パメラがいなくなってからのフュリーは多忙を極めた。 無論、パメラが謹慎中もフュリーが天馬騎士を纏め上げていたのだが、フュリーにとってはそれはあくまで『代理』であり、パメラが戻ってきたらすべて引き継ぐつもりでいたのである。 だが、パメラは謹慎が解けると同時に天馬騎士を辞し、すでにザクソンにもいない。 今年の始め、いや、戦いが始まるまでは四人全員いた天馬騎士のトップである四天馬騎士が、いつの間にかフュリー一人だけになってしまっていた。 四天馬騎士はその筆頭がシレジア天馬騎士団の団長となり、残る三人がそれを支え、そして団長に何かありしときは、次席のものから順に団長の代理を務めるのが通例である。四天馬騎士とは、その名の通り、天馬騎士六百騎の頂点に立つ四人であり、天馬騎士最高位を示すものなのだ。 今回のように、一気に三人の四天馬騎士がいなくなることは今までなかったが、それでも一人は残っている。ならば、末席とはいえ、その一人が天馬騎士団の長となるのは至極当然といえた。 これは、全ての天馬騎士にとって、当然の流れである。ただ、一人を除いては。 その、当事者であるフュリーにとっては、天馬騎士団の長の地位、というのは、自分の想像の遥か外であった。 元々、フュリーの年齢で四天馬騎士であった例など、過去にマーニャ一人しかいない。 しかしそのマーニャとて、フュリーの年齢の頃はまだ四天馬騎士になって一年たらずのころであり、将来は嘱望されていたが、まだまだ末席を埋めるに過ぎなかった。 フュリーは、異例とも言える――それまでの最年少記録を更新したというマーニャをも凌ぐ早さでの――抜擢だったのだ。 無論フュリーは、その責任の大きさは十分に承知しているつもりだった。だが、誰かが自分より上にいてくれるのと、自分が一番上の地位に就いてしまうのは、非常に位置が近くてもまるで別物である。まして、自分はむしろ天魔騎士団の中では若輩者である。 天馬騎士はその特性上、騎士でいる期間は普通の騎士団に比べると格段に短い。 最年少――十六歳――で騎士になったとしても、大抵の騎士は、十年ちょっと――三十歳前に引退するのが普通だ。 大体二十半ばくらいが、天馬騎士の中でももっとも信頼され、経験も積んだ騎士として尊崇を集めるようになる。代々の騎士団長も、ほとんどがこの年齢だ。例外的に、やはりマーニャが二十二歳で騎士団長となっているのが、これまでの最年少記録だ。 だが、フュリーはまだ二十歳になったばかりである。 フュリーは図らずも、またもや天馬騎士団における最年少記録を塗り替えることとなってしまったのである。 確かに、すでにフュリーより年下の騎士は多い。全体の三分の一程度は、フュリーと同年代か、あるいは年下である。 本来は、半数近くがフュリーと同年代か年下なのだが、あの熾烈な内乱で、やはり年若い、経験の少ない騎士がより多く失われてしまったのである。 そしてそれは、全体の三分の二は、フュリーよりずっと経験も実績のある騎士達なのだ。 彼女達を差し置いて、自分が天馬騎士団の長となる。 それ自体は回避できることではない。それが、四天馬騎士の一人としての責任だからだ。 しかし、自分には実績も経験もない。 だから、何が何でも彼女らの長として認められるようにならなければいけない。 その重圧が、フュリーに必要以上の負荷をかけていたのである。 |
