「色々お世話になりましたっ」 ミリーとレンティーナの元気の良い――レンティーナはややテンポズレしかけていたが――声が響いた。 今朝も昨日同様、とても気持ちのいい天気である。 「またいらっしゃいいつでも歓迎するわ」 ラケシスはそういうと、バスケットに入れたお菓子とサンドイッチを渡してくれた。 「帰り道で食べなさい。お菓子は日保ちするから、ゆっくりでも良いわよ」 「はい。ありがとうございます」 レンティーナはもう一度深々と頭を下げた。 フィンとラケシスは、別に口止めも何もしなかった。ただ、また来る時は、フィール、ラキナと呼んで欲しい、といっただけ。ただそれが、彼らの気持ちを何よりも雄弁に物語っているように、二人には思えた。 きっとあの二人は、ここで生涯を過ごすつもりなのだろう。それは、決して邪魔をしてはならないものなのだ。二人は、強くそう感じた。 「アイリーンとナスリーンはどうするの?」 世が世なら、二人ともお姫様である。このぐらいの年頃の娘は、やはりそういうものへの憧れ、というのは少なからず持っているものだ。 「分からない。でも、私達に従兄姉がいるっていうなら、会ってみたい……そんな気はするの」 「私も。それに、なんて言うか、別にお姫様じゃなくてもいい。ただ、世界中見て回ってみたい。そんな風には思ってたし」 ナスリーンの言葉は、ちょっとどこかで聞いたことのあるような言葉が混じっている。ミリーとレンティーナは、思わず顔を見合わせた。その後で、くすくすと笑う。 「どうしたの?」 「なんか、私達と似たようなこと考えているなって。ナスリーンは」 「え〜。どっちかって言うと、あちこち巡りたいっなんて言ってるの、お姉ちゃんだよ?」 「あ、こら、ナスリーン。そんな余計なことまで言わないのっ」 「ほら〜。普段お行儀良くしていたって、お姉ちゃんだって私とそんなに変わらないんだから〜」 ナスリーンに掴み掛るアイリーン。それを避けてなおもからかおうとするナスリーン。ミリーとレンティーナは、思わず声をあげて笑っていた。つられて、アイリーンとナスリーンも笑う。 それは、平和なシレジアの夏の一時。 青い空はどこまでも青く、時折浮かんでいる雲は、まさに純白と表現するに相応しい美しさがあった。 大地は瑞々しい緑に覆われ、所々に流れている川が、まるで光の筋のように美しく輝いている。 鳥達のさえずりと風の音。世界の全てが、平和であるかのようにすら、錯覚しそうになる。 だが。 その自然の静寂は、突然の轟音と共に打ち破られた。 ふざけあっていた四人は、その音に驚いてまるで時が止まったかのように動きを止める。直後、音に驚いた数百羽の鳥達が盛大な羽ばたき音と共に空へと飛び立った。 「な、なに……?」 「すごい音だったけど……」 「あ、あれ!!」 ミリーが指差した方向、つまり自分達が向かっている方向から煙が立ち昇っていた。距離的には、丁度ルセント村の辺りだ。あの村に、あれだけの煙を上げるような施設はない。ということは。 誰が声をかけるまでもなく、四人は走り出していた。村まではもうそんなに距離はない。 どうにか、村を見下ろせる場所まで最初についたのは、ミリーだった。だが、そのとたんミリーは凍りついたように動かない。やや遅れてアイリーンとナスリーンが、さらに遅れてレンティーナが追いついた。 「そ……んな……」 そこに、あの平和な光景はなかった。 十数人の、明らかに兵士――というよりは傭兵か――と思える格好をした人間が、村のあちこちにいる。火の手が上がっているのは、村の一番大きな建物――つまり、アイリーン達の家だった。遠目には分からないが、あるいは怪我人もいるかもしれない。 「アイリーン、ナスリーン!!」 突然レンティーナが、小さく、だが鋭い声で叫んだ。その声で、今まさに走り出そうとしていた二人は、動きを止めてしまう。 「無茶は良くないです。あなた達だけでは、到底、どうにかなるとは思えません」 フィンとラケシスに武器や魔法の手ほどきを受けていた、とは言っても、恐らく実戦に使ったことなどないだろう。だが、今村を制圧している何者かは、確実に実戦を経験して生きている連中だ。そこには、絶望的な違いがある。何よりも、殺すか、殺さないか、というという違いが。 「だから、私達も一緒に行きます。よろしいですね?」 「で、でも二人は村には……」 「関係おおありです。