し る べ    
風の道標・第十八話




 一度壊れてしまったものは、そう簡単には元には戻らない。分かっていることなのだけど、それでも人は何かを壊してしまう。あるいは、何かを壊し続けなければ生きていけないのかもしれない。夜の闇は、壊れた破片を覆い隠してくれるけれど、それはほんの気休めに過ぎない。朝になったとき、人は夜の恐怖を振り払える代わりに、現実と向き合わなければならないのだ
 地に落ちたペガサスとその騎士を正視するのは、パメラには辛かった。分かりきっていたことである。戦いになれば、どちらにも少なからず被害が出る。死ぬものも出る。パメラも、これまでに盗賊や海賊などと数限りなく戦ってきているし、味方が倒れるのも見てきている。
 だというのに、この胸の痛みは何だというのか。たくさんの戦死者がでたからか。他国の軍の力を借りたからか。違う。
 パメラには、その正体が分かっていた。
 すべきではなかった。この戦いは最初から、おそらく最後まで無駄なのだ。漠然とした予感が、パメラを支配していた。たとえ、この先いかなる形になるとしても、この地に最終的に立っているのは、自分ではない。ダッカー公でも、ラーナ王妃でも、そしてレヴィン王子でもない。それは……
「パメラ様」
 部下の呼びかけで、パメラは想像するのを止めた。考えても無駄なことだ。運命という正体不明のものに仮に自分が振り回されているとしても、今自分の行動を決しているのは自分であって、他の何者でもない。
「再編成は終わったのか」
 パメラの言葉に、部下は頷いた。
「シレジア軍の天馬騎士の残存、120騎士のうち、まだ50騎士ほどは健在です。残りは少なからず負傷しておりますので、軍に組み込むことはできません。シレジア軍の歩兵は、ほぼ壊滅しています。我が軍は、天馬騎士はほぼ回復いたしました。魔法師団は団長のアーヴァ様は健在ですが、軍としては壊滅状態にあります。歩兵も同じです。しかし、シレジア軍の生き残りは、いずれも我々への恭順を拒否しています」
「だろうな」
 別に、驚きはしない。圧倒的に不利な状況であっても、彼女らは降伏することを潔しとしないだろう。それは、亡きマーニャへの、絶対の信頼とそして敬意によるものである。果たして自分が、これほど部下に信頼されているか、というとパメラは自信がなかった。
「死してなお、マーニャは我らの前に立ちふさがる、か。さすがというべきか」
 マーニャの亡骸はパメラの指示で、他の戦死した天馬騎士達と共に、丁重に葬られた。ユングヴィのアンドレイは、さっさとシレジアを占領することを提案したが、パメラには、いや、ザクソン軍には勇戦して散った彼らを、そのまま放置していくなど、とてもできることではなかったのだ。
「仮に、この戦いでパメラ様が倒れられていたとしても、私達はマーニャ様には従いません。私達は、パメラ様の部下だからです」
 突然口を開いた部下の言葉に、パメラは一瞬あっけに取られてしまう。心を見透かされたかのような気がしたが、だがその言葉は嬉しかった。
「ありがとう」
 パメラはそれだけ言うと、シレジア軍の天馬騎士達が集められている場所へと歩き出す。彼女らは、拘束こそされていなかったが、武器は取り上げられていて、ペガサスとも離されている。パメラの姿を確認すると、ある者は憎しみの目で、ある者は怒りの目でパメラを睨んでいた。
「我々に従うつもりはないのだな」
 決して高圧的に言ったつもりはないのだが、この状況では、自然口調もそうなる。もっとも、こう聞いても彼女らの返事は分かりきっていた。また、パメラ自身、グランベルの力を借りた、という後ろめたさがある。正直、この視線に長い間晒されるのは、精神的に辛かった。
「だれが……!!」
 前の方にいた天馬騎士の一人が、口を開こうとしたとき、その前に槍が放り出された。彼らの使っていた武器の一つである。
「お前達を解放する。シレジアに戻り、再び我らと戦うもよし、逃げるもよし。あるいは、マーニャの妹、フュリーの元へ行くのもよし。お前達の好きにするといい」
 ざわめきが、シレジア軍に広がった。彼らの、全く考えていなかった処遇なのである。