その日レヴィンは、いくつかの報告を受けて、その情報の整理を行っていた。 冬はシレジアにとっては戦乱のない時期とはいえ、逆に言えば春から予想される戦いの、準備の時期でもある。 シグルドはすでにシレジアから撃って出るつもりらしい。それ自体はレヴィンも賛成だし、レヴィンも従軍するつもりである。シグルドの無実の証明をするためには『シレジア王』の証言は有効だろうし、それに、シレジア王として、軍をシレジアに入れてきたその責任を追及する必要もあるからだ。 ただそれとは別に、いざ戦いとなったとき、シレジアの防備はしっかりしておかなければならない。そのために、レヴィンは何人もの人を使ってシレジアの国境付近の正確な地図を作ろうとしているのだ。 「本来なら、夏、平和なときが良いんだろうが……」 しかしそう悠長なことは言っていられない。それに、雪に埋もれているとはいえ、ある程度の地形の想像は出来る。 シグルド達と戦っていて痛感したことだが、正確な地形の把握は戦いの趨勢を支配する。 シレジアには天馬騎士があるので、ついつい地上の地形の把握をおろそかにしがちだが。 地図自体は一応存在する。だが、それらはいずれも古く、今の地形に対して正しいのかは保障できない。 「ま、春までにある程度形になれば……ん?」 ひとしきり地図に書き込みを入れて、とりあえず一休み、と思ったところに、まるでタイミングを計ったようにドアをノックする音が聞こえてきたのである。 「誰だ? いいぞ、入ってくれ」 シグルドが何か相談にでも来たのだろうか、と思ったが、それは違ったらしい。 「……ちょっと……いい?」 入ってきたのは、シレジア人とは少し違う感じの、深いグリーンの髪の少女。 「シルヴィア……?」 そういえばしばらく会ってすらいなかった。 平時であれば、いつもレヴィンの傍から離れなかった少女だが、シレジアの内乱が激化し、さらにレヴィンが王位を継承してからこっち、まったく会ってなかったと言っていい。 「久しぶりだな、どうした?」 「ホントに久しぶりよね、ゆっくりと話せるの」 実際には、トーヴェ戦直後くらいに会話した記憶がある。 もっとも、あの時は戦時だったためゆっくり話していない。とすると、内乱が始まる前か。 だとしても、それからせいぜい一月程度しか経っていないはずだが、もう酷く昔のことのような気がする。 あの時はまだ、シレジアは平和で、緊迫した状況ではあったが、四天馬騎士は全員健在であったし、叔父達もいた。 僅か一月。 その間に起きたことの、なんと多いことだろう。 叔父であるマイオス、ダッカーは死に、四天馬騎士もマーニャとディートバが戦死した。そしてつい先日、パメラもまた、天馬騎士を辞した。 レヴィンの周りの人々が、この一ヶ月で一気にいなくなってしまった。そんな気すらする。 「レヴィン、結局王様になっちゃったんだね」 その声には、僅かばかりの寂寥感が感じられた。それは、レヴィンとシルヴィアの間にある身分という距離を、シルヴィアが認識しているからなのか。 「おいおい。俺は俺だ。肩書きがどう変わろうが、それは変わらない。お前がそんなしおらしくしてると、かえって妙だぞ」 その言葉に、シルヴィアはぷーっと頬を膨らませた。 「なによ、それ。私がしおらしくしてちゃいけないの?」 「いや、そうじゃないけどよ。でも、そんなことで他人行儀になろうとするなんて、お前らしくないぞ」 「私らしくない、か……」 「?」 するとシルヴィアは、いきなり近寄ってきて、レヴィンのすぐ横に立つ。 「じゃあさ、私らしくお願いしていい?」 「なんだ?」 なんとなく嫌な予感がしたが、とりあえずレヴィンは先を促す。 「私と結婚して」 一瞬、レヴィンは何を言われたのか理解が出来なかった。その後で、ようやくその意味を理解すると、驚いたように立ち上がる。 「ちょ、ちょっと待て。いくらなんでもそれは……」 「出来ない? 私が踊り子だから? 身分もはっきりしない娘だから?」 「そういうわけじゃないっ。ただ、いきなりそれは……」 「じゃあ、他に好きな人がいるから?」 その言葉に、レヴィンは言葉を詰まらされた。 一瞬、静寂が部屋を支配する。聞こえる音は、雪風が窓を叩く音だけ。 「図星、でしょ?」 レヴィンは何も答えられない。ただ、答えられない、という事実が、シルヴィアの言葉が的外れなどではないことを示していた。それに、レヴィン自身が気付かされた。 「あーあ、私が先だと思ったのに」 シルヴィアは、やれやれ、とでも言うように手を挙げ、レヴィンの傍から離れていく。 