姫様達の狂想曲 8



 傭兵団『真紅の翼』は総勢で百十五人。実は規模は小さいものの、錬度は比較的高い、という評判を持つ部隊だった。ただそれでも、大陸全体が平和へと向かっている時に、傭兵などというものはどんどん不要になっていくものだ。加えて、彼らはどちらかというと世間一般で言うところの、悪い傭兵のイメージをそのまま当てはめたような風潮があったというのもある。
 そういったいくつかの要因が、彼らを今回の凶行に走らせたわけなのだが、それがまさか、たった三人の少女によって叩き潰されるとは、夢にも思わなかっただろう。
 しかも、ほぼ壊滅である。
 さすがにフェイアも、百人を相手にしては、手加減など出来る余裕はない。斬り結んだほとんどの相手を一瞬で即死させていた。無論、最初にミリーとレンティーナに魔法を受けた魔術師も、即死している。
 幸運にも生き延びたのは最初に村を制圧していた十四人のうち八人と、あとはわずかに六人。それ以外のそのほとんどはフェイアの手によって二度と立ち上がることはできなくなっている。フェイアのもう一つの呼び名『漆黒の剣聖姫』の意味を、ミリーもレンティーナも、改めて思い知った。もっとも、生き延びたといってもほとんどは重傷を負っている。
「生き延びた傭兵については、王都に手紙を出しておいたから、そのうち兵士達が受け取りに来るでしょう。それまでは私がこの村に留まります。ミリーとレティは、その前には少なくともこの村は出ておいた方が良いわね」
 さすがは、普段兄と共に父シャナンを助けて政務に精励してるだけはある。そのテキパキとした対応は鮮やかなものだった。
 ミリーとレンティーナは二人で相談して、明日帰ることにした。さすがに今日はもう薄暗いし、それに、疲労困憊である。実際手紙を出すのは明日になるし、兵が来るのは早くても明後日以降だ。それまでに立ち去れば問題はない。
 傭兵達の遺体は、最初に村にいてミリー達に倒された者はともかく、後から来た百人のはどうしようもなく、そのままにしてある。普通ならば、夏は屍毒が発生する恐れがあるので焼却処分にすべきなのだが、シレジアは、夏でも夜はかなり気温が下がるので、その心配はない。
 ミリーとレンティーナはもはや疲れ切って休んでいた。お腹もすいていたのだが、それ以上に今は眠りたかった、というのもある。村長の家の二階は魔法で吹き飛ばされていたが、家具は結構無事だったので、居間にベッドを運び込んでもらって、そこで眠っているのである。
「まだまだね、二人とも」
 一通りの事後処理を終えたフェイアは、完全に眠りこけている二人を見てそういうと……そのすぐ隣のベッドに倒れこみ、そのままの姿勢で眠ってしまった。そのままぴくりとも動かない。さすがのフェイアでも、一級の戦士百人を相手に戦うのは疲れたらしい。実は彼女は容赦しなければもうちょっと楽にやれたのだが……彼女自身、そこまでの力は自分に制限をかけているのである。
「とんでもない子供達だな、本当に。これが聖戦士の力なのか……」
 セレイオンは半ば呆れたように呟いた。その目の前で、エゼリがフェイアの体勢を直して、毛布をかけている。
「でもこうして眠っていると、ごく普通の女の子ですよね」
「全くだ」
 起きているときは、神秘的な美貌で近寄りがたさすら感じさせるフェイアも、眠っている今は、年相応の可愛い寝顔で安らかな寝息を洩らしている。
 その時、ミリーがやや寝返りをうち、毛布がはだけてしまった。
「こらぁ〜。ボナパルト〜。まちなさぁい〜」
 一瞬、目が覚めたのかと思ったが、どうやら寝言だったらしい。そのあどけない寝顔からはとても、あの傭兵達と戦う少女とは思えない。
「お父さん、お母さん」
 聞こえた言葉は一つ。声は二つ。隣室で寝ていたはずの、彼らの愛娘達である。
「相談が、あるの」
「……この子達の眠りの邪魔になるから、隣の部屋に行こうか」
 セレイオンは、二人の娘の言葉を少しも意外に思わず、立ち上がってエゼリ、娘達と共に、静かに部屋を出ていく。
 少女達は、朝まで完全に眠りの国の住人となっていた。