「我々は、明朝、シレジアへ進軍する。お前達に構っている余裕はない。武器は、明日朝に返す。それまでに、どうするか決めておけ」
 パメラはそれだけを言うと、身を翻して再び歩き去る。その方向に、ユングヴィ公アンドレイがいた。
「甘いな。この場であの天馬騎士団長の首を刎ね、それを突きつければ奴等も折れるだろう。あるいは、それをシレジアに晒せば、シレジアも労せず占領できる。所詮は女か。だから……」
 アンドレイは、途中でその言葉を止めた。パメラが、凄まじい目つきでアンドレイを睨んでいたのだ。
「貴公は、シレジア人ではない。力を貸してくれたことは感謝するが、これ以上口を出してもらいたくはない。シレジアは、すでにほぼ全軍を出していて、もはや戦う力など残してはいない。そんな下策など取る必要はない!!」
 アンドレイはなおも何かを言いたそうな素振りを見せたが、結局何も言わず、引き下がる。途中、思い出したように立ち止まる。
「では我らはここで、ザクソンへ万に一つシレジア軍が進行することのないように待機していよう。それならよかろう。元々、我らの役目はシレジアの壊滅だ。パメラ殿がシレジアを占領すれば、もう用はない」
 それだけ言うと、きびすを返して立ち去っていく。パメラは、その背中に唾を吐きかける衝動を、かろうじて押さえた。
「下衆め!!」
 パメラは吐き捨てるように呟いた。しかし、自分達も彼と何ら変わらない。主筋を裏切り、挙げ句同僚を討ち、そしてついにありうべからざる軍による王都の占拠を行おうというのだ。父殺しの彼と、どう違うというのか。。
「それでも、ここまで来たら負けるわけには行かない……のよね」
 パメラは一人呟くと、自分の天幕に戻っていった。

 しかし、事態はパメラの予想もしなかった方向へと動いていた。いや、あるいは予想すべきことであったのかもしれないのだが、シレジア王国は、長くまともな戦争など体験していなかったため、マーニャですらほぼ失念していたことであった。
 シレジアの方向から、一騎の天馬騎士が飛んできたのは、明け方、まだ太陽が地平から顔を出さずに、空を金色に染め上げている時間だった。その天馬騎士は、即座に見張りの天馬騎士によって拘束され、パメラの前に引き出される。
「シレジアに残っていた者か。だが、残念ながらすでに戦闘は終了している。お前達の隊長であるマーニャは戦死した」
 その言葉は、彼女に少なからず衝撃を与えた。だが、しばらく考えた後、パメラに対してお願いがあります、と言って頭を下げた。
「シレジア軍であるあなたが私に?何を頼むというの?」
 この反応は意外だったので、パメラは一瞬緊張を逆に解いてしまった。
「シレジアを救って下さい。いえ、シレジアの民を。今、シレジアは……」
 その騎士の話を聞き終えたパメラは、即座に全天馬騎士に出撃を命じた。
「くっ、まさかこんなことを失念していたなんて。気付かないマーニャも私も迂闊だった」
「どうなされた?パメラ殿」
 聞き違えようもない。ユングヴィのアンドレイの声である。正直、今一番会いたくない人間に掴まってしまった、とパメラは思ったが、口には出さなかった。
「我々は急ぎシレジアへと進軍する。貴公らは、ここで待機していて頂きたい!!」
 それだけ言い放つと、その剣幕に呆気に取られているアンドレイを置いて、パメラは次にシレジア軍の天馬騎士達が集められている天幕へと向かう。彼女らも、何事かが生じていることは分かっているのだろう。そのほとんどが起床していた。
「我々はすぐ出立する。お前達は昨日伝えた通り、好きにするといい」
「何があったのですか?」
 これに答える義理は、パメラにはなかったのだが、だがパメラは反射的に答えていた。
「シレジアが盗賊達に襲われた。それ以上は不明だ。状況はよく分かっていない」
 それだけ言うと、天幕から出ようとして、パメラは呼び止められた。質問してきた天馬騎士だ。
「私も、それに協力します。ダッカー公の力になるつもりはありませんが、シレジアを盗賊達の好きにさせることはできません。一時的ですが、パメラ様、私はあなたに従います」