「お、おい……」 シルヴィアは振り返らず、そのまま扉の方へ歩いていく。そして、ノブに手をかけたところで立ち止まった。 「レヴィンが身分とかそんなのまったく気にしないのはよく知ってる。でも、相手もそうだとは限らないの。それは、言葉にしなきゃ分からないことなんだから。レヴィン、言葉を職にしてたこともあるんだから、そのくらい分かってあげないと」 それだけ言うと、シルヴィアは振り返らずに部屋を出た。 「シルヴィア……」 シルヴィアは、振り向かなかったのではない。それは、レヴィンにも分かっていた。 多分彼女は、泣いていたのだろう。ただ、それをレヴィンに見せまい、としていたのだ。 「言葉にしなければ伝わらない、か……」 分かっていたことだ。ただ、レヴィンには怖くて言えなかったことでもある。 だが。 それでもなお、レヴィンは言い出す勇気が持てなかった。 マーニャを死なせてしまったこと。 その責任が全部自分にあるというのは自惚れかも知れない。 だが、少なくともその責任の一端は、確実に自分にある。それがレヴィンには、何よりも深い罪の証に思えてしまっていたのだ。 |
数日後。 しばらく続いていた吹雪がやみ、久しぶりに空は一面青く染まっていた。 遮られるもののない太陽の光が雪に覆われた大地に達し、大地はまるでその全てが白く輝く宝玉に満たされたかのような美しい光を放つ。シレジアの冬は、その厳しい寒雪のみが伝えられるが、こういう晴れた日は、夏とは違う美しさを見せるのだ。 そんな中、レヴィンは久しぶりにザクソン城を出ていた。 吹雪で満足に外に出られない日々が続いた、というのもあるが、それ以上に政務――というよりはむしろ軍務――が忙しく、内乱が終わってからこっち、城外に出たのはシレジアでの略式の継承式――というより単に市民に挨拶をしただけ――だけである。 そのため、気晴らし、という目的もあるのだが、今回はそれ以外にも、ある目的がレヴィンにはあった。 とりあえずレヴィンは、街道にそって馬を進めた。 雪が、人の背丈ほどに積もるシレジアではあるが、さすがに全土がそのように雪に埋もれることはない。 街道は魔法師団の中でも、特に炎の魔法が使える者達――大半は風の魔法しか使えないのだ――によって、吹雪いている時以外は馬や馬車が通ることが出来るように維持されている。もっとも、先の内乱で魔法師団もかなりの被害が出たのだが、幸いにもザクソンに属していた魔法師団の被害は、それほどではなかったため、ザクソンとシレジアを結ぶ街道くらいはどうにか維持されている。 ザクソンからグランベルへと抜ける街道は閉ざされているが、これはむしろレヴィンがそうしろ、と指示したためである。 雪道に慣れているシレジア人ですら、シレジアの雪の山道を越えることは出来ない。まして、グランベル人には到底無理なことだ。 だが、シレジアには地上の状態など無関係の天馬騎士がいる。ゆえに、グランベルの様子を探ることに不自由はないのだ。 なので、グランベル側から斥候が入り込まないように、レヴィンは街道を封鎖したのである。 もっとも、今日レヴィンが向かったのは、シレジアとグランベルの国境でも、王都シレジアでもなかった。 ザクソンから街道を馬で半日、さらに平原を横断し、山をいくつか越えた、谷に囲まれた場所。 そこは、代々殉職した天馬騎士が死した時に葬られる墓地なのである。 風が谷の間で複雑に渦巻いているためか、、この場所は雪がほとんど積もらない。ゆえに、墓が雪に埋もれることもない、ということでこのような場所に、墓地が設けられたのである。 死者の墓を訪れるにはすこぶる不便な場所であるが、人が滅多に訪れない場所であるため、死者の眠りを妨げないだろう、ということ。そして、ここを訪れる者の多くが、やはり天馬騎士であるため、地上の道の不便さはあまり問題にならないという理由もある。 無論レヴィンはペガサスを駆ることは出来ない。 