雪の吹きすさぶシレジアにおいて、出来ることなどそうありはしない。レヴィンにとっては、まだ冬の入り口であり、まだまだこれからが冬本番、なのだが、シグルド達にはまだシレジアの冬の厳しさは理解できない。今目の前に見える吹雪で、彼らはもうシレジアの冬を体験した気になっている。 「こんなので凍えていたら、本当に冬が来たとき、全員で凍死する羽目になるぞ」 レヴィンは半分以上面白がっていた。かつてレヴィンが、バーハラの都へ行って、その繁栄ぶりに驚いたように、彼らにとってもシレジアの自然というのは、驚異的な存在なのだ。レヴィンにとっては生まれてからずっと体験してきていて、当たり前の冬の厳しさも、彼らにとっては初めての体験なのである。 もっとも、そうは言ってもレヴィン自身、シレジアの冬は久しぶりである。驚きはしないが、これほど寒かったか、などと感じてしまう辺り、自分もずいぶん暖かい――シグルド達からすればそれが暖かいと感じること事態普通ではないというが――冬になれてしまったと思う。 セイレーン城に駐留しているのはシグルド軍総勢100名強。それにフュリーの部下が50騎。数としては多くはないが、少さくもない。まして、残っているのは歴戦の兵ばかりだ。フュリーの部下も、フュリーが留守をしていた間はマーニャによって統率されていたらしく、練度に問題はない。少なくとも、マイオスのいるトーヴェ城の戦力に対抗するには十分な戦力だ。もっとも、レヴィンは今でもまだ、叔父達が反逆を起こし――実際には何も起こしてはいないが、もはやその態度を隠そうともしない――たのが信じられなかった。 叔父達は確かに、王位を欲していた。少なくとも、父が亡くなってからは。ただ、レヴィンは同時に父が存命であった頃の、優しい叔父達のことも良く覚えているのだ。無論、幼い王子には、複雑な王国の状況など分からなかったのかもしれない。だが、偽りの仮面だったとしても、あの優しさが全て偽りであったとはレヴィンには思えなかった。 だが、だからといってトーヴェやザクソンまで行って、叔父と面会することは出来ない。それこそ、捕らえられてしまうのがオチだ。少なくとも、現在の彼らにとって、レヴィンは王位を獲得するための障害の一つなのである。レヴィンが望む望まないに関わらず。風のフォルセティを継承する、唯一の資格を所有すること。それを証明する聖痕は、他ならぬ自分自身に刻まれている。こんな力、欲しくはなかった。市井で、一吟遊詩人として気楽な人生を歩んでいきたかったのに。しかし、そういう願いもまた、力がある者の驕りなのかもしれない。実際、レヴィンはその持って生まれた力のおかげで、ここまで生き延びてきたのだ。アグストリアで、盗賊達が村を襲ったときに風の魔法が使えない、無力な吟遊詩人であったならば、自分らは助からなかったかもしれない。そしてその力を獲得するのに、レヴィンはほとんど努力をしていないのだ。 持って生まれた力。ならばそれに見合う責任を全うしなければならないのか。だが、レヴィンは未だにその答えを出せなかった。その力の強大さゆえに。神器の中でも最強の一つ、と謳われる風のフォルセティ。それを果たして自分に操る資格があるのか。結局自問自答である。答えのでない永久回廊に迷い込んでしまう。叔父達はあるいは、この強大な力に見合う責任を果たすつもりがあるのだろうか。シレジアを継承するということは、すなわちフォルセティの継承である。叔父達がたとえ使えなくても、その責任はついて回る。 結局逃げているだけか。 出口のない思考の迷路の奥にはいつも同じ答えしか見つからなかった。もしかしたらその先にまだ道があるのかもしれないが、レヴィンにはそれを踏み越えていくことが出来なかったのだ。 レヴィン自身の立場は、結局シレジア王子、ということで固定されているのだが、しかしそれ以上ではなかった。 次期王位継承資格を持つ王太子は不在なのだ。本来、レヴィンがフォルセティを継承する――フォルセティに認められるための儀式を終える――時に、王太子として立てられるはずであったが、レヴィンはそれを拒否していたのだ。