 その言葉を皮切りに、そこにいた天馬騎士が、次々と同調していく。パメラは、何故かそれがとても嬉しく思えた。たとえ、敵味方という形になったとしても、まだどこか、一つに集まれるのではないか、という希望が見えてきたのである。だが、その中心にいるのは誰か。ラーナ王妃なのか。ダッカー公か。それとも……。
 パメラはその思案をとりあえず切り捨てると、彼女らに武器を返すように部下に命じ、即座に出発する旨を伝えた。また、負傷のひどいものは、絶対についてこないように厳命すると、自分の愛馬へと向かう。この戦い始まって以来、一番晴れやかな気持ちであることを、パメラはこの時まだ認識していなかった。

 シレジアの街は、すでに盗賊達の占領下にあった。ほぼ全戦力を出撃させていたシレジアに、数百人もの盗賊達に対抗する手段などあるはずもなかったのである。盗賊達は、内乱が始まったときからずっと、虎視眈々とこのチャンスを狙っていたのだ。
 ラーナ王妃は、盗賊が攻めてきた、という報告を受けたとき、直ちに市民を城外へ逃がした。それも、王族専用の秘密通路を使って、盗賊達に悟られないように、である。市民達は次々に、持てるだけの財産を持って、城外へ逃げ出した。そのため、盗賊達は、彼らの欲求の一つである略奪も満足に行えず、また無抵抗の市民を殺す、という虐殺もできず、ひどく欲求不満であった。また、シレジア城は、堅く門が閉ざされ、残された数十の兵士でも何とか防御している。盗賊達は、期待していたことの半分も行えないその欲求不満を、シレジア城を陥落させて満たすことにした。実際、シレジア城の中には、かなりの財宝がまだあるはずなのだ。この盗賊相手の防戦は、長くはもたないが、兵士達はいずれ、マーニャが戻って来ることを信じていた。
 しかしその防戦も、3日目が限度であった。盗賊達は、逃げた市民を追うため、城外に広く展開していたのだが、そのうち、マーニャが敗れたらしい、という噂が広がったのである。無論、城内の者達はラーナを始め、信じてなどいなかったのだが、ただでさえ、不安な状況にあるこの状態では、一度生じた不安は、なかなか消せるものではない。また、3日ものあいだ、ほぼ不眠不休で防戦し続けている集中力も途切れてしまい、明け方に一気に攻勢に出た盗賊達の前に、ついに門が破られてしまった。
 城内の士気は落ち、また体力も限界である。兵士達は次々と盗賊の凶刃にかかって倒れ、シレジアは完全に滅び去るかと思われた。しかし、彼らが絶望しかけたとき、最後の希望がその目に映ったのである。己の目を疑ったものも少なくはない。それは、まぎれもなく天馬騎士団だったのである。
 実際には、これを指揮する天馬騎士は、パメラだったのだが、遠目に見る彼らに、それが分かるはずもない。ただ、歓呼を持って、迎え、また一気に攻勢に転じた。
 パメラは、天馬騎士を二つの部隊――元々の部下と元マーニャの部下に分けて、うち、マーニャの元部下達には、逃れた市民達の保護を命じた。無論、この機会に一気にシレジアを制圧しよう、という目論見もあるからである。また、マーニャの部下達もそれは分かっていたのだが、今はそれ以上に、シレジアの天馬騎士として、国を守らなければならない、という意識が優先し、その命令に従ったのである。ただし、彼女らはこの後、再びパメラ達と合流することはなかった。
 パメラは、城を攻囲していた盗賊達を一気に攻撃した。盗賊達も、弓を使うものがいなかったわけではないが、高速で飛び交う天馬騎士を捉えられるほどの技量を持つ者がいるわけではなく、なす術もないまま次々と討ち減らされていく。
 そして、パメラはペガサスに跨ったまま、城内へと突入した。途中、幾人の盗賊をその槍の穂先にかけたかは覚えているつもりもない。そして、謁見の間の扉が見えたとき、ちょうどその扉が盗賊達によって破壊されるところだった。破壊された扉の向こうに、パメラもよく知る、黒髪の女性が立っている。盗賊達も、よく知っているだろう。シレジアの実質的指導者、ラーナである。
 盗賊達は、パメラが肉薄しているのに気付き、慌てて部屋の中に入る。ラーナ王妃を人質に取るつもりなのだろう。それはパメラの軍の目的を考えれば有効なはずはないのだが、盗賊達にそれを判断することはできない。また実際には有効だろう。