だが、レヴィンはフォルセティの力を継承したときに、全ての風の精霊を友としている。精霊達の力で、多少ならば空中に浮くくらいは出来るようになっていたのだ。 レヴィンがここを訪れるのは、実は初めてである。 本来なら、レヴィンが国王として先の内乱での戦没者の慰霊祭を行わなければならず、当然ここにも来たはずなのだが、内乱終結直後はそのような余裕はなかった。ゆえに、母ラーナがそれらの祭礼は仕切ってくれたのである。申し訳ない、とは思うが、当時、グランベルがすぐに来る可能性がないわけではなく、レヴィンはザクソンの防備をある程度安定させることと、グランベルの動きを探ることで手一杯だったのだ。 「ここ、か……」 これまでの道に比べて、ここだけ極端に雪が少ない。若干は積もっているが、せいぜい人のひざ程度。 そしてその、白い大地一面に、白い墓碑が整然と並んでいる。 全てが白い、死者の眠る場所。天馬騎士たちが眠るのには、これ以上ない、と思えるような気がした。 「さて……ん?」 レヴィンは目的の墓碑を探そうとしたところで、先客がいるのに気がついた。 すぐ横にペガサスがいること、白い鎧を纏っていることから、その人物が天馬騎士であることは遠目にも分かる。 「先の内乱で縁者が死んだ誰か……フュリー?!」 「え? ……レヴィン……さま?」 そこにいたのは、確かにフュリーだったのである。 |
「来ていたのか」 「はい……このところ吹雪で、来ることは出来ませんでしたし」 フュリーが立っていたのは、もちろんマーニャの墓碑の前だった。墓碑には、白い小さな花が飾ってある。 「……そうか。よく来てたのか?」 「はい。折を見つけては。幸い、ザクソンからここまでは遠くありませんし」 遠くはない、といっても、ペガサスでも往復で半日近くはかかる距離だ。フュリーは突然天馬騎士団の団長という地位に就いてしまったため、まともに時間などなかったはずだが、それでも無理矢理時間を作っては来ていたのだろうか。 「本当は、もっと花を飾ってあげられるといいのですけど、冬のシレジアはあまり……」 そういえば、マーニャは花が好きだった。自室には、いつもガーデニングされた色とりどりの花が飾られていたのを覚えている。 「そうだな……春になったら、また色々持ってきてやろう」 「はい……そういえば、レヴィン様……いえ、陛下はなぜこちらに。それに、いくらシレジア国内とはいえ、伴の一人もなしに、というのは危険だと思います」 突然、フュリーの態度が硬くなる。 「たまにはいいだろう。俺もなれない仕事で疲れてるし……それに」 レヴィンはマーニャの墓碑を見下ろした。 「一度も来ていなかったからな……」 冷たい、白石の墓標。 その下に眠るのは、今この場にいる二人にとっては、かけがえのない人だった。 静寂が辺りを支配する。 谷を駆け抜ける風の音だけが、まるで死者を慰める歌を歌うように、二人の耳に届いていた。 幾時ほどが経過してからか、その沈黙を先に破ったのはフュリーだった。 「陛下……あの、一つだけ……お聞きしたいことがある……のですが」 「何だ?」 突然のフュリーの質問に、レヴィンは一瞬何かと思ったが、すぐ、彼女がこれから言おうとしていることに気付いた。 たが、そのまま何も言わずにフュリーの言葉を待つ。 「陛下は……あの、姉さまのことを……」 やはりか、と思ったが、こんな場所で誤魔化すつもりは、レヴィンにはなかった。 「ああ。憧れていた。いや……好きだった、と言っていいな」 「そう……でしたか……」 フュリーはそのまま俯いてしまう。 「ごめん……なさい……私、私何も知らずに……ただ、レヴィン様と一緒にいられたらって……それだけ……」 顔は見えないが、フュリーが泣き出す寸前の顔になっているのが、レヴィンには良く分かった。 思えば、いつも自分はフュリーを泣かせてばかりいる気がする。 「…………」 何か言おうとして、レヴィンは言葉を止め、代わりにフュリーを抱き寄せた。 