狂ったように大曲刀を抜き放ってミリーに襲いかかってきた。その男の声に驚いたのか、もう一人の男の動きが止まる。ミリーはその一瞬を見逃さなかった。
 男の振り下ろしてきた大曲刀を細剣で受け、勢いの方向だけ変えて完全にそらす。男は勢い余って、体勢を崩してやや前のめりになってしまった。ミリーはそのまま踏み出して、男の背後に回る。そしてそのまま、意識を集中すると、もう一人の男に向けて、雷撃を放ったのである。まさか自分に攻撃が飛んでくるとは思ってもいなかった男は、避けることも出来ず、直撃する。
「うぎゃあああああ!!」
 静かな森に、雷撃の轟音と男の絶叫が響き渡った。
 強力な雷撃を、ただ一筋の電光に収束して敵を打つ、雷の最上級魔法トローンである。男はそのまま崩れるように倒れた。無理もない。普通の人間では即死してもおかしくはないのだ。一応、これは手加減したのだが。
「このガキ!! なめた真似を!!」
 無様に体勢を崩していた男は、ようやく体勢を立て直してミリーに襲いかかってきた。ミリーはまだ、背中を向けたままである。
 その時――。
「――光よ。静寂の中に眠るその力、礫となりて我が敵を討て――」
 音楽的な律動すら感じさせる声が森に染み渡るように響き、直後、男は四方八方から光の礫に全身を貫かれた。そのまま、声もなく倒れ伏す。
「レティ、ナイスフォロー♪」
「相変わらず無茶な戦い方しますね、ミリーは」
「レティがフォローしてくれるって、知ってるから♪」
 男を打ち倒した光の魔法ライトニングを放ったのは、ミリーからやや遅れていたレンティーナであった。ミリーは、レンティーナの存在に気付いたから、あえて先ほどのような戦い方をしたのである。
「にしても、この人達、何者でしょうか?」
 レンティーナが自分が打ち倒した男のそばにちょこん、と座り込んで首を傾げている。一応手加減したとは言え、重傷には違いない。放っておくと命にも関わるだろう。
「う〜ん。とりあえずさ、あの子を助けよ。何か知ってるんじゃないかな」
 ミリーはそういうと、倒れている男の子の方に歩いていった。

「本当にありがとうございます。しかしお小さいのに勇ましいことで……」
 少年を助けたミリーとレンティーナは、近くの村に案内された。ついでに、あとから村の男達が悪漢二人を回収し、今は村の納屋で監視付で手当てを受けているところだ。本当はレンティーナは治癒魔法が使えたのだが、あんな男達に使う気はしなかった。
 ルセントというこの村は、シレジアでは別に珍しくもない、普通の村である。
 ただ、夏になると遠くシレジア大河の源流へと行く旅人などが立ち寄ることが多いため、夏季限定で宿屋が運営されている。といっても村長の家を拡張工事したもので。ミリーとレンティーナもまた、その宿に案内されたのである。
「でも本当に良かったですね、お義父様。大事にならなくて」
 そう言って二人の前にお茶を出してくれたのは、この宿の主人だ。
 宿の主人はセレイオンと言って、シレジアには珍しい青い髪の持ち主だった。なんでも、両親はシレジアの人間ではないらしい。三十台半ばの男性だが、見た目はもう少し若く見える。二十台、といっても通るだろう。村長の娘と結婚していて、二人の娘がいるらしい。今は母親と父方の祖父母――村から少し離れた場所に住んでいるらしい――のところに遊びに行っていて、夕方には帰ってくるという。実はミリーとレンティーナの二人は、友達になれるかもしれない、と期待していたりする。同じ年齢らしいのだ。
「しかしこの村では初めてじゃが……最近近隣の村で似たような人攫いが出没しておる、とも聞くからの……。この季節、そういう話でうわさが広まって、人がこないようになってはの……」
 夏季限定、とはいえ、その間の収益として、この宿の収入は村としては重要なものなのである。だがそこに、人攫いが出る、という噂が広まればどうなるか。噂はやがておひれがつき、この辺り一体は危険地帯と言われ、人が寄り付かなくなるだろう。旅人が来ないだけならまだ良い。行商人まで来なくなると、そしてそのまま雪の季節になってしまっては、商品が買えなくなってしまう。シレジアの地方の村々にとって、春から秋にかけての季節は、重要な交易の季節でもあるのだ。
 本来なら王都シレジアに伺いを立てれば、セティ王が直ちに天馬騎士団を数騎派遣して瞬く間に解決してくれるのだろうが、去年の『黒の処断』事件において、天馬騎士団も壊滅的な打撃を受け、いまだにその機能は完全に回復していないという。その意味では、まだ戦乱は終わってないのかもしれない。
「おおっと。失礼。客人の前でお話することではないですな。とにかく、村の者を救っていただき、ありがとうございます。村を代表して、お礼申し上げます」
 そういって村長は深々と頭を下げる。
「わ、あの、私達、そんな大したことしてないですから」