そのため、レヴィンがとうに成人しているにも関わらず、代王であるラーナが10年以上も治世を預かることになってしまったのだ。 王太子、ともなれば公式な責務が少なからず存在するのだが、一王子となると別である。まして、王都であるシレジアではなく、セイレーンにいるのだから、何もしなくてもいい身分である。もっとも、それはシグルド軍のほぼ全員にとって同じであった。 シグルドはラーナ王妃の口添えで、何度もグランベルにみずからの身の潔白を訴えた書状をしたためていたが、他の者達は何もすることはない。ただ一人の例外が、フュリーであった。 彼女は、天馬騎士団の一員として、また四天馬騎士としての仕事で忙しかった。セイレーン周辺の治安の維持やまたこの時期だと積雪の状況などの監視も行う。もっとも、まもなく本格的に冬に入ってしまうと、さすがにそれらも出来なくなってしまうので、彼女らも比較的時間が出来る。一応、騎士である以上衛兵の取り纏めや、天気が良いときなどは見回りに行かなくてはならないのだが、それでも春ほどは忙しくはない。春は、雪崩の監視などで忙しくなる時期なのだ。 |
シグルド軍にとって、シレジアでの生活は平穏なものであった。無論、これまでに戦いのない時期、というのはあった。レヴィンは知らないが、シグルドがエバンス城の城主であったときは実際今のように、いや、今以上に平和であったという。だが、その後は戦いがなくても平和、というわけにはいかなかった。 アグスティでの半年は、シグルドにとっては住民との対話の矢面にたち、その不安を抑えなければならず、一方でグランベル中央との撤退交渉を続けるという、精神的に追いつめられる状態にあった。それに比べれば今は、裏切り者の烙印を押されているとはいえ、それほど追いつめられてはいない。むしろ、精神的には楽になっているだろう。 だがそれでも、レヴィンの目には今のシグルドの方がつかれているように見受けられた。それは、シグルドの妻ディアドラの不在のためだろう。 シグルドの妻ディアドラは、マディノ陥落の直後、何者かに攫われた。シャナンが目撃した話の通りだとすると、それは滅びたはずの暗黒教団――ロプト教の生き残りだろう。それでも、シグルドは出来るだけ落ち込まないように振る舞っている。端から見ていると痛々しくすらあった。 それは、他の者達にも分かる。だから、というわけではないのだろうが、あるいはシグルドの気を紛らせるためという意図もあるのかもしれない。ユングヴィ公女エーディンと騎士ミデェールの結婚の話が持ち上がってきたのは、そういう時期だった。 |
レヴィンは特に関わっていないから知らなかったが、なんでも同時に、しかも内密にホリンとアイラの結婚式の準備まで進んでいたらしい。レヴィンは、王子としてではなく、シグルドの、そして新しく結ばれる者たちの友人として式に出席する、と明言した。別にそんなことは誰もこだわっていなかったのだが、レヴィンは何故かそれにこだわり、シグルドに首をひねらせることに成功した。 実際、レヴィンはまだシレジアの王子であるというより、シグルドの友人としてここにいるつもりなのだ。もちろん、堅苦しいノイッシュやアグストリアの騎士達にとってはレヴィンは他国とはいえ王子であり、礼節を持って接している。もちろん、フュリー達天馬騎士も。それをやめろ、とはいうことは出来ない。だが、自分から王子であるという垣根を作りたくはないと思う。それが、今回のレヴィンの妙なこだわりの根幹にあった。 式は、逃亡者としては盛大と言えただろうが、組み合わせを考えると質素であった。大国グランベルの六公国のうちの一つの公女と、イザーク王国の王女の結婚式である。しかも、その席でアイラの夫となるホリンが、実はイザーク王国の貴族であることが判明し、会場全体を驚かせた。レヴィンもほう、と驚きはしたが、自分みたいな性格でもこのシレジアの王子なのだから、別に誰がどこの貴族だろうが王子だろうが驚きはしない。 それぞれの誓いが終わった後は、そのまま宴となる。レヴィンも得意の竪琴を披露し、シルヴィアもそれに合わせるように踊りを披露した。宴は、夜遅くになっても続いていた。 |