「え、あ、あの、レヴィン、様っ」 まさかレヴィンがそういう行動に出るとは思っていなかったフュリーは、抵抗する間もなくレヴィンの胸に収まる。 「憧れてはいたけどな……シレジア出る前に、きっぱりさっぱりフラれてたよ……マーニャはああいう性格だからな……」 嫌われていたとは思わない。だが、おそらくマーニャは、ある意味フュリー以上に身分と、自分の役割を厳格に捉えていた。だから多分、彼女にとってはレヴィンは好意の対象とはなりえなかったのだろう。 (本当はどうだったのか……最後まで教えてくれなかったな、お前は……) 墓碑を見下ろしつつ、レヴィンは心の中で毒づく。 『私は、妹の初恋の相手を奪うような真似はしません。それに、王子は、ラーナ様に比べたらまだまだ子供過ぎます』 今この場にいたら、そんな言葉が聞こえそうだ。確かに、母と比べられては、まだまだ自分など子供なのだろう。 「それに……な」 レヴィンはフュリーを抱き寄せている手を緩めると、少しだけ距離をとった。 お互いの顔が、最も近くで見える距離に。 「シレジアを離れている間、シレジアを思い出すと、なぜかいつも最初に、お前が出てきていたよ、フュリー」 「え?」 一瞬フュリーは、何を言われたのかまったく理解できなかった。ただ、呆然として、目の前の人を見上げている。 「察しが悪いな……相変わらず」 レヴィンはもう一度、フュリーを抱き寄せた。そして今度は、さっきよりもずっと力を込めて抱きしめる。 「お前が好きだ。そう言っているんだ」 その言葉の意味を、フュリーが理解できるまでには、相当に時間がかかった。 そして、それが理解できるようになると、フュリーは堰を切ったように泣き出した。 「そん、な……」 「返事を……聞かせてくれないか?」 「ず……るいです。そんな、そんなこと、私に……それに、姉さまのことだって……」 「だからここに来たんだ。今日、俺がここに来たのは、マーニャにそれを伝えるつもりで来たんだからな」 フュリーは驚いて目を見開く。それにかまわず、レヴィンはマーニャの墓碑を振り返った。 マーニャはいつも、フュリーを一番気にかけていた。そして、マーニャはもうフュリーを助けることは出来ない。そうしてしまった責任の一端は自分にある、とレヴィンは思っている。 だが、そういう理由で、レヴィンはフュリーと伴にあろうとしているわけではない。何より、レヴィンがフュリーと伴にありたい、と思っているのだ。 「マーニャ。そういうわけだ。お前から見たら、俺はまだまだ未熟だろうし、フュリーもそうだろう。ただ、俺達二人なら、どうにかやっていけると思う。それを……見守ってくれ」 「レヴィン、様……」 「それとも、俺ではダメか?」 レヴィンは、フュリーへと向き直ると、少しだけ不安げに問いかける。 フュリーは慌てて、大げさに首を振った。勢いがつきすぎて、フュリーの長い髪が、涙で濡れたフュリーの顔に絡み付いてしまうほどに。 「なら、一緒に来てくれ。これから先どうなるか……俺にもわからない。だが、お前となら、それを乗り越えられると思う」 フュリーは、涙が止まらなかった。 どうしようもなく嬉しくて。そして、どこかで、姉のことを想って悲しくて。 ただただ、涙が止まらなかった。 「ああ……そう泣くなって。せっかくの美人が台無しじゃないか……」 「す、すみません……」 涙は止まらない。本当は、ちゃんと返事をしなければ、と思っているのだが、唇が言葉を紡いでくれないのだ。 ずっと、言いたくて、でも言い出せなかったその言葉を。 「わ、私も……」 ようやくフュリーは、それこそ全身全霊の力を込めて言葉を紡ぎ始めた。 何年にも及ぶ、その想いとともに。 「私も、レヴィン様のことが好きです。ずっと……ずっと……」 レヴィンは、その言葉を聞くと、それまで以上に強く強くフュリーを抱きしめた。フュリーもまた、強くレヴィンを抱きしめる。 その時二人は、確かにマーニャの祝福の言葉を聞いた気がした。 |