「その方に触れるなあ!!!」
 パメラの声に、碧風の槍が反応した。パメラは反射的に槍を投じた。槍は、まるで意志あるもののように、凄まじい速度で飛んでいき、盗賊を3人まとめて串刺しにする。そのまま、壁まで突き抜けていった。
「ひ、ひいいい」
 残った盗賊――あと二人は、慌てて逃げようとしたところに、パメラが突っ込んだ。その手には、蒼風の槍が握られている。
 蒼い軌跡と共に、盗賊達は絶命した。

 戦いは終わった。シレジアの街を襲った盗賊達は、壊滅的な打撃を受けて散り散りになって撤退した。撤退というよりは、文字どおり逃げた、というところだろう。ただ、パメラ軍も全員相当疲労していた。正直、今襲われたら勝ち目はない。パメラは、市民の保護に向かった部隊が戻ってこないのが気になりはしたが、この機会に、本来の目的を達成すべきであると判断し、ラーナ王妃の元へ行った。
 ラーナ王妃は、パメラ達に何も聞かず、ただ休む場所と食料を与えてくれたのである。それはありがたい、と思っているが、それとこれとは別である。
「ラーナ様」
 破壊された扉以外は、謁見の間は荒らされてはいない。その玉座には、誰もいない。それは、この十数年変わっていない。その隣にある、少し小さ目の椅子。そこに座する人物に、パメラは跪いた。
「僭越ながら、お願いがあり参上いたしました。いくつもの不遜なる行為については弁解の余地はありませんが……」
「構いません。ダッカーの指示である以上、あなたには大抵のことは許されます。頭を上げなさい」
 王の威、というのとは違う。ラーナに、圧倒するような強さは感じない。ただ、慈母の優しさがある。それこそ、ラーナがこの十数年、シレジアを指導してこれた力なのだ。だが、すでに時代は優しさでは治められなくなりつつあるのもまた事実である。
「ただその前に、お返しするものがあります」
 パメラはそういうと、手に持っていた槍を差し出した。マーニャが持っていた蒼風の槍である。
 パメラは震える手で槍をラーナに手渡した。
「この槍は、ラーナ様が然るべき者に、再び授けて下さい」
 その槍を受け取ったとき、初めてラーナの顔が崩れた。涙が止めど無く溢れている。
 騎士としての戦いは、正々堂々としたものであった。おそらく、あのまま続けていれば、敗れたのは間違いなく自分であっただろう。
「マーニャは間違いなく、シレジア天馬騎士団最強の、そして最高の騎士であったと、私は確信しております。彼女が倒れたのは、卑怯な不意討ちでありました。おそらく、あのまま戦っていれば……」
「パメラ。自分を責めるのはお止めなさい。マーニャもあなたも、精一杯戦った。その結果がどうであれ、その行為には何ら恥じるところはないはずです」
 パメラはただ、黙って下を向くことしかできなかった。今顔を上げてしまえば無様なまでの泣く寸前の顔を見せることになるのだ。
「さて。要求を聞きましょう、天馬騎士パメラ」
 凛としたラーナの声が謁見の間に響いた。パメラは慌てて涙を拭うと、顔を上げる。
「はい。それではダッカー公からの要求をお伝えします。一つは、王位をダッカー公に譲位されること。そしてもう一つは、神器フォルセティを、我らに引き渡すこと……」
「それは、できません」
 全く予想していなかった反応というわけではないが、これほどはっきりと、拒絶されるとは、パメラも思っていなかった。驚いて、ラーナの表情を見る。彼女の表情に、迷いはなかった。。
「私は、王位をどうこうできる立場にありません。その資格は、我が息子レヴィンだけが持ちます。レヴィンが王位をダッカーに譲る、というのであれば、私にはそれを反対する理由はありません」
 ふと、パメラは国にいた頃のレヴィン王子を思い出した。もし、あれから王子が変わっていないとしたら、あるいはそれもありえるのではないだろうか、と思えてくる。
「それからフォルセティですが……これは、見ていただいた方が早いですね。こちらへ」
 ラーナは立ち上がると、玉座の後ろにある扉を押し開け、中に入る。そこは、王家の、それも直系とその家族以外は入ることを許されない部屋だ。マーニャですら入ったことはないだろう。