「う……やっぱり飲みすぎたか……」 起きたときに凍え死んでいなかったのは、シレジア特有の建築技術のおかげだろう。壁などに地下水をくみ上げて通してあり、温度を維持することが出来る。だがそれでも、かなり寒くなっている。まだ陽は昇っておらず、寒さで目を覚まされたという感じだ。もっとも、シレジアの冬は、陽が昇るのが遅いから、あるいはもう起きるべき時間なのかもしれない。 頭が少し痛い。二日酔いだろう。それほど酷くはないようだが、それでもあまり気持ちのいいものではない。周りを見ると、何人か同じように倒れている。もっとも、寒いのだろう。震えているものもいる。一応毛布などはかぶっているのだが。 「まあ凍え死にはしないだろう」 レヴィンはそう判断すると、バルコニーへ向かった。セイレーン城から見える朝陽は、山の間から昇る。夕陽は、海沿いの村に行けば、水平線に沈む、幻想的な光景を見ることが出来るが、レヴィンはこの山々の間から昇ってくる太陽も、厳粛さを感じさせて好きだった。 バルコニーに出ると、冷たい、だが気持ちのいい風が吹いていた。寒さに慣れていない者だと、「身を切るように冷たい」と表現するところだろうが、レヴィンは慣れているので、そこまでは思わない。冷たい、とはたしかに思うのだが。 「レヴィン様、もうお目覚めだったのですか?」 気配には少し前から気付いていた。振り返ると予想通りフュリーがいる。彼女も、昨日の宴には参加していた。はじめ、参加しようとしなかったのだが、レヴィンが無理矢理参加させたのである。周囲の警戒が、と言っていたが、指揮官であるフュリーみずからが見張りに立つ必要はないのだ。もっとも、酒はあまり飲んでいなかったようだ。飲まなかったのではなく、飲めなかったのだが。確か最初の方でワインを1杯空けただけでダウンしているのを見た記憶がある。ただ、レヴィン自身は相当飲んだため、昨日の記憶にどこまで信用を置いていいかが、怪しい。 「お前こそもう平気なのか?昨日はあっさりダウンしていたじゃないか」 フュリーの頬が紅潮する。昨日酒を飲んだ直後のようだ。そのわりにはこの反応、ということは記憶は残っているのだろうか。フュリーは、「私は……!!」と大きな声を出した後、あっさりと倒れてしまったのだ。続いて何を言うつもりだったのかはともかく、彼女の性格だと、大勢の前で大声を出した、というだけでも羞恥を感じるのだ。そのわりには、自分の部下達の前だと、なんとか大きな声で命令を伝達できるのだから不思議だ。 「あ、あの、私昨日なにかしました?」 ひどく不安そうだ。多分、全部は覚えていないのだろう。たかがワイン1杯で記憶があやふやになるのも珍しいが、フュリーはなんかそんな気がする。フュリーの不安そうな顔が面白くて、レヴィンはしばらく黙っていた。すると、フュリーは半ば泣きそうな顔になってしまった。そこまでくると、今度は少し可哀相になったので、「おいおい」と言ってから明るい声で言った。 「別に何にもやっていないよ。安心しろ」 フュリーの性格だと、大声を出したことも黙っていた方がいいだろう。そう判断したレヴィンは特に何も言わなかった。 「本当……ですか?」 フュリーはなおも不安気に聞いてくる。記憶がなくなるほどレヴィンは酒を飲んだ事はない。というより、そこまでひどく酔わない。だから、それがどのくらい不安なのかも分からないが、自分だとたとえ記憶を無くすほど飲んだ所でうろたえたりしないだろう。しかし、フュリーの性格ではそうはいかないようだ。 「大丈夫だって。誰にも迷惑なんかかけちゃいないさ」 そういうとレヴィンは再び城内に入っていった。 「フュリー、まだ頭が痛いんじゃないか?しばらくそこで、朝の空気を吸っていろよ」 そのレヴィンの言葉が、実は城を抜け出すためのものだった事にフュリーが気付いたのは、少し経ってからであった。 |
