姫様達の狂想曲 7



「ん? なんだ?」
 村の入り口で見張っていた男の対応を責めるのは酷というものだろう。女の子が四人歩いてきてて、それがまさか自分達を倒そうと思っているということに想像がいくとしたら、むしろその方が問題だ。だが、世の中時として考えられないことが起きるものだ。
「おい、どうした?」
 見張りは二人いるのだが、もう一人からは四人の少女は死角になっていて見えていない。
「いや、なんかガキが四人……あ? こっちに来る二人、武器持ってるな……」
 男はあまり目が良くなくて、少女達が武器を持っているのにはすぐ気付かなかった。
「おい、ガキでも一応油断するなよ。本隊が来てから……」
 この場合、同僚の指示は正しかったのだが、すでに遅かった。
「……遥けき此方より来たりて、我が敵を撃て!!」
 ミリーは完全な詠唱を伴って、雷の最上級魔法、トローンを完成させた。実際、普段であれば別に簡単な詠唱だけで使いこなすことは出来る。だがあえて完全な詠唱にしたのは、こうすれば、一度魔力が高められるため、このあと連続的に簡易詠唱だけで発動させても、かなりの威力と精度を期待できるからである。
 ミリーの前方に雷球が出現し、それがみるみる内に膨れ上がる。そして、それが限界に達した時――さすがに見張りの傭兵も異常を察したが――そこから強烈な轟音と共に雷撃が放たれた。雷撃は狙い過たず村人達を見張っていた一人を貫き、そのまま後ろにいたもう一人をかすめる。
「ぎゃああああああ!!!」
 この村に来る時に使ったものとは訳が違う。完全に全力で放ったミリーのトローンの破壊力は、フリージ公女スィリナーラに匹敵するといわれているのだ。並の人間はおろか、鍛え上げられた戦士でも、直撃すれば一たまりもない。
 全身の皮膚が焼け爛れ、男はまるで人形のように倒れた。
「何事だ!!」
 傭兵達が動く。だが、ミリー達は当初の目的を果たすことだけを考えていた。無闇に途中で目的を変えると、かえって混乱することが分かっていたからだ。
「雷撃よ、我が敵を撃て!!」
「光の礫よ。その力、我が前に!!」
 今度はミリーとレンティーナが同時に魔法を使う。雷撃は再び村人の近くにいた傭兵の一人に直撃し、またその射線上にいた数名をも巻き込んだ。光は無規則に飛びかい、周囲を混乱させた後、やはり村人の近くにいた傭兵の一人をずたずたにした。
「こいつら、魔法使いだ、詠唱が終わる前に殺せっ!!」
「させない!!」
 連続して魔法を使う状態にあるミリーとレンティーナは、いわゆるトランス状態である。意識を外部の知覚と魔力の制御に向けているが、危険を危険と認識しない。だからなんとしてもアイリーンとナスリーンの二人で守りきらなければならないのだ。
 アイリーンの武器は長剣、ナスリーンは槍――といっても穂先がないのでむしろ棒というべき――である。二人とも自分の膂力のなさは良く心得ていて、動きの素早さで敵を翻弄する。本来であれば、並の男二、三人なら相手に出来るぐらいの技量はある。だが、今回は勝手が違った。
 ミリーとレンティーナに襲いかかろうとする者達を、すべて打ち倒さなければならないのである。それには、普段とまるで違う戦い方をしなければならない。なんとか、二人しか通れないような道を選んで立ち塞がっているが、押し寄せてくる圧力、というものは無視しがたい威力になる。
 敵の攻撃をかわして、その隙をつくのではなく、敵の先手を取って、一撃で倒す。致命傷の必要はないが、すぐに立てるような打撃では意味がない。しかしここで、二人にとって致命的な弱点が露呈した。
 ナスリーンはともかく、アイリーンは剣を急所に突きこめない。『殺す』という行為に対する一瞬の躊躇が生じてしまっているのだ。
「お姉ちゃん!!」
 ナスリーンは三人目の傭兵のみぞおちに棒の先端を突きこんだところで、アイリーンが剣を弾き飛ばされるのが見えた。だが、それで気を散らしてしまったのは、致命的な隙になる。
