し る べ   
風の道標・第十話




 身を切るような冷たさの風が、少しずつ変わってきている。城で一番高い位置にあるバルコニーにいるレヴィンは、そう感じた。多分、他の者には分からないだろう。特に、今この城にいる、シレジアの寒さになれていない者達にとっては、なんら変わったとは思えまい。
 けれど、確実に風が変わった。春が近づいている証拠である。山から吹き降ろしてくる風の中に、かすかに感じられる春の息吹き。まだ冷たさを感じさせるが、そのうち、それらが暖かくなるだろう。そして、かすかに新芽の匂いを伝えてくるのだ。
 シレジアの冬の寒さは、北の海からの湿った風と、山から吹き降ろす――雪の女神の吐息と呼ばれる――風によってもたらされる。本来、乾燥しているはずのシレジア北方で、冬になると雪が降るのはそのためだ。南方は元々雨量の多い地域である。だが、その雪の女神がそろそろ休むようだ。まもなく暖かい風が山から吹いてくるだろう。もうすぐ春、と考えると意味もなく心が躍る。それは、シレジア人全員がそうであろう。冬の、命すら凍り付くような季節を越えた生命が、みずみずしく弾ける季節。シレジアに住む人々にとって、春とはそういう季節なのだ。

「レヴィン王子、ここでしたか」
 その声に、レヴィンは驚いて振り返る。不意に声をかけられたことにも驚いたのだが、それ以上に、ここにいるはずのない人物の声だったからだ。だが、振り返ったときそこにいたのは、確かにその声の持ち主であった。
「マ、マーニャ。なぜここに?」
「私がセイレーンにいてはおかしいですか?王子。もうすぐ春。風はもうとっくにその季節を変えていますよ。王子だってお気付きでしょう」
 それは確かに気付いていた。数日前から。けど、それとマーニャがこの城にいることは結びつかない。大体、今マーニャが軽々しく王都を離れてもいいのか。
「ご心配なく。天馬は確かにここまで来れますけれど、まだ陸路は雪に閉ざされています。もし、ダッカー公が兵を起こしたとて、パメラの天馬騎士団が全軍で来たとしても、留守を任せたフィシアなら十分持ち堪えられます。それに、何かあったらすぐ私を呼びに来るように言ってありますから」
 その時になって、レヴィンはマーニャの服装が、普段の天馬騎士の制式装備ではなく、ごく普通の衣服であることに気がついた。
「そういえばマーニャ……その服装は?」
 するとマーニャはレヴィンの前でくるりと一回まわってみせた。
「似合います?」
 考えてみたら、マーニャのこういう格好を見るのは、久しぶりだ。淡い緑色に染め上げられた、雪イタチの帽子と、同じ色調で統一された毛皮のコート。首の後ろで纏め上げられた髪の毛を束ねているのは、雪のように白いリボンであった。
「今回は正式な使者としてきたわけではありませんし、実は少しだけ休暇を頂いているのです。せっかくですから、フュリーのいるセイレーンに来たのですが……」
 マーニャの言葉が途切れる。レヴィンは急にすまなそうな表情になった。フュリーは、部下と共に、近隣の村々へ向かっているのだ。
 春の訪れたシレジアにおいて、もっとも恐ろしいのは雪崩である。シレジアの春は、山から訪れる。雪の女神の吐息と呼ばれる冷たい風が、突然春の風に変わるのだ。その風は、山の上から少しずつ降りていく。そのため、人々が知覚するときには、実際には山の上の方は意外なほど雪が融けていて、雪崩が起きやすいのである。
 天馬騎士達は、これらを監視し、また大雪崩が起きそうな状況であれば、わざと小さな雪崩を起こして、大災害になるのを未然に防いだり、あるいはもう雪崩が避けられない場合には、近隣の村々に警告して、被害を最小限に抑える役割を持つのだ。セイレーンに配属されている形になるフュリーには、当然この任務をこなさなければならない。そして、この仕事は数日間は帰って来れないことも少なくない。セイレーンにいる天馬騎士は50騎。通常セイレーンに配されている数より多いとはいえ、やはり数日はかかるだろう。フュリーが出ていったのは今朝早くなのだ。