 一瞬躊躇したが、ここまできて入らないわけにもいかない。パメラはラーナに続いて扉をくぐった。
 別段、何も変わったところなどない通路。途中から、螺旋階段になっている。それがしばらく続いた後、また扉に突き当たった。ラーナが二言三言呟くと、その扉が音もなく開く。何かの単語に反応するらしい。そして、扉の向こう側は、また階段になっていて、それを登りきったところが円形の部屋になっていた。多分、城の塔の一つだろう。窓から見える光景は、かなり高い。そして、その部屋の光景は、パメラの想像を超えていた。
「……魔道書が……浮いている……?それに、その周りに……」
 その部屋は、広さ自体は大したことはない。直径は15歩ほど。ただ、その中心に、水晶かなにかで作られていると思われる台座があって、その上に大きな翡翠玉のはまった魔道書があった。正しくは、魔道書が浮いていたのである。
「これが、風のフォルセティ。かつて、風の聖戦士セティが神々から授かった、風の魔法です」
 ただ浮いているだけなら、パメラもそれほどは驚かなかっただろう。ただ、その魔道書のまわりの空気が、激しく渦巻いていたのだ。風は目には見えないが、魔力を帯びた風は、わずかに光を放つ。それが、魔道書のまわりを満たしていて、さらに、時々、半裸の女性のような影が見えたようにも思えた。
「あなたにも見えますか。風の精霊が」
「これが、風の精霊?」
 話には聞いたことはある。元々、魔法とは精霊達に呼びかけ、その力を強く具現化してもらうことによって、発現するものだという。だから、魔法の種類によって、発現するまでの時間が異なる。風の精霊は、どこにでもいるためにこれが非常に速い。しかし、魔法という力で導いた精霊の力は、本来よりはるかに弱いという。その姿を現出させることが出来ないのだ。かすかに漏れいずる力を使役するのが、普通の魔法なのである。しかし、精霊を完全に呼び出し、使役することができれば。それこそが、最強といわれる力だったのか。
「今、フォルセティには誰も触れることは出来ません。フォルセティは、待っているのです。自分の、真の所有者が来るのを」
「……それは、レヴィン王子ですか?」
 ラーナは静かに頷いた。
「レヴィンが、フォルセティを呼んでいるのでしょう。私は、セティの力を引き継ぐものではありませんから分からないですが、そう思います。触れない方が良いですよ。怪我では、すまないでしょうから」
 パメラは肩をすくめて見せた。実際、触れようとは思わない。卑怯な手段を徹底するのであれば、ラーナを人質にして、レヴィン王子に投降を呼びかけるという手もあるだろうが、もうこれ以上、パメラは自分が納得のいかない戦いをするつもりはなかった。
「これは私の手におえるものではないですね。分かりました。フォルセティの件は、ダッカ―公にお知らせしておきます」
 パメラは、それだけ言うと、フォルセティのある部屋を後にして、謁見の間まで戻った。ラーナもすぐ後からついてくる。
「誰か!!」
 パメラの声に、数騎の天馬騎士が謁見の間に入ってきた。入り口付近で、ずっと待機していたのである。
「ユングヴィのアンドレイ殿に、もうシレジアは制圧したから、帰っていいと伝えてくれ。それから、残りのものは軍を再編しろ。来るぞ、フュリーが。多分、市民を保護に行った部隊は、そのままフュリーの部隊に編入されているだろう」
 思いつきだが、確信に近い。パメラは、マーニャの妹が近くまで来ているのを感じていた。
 一通り指示を出し終えると、パメラはラーナの方に、もう一度向き直る。
「ラーナ様。再び、街が戦場になることをお許し下さい」
 それに対するラーナの返答は、明瞭で迷いはなかった。
「あなたが正しいと思える、納得のいく戦いをなさい。私には、なにも言えません」
 パメラは深々と頭を下げると、碧風の槍を携え、謁見の間を後にする。ラーナは、その後姿を、ずっと見送っていた。




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