「このガキ!!」
 傭兵の振り下ろした剣が、ナスリーンの持っていた棒を弾き飛ばした。
「あっ……!!」
「くたばれ!!」
 剣が振り下ろされる。ナスリーンはもう駄目だ、と思って目を閉じてしまった。
 だが、いつまで経っても斬撃の衝撃は襲ってこない。
「こらぁ……諦めちゃ駄目でしょう!!」
「ミリー!!」
 いつの間にか、ミリーが普段背に背負っている長剣を抜いて、傭兵とナスリーンの間に入ってきていた。
「こ、こいつ……」
「いっけえ!!」
 ミリーは勢い良く剣を跳ね上げた。同時に、ミリーの周囲にいくつもの雷球が生じる。そして、それぞれからトローン並の破壊力を持った雷撃がほとばしった。それと時を合わせるように、光が舞い散る。
 まるで至近距離に落雷でもあったかのようなすさまじい轟音がして、傭兵達の多くが崩れるように倒れていく。立っているのは、あと五人。
「む、村人を盾にしろ!!」
 ようやくここで、傭兵達は四人の少女が見た目どおりでないことはもちろん、自分達では手に負えないことを悟った。相手は強力な魔法使いだったのだ。
「あ、こら、女の子相手に!!」
 ミリーは一人と斬り結ぶと、無理に押し合わずに力を抜いて相手の体勢を崩し、そのまま母の剣を鋭く一閃する。剣閃は狙い過たず、正確に相手の足の腱を斬り裂いた。これで、立つことは出来ない。
「邪魔するなあ!!」
 ミリーの言葉と同時に、翡翠色の燐光が突如として舞い散った。直後、立ちふさがった男は何が起きたのかすら分からず、ずたずたになっている。それは、アイリーンやナスリーンにも見えなかった。
「はあっ、はあっ」
 イザーク王家の秘剣、流星剣。ミリーは少し前に扱えるようになっていた。だが、まだまだ未熟で、放った直後に大きく体勢は崩れるし、反動で一気に疲労する。
「待ちなさい〜!!」
 残る傭兵はあと三人。だが、彼らは一目散に村人の方に走っている。疲労しきったミリーでは、到底追いつけない。
 ここで村人が一致団結して抵抗すれば、たった三人の傭兵など恐れるものではなかっただろうが、人間はそう勇気を奮い立たせられるものではない。傭兵達が鬼相で迫ってくるのを見て、怯えて逃げ出そうとするところを女性の一人が捕まってしまった。
「う、動くな。動けばこの女を殺すぞ!!」
「ひ、卑怯だよっ」
 そうは言っても本当にやられたら話にならない。ミリーはかろうじて踏みとどまった。すぐあとから、アイリーンとナスリーン、レンティーナが続くが、さすがに手が出せない。
 卓越した風魔法の使い手であれば、魔法発動の予備動作すら気付かせずに男を斬り裂くことも出来るだろうが、ミリーは風魔法が使えないし、アイリーン、ナスリーンもそんな得意ではない。レンティーナもまた、光と治癒系の魔法以外は苦手なのだ。
「なんてガキどもだ。だが、それだけの腕ってことは、ただのガキってわけじゃなさそうだなあ。大方、どっかの貴族様だろう。ちょうどいい。手前らも人質だ。おい、ふんじばれ」
 その言葉を受けて、残り二人の男が近寄ってくる。
「おい、逃げるんじゃねえぞ。逃げてもこの女が死ぬだけだからな」
 女性を人質に取った男は、女性を引きずってしっかりと建物を背にしている。これでは、村人に期待することも出来ない。
 また、実は四人の疲労も限界だった。ミリーとレンティーナは、これだけ立て続けに魔法を使ったことはない。ミリーはさらに流星剣まで使ったことなど初めてだ。アイリーンとナスリーンにとっては、命の危険のある戦い自体が初めてである。さっきの勢いのままでいければともかく、一度立ち止まって疲労を認識してしまった体は、もう思うように動かなかった。
「ど、どうしたら……」
 ナスリーンが泣きそうな声になっている。だが、ミリーもレンティーナも打開策は浮かばない。少し見立てが甘かったのは確かだ。あれだけ派手に魔法を撃てば、逃げ出すと思っていたのである。だがどうやら、彼らは目的があってここにいるらしい。そこが、彼女らが見誤った最大のポイントだった。