「別に王子のせいではないでしょう。フュリーがちゃんと騎士としての勤めを果たしているのは、私としても喜ばしいことですし」
 ちょっと残念そうではあるが、もともと、フュリーとマーニャは離れて暮らしていた時間がかなり長い。マーニャが騎士になってからフュリーが騎士になるまでは、ほとんど一緒に暮らしていなかったという。
「まあ多分フュリーは2,3日で戻って来ると思うから、それまでこの城にいたらどうだ?休みなんだろう?」
 レヴィンの言葉に、マーニャはしばらく考え込む素振りを見せる。ややあって、マーニャは顔を上げた。
「じゃあ、そうさせていただけます?シグルド様に許可を取らないといけませんけど」
 レヴィンはその言葉を聞くと「じゃあ俺が行ってくる」といって、あっという間に走り去ってしまった。マーニャはちょっと驚いた顔のまま、そこにしばらく佇んでいたが、やがてクスクスと笑い出すと、城内へ向かって歩き始めた。

 翌日。マーニャが街に出るという話を聞いて、レヴィンは半ば待ち伏せするように城門のところで待っていた。マーニャは多少驚いた顔を見せたが、考えてみたらレヴィンはフュリーとは違って、別にしなければならないことがある身ではない。ややあきれたような笑いを見せた後、マーニャは歩き始める。当然のように、レヴィンはその少し後からついてきていた。
「王子、あの、私は……」
 まだ雪も深く、城から街へと向かう短い道に人影はない。無言で歩くことに、先に堪えられなくなったのはマーニャだった。珍しく、彼女にしては言いよどんでいるが、レヴィンもその理由は分かっていたので、その言葉を引継いだ。
「分かってるさ。別に、今更返事が変わるとは思ってない。それは、再会したときの態度でもよく分かってるさ」
 少し寂しげな口調。だが、陰鬱な印象はない。
「けど、言ったことを後悔したことはないぜ。確かに俺は、マーニャに憧れていた。いや、今でも憧れていると思う。けど、それは『憧れ』なんだ。それ以上じゃない。今はそう思っている」
 マーニャは黙って歩き続ける。レヴィンは、その少し後ろを歩いているので、マーニャの表情までは見えない。
「別に、旅に出たのはマーニャが原因じゃない。それだったら、もっと早く出ているさ。もしマーニャが……」
 レヴィンがそこまで言ったところで、マーニャは突然立ち止まって振り返った。小さく、笑っている。
「それは、自惚れですよ、王子」
「そ、そこまで言うか?仮にも俺は……」
「逃げた王子、ですか?」
 そういってクスクスと笑う。レヴィンはしばらく憮然とした表情をしていたが、何かに観念したように、頭を下げた。それを見て、マーニャは笑うのを止めて、言葉を続ける。
「あの時、王子は確かに逃げたと、私も思いました。けれど、王子は今も王位を継承されない。それはなぜです?今の王子は、何かから逃げているようには、私には見えない。一体何が、王子を躊躇させているのでしょうか?」
 マーニャはまっすぐレヴィンを見つめた。レヴィンは、なんとなく後ろめたいものを感じてしまい、目をそらす。しかし、マーニャはそのまま動かなかった。
「……フォルセティ」
「え?」
 レヴィンがボソリと言った言葉は、一瞬マーニャは聞き逃しそうになった。ややあって、レヴィンが再び口を開く。
「風の神魔法フォルセティ。シレジアの王位を象徴するものであり、そして絶対の力。俺は、それが怖いんだ」
 絞り出すような声は、レヴィンの言葉が冗談などではなく、ずっと心に押し留めていた本心であることを感じさせた。しかし、マーニャは驚きを隠せない。フォルセティを、シレジアにとって偉大なる力を、それを継承すべき王子が恐れるとは。
