アグストリア諸公連合は、滅んだ。形の上では、シグルドが滅ぼしたことになる。だが、レヴィンにはそうは思えない。 アグストリア諸公連合は、滅ぶべくして滅んだのだ。王は堕落し、また諌めるものとていなかった。いや、いないわけではなかったが、その諫言は王の耳には届いていなかったのだ。聖戦以来、いやロプト帝国の地方領であったことから数えるのならさらに古い歴史を持つ国の血統は、ここに断たれた。話では、まだノディオン王エルトシャンの息子が存命しているという話だが、正式にノディオンの王太子というわけではない。それにまだ、3,4歳の幼子だというから、実際には何も出来ないだろう。 シルベール城は炎に包まれていた。まるで、アグストリアが滅んだことを象徴するかのように。クロスナイツが駐留するために造られた、無骨な砦であるというのに、それはあの獅子王がいる、というだけでアグストリアの象徴たりえていたのだ。レヴィンは、今更ながらにそれを実感していた。 だが、焼け落ちてしまえば同じである。結局、人も人の作りしものも全ては灰の中に消える。永遠に残るものなど、ありはしない。神の力を手に入れたとされる聖戦士達とて、例外ではなかったではないか。ならば、国を血統によって維持することに何の意味があるというのだろうか。常に優れたものが王であればよい。だが、現実はどうか。 エルトシャンはシャガールより遥かに優れていた。王として失格であったが、それと王の資質は別問題だ。あるいは、エルトシャンがアグストリアの王となっていれば、今のこの状況はなかっただろう。アグストリアの民人は、今も平和に暮らしていたはずだ。だが、エルトシャンはノディオンの王家に生まれた。それは生まれながらにアグストリアの騎士として生きていくことを定められた生でもあった。 結局、血統などには何の意味もない。 そこまで考えてレヴィンは自分の国を思った。父王の記憶は、実はあまりない。人の親としての、父親としては、多分ごく普通であったように思う。王としてはどうだったか、となるととたんに記憶が曖昧になる。父は、レヴィンを非常に自由に育ててくれた。今ではそう感じる。だから今のような性格になったのだと思うが、それについて父王の責任はない。多分、どうあっても自分はこのようになっていたと思う。 国を出たことが正しいか、レヴィンはいまだに答えを出せないでいた。ただ、自分が王という重責から『逃げた』のだということは、なんとなく分かっていた。シグルド、キュアン、クロード。彼らは神器を継承し、それぞれ王という重責を担わなければならないことを苦痛とは捉えていない。エルトシャンは、ノディオンの王であり、同時に騎士であり、最後にはアグストリアの騎士、という立場を選択した。だがそれは、連綿と続くノディオンの王としての責務をまっとうしようとした結果なのだ。だが、自分は逃げた。そしてそれが、実はただのわがままである、と今では分かっている。なんのかんの理由をつけたところで、結局自分は王位を継承すること、叔父と争い合うことを避けたのだ。単に、責任感というやつが自分に不足しているだけかもしれないが。 戻るべきなのかもしれない。もう一度、国を、民を今なら見ることが出来る。叔父とも、ゆっくり話が出来るかもしれない。だが、その一方でレヴィンはシグルドという公子の存在が気になっていた。およそ、レヴィンの知る限りこれほど不均衡に見える人間も珍しい。吟遊詩人をやっていたときには、いろんな人間にであったが、シグルドのような人物は一人もいなかった。 シグルドの性格は、おそらく貴族階級にあっては希有のものだろう。他人を妬むことや、嫌うこともない。それだけなら、市井にだっていないわけではない。だが、それと聖戦士バルドの力を継ぎ、神器聖剣ティルフィングの継承者である、となるときこれが非常に不均衡に見える。また、父バイロンが王太子クルトを害して逃亡中、とされていても、みずからに恥じるところはなく、また陰謀に違いない、と言って、気にした様子もない。