「う〜〜〜」
 唸ってみたところで、情勢が変わるはずもない。だが、ここで捕まってしまうことだけはなんとしても回避しなければならない。下手をすると国際問題にだって発展しうるのだ。
「へっ、手間取らせやがっ……?!」
 ミリー達のすぐそばまできたとき、突然男は動かなくなった。直後、糸の切れた操り人形のように倒れ、動かなくなる。
「なっ、このガキ!!」
「ち、違……」
 逆上した男は女性の喉に突きつけていた短剣を突き刺そうとして――そこで異常な事態に気がついた。ミリー達も、一瞬、その光景が信じられないでいる。
「お……お、俺の手がああああ!!!」
 いつ斬られていたのか。男の腕の、肘から下が、ずるりと落ちて地面に転がった。
「あらあら。やっと気付かれたのですか?遅いというか鈍いというか……。もう少し周囲に気を配った方がいいですよ」
 突然響いた、その凛とした、それでいてどこか間延びするような声は、全く予想もしない方向から聞こえてきた。ミリーと、女性を人質に取っていた男のちょうど中間、建物の影である。
「この声……え? まさか……」
 ミリーが呆然と呟いた。
「ミリー。流星剣は使うべき場所で使いなさいって言ったでしょう?あなたではまだ体力を消耗するから……。まったく、すぐ考えなしに使うんだから……」
 現れたのは長い黒髪のやや背の高い女性だった。濃紺の動きやすい旅装束に、自分の身長の四分の三はありそうな長大な片刃のやや反った剣を持っている。だが、別段重そうには見えない。むしろ、細棒を使うように、軽々と扱っている。
 だが、それ以上に目を引くのは、彼女の際立った美貌だった。
 黒絹のような美しい髪は、まるで闇を塗りこめたように黒く、そして時として輝いて見える。白磁、とまではいかないが、その黒髪を際立たせるに十分な白い肌は、遠目にもまるで陶磁器のように滑らかであることが分かる。そして、その吸い込まれそうなほど深い漆黒の瞳は見る者をまるで永遠の夢へと旅立たせてくれるような、そんな美しい瞳。形のいい鼻筋と、紅を塗っていないであろう筈なのに、紅く見える唇。そして、それらがまるでこれしかない、というほど綺麗に配された顔。それに均整の取れたプロポーション。
 無粋な旅装束を着ていても、男性はもちろん、女性であっても振り返らずにいられる者は、まずいないだろう。これで、ドレスなどで着飾ってパーティーにでも出たら、参加してる全ての男性が声をかけずにはいられないに違いない。
「フェ、フェイアお姉ちゃん?!」
「さて、傭兵さん」
 現れた女性――フェイアはまるで友人にでも話しかけるように傭兵達に向き直った。
「本当なら立ち去ってください、というところなのですけど、話を聞いている限り、どうやらまだ先がありそうなので、申し訳ありませんが抵抗をやめて、素直に捕まっていただけませんか?」
 口調は丁寧だし、声も静かだ。というより、フェイアの声はとても聞き心地が良い。イザークでもっとも美しい声の持ち主、といわれているほどだ。もっとも、美貌の評判の方が大きいため、あまり知られてはいないのだが。
「ふ、ふざけるな、たかが女一人……!!」
 残った二人が、同時に剣を抜いて襲い掛かってくる。だが、フェイアはそれがまるで見えないようにキョロキョロと辺りを見回していた。
「あ、まだちゃんと生きてらっしゃる方、いるのですね。じゃあ……」
「お姉ちゃん!!あんまり……!!」
「分かってますよ、ミリー」
 男達が、すぐ傍まで来てもまるで調子も変えず、のんびりとした口調で返事をする。その間に男達は完全に武器の間合いに入っている。
 アイリーンとナスリーン、それにレンティーナが悲鳴をあげた瞬間、男達はフェイアの横を通過し、そしてそのまま倒れ伏した。一体、何が起きたのかすらミリー以外の三人には分からなかった。いや、ミリーも何をやったのかは、かろうじて見えた程度だ。