 レヴィンは突然歩く方向を変えると、海岸の方へ向かった。マーニャは、一瞬レヴィンの本意を掴み損ねたが、そのままついて行く。雪の白に沈んだ街を横目に見ながら、二人は海岸までついた。といっても、まだほとんど凍り付いている。わずかに、ひび割れた氷の下から、青い海が覗いていた。
「風よ。我が声、我が想いに応えよ。天空より降りて天へ還る竜となりて、全てをその牙の元に調伏せよ!!」
「え?!」
 いきなり呪文を唱え始めたレヴィンは、そのまま風の最上級魔法トルネードを、海面――というよりはそれを被う氷――に炸裂させた。凄まじい爆発音と共に、白い煙で辺りが満たされる。しばらく後、見通しが利くようになると、そこには氷はなく、開けた海面が見えていた。
「す……ごい……」
 マーニャは呆然としていた。レヴィンが魔法を使うのを見たのは初めてである。だが、これほどの威力とは思わなかった。王家に属する、魔法師団の団長でも、これほどの威力の魔法を使うことなど、できないだろう。
「これが、俺の力だ。魔道書もなしに、俺はこれだけの力を、生まれながら与えられている。その俺が、フォルセティなんて強大な力を手に入れたとき、そして俺がもし暴走したとき、誰がそれを止めてくれるんだ?俺は自信がないんだ。このシレジアを治めていく自信も、手に余る強大な力を手に入れてしまったときの自分にも」
 マーニャは驚いてレヴィンの両手を見た。確かに、レヴィンは魔道書を持っていなかった。
 魔道書は、本来魔法の力の根元である、精霊との仲介を果たすためのものである。したがって、理論的には魔道書の仲介がなくても、魔法を使うことはできるという。だが、それはほぼ不可能であると思われていた。だが、いたのである。それも、目の前に。
「……それが、王子が王位を、フォルセティを継承しない理由なのですか」
 レヴィンは無言で頷いた。マーニャはかけるべき言葉を見つけられなかった。王子が考えていたことは、マーニャには到底想像がつかなかったからである。けれど。
「王子。やはりあなたは、誰よりもシレジア王になるべきです。あなたなら、きっと、すばらしい王になれます。あなたがどれだけシレジアの民のことを想っているか、そしてどれだけシレジアの民に慕われているか。それは私やフュリーが、そしてラーナ様がよくご存知です」
 一気に言ったが、マーニャはこれは完全に正しいという確信があった。それは、レヴィン王子がいない間、そしてレヴィン王子が帰ってきてから。シレジアの民が、どのようにレヴィン王子のことを話していたか。そして、帰ってきてほしいと願っていたか。
「もう少し悩んでください、王子。きっと、良い答えが見つかりますよ」
「悩めってなあ……」
 レヴィンは苦笑する。マーニャは、その反応を見て楽しむようにクスクスと笑っていた。その時、突然別の方角から物音がした。
「レヴィン、レヴィンじゃないか?」
 二人は驚いて振り返ると、そこに立っていたのは、レヴィンもマーニャも見覚えのある顔であった。だが、一瞬思い出せない。すると男は、なんとも情けない顔になり、
「おいおい。まさか俺を忘れたのか?お前の師匠だろうが」
 というとレヴィンのすぐ前まで来た。途端、レヴィンは急に記憶の中の一人と、目の前の男が合致した。
「イズバール!!お前、シレジアにいたのか!!」

「それじゃあ再会を祝して」
 レヴィンの陽気な声が響く。
「乾杯!!」
 マーニャは二人の男に圧倒されるように、きょんとしたまま、グラスを合わせた。カチリ、と小さな音が響く。まだ夕方、というには早い時間ではあるのだが、すでに空は朱くなり始めている。シレジアは、冬は日が短いからだ。だがそれでも、酒場にはさすがに人はあまりいない。異様に盛り上がっているこの席にいることが、マーニャにはちょっと恥ずかしかったが、レヴィンとイズバールは全く気にした様子はなかった。