上辺だけかもしれないが、それでも普通できるものではない。 別にシグルドがおかしな人物だと思ってはいない。だが、非常に珍しい、と思っている。もっとも、それを言うなら自分もそうだろうし、キュアンや他のグランベルの貴族達にしたところで、シグルド軍に加わっている人物は、みなどこか普通の『貴族』という枠から外れているような気はする。 成り行きで一緒に行動するようになっているが、レヴィンは今の状況をそれなりに気に入っていた。どうせもうこの先シグルドが戦いに赴くような事態はほとんどないはずだ。唯一、アグストリア北のオーガヒルの海賊の動きが気になるが、海賊ごとき、シグルド軍の相手になどなりはしない。 シグルドが国に帰るような事態になったとき、自分も帰ることにしよう。多分まだしばらくはアグストリアにいるのだろうが、不要な疑いをかけられているのであれば、いつまでもアグストリアにいることもないだろう。そう考えてレヴィンは少し心が軽くなった。結局、帰りたくなっていただけではないか、と自問してみたが、答えは見つからなかった。 |
「これは……ひどいな……」 レヴィンは眼下に広がる焼き払われた村を見て唖然としていた。海岸沿の、小さな漁村である。いや、だったというべきか。無残に焼き払われた村は、とても生存者などいるようには見えなかった。 シルベール砦の陥落、シャガール王の死により、事実上アグストリアは無政府状態となった。シグルド軍にしたところで駐留しているだけで、支配しているわけではない。それは、バーハラから派遣されてきた役人達の仕事だが、彼らはアグストリアの富を、ただ搾取するためだけにいるようで、国内の統治などは一切手をつけていなかった。そのため、シグルドが少ない軍勢で治安維持にまで走り回る羽目になったのである。 オーガヒルの海賊、というのは有名で、少し前までは義賊として名が通っていた。だが最近になって、また略奪行為を働く、無法集団になったのだ。その原因が、最近まで頭であった女――驚いたことにエーディン公女の姉だったというが――が海賊達から追放されたからだ、と分かったのだが、分かったところで海賊達が略奪を止めるわけではない。結局シグルドは軍をいくつかに分けて、海岸沿の村を守らなければならなかった。そして、レヴィンもフュリー達天馬騎士と共に村へ急行していたが、間に合わなかったのだ。 「そんな……ひどい、ひどすぎます。こんなことって……」 フュリーは口を押さえている。レヴィンも吐き気がするが、だからと言ってここで突っ立っていても始まらない。 「とにかく行こう、まだ生存者がいるかもしれない」 そういうとレヴィンは村へ駆けていく。慌てて天馬騎士達が追いかけていった。 村は予想以上にひどい有様だった。倒れ伏しているものは、みな、致命傷を負っている。傷のほとんどが背中にある、ということは逃げるところを後ろから斬りつけた、ということだ。中には、幼子までいる。それに覆い被さるように倒れているのは母親だろうか。だが、その子供もまた、生きてはいなかった。 「これじゃ……生存者は……」 フュリーが諦めたように力なく言う。だが、その時レヴィンの耳には、かすかに何かが聞こえてきた。 「まて、何か聞こえる。静かにしてくれ」 フュリーや他の天馬騎士達は不思議そうに耳を澄ます。だが、何も聞こえない。もっとも、天馬騎士は目はいいが、耳はそれほどでもない。しかしレヴィンは、いつも風を感じたりして、視覚以外の感覚も非常に優れている。 「子供の……泣き声だ。近い……が、弱々しい。こっちだ!!」 言うが早いか、レヴィンは走り出す。天馬騎士達は慌てて後を追った。子供もそうだが、レヴィンを危険に遭わせるわけにもいかないのだ。まだ近くに海賊達がいない、という保証はどこにもないのだから。 「ここだ」 レヴィンが立ち止まったのは、崩れた家屋の一つだ。だが、ここまでくればフュリー達にもかすかにだが子供の声が聞こえている。