「ミリーは心配性なんだから。ちゃんと刃のないほうで打ってます」
「……そうだけど、お姉ちゃん時々怖いんだもん」
「あ、あのミリー。この方は……?」
 話がまるで見えない三人を代表してなのか、レンティーナが訊ねてきた。
「あ、ごめんなさい。えっと、フェイアお姉ちゃん。って本当のお姉ちゃんじゃないけど。レティには話したことあるよね?」
「え……あの、シャナン陛下の……?」
 フェイアがにっこりと笑って頷いた。その表情は、男性だけでなく女性ですらうっとりさせるほどの魅力がある。
「初めまして。イザーク、シャナンの娘のフェイアです。妹分のミリーが世話になっています」
 その頭を下げる動作すら、優雅な印象がある。三人は、一様に見惚れてしまっていた。
「あ、もしかして『イザークの黒真珠』と呼ばれている、フェイア様……?」
「そういう風に、呼ばれることもあるわね」
 アイリーンとナスリーンの二人は、呆然としてフェイアを見た。『イザークの黒真珠』と謳われるフェイアは、『アグストリアの宝玉』と謳われるノディオン公女セフィアと並び称される、大陸最高の美姫と云われているのだ。確かに、それはこれ以上ないほど納得出来る。人が思い描く理想の美姫をさらに美しくしたような、そんな印象すらある。想像できないほどの美しさだ。しかもそれは、絵の中の美しさではなく、生命力に満ち溢れた美しさである。
 伝え聞くところでは、フェイアはまだ十七歳。自分達と三つしか変わらないのに、ずっと大人に見えてしまう。
「でも、フェイアお姉ちゃん、なんでこんなところにいるの?」
 その中、やはり慣れているのか、ミリーが平然とフェイアに声をかけた。他の三人は、フェイアの美しさにある種気圧されてしまっているようだ。
「それは私が言いたいのだけど、ミリー。私は父上が重要なお話し合いがあるから、ということでシレジアに一緒に来ているんですよ」
「それは知ってるけどぉ……ここ王都から遠いよぉ?」
 ミリーは少し自分が優勢に立ったのを知った。
 フェイアもまた、自分ほどでなくても「お淑やか」とはほど遠い性格なのだ。元々、母パティの性格に酷似している、と子供の頃は言われていたらしい。ただ、いまではむしろややテンポずれしたような性格になっている。しかし、その本質が変わるわけではない。
「そ、それはちょっとお話が長くなりそうだったから、数日お暇を頂いてシレジア国内の観光をさせてもらっているのです。ミリーだってなんで……ってあなたに言っても無駄ね」
 ミリーは「勝った」と言わんばかりに胸を張ると、それからレンティーナ達を紹介した。アイリーンとナスリーンについては、その素性も話してしまった。その方がややこしくなくてすむと思ったからだ。
「……そうなの……。それはさすがに驚いたわね……。とにかくよろしくね、レンティーナさん、アイリーンさん、ナスリーンさん」
「は、はい。あ、私のことはレティとお呼び下さい、フェイア様」
「ふふ。じゃ、私のこともフェイアでいいわ。様なんてついてるとくすぐったいもの」
「よろしくお願いしますっ」
 アイリーンとナスリーンが元気良く挨拶した。先ほどまで肩で息をしていたのだが、その疲労も吹っ飛んでしまったようである。
「さて、と……」
 フェイアは少し真面目な表情になると、周囲でうめいている傭兵達を見遣った。大半はミリーとレンティーナの魔法でやられていて、あとミリーの剣にやられたのが二人、フェイアに腕を斬られた傭兵は、さすがにもう動いていなかった。
「あ、あの……」
 声をかけられて振り返ると、そこにいたのはセレイオンだ。そういえばすっかり村人のことを忘れてしまっていた。
「お父さん!!」
 アイリーンとナスリーンが同時に抱きついていた。セレイオンは、娘二人を優しく抱きとめる。
「ありがとう、二人とも。それにミリーさんもレンティーナさんも。あなた方がいなければ、村は本当にどうなっていたか。本当は私がどうにかしなければならなかったのですが……」