ともすれば、貴女達二人はトラキアかノディオンの姫君だったんですよ。私なんて、竜騎士団長の娘、というだけなんですから。それに、セレイオン様だってナンナ様の弟君です。それを助ける義務は、私にはありますよ」 リノアンは毅然とした態度で二人を見つめていた。 その横で、ミリーがにっこりと笑う。 「な〜んて、細かい理屈は抜き。一昨日のご飯、美味しかったもん。理由はそれだけで十分っ」 ミリーはレンティーナの頭を押さえてのしかかるように言葉を続けた。ちょっとレンティーナが、非難がましい目でミリーを見ているが、ミリーは気付かないフリをしているらしい。 「レティ、ミリー……」 「二人より四人、ってね。それに私達、強いんだよ?」 ミリーの言葉は、アイリーンとナスリーンには何よりも頼もしく思えた。 |
先ほどの場所から、村まではそう距離はない。四人の少女は、村の入り口の近くまで戻って来ていた。さすがにこれ以上村に近づくと、彼らに見つかる可能性がある。 「上から見た限りでは、十四、五人というところでしたね……」 レンティーナは飛竜に乗るだけあって、かなり遠目がきく。そのおかげで、彼らの大体の装備も分かっていた。 おろらくは全員何かしらの傭兵だろう。装備は革鎧に長剣。何人かは槍。また、少なくとも二人、魔法を使えるのがいる。魔道書を持っているのがいたらしい。 彼らは大体村の広場を中心に分散している。村人は全て広場に集められていたようだ。安心したのは、その中に村長もセレイオンもエゼリも見えたことだ。家は魔法で焼かれたようだが、無事ではあったらしい。 「兵士が来ても、村人を人質に取ればいいって思ってるんでしょうね……」 村人の周囲には、常に五人、見張りがついている。元々そんなに大きくない村だ。村人も全部で三十人程度。見張るには十分な数だ。 「どうするの?」 アイリーンとナスリーンが不安そうに二人を見る。彼女らにとっては、これまで十四年間一緒に暮らしてきた家族と、そして家族同然の村人達の命がかかっている。傭兵達の狙いは分からないが、少なくとも村人達の命が危険にさらされているのは間違いない。 本当はどこかの都市に知らせて、兵士を派遣してもらいたいのだが、この村から一番近いある程度の兵士が常駐している都市までは、馬でも一日はかかるのだ。しかも、それでも派遣してもらえる兵士の数など、たかが知れている。それならば、自分達で何とかした方がいい。少なくとも、ミリーとレンティーナは、並の兵士十人分以上の働きが出来る、という自負がある。 「本当はターティエがいると脅しがきくから便利なのだけど……あの子、時間区切ったらその間って呼んでもまず来ないから……」 レンティーナが苦笑しつつ洩らした。 確かに、飛竜があればかなり脅しにはなる。半ば、伝説の存在と化してる竜騎士ならば、その存在だけであるいは恐れさせられる。だが、今いないのであればそれは仕方がない。 「私が魔法で、村人に何かされる前に三人は倒せると思う。ただ……」 ミリーはそこで言いよどんだ。ただ魔法を使うだけなら、ミリーは自信がある。こと、魔法の実力においてはイザークでも一、二を争うといわれているほどだ。無論、威力も精度も下手な公子などより優れている。ただ、立て続けに魔法を使うとなると、ミリーはそれに向いた風魔法を習得していない――というよりは、風の魔法を扱う才能がない。 雷魔法は精度が高く、また連射もそこそこきくが、風魔法ほどではない。炎魔法などは、連射には向いていない。 それでも無理やり連射しようとすると、かなり集中しなければならない。そうすると、完全に無防備になってしまうのだ。 「私が光魔法で二人ならなんとか。ただ、条件は同じですね」 アイリーンとナスリーンにはさすがに意味が分からないようだ。 「ごめんなさい。私達が、もっと魔法得意なら良かったのに……」 二人とも魔法の手ほどきは受けていても、その力はミリーやレンティーナには遠く及ばない。射程距離も短く、威力が発揮できるのはせいぜい十数歩の距離。これでは、今回はどうしようもない。 「それはいいの。ただ、お願い。私とレティが魔法を使う間、少しでいいから敵を引きつけて。魔法を使うのに集中しなきゃらいけないから、私達」 二人は一瞬きょとん、として、それから強く頷く。 「うん、任せて。絶対、二人を守るから」 ミリーとレンティーナはにっこりと笑ってから「頼りにしてますよ、姫様」などとふざけて見せた。 |