崩れた家のどこに子供がいるのか分からないが、一刻を争うことだけは確かだ。 「早いところ瓦礫を……いや、俺がやる。フュリー達は下がっていてくれ」 言うが早いかレヴィンは精神を集中し始めた。フュリーは驚いてレヴィンを見る。まだ中に子供がいるというのに、魔法を使おうというのか。 「レヴィン様!!」 フュリーは止めようとしたが、レヴィンの呪文の発動が先だった。もっとも、普段とは違う。風を刃ではなく、突風として発動させたのだ。瓦礫が一気に吹き飛ばされ、あっというまに何もなくなった。だが、これでは中にいると思われる子供も、到底無事とは思えない。 だが、フュリーの予想は外れた。風の残響が静まると、子供の泣き声が、よりはっきりと聞こえてきたのだ。見ると、吹き飛ばされた瓦礫の下に、地下室の入り口があった。よく見ると、この建物は酒場だったようだ。酒蔵として、地下室を設置しておいたのだろう。レヴィンは音の響きだけでこれを見抜いたのだ。 レヴィンとフュリーは、地下室を覗き込んだ。そこは地下室、というより半地下の倉庫というべきものだった。アーダンのような大きな体のものでは、入ることすら出来ないような場所だったが、子供であれば2,3人は楽に入れる。そこにいたのは、2歳くらいの男の子と、その男の子が抱いている、赤ん坊――おそらく女の子の――だった。おそらく、この酒場の子ではないだろうか。海賊の襲撃のとき、両親がここに押し込んだのだろう。赤ん坊は、まだ髪の毛も生え揃っていない。 「大丈夫だ。俺達は海賊じゃない。安心して出てこい」 それでも子供はまだおびえている。当たり前といえば当たり前だろう。レヴィンはふぅ、と一息つくと立ちあがり、フュリーの肩を叩いた。 「すまん、任せた。どうもこういうのは俺には向いていない」 フュリーはきょとんとしていたが、クスリと笑うと再び倉庫を覗き込む。 「もう恐い人はいないから、大丈夫よ。お姉ちゃんと一緒に行きましょう。ここにいても仕方ないでしょう?」 レヴィンは一瞬、「恐い人」というのに自分も入っているのではないだろうか、と考えてしまった。 幼子は、しばらくそこで震えていたようだが、やがてフュリーの手にしがみつくようにして外に出てきた。男の子は、ダークブラウンの髪の毛で、女の子はシレジア人のようなグリーンの髪の毛だった。一瞬兄妹ではないのかと考えたが、地理的に考えると、親のどちらかがシレジア人でもなんら不思議はない。 「この子達以外に生存者はいないだろう。早く立ち去ろう。いつまでもいても仕方ない」 レヴィンは子供たちに聞こえないように、フュリーの耳元まで言った。フュリーもレヴィンが顔を近づけた理由は分かっていたのだが、それでも一瞬ドキリとしてしまって、顔が真っ赤になっている。しかし、なんとかレヴィンに悟られないように、平常心を取り戻そうとした。しかし、その必要すらなかった。 レヴィンが緊張した顔で、辺りを見回す。フュリーも一瞬で緊張を取り戻した。ややあって、海賊の姿が確認できた。それも、一人や二人ではない。レヴィン達が静観しているうちに、海賊達は20人以上集まってきた。 「よお兄ちゃん。こんなところで女連れてなにやってんだ?しかもたくさん。うらやましいなあ、おい」 海賊の全員が下卑な笑い声と共に同意する。自分達の数が、相手の倍以上であることと、相手が天馬騎士でも、自分達に弓があることが強みなのだろう。連中の弓の技量なら、そうそう当てられることはないだろうが、それでも翼を傷付けられては大変なことになる。フュリーは少しずつ下がって、自分のペガサスにまたがろうと移動する。 「この村を襲ったのはきさまらか」 その声を発したのがレヴィンであると気付くのに、フュリーは一瞬の時間が必要だった。これほど感情をはっきり表している王子は、初めてである。エルトシャンと対峙したときの比ではない。 「それがどうした。俺達は海賊なんだ。海賊が村を襲って略奪して、何が悪いんだ。