 無理もないだろう。セレイオンの服は少なからず焼け焦げたあとがある。おそらく、最初の爆発でやられたのだ。あの遠くまで響いた音からすると、相当強力な魔法――そこまで思い出したところで、ミリーははっとなった。自分達が倒した中に、魔術師はいなかったはずである。
「フェイアお姉ちゃん」
 フェイアは分かってる、というように頷いた。
「まだ、次があるわ。それまでに、倒れている方々から聞けるだけの話を聞いておきましょう」

 傭兵達から引き出せた情報は、思ったより多かった。
 彼らは、元は百人程度の小規模の傭兵団であるらしい。だが、『黒の処断』以後、彼らのような小規模の傭兵団は見向きもされなくなり、ついには自分達の生活費すら危うくなってきたという。実はここ最近頻発してる、という人攫いも彼らであった。目的は身代金である。
 だが、村から出るそんな金で、百人もの生活を賄えるはずはない。だが、より高額の身代金を狙うようなことすれば、都市部に行かなければならず、そうなれば正規軍との激突もある。それで勝てると思うほど、彼らも自惚れていなかったようだ。
 そこで彼らが考えた手段は、村を一つ乗っ取ってしまうことである。そうして、このルセントが選ばれた。なぜなら、この村は交通の便も悪い上に、周囲の村からもかなり離れている。そして、村の食料を奪い去ったら、また次の村を襲う。そのうち気付かれて軍を派遣されたとしても、国境に近いこの地域なら、国外に出て行けば追えなくなってしまうのだ。
「そんなことしないで、真面目に働けばよろしいのに。戦うために鍛えていたって、鋤や鍬は握れるでしょう?」
「俺たちは傭兵だ!! 農具なんて持てるか!!」
「私たちに手も足も出ないで、ですか?でしたらもうちょっと腕を磨かれた方がいいと思いますよ。むしろまず体を鍛えられた方がいいと思いますけど?」
 傭兵の顔が青くなった。
 淡々と話しているが、かなりきついことを言っている。ある程度腕に覚えのある戦士には、これ以上ない侮辱だろう。だが、それが厳然たる事実だけに、男もそれ以上言い返せないのだ。
「フェイアお姉ちゃん、相変わらずきっつい……」
「あらなんで? 私は事実を言ってるだけですよ?」
 それはそうなのだけど、と言いかけてミリーは言葉を続けるのをやめた。
 実際、フェイアと戦って勝てる相手など、イザークはおろか、大陸中探してもほとんどいないだろう。
 剣聖と称され、フェイアの父でもあるイザーク王シャナン、それにフェイアの実兄フィオ。そして『光皇』と謳われるバーハラのセリオ。この三人は確実にフェイアより強い。というより、この三人の領域は既に人間ではない、といわれているほどだ。ただ、それに次ぐとされているのが、フェイアなのである。フィオやセリオですら、フェイアと手合わせをする時は、手加減はしても油断はしないようにしている、と言っているのだ。
 おそらく、大陸三強に次ぐのはこのフェイアか、あるいはアグストリアの魔剣ミストルティンの継承者アルセイド王子のどちらかではないか、といわれている。
「お姉ちゃん、全然自分の実力理解してないんだもんなあ……まあそりゃシャナン様やフィオ様、セリオ様が近くにいたら自分が強いって思うの、無理かもしれないけど……」
 誰に言うとなく、ミリーは呟いた。
 ミリーは、魔法は父に、剣は母とフェイアに教わった。母もフェイアも教え方は上手だったのだが、フェイアの方がスパルタであった。というよりは、フェイアは自分を基準に置いているためあまり手加減をしてくれないのだ。最近になってやっと、手加減を覚えてくれたらしい。さっきの戦いで、相手を気絶させるような戦い方も、最近まで(出来るのに)やらなかったのだ。
「とにかく今からじゃ、中央まで知らせても、兵が派遣されてくるまでにこの村が襲われちゃうわね……。天馬騎士団でも間に合うかどうか」
 それに、敵に強力な魔術師がいる、と分かっている以上、並の兵士を派遣してきてもらっても、太刀打ちできるものではない。