気付いてから追いかけても、レヴィンがどこに行ったかなど、フュリーには分かるわけはなかった。姉のマーニャは、時々見つける事が出来るらしいが、フュリーはいまだに無理である。今の季節なら、大事もないだろうし、外に行くのも大変だろうから、多分街の中だろう、ならば危険もないだろう、と考え、とりあえず追いかけるのを諦めた。本当は一緒に歩きたかった気もするが、そうなったらやはり城に連れ戻してしまうような気がした。風のような生き方を望む王子を、あまり縛り付けたくない、と思う一方で、シレジアの騎士として、王子の身辺を常に守り、危険な行動をさせまいとする自分。時々フュリーは、どうすればいいのか分からなくなっていた。 さすがに、まだシグルド達はみな寝ているか、あるいは頭が痛そうにしている者も多い。フュリーが倒れた後も飲み続けた者たちも多いのだろう。というよりは、フュリーが倒れたのは最初の方だったから、飲み続けていた人達の方が、圧倒的に多いのだろうが。 フュリーの部下達も、宴には参加させてもらっていた。昨日はそれほどひどくはないが――レヴィンやフュリー達にとって――少し吹雪いていたので、急遽許可されたのである。宴は夜からであったし、冬の夜に軍を動かす者などいるものではない。それに、トーヴェ城については、常に斥候が監視しているのだ。 しかし、そのフュリーの部下達もまた、ほとんどがつぶれていた。多分隊長があっさりつぶれた後も飲んでいたのだろうが、それにしてもまだ寝ているのは、少し気を抜き過ぎではないか、と感じたが、今日ぐらいはいいのかな、と王子に倣って自分も気を抜いてみる。ただそれでも、廊下の真ん中で寝ているのは迷惑である。毛布に包まっているから、多分凍え死ぬ事はないが、それでもこれでは通行の邪魔だ。揺り起こそうとしたが、まったく起きそうにない。 フュリーは半ば呆れ、半ばは感心してから、ずるずると端の方にひきずった。宴のあった広間、それにその近辺の廊下などには酒瓶が散乱していた。本来、メイド達が片付けるはずなのだが、セイレーン城にはほとんどいない。最近まで騎士の駐留にしか使われていなかった城だから、そんなのはいなかったのだ。今回、急遽何人か雇い入れたが、それもまた、酔いつぶれてしまっている。シグルドがせっかくだから、と彼らも宴に参加させてしまったのだが、後片付けの事まではシグルドにはなかったらしい。そのくせ、本人はいつのまにか寝室に引き下がっていたのだから、ちゃっかりしている。 フュリーはしばらく考えると、ふぅ、と一息ついてから酒瓶を集め始めた。実際、割れたりして誰かが怪我でもしたら大変である。一応、この城を預かっているのはシグルドだが、警備や城内の整備等の責任者はフュリーであり、もし誰かが怪我をしたらそれは彼女の責任になる。そうなると昨日の宴で早々につぶれてしまったのは大失態といえなくもないのだが、とりあえず何もなかったようなので安心だろう。 改めて片付けをやってみると、とんでもない量の酒が振る舞われた事に、今更ながら気がついた。 文字通り、片付けても片付けても片付かない。もともと、100人以上が騒いだ宴の片付けを一人でやろう、という時点で大変なのは分かりきっているのだが、放っておくわけにもいかない。普通だと、せめて寝てしまっている部下を起こすのだろうけど、気持ち良さそうに寝ている者を起こすのは、フュリーには抵抗があった。現在の状況だと、ここまで気を抜ける事はあまりないし、そうでなくてもこのところ天馬騎士団の分裂、内乱の噂などあって、気が塞いでいる者も多かっただろうから、ゆっくりさせてあげたかったのだ。 「ご苦労様、私も手伝うわ」 急に声をかけられて、フュリーは驚いて顔を上げた。すこしくすんだ、長いグリーンの髪の毛。だが、シレジア人特有のグリーンの瞳ではなく、青みがかった灰色の瞳。昨日の宴では素晴らしい舞を披露してくれたシルヴィアだった。 「あ、ありがとう……」 「貴女一人じゃ、いつまでかかるか分からないし。けど、他の人達寝てるしね」 シルヴィアはそういうと床に散乱している瓶や皿、コップなどをテーブルの上に集め始める。