このバカが」 レヴィンはそれには何の反応も示さなかった。 「フュリー。その子達を連れて本陣にもどれ」 その声は、反論を許さない強さを持っていた。弓があるが、それもレヴィン王子が何とかしてくれる、と判断したフュリーは振り返って部下達に命令した。一瞬呆然としてた天馬騎士達は、すぐ我に返って素早く自分のペガサスにまたがった。 「な、逃げられると思っているのか。かまわねえ、射て!!」 その集団の頭らしい男の言葉で、何人かの、弓を持っていた海賊達が、射放した。だが、矢は途中で急激に勢いを失い、地面に落ちる。その間に、フュリー達は一気に飛びあがっていた。 「な、なにやっているんだ、射殺せ!!」 再び射放たれた矢は、やはり地面に落ちた。海賊達はその時になって、ようやく風が変じていることに気がついたのだ。 「風よ。我が声、我が想いに応えよ。天空より降りて天へ還る竜となりて、全てをその牙の元に調伏せよ!!」 風が変じる。生まれた新たなる風は、砂塵を巻き上げ、天を貫く、巨大な竜巻であった。海賊達の威勢は一瞬で挫けた。 「に、逃げろ〜〜!!」 だが、風は疾かった。そして。 数瞬後に、そこには何もいなかった。海賊達はすべて、遥か天空へと風の刃によって運ばれたのである。 「これが、王を失った国なのか。一歩間違えば……」 レヴィンの呟きは、まだ上空にいたフュリーには聞こえていなかった。 |
レヴィン達がシグルドと合流したときには、海賊はすでにほぼ壊滅していた。根拠地であるオーガヒルの砦が陥落したのである。もともと、訓練された軍隊と、海賊達では勝負になるはずもない。シグルドは、再び全軍をマディノに集め、今後の方針を決めようとしていた。そして、その会議室に突然、兵の一人が駆け込んできた。 「た、大変です。フリージ、ドズルの軍が、シグルド様をクルト王子殺害の共犯者、および反逆の意ありとして討伐にきました!!また、シグルド様に従う者たちについても同罪と……」 室内は騒然となった。これにはレヴィンも驚いた。まるで、用意していたようなタイミングだ。アグストリアが滅び、海賊も討伐されたあとに。これでは、シグルドはアグストリアの掃除をしてやっただけではないか。グランベルのために。 もちろん、シグルドがグランベルのために働くのにはなんら問題はない。だが、反逆者として討伐されるようないわれはない。さすがのシグルドも、これには驚いているようだった。いくら人のいいシグルドでも、ここですんなり捕縛されては、どうしようもないことは分かっている。 だが、この地からでは逃げることすらできはしない。討伐軍がこのマディノに着くまでは、せいぜい10日。とても、逃げられるものではない。海に逃げようにも、海賊達が海辺の船をほとんど燃やしてしまった上、シグルド達も海賊船は破壊してしまったのだ。 どうしようもないまま、二日が過ぎた。 シグルドはすでに、傭兵達に最後の給金を渡して、全員――ごく一部、残ったものもいるが――解雇した。このまま、自分と行動していては彼らも反逆者になってしまうからである。また、シグルドはレヴィンもシレジアに帰るように言ってきた。確かに、レヴィンだけなら船でシレジアに行くこともできるだろう。だが、レヴィンは自分一人が助かるつもりはなかった。また、そんな形で国に帰りたくもない。 そのシグルド達のいるマディノへ、天馬騎士20騎が降り立ったのは三日目の早朝である。レヴィンは、朝起きて城内の兵の話から、新たに天馬騎士が来た、と聞いて驚いてシグルドのいる執務室へ走った。やや動転していたせいか、ノックするのも忘れてしまい、いきなり扉を開けられた室内は、驚いた顔を浮かべている。だが、レヴィンも同様に呆然としていた。 「マ、マーニャ……」 マーニャは一瞬レヴィンを見て驚いたようだったが、すぐ表情を元に戻すと、シグルドに向き直った。シグルドもすぐ表情を戻したが、こちらはやや当惑気味のようである。