「いやあ、まさかお前がシレジアの王子だったとはなあ。聞いたときは驚いたよ」
 レヴィンはすでに、イズバールがかつて王宮に呼ばれて、そこでレヴィンの情報を王家に与えたことを聞いている。さすがに、そのようなところから自分の居場所がばれるとは思っていなかったのだが、だがよく考えてみると、それがなければレヴィンは今ごろシグルド達と共にグランベル軍に捕らえられていたかもしれない。そうなるとイズバールは恩人、ということになるが、さすがにそれはちょっと大袈裟だろう。
「お前がシレジアに来ていたとも思わなかったさ。いや、行くとは聞いていたが、だがもう別のところ行ったかと思っていたしな」
 するとイズバールは少し表情を翳らせた。
「別にずっとシレジアにいたわけじゃあないさ。だが、結局他の国はどこもなんか危険でな。ここが一番平和だと思ったんだ。まあ……」
 イズバールは何か言いかけるが、そこで言葉を切った。だが、レヴィンにもマーニャにも、言わんとするところは分かる。このシレジアも、まず間違いなく内乱が起きようとしているのだ。それも、遠くない未来に。
「ま、せっかくの再会だ。辛気臭い話は抜きにしようぜ。それに、おまえが気張ればいいんだからな」
 イズバールはそういうと、再び自分の杯に酒を注ぐ。レヴィンには、ちょっと耳の痛い言葉だった。そうしている間に、イズバールは杯を空けてしまう。レヴィンは、イズバールが底無しであったことを思い出し、急に懐の状態が気になった。いくら王子とはいえ、こんなところの払いを踏み倒すなどできるはずもない。
「あの、私もいくらか持っていますから……」
 レヴィンの心情を察したか、マーニャが小さい声で言ってきた。
「いや、大丈夫だ。このくらいならまあ、イズバールはいつものことだ」
 その頃になると、仕事を終えた街の人々が、酒場に次々とやってきた。
「あ、王子。今日はまた美人と一緒ですねえ。いや〜、羨ましい」
「この間みたいに、酒場で寝たりしないで下さいよ。城まで連れて行くの、大変だったんだから」
 街の人々は気さくにレヴィンに声をかけてくる。それは、レヴィン王子が街の人々にいかに慕われているか、ということをマーニャに感じさせた。さっきの自分が言ったことは、間違いじゃない、と思う。しかしその一方で、マーニャの心には、さっきレヴィンの言った言葉が、まだひっかっかっていた。
『俺がもし暴走したとき、誰がそれを止めてくれるんだ』
 少なくとも、マーニャには止められるとは思えない。止められるとしたら、多分同じ神器を扱える聖戦士だけだろう。マーニャには何もできない。強大過ぎる力を持つものの悩み。それは、レヴィン王子自身が乗り越えていくしかないのだ。

「いや〜、飲んだ飲んだ。久しぶりに飲んだぜ」
「王子、歩けますか?」
 マーニャが心配する以上に、レヴィンの足元はおぼつかない。だがそれでも、ふらふらとしながらレヴィンは城への道を歩いていた。酔ってはいるが、一応帰るべき場所は分かっているらしい。
 結局、レヴィン達は最後店じまいまで酒場にいてしまったのだ。その間、イズバールもレヴィンも、そして街の人々も飲みまくっていた。最後までいた街の人はいないようだったが、レヴィンとイズバールは最後まで飲んでいる。なのに、イズバールはしっかりと――無論顔は紅くなってはいたが――した足取りで自分の宿へと帰っていった。呆れるほどの酒豪である。
「王子……あの、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが」
 城まで後わずか、というところで、マーニャは立ち止まって尋ねた。レヴィンもさすがに少し酔いが覚めてきたのか、立ち止まる。
「あの、王子はフュリーを、どう思っておられます?」