 ミリーもレンティーナも、頭を下げられるのに慣れていないわけではない。だが、こういう場所でそうされると非常にくすぐったい気がするのも、事実だ。
「あの、それよりも、先ほどのその人攫いのお話、もう少し詳しくお聞かせ願えませんでしょうか?」
 レンティーナが村長の頭が上がるのを待って、口を開いた。
「え、しかし……」
「こう見えても、私達、剣や魔法には多少心得があります。もしかしたらお力になれるかもしれませんので……」
 しかし村長はまだ口を開かなかった。無理もないだろう。いくら男二人を倒した、とはいえ十四歳の女の子二人である。「じゃあお願いします」と言えるものではない。
 その時、玄関の方が賑やかになってきた。何人かの話し声も聞こえる。
「おや。娘達が帰ってきたようです。ミリーさん、レンティーナさん。そのお話はまた、ということで」
 セレイオンはそういって玄関の方に向かう。
 ミリーとレンティーナは、まだその人攫い達のことが気になりはしたが、セレイオンの娘に対する興味がそれを上回り、結局玄関に並んで歩いていった。
「ただいま、お父様」
 見事に唱和した声は、それが双子であることを示していた。
 玄関口に立っているのは三人。一回り背の高いのは母親だろうか。シレジア人らしいライトグリーンのセミロングの髪で、柔らかい印象を感じさせる女性だ。そして、その両脇に入るのがその娘達だろう。その髪の色は、二人とも輝くような金髪だった。瞳の色は、一人は父親と同じスカイブルー、もう一人はシレジア人らしいエメラルドグリーンだ。
「お帰り、アイリーン、ナスリーン。おじい様達は元気だったかい?」
「はい。それで、これ、お父様にお土産って」
 アイリーン、ナスリーンと呼ばれた少女は――うり二つのためどっちがどっちかさっぱり分からない――父親にバスケットを渡す。セレイオンはそれを受け取ると、とりあえずそれをサイドボードの上に置き、それからミリー達の方に振りかえった。双子の少女達も、ここではじめてミリーとレンティーナに気がついたようだ。
「お客さんだよ。ミリーさんとレンティーナさん。ちょっと色々あってね。クリフが誰かに襲われているのを助けてくれたんだ」
「初めまして、ミリーと申します」
 ミリーは深々とお辞儀をした。あまり好きではないが、一応最低限の礼儀作法は習っている。やろうと思えば、このくらいは出来るのだ。
「初めまして。私はレンティーナと申します。レティとお呼びください」
 こちらは普段から慣れている。その所作は、ミリーより自然だった。
「初めまして。私はアイリーンです。こちらが妹のナスリーンです」
 スカイブルーの瞳の少女が、こちらもびっくりするほど様になっているお辞儀をして見せた。それに、妹が続く。
「ナスリーンです。よろしくお願いしますね」
 こちらも見事な礼儀作法だ。ミリーより、よっぽど様になっている。
 レンティーナもこれは予想していなかったのか、ちょっとびっくりしたような表情になっていた。
「……ああ、この子達の祖父、つまり私の父が礼儀作法には少しうるさくて。それでこの子達も身につけているんです。でも、あなた方もちゃんと学んでおられるのですね」
「ま、まあ……」
 まさかここでイザークの公女とトラキアの貴族の娘、とは言えない。第一、信用してくれるはずもないだろう。二人とも今の格好はごく普通の旅装束なのだ。
「先ほどの話ですが、あまり気になさらないで下さい。今日初めて村の者が襲われはしましたが、そのうち王都から兵も来てくれるでしょう。そういえば……あなた方はどちらに?」
 考えてみれば二人とも、成り行きでこの村に来て事態の説明と簡単な自己紹介――仲良し二人で旅をしている――しかしていない。二人ともシレジアではあまり見られない髪や瞳の色だ。あるいはこういう事態でもなければ、多少警戒されてもおかしくはない。もっとも、十四歳の女の子の二人連れを、そう警戒する者もいないだろうが。
「えっと、季節もいいので、旅を。私達の両親、放任主義なので」
 ミリーが思いっきりでまかせを言った。どうせ本当のことなど言えないのだからどう言っても似たようなものだ。それに、嘘は言ってない。もっともここで身分が判明したところで、いきなり送り返されるようなことにはならないだろうが。
「羨ましいですね。私達、お父様もお母様も過保護ですから」
「全然旅になんて出させてくれないですものね」
 普通は十四歳の女の子を旅に出すような親はいないとは思うのだが、とセレイオンは内心苦笑したが、特に何も言わなかった。
「ミリーさんもレンティーナさんも、とりあえず部屋にいるといい。夕飯はご馳走しますよ。アイリーン、ナスリーン。お部屋に案内して。失礼のないようにな」
「は〜い」
 姉妹がまたもや声を綺麗にそろえて返事をし、そのあとそれぞれがミリーとレンティーナを引っ張って部屋に行く。荷物をまだ居間に置きっぱなしであることに気がついたのは、一度ベッドに腰掛けてからであった。



前へ 次へ