 捕えた傭兵達の話によると、彼らの傭兵団には魔術師が二人いて、一人が炎の魔法を、もう一人が雷の魔法を得意とするらしい。なんでも、元はそれぞれロートリッターとゲルプリッターに属していた騎士であったという。それがなぜ傭兵などに身をやつしているかは分からないが、その話が事実であるならば、かなりの脅威だ。
「……ミリー、レティ。二人で、その魔術師を少しだけ押さえられる?」
 しばらく考えていたフェイアは、考えがまとまったのか、口を開いた。
「うん。多分出来ると思う。私だって、フリージのスィリナーラ公女にだって負けない、雷魔法の使い手だもんっ。炎の魔法だって、誰にも負けないよっ」
 ちょっと休んだだけで、ミリーはすっかり元気になっていた。この辺はさすがである。レンティーナも、もう少し休めばなんとか戦えるくらいまでは回復しそうだ。元々はそんなに体が強い方ではなかったのだが、やはり旅を繰り返したからだろう。ただ、さすがにアイリーンとナスリーンは疲労しきっていて回復しそうにはなかった。
 セレイオンにも治癒魔法をかけたのだが、肩の骨にヒビが入っていて、それだけはどうしても治癒できなかったのだ。本来なら、父譲りの槍の腕前を持っているらしいが、今回はどうしようもない。
「まあ、やりようはあるわよ。幸い、この村に入る道は一本だから、彼らはそこから来るでしょうし。ミリーとレティは出来るだけ早く魔術師を倒して、援護してね。その間は、私がなんとか食い止めるから。もっとも、手加減する余裕はないけどね」
 フェイアはクスクスと笑いながら淡々と言う。実際、百人近い集団を一人で止めようというのだ。それは、並大抵のことではない。しかも、話の通りなら、かなり腕の立つのもいるらしい。……もっともフェイアとは比べるべくもないのかもしれないが。
 フェイアは村人からの協力は、丁寧に遠慮した。
 足手まといになる可能性のほうが高いと判断したからだ。訓練された兵士一人は、全く訓練されてない村人五人でどうにか相手に出来るレベルだ。だが、村人は三十人。傭兵は百人。村人と一緒に戦えるような場所では、フェイアも村人を庇いきれない。
 だからせめて、ということで村人達には村の入り口に材木などを積んでもらった。もっとも、実際には気休めにもならないだろう。
「まあやるだけやってみましょう。何とかなりますよ」
 何の根拠もない言葉ではある。だが、フェイアがそう言ってにっこり笑うと、その女神のような美しさを持つ笑顔は、なぜかなんとかなりそうだ、という気持ちにさせてくれた。

 夕方。太陽がその支配を夜の闇に譲る寸前。自らの色だけで空を染め上げようとする。だから陽が沈む直前は空が赤いのだ。昔の詩人がそう詠ったことがあるというが、まさしく空は鮮やかな朱色に染まっていた。しかし、木々の影になるフェイアの立っている場所は、既に薄暗い。しかしそれでも多分、彼女の美貌は少なからず伝わるのではないだろうか、と思えるが、これは決して誇張ではないだろう。
 そのフェイアは、村の入り口の道の真ん中に一人立っていた。少し後ろにミリーとレンティーナがいる。
「来たわね……。二人とも、魔法の対処は任せるわね」
 フェイアは闇を見通すように目を細めて呟いた。いくつもの気配が近づいてくる。
 フェイアに言われて、二人は緊張した面持ちで頷いた。
 いかにフェイアが卓越した技量を持っていても、敵に囲まれた状態で魔法を撃たれたら避けられない。父や兄は、剣で最上級魔法すらかき消してしまう、というが、フェイアはそこまでは出来ない――というか試したことがないらしい。もっとも、普通はやらないだろう。シャナンやフィオにしてもかつての聖戦や『黒の処断』でやったら出来た、というだけだ。
 そのうち、ミリー達にも足音が聞こえるようになり、やがて暗闇の向こうからたくさんの人影が現れた。暗闇の中にいるだけに、全体の数が分からなくて、かえって不気味だ。