横にオイフェがいるが、こちらも似たようなものだ。 「しかしよろしいのか。確かに、その申し出は、今の私にはありがたい。だが、グランベルに追われる身となった私を保護しては、シレジア王国が無用な争いに巻き込まれることにはならないだろうか」 そのシグルドの問いで、レヴィンは大体の事情を察した。おそらく、シグルドをシレジアで保護しよう、というのであろう。無論、今自分がここにいるから、というのは小さな理由ではないはずだ。 「シグルド様。正直、あまり時間はございません。我らのことなら心配無用。シレジアは、建国以来独立独歩の道を歩んでおりますれば、グランベルも迂闊に手は出せませぬ。オーガヒルの南に、シレジアの船団を待機させております。急ぎ、そちらへ……」 シグルドはなおも考えていたが、やがて、何かを決意したような表情になった。 「他に道もない。ラーナ王妃のご厚意に甘えさせて頂こう。かたじけない」 シグルドはそういうとマーニャに頭を下げた。グランベルの公子、それも次期公主が一介の騎士に頭を下げるなど、さすがのレヴィンもびっくりしていたが、一番驚いていたのは、当のマーニャであった。 「シ、シグルド様。私のような一介の騎士にそのような……」 知る限り、レヴィンはマーニャがうろたえる所など見たことはない。ある意味、とても貴重な体験であったが、かといってそれで喜んでいるような事態ではなかった。そして、ちょうどその時、レヴィンの後ろからもう一人、部屋に入ろうとしたが、ちょっと雰囲気を掴み損ねたのか、きょとんとしてしまっている。 「フュリー、元気そうね」 先に我に返ったのはマーニャの方であった。その言葉でフュリーも元に戻ったらしい。嬉しそうにマーニャに抱き着いた。 「マーニャ姉様!!」 考えてみれば、自分に付き合わせて1年近くフュリーもシレジアを離れていたのだ。フュリーの気持ちも分かる。同時に、自分のわがままでフュリーに寂しい思いをさせてしまったことに、レヴィンは少し悪い気がしていた。 「久しぶりね、本当に。どう?少し背も伸びたんじゃない?」 「マーニャ姉様……」 フュリーはもう涙声になっている。マーニャは少し笑った後、すぐいつもの厳しい顔に戻った。 「フュリー、貴方にも手伝ったもらわないと大変なんだからね。いい?シグルド様と、その部下の方々を無事、シレジアまでお護りするのだから」 フュリーはなおも涙声であったが、その涙を拭い、「わかりました」とだけ言うと、急いで部屋を出ていった。その姿を見送ってから、マーニャはレヴィンの方に向き直る。レヴィンも、何か話したいことはあったのだが、しかし2年前にシレジアを黙って出ていった、という引け目がある。それが、なんとなく視線を合わせるのを無意識のうちに避けさせていた。 「レヴィン王子。王子ももちろん、シレジアまで参りますね?」 確認というより強制するような口調であったが、レヴィン自身、なんら異存はない。だが、それでも後ろめたさを伴ってしまう気になるのは、いかんともし難かった。 「その……つもりだ。そろそろ帰るつもりだったしな……」 嘘ではないが、今言うと非常に弁解がましく聞こえてしまう。マーニャはどうとったか分からないが、ニッコリと笑うと、満足そうにうなずいた。 「それを聞いて安心しました。では、また後程」 そういうと、シグルドの方に向き直って、退出の意を伝えると部屋を出て行く。シグルドもまた、大急ぎで出立の準備をしなければならない。グランベル軍が来るまではあと一日ちょっとしかないのだ。 |
グラン暦758年秋。シグルド達は予想もしないような状況で、予想もしなかった国へ行くことになった。そしてそれは、レヴィンにしても同じである。帰ろう、とは思っていたが、このような形で、シグルドと共にあるとは考えもしなかった。 『雪の女神に祝福された大地』とも呼ばれるシレジア。故国に裏切られた公子と、故国に戻る王子。二人の行く道に何があるのか、それはまだ分からなかった。 |