「お世話に、なりました」
 ミリーが元気良く頭を下げた。その横で、レンティーナが静かに頭を下げる。
「色々ありがとうございます。とても楽しかったです」
「いやいや。世話になったのはこっちじゃ。あんたたちが来なかったら、どうなっていたか、本当にありがとう。また来るといい」
 村長はそういって、二人と握手をした。
「セレイオン様も。ありがとうございました」
「私は君達に『様』を付けられるような人間じゃないよ。ただ……そう言ってくれるなら一つ頼まれてくれないか?」
「え?」
 その言葉を待っていたように、家からアイリーンとナスリーンが出てきた。ミリーもレンティーナも、二人がこの場にいないことが不思議だったのだが、別れるのが辛くて出てきてないのかと思っていた。実際、ミリー達も別れたくない、という気持ちが強かったのである。ところが。
「……ねえ、アイリーン、ナスリーン。その格好……なに?」
 レンティーナが無言でこくこくと頷いて、ミリーの言葉を追従する。
 二人が着ていたのは、普段の服ではなく、明らかに旅装束だった。それに、大きくはないが荷物も背負っている。どう見ても、これから旅に出る、という格好だ。
「私と娘達では、考え方も違う。私はここに残ることを選んだが……娘達は自分達の他の親戚達に会いたいらしい。……頼めるかな」
 ミリーとレンティーナは思わず顔を見合わせた。
「だめ……かな」
 これは双子の声。ミリーとレンティーナは大げさに首を横に振った。
「そ、そんなことないよ。もちろんっ!!」
「……いいですよね、フェイア様」
 レンティーナはフェイアに振ったが、さすがにフェイアもその美しい顔に困惑の表情を浮かべていた。
 二人の素性については、昨日聞いたばかりである。さすがにこれには、フェイアも驚いた。もう二十年以上も行方不明だったレンスターのフィン、さらには三十年以上行方不明だったその妻ラケシスが生きていて、しかももう一人子供がいたとは。そして、その子供まで。血筋の上では、確実にアグストリアのノディオンの公家の人間として、またトラキアの王族の親類としての扱いを受ける立場になる。
 そんな子供達がいきなり現れたらどうなるか。
 恐らくは後見人などで大いに揉めるだろう。それは、避けようがない。
 だけどそれでも、フェイアもまた、二人の気持ちは良く分かる。もし自分が同じ立場なら、やはり会ってみたい、と思うだろう。それは、貴族の生活への憧れではなくて、純粋に会いたい、と思うだけなのだ。
「……いいと思うわ。それに、私がだめ、と言っても、貴女達聞くつもりないでしょう?」
「……そうですね」
 レンティーナはそういって笑うと、アイリーン達の方に向き直る。
「これからも、よろしくねっ」
 ミリーとレンティーナは、二人に抱きついた。
「うん。これから、色々ね」

「わあ〜〜〜、すご〜い!!」
「ちょ、ちょっとナスリーン、あまり動かないで。さすがに、四人は大変なんですからっ」
 レンティーナの必死の訴えで、ナスリーンはなんとかもとの場所に戻ってくれた。
 いかにレンティーナでも、飛竜の四人乗り、しかも輸送用の籠もなしは初めてである。
「でもなんで、セレイオン様はナンナ様にお会いしたいと思わなかったのかしら?」
 その言葉に、アイリーンとナスリーンが同時にくすくすと笑い出した。
「え? 何か知ってるの?」
 ミリーの言葉を受けて、アイリーンが口を開く。
「その時ね、お父様にはもうお母様がいたから、ですって」
 ミリーとレンティーナは思わず顔を見合わせた。少なからず紅潮しているのが、お互いに分かる。
「素敵、ですね」
「うん、そう思う」
 そう言える相手がいることは、なんとなく羨ましく思える。
「あ、ねえ。レティ。お願いがあるんだけど」
「なんでしょう、アイリーン」
「おじい様の家の上、通れないでしょうか?」
 レンティーナは一瞬考えてしまった。
 最悪の場合、シレジアの天馬騎士に見つかる可能性も、なくはない。
「レティ、なんとかなるよ。行こうよ」
「私もそう思ったところです、ミリー」
 レンティーナはそういうと、ターティエの方向を大きく変えた。眼下の景色が次々と変わり、やがて向こうの方に四人で遊んだ池が見える。
「あ、おじい様!!」
「おばあ様も!!」
 フィンとラケシス――フィールとラキナは、ちょうどその池に釣りに来ていたようだ。飛竜にはすぐ気がついたらしく、立ちあがって手を振っている。
「おじい様! おばあ様! 私達、行ってみます!!」
 その声が聞こえたのかどうか――二人は確かにうなずいたように、四人には見えた。そしてレンティーナは、ターティエを操って、一路東へと向かう。目指すはトラキア王国王都コノート。何はともあれ、まずはリーフ王とナンナ妃に、知らせてあげたい、と思ったからである。