フュリーは、それらを集めて水場に持っていった。さすがに洗う所まではしない。それは、メイド達にやってもらうつもりだ。 単純計算で、二人だと作業速度は当然倍になるわけではあったが、それでも昼過ぎまでかかってしまった。そのころになると、何人かは起きてきたのだが、そのほとんどが二日酔いになっていた。手伝ってもらっても、頭を抱える時間の方が長そうだったので、そういう人達はとりあえず部屋に戻るように指示している。フュリーの部下の何人かはさすがにそれでは悪いから、と隊長を手伝っていたが、結局半数は自室に戻っていった。 「ありがとう。貴方のおかげで早く終ったわ」 最後の食器を水場に持っていったフュリーは、少し残っていた果実水をコップに入れてシルヴィアに持っていった。シルヴィアはまずそれを一気に飲み干した。 「美味しいね、やっぱり仕事の後は」 それから、急に真面目な顔になる。フュリーは、果実水を飲んでいたため、その表情の変化が突然起きたような錯覚を覚えて、一瞬戸惑った。 「ねえあなた、レヴィンの事どう思っているの?」 いきなりの質問に、フュリーは危うく飲んだばかりの果実水を吹き出す所だった。それはかろうじて押さえる事に成功する。 「ど、どうって……レヴィン様は私の仕えるシレジアの王子で……」 「そうじゃなくって!!」 シルヴィアはややオーバーに首を振ってフュリーの言葉を遮った。 「彼の事、好きかって聞いてるの!!」 「え……」 言葉に詰まった。これほど、正面から聞かれた事など、もちろんない。一瞬、どう答えていいのか分からなくなる。 「レ、レヴィン様は私にとって主君であられるし、私がそんな感情を持つこと事体、畏れ多くて……」 常に考えている事。それを、まるで台本を見るように言葉にした。するとシルヴィアは、面白くなさそうに、フュリーを見た後、すこし意地の悪そうな笑みを浮かべる。 「ふ〜ん。でも彼ってそんなこと気にしないと思うけどなあ」 それは、フュリーにも分かっている。レヴィン王子は、だれかれなく同じように接する。というよりむしろ、市民達と接する事を好んでいる。それは良い事なのだろう、とフュリーは漠然と考えている。 確かに、普通は王族はあまり市民と接しない。だが、それでは統治者としては正しいのだろうか、とは考えてしまう。だがそれと、自分がレヴィン王子を好きになるかは関係ない。 「わ、私はシレジアの騎士です。王子に対してそんな感情を持つ事は許されない事です」 自分を縛る、騎士という鎖。あるいは、これがなければ王子に憧れる事も考えられたのかもしれない。レヴィン王子のそばにいたい、と思う一心で騎士になって、それでどうなったかというと、結局自分から距離を置いてしまっているような気がする。いや、事実置いているのだろう。 「堅いわね、考え方が。じゃああたしとレヴィンが付き合ってもいいの?」 「え、ええ……」 嘘だ。自分の中で、なにか、感情がぐるぐると回っているのが、よく分かった。しかし、王子が誰か女性と付き合う、というのを止める権利には自分はない。 「いいの?ホントに。無理していない?」 再三確認するようにシルヴィアは聞いてくる。そうは言われても、感情では納得できなくても、フュリーの立場では他に言いようがない。 「べ……別に無理なんてしていません。なんで私が無理をしなければならないのです?」 口調がきつくなる。分かっているのに止められない。いま、とっても嫌な女になっている、ということが実感できた。自由奔放に生きるシルヴィアに嫉妬しているのだ。嫉妬、というあさましい感情が自分の中で渦巻いているのが、とても醜く感じられた。 「ふ〜ん。じゃ、彼、私がもらってもいいのね」 シルヴィアはそういうとさっさと背を向ける。そして、走り出そうとして、何かを思い出したように振り返った。 「真面目なのもいいけどさ、それじゃ、息詰まらない?」 それだけ言うと、今度こそ小走りに広間を出ていく。フュリーは、なんとも言えないような心情のまま、そこに取り残されていた。 |