「誰だ……? 俺たちの仲間じゃねえな?」
 先頭を歩いていた傭兵二人がそういいながら近づいてきた。しかし、その歩みが途中で止まる。
「す……すげえ。こんな美人見たことねえぜ」
「おい姉ちゃん。俺たちと遊ばねえか?へへへっ」
 フェイアは何も言わずにそれを聞いていた。彼らも、フェイアの美しさに目を奪われ、彼女がその身に似合わぬほど長大な剣を持っていることに気付かなかったのだ。
 ピン、とその剣の止め具がはずれる音がした。
 だが、男達は気付いた様子はない。
 後ろでつかえている傭兵達が、何事か、と訝しみ始めた。
「申し訳ないのですが――」
 こういうときのフェイアの声は不思議なほど良く通る。静まり返った森に、まるで妖精の歌声のように響くのだ。
「私、貴方方のような方々とお付き合いするつもりは、全くありません――」
 ほんの一瞬。
 フェイアがかすかに動いたかと思うと、フェイアの前に――といっても五歩は離れていたはずだが――いた二人は、首筋から血を吹いて倒れた。完全に致命傷である。
「なっ!!」
「ここは貴方達が来る場所ではないでしょう。自分達の分をわきまえた方がいいですよ。農作業だって、楽しいものだと思いますから」
 どこまでもマイペースだ。別に間延びした声、というわけではないが、こういう場所で発する声にしては、緊張感がないからだろうか。ひどく場違いに聞こえる。宮殿の舞踏会で聞いたら、さぞ聞き心地がいいだろう。
 だが、今の言葉で納得する傭兵――いや、野盗集団がいたら、ぜひ拝みたいものである。当然この場合の反応は、およそ一般的な例に漏れぬものであった。
「ふざけんじゃねえ!! やっちまえ!!」
 ひときわ大きな声は、あるいは団長のものか。とにかくその声を合図に、傭兵達が一気になだれ込んできた。
「手加減は、しませんよ……」
 その言葉と同時に、フェイアの体が光に包まれる。イザーク王家の始祖オードが編み出した三星剣。フェイアはその全てを自在に操ることが出来るのだ。それも、完全な形で。
 フェイアはその光を纏ったまま、剣閃を繰り出した。それは、翡翠と蒼月の輝きを伴い、光の刃を放つ。
 これこそが、真の流星剣であった。
 光そのものを剣の延長上に展開し、刃と成して敵を斬る。流星剣は本来、多数の敵と戦うために編み出された秘剣なのである。無論、一人に対して放った時の威力も絶大だが。
 光は、駆け抜けるごとに鮮血を散らせ、傭兵達は瞬く間に十人が倒れていた。
「ば、化け物か!! ま、魔法で殺せっ」
 その瞬間を、ミリーとレンティーナは待っていた。
 こう暗くては、魔術師がどこにいるかなど分からない。だが、発動寸前の魔力の高まりは、たとえ暗くても容易に視える。そこへ向けて魔法を放てばいいのだ。既に、発動直前で止めてあった魔法を。
「灼熱の業火よ、地を穿ち、天を焼く力、我が前に示せ!!」
「大いなる御柱、天より降りて全てを浄(きよ)め給え!!」
 二人の持つ、最大の魔法が発動した。
 炎の最上級魔法ボルガノンと、光の最上級魔法オーラ。その破壊力は、どちらも対魔法鎧を纏った上級騎士を、一撃で葬り去ることが出来る。
 巨大な火柱が地上から、美しく輝く光の柱が天空からそれぞれ同時に地上に炸裂した。直後に、凄まじい爆発が巻き起こる。魔術師二人はもちろん、巻き添えで傭兵達も何人か吹き飛ばされた。
 その爆発に、傭兵達が気を取られた一瞬。フェイアはその軍列に飛び込むと、その場で全方位に向けて流星剣を放つ。さらにそこに、ミリーとレンティーナの魔法が炸裂した。既に魔法の一撃で混乱していた傭兵達には成す術もなく、また、変幻自在に、まるで闇に溶け込むように移動して流星剣を放つフェイアに翻弄され続けている。
 太陽が完全に地平の下に沈んだ時。
 勝負は完全についていた。



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