 その後。
 アイリーンとナスリーンの存在は、当然ながら大変な驚きを伴った。さすがにこういう「お土産」があるなど、誰も全く考えてもいなかったのである。
 結局アイリーンとナスリーンはトラキア王家が預かることになった。フィンとラケシスの生存について、リーフ王はこの上なく喜んだが、同時にその居場所について、彼女らから聞き出すことを厳禁した。
 リーフは、もうフィンに休んでもらいたかったのだ。
 もっとも後に、リーフとナンナ、それにノディオン公デルムッドがフィンに会いに行った、という記録は残っている。
 養育を引き受けたのは、伯母であるナンナだった
 しかし。
 その日から彼女は、悩みの種が増えることになったのだ。
 アイリーンもナスリーンも、大変聞き分けが良く、またフィンやラケシスから元々かなりの教育を受けていたのだろう。礼儀作法などは教える必要もないほどだった。それは良かったのだ。
 問題は、時々来る飛竜の来襲である。
 いや、攻撃に来るのではない。ただ、連れられていく……もとい、ついていく二人がいるだけだ。
 もっとも、ナンナもそれをあまりとがめることはしなかった。無理やり押さえ込んでも意味がないことを、ナンナも良く分かっていたのだ。

 そして少女達は、今日もユグドラルのどこかを、飛びまわっているのだろう。



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後書き

 な、長い……(汗)
 短編のつもりで書いた中では、間違いなく最長です。つーか100キロバイト越えてるよ(汗)
 始めはミリー、レティ、フェイアの三人だけの予定だったんですが、途中でフィンラケだしたくなって。で、その時に某掲示板の話題で関連して、フィンラケの三人目の子供のアイデアが。ただ、どーやってもミリーやレティとは年齢あわないので、ということでさっくりその子供を出しました。
 それぞれの容姿ですが、ミリーはもう幻想水滸伝2のミリーそのままです(笑) 寝言のボナパルト、は彼女が飼っているネコの一匹。レンティーナですが、まあ分からなかった人、いないと思いますが、彼女の母親シルティールというのは、トラキア776のリノアンです。エンディングは無視(爆) リノアンはターラ公国の統治権をトラキア王国の委譲して公主の座を退位、その後の公式な行方は不明となっています……が。実は名前変えてディーンと結ばれていたり(笑) レンティーナの容姿はリノアンそっくりです。言葉遣いも丁寧で、トラキア城内では人気がありますが……中身はミリーと一緒(笑)
 アイリーンとナスリーンは作中で書いたとおり、ラケシスの生き写しです。ナンナ以上にラケシスに似ています。違うのは瞳の色だけ。性格はアイリーンがやや落ちついて見えますが、本質は同じ。ただ実は趣味は結構違う……みたいです(笑)
 フェイアについては書いてあるとおり。彼女は大陸においてもシャナン、フィオ、セリオに次ぐ剣の使い手です。実は、魔術師がいないことが分かっていれば、百人くらいならなんとでもなったという……。加えるなら、明るければ魔術師がいてもどうにかなるんですがさすがに暗闇から不意に魔法を撃たれるのは辛いようで。それに、彼女自身全力では戦っていなかった……というか、いくつかの技は父、セリオ、フィオと戦う時限定……でも勝てないけど(笑) 恐らく、彼女と互角に戦えるのはアグストリアのアルセイド王子だけでしょう。

 しかしとにかく疲れた……確かに、長くなるかな、とは思ったんですが、ここまで行くのは予想外でした。でも女の子を書いているのは楽しかったトカいっていたトカ(なんか混ざってる・爆)
 とりあえず楽しんでもらえれば幸いです。