 マーニャは、極力平静を装っていたが、自分のことを聞く以上に緊張していた。本来、酔った状態の相手に聞くことではないのだけど、なんとなく今ならばレヴィン王子は本心を言ってくれそうな気がしたのだ。
「ああ……よくがんばっている。さすがはお前の妹だ、と思うこともよくあるけどな。堅いところなんて特に」
 酔いは覚めていないようだが、言葉は明瞭だ。あるいは、意識ははっきりしているのかもしれない。
「いえ、私が聞きたいことはそうではなくて……」
 マーニャは、フュリーの気持ちを一番よく知っていた。端で見ていて、可哀相になるほどに。レヴィン王子が失踪したときの落ち込みようは、本当に自殺でもしてしまうのではないだろうか、と思ったほどである。
 フュリーが、レヴィン王子に惹かれる理由は分かる。自分でも、なぜかつて王子から告白されたときに断ったかは、実はよく分かっていない。けど、今でも断ると思う。フュリーのことがなくても。その理由はよく分からないけど、でもそれだけにフュリーのことは応援したいと思うのだ。
「そうじゃない……か。まあなんとなく分かるけどな。俺にもよく分からない。あいつは、初めて会ったときから、俺と一緒に遊んでいたし……」
「王子?」
 レヴィンの言葉が、突然途切れた。ふと見てみると、そのままゆっくりと座り込む。近づいてみると、規則正しい寝息を立てていた。
「お、王子?」
 何もこんなところで寝なくても、と思ったが、ゆすっても起きそうになかった。城まであとわずかとはいえ、マーニャでは王子を背負っていくのは辛すぎる。どうしようか、途方に暮れたときに、マーニャの耳に、聞きなれた音が届いた。
 大きな羽ばたきの音。ほぼ毎日聞いている、ペガサスの翼の羽ばたき。
 見上げてみると、自分の愛馬が降りてくるところだった。マーニャが驚いたのは、それに続いてフュリーがいたことである。
「マーニャ姉様!!」
 フュリーは鮮やかに、不安定な雪道の上にペガサスを着地させた。マーニャは、一瞬その妹の成長を嬉しく思う。
「連絡のために戻ってみたら、王子はいらっしゃらなくて、姉様が来ているって聞いて……そしたらこの子が飛び立とうとしていたから、後を追ってきたんです」
 フュリーはそういって、マーニャのペガサスをさす。愛馬は、主人を見つけて嬉しそうに顔を摺り寄せてきた。
「ありがとう。フュリーも。ちょうど、困っていたのよ。ホラ」
 マーニャが示した先にいたのは、すっかり眠ってしまったレヴィン王子であった。
「レヴィン様……?」
「大丈夫、酔って眠っているだけだから。それじゃ、後はよろしくね。私のペガサスじゃ二人は無理だから」
「ちょっと姉様!!」
 マーニャはそういうと、フュリーの抗議を無視して、鮮やかに愛馬に飛び乗り、鞍もなく、乗馬に適した服でもないのに、見事にペガサスを操ると、城へ戻っていく。あとには、呆然としたフュリーだけが残された。
「……ふう」
 フュリーはしばらく呆然としていたが、気を取り直すと、レヴィンを抱えて、馬に乗せた。レヴィンは、わずかに寝返りをうつ。ゆすってみたが、起きる様子はない。さすがに、眠ったまま飛ぶのはあまりに危険である。フュリーはしばらく考えた後、そのまま手綱を引いて、城への道を歩き始めた。ちょっと遅くなるけど、二人だけでいられる時間が貴重に思えたのもまた事実だ。
「レヴィン様……」
 やっぱり城につくまではかなりの時間がかかる。月がきれいな真円を描いていた。周囲の雪は、月の銀色の光を受けて、かすかに光を放っているようにも見える。その光を受けて、レヴィンのきれいなグリーンの髪の毛が、わずかに光って見えた。
「レヴィン様、好きです。ずっと……」
「ん……」
 一瞬、レヴィンが実は目が覚めていたのかと思って、フュリーはギョッとした。だが、レヴィンは、わずかに寝返りをうっただけであった。




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