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永き誓い・第三話




 シグルド率いるグランベル軍は、そのままマーファ城へと進攻した。途中、エーディン公女は救出することが出来たが、外交交渉の都合上、シグルドはヴェルダン城まで行かなければならなかった。
 途中、第一王子であり、今回の混乱の実質的な首謀者であるガンドルフ王子と戦い、これを討ち取ったが、戦いは終わらなかった。
 そして、いよいよヴェルダン城へ進軍、というときシグルドはディアドラという娘と出会った。彼女はその時はすぐに森の中へ消えてしまったが、シグルド達が精霊の森と呼ばれる森を通るとき、シグルドの身を案じてか、ヴェルダンにいる魔導士への注意を喚起するために再び現れた。誰の目にみても、二人が恋に落ちていた。
 結局、ディアドラはシグルドに同行し、その不思議な力を持つ杖の力で、ヴェルダンにいた、おそらくは今回の混乱の、真の首謀者と思われるサンディマという魔導士の力を封じ、シグルド達を勝利へと導いた。しかし、国王であるバトゥ王は何者かにすでに害されていた後だった。いや、何者かは分かっていた。だが、その後ろ側にいる者の真の目的は、誰にも分からなかった。

 シグルドとディアドラは、エバンス城に戻るとすぐに、結婚式を挙げた。
 一方でシャナンはディアドラになつき、シグルドを含めて、まるでその三人は家族のようになっていた。。
 そのシグルドとディアドラの結婚式の十日後、王都バーハラから使者が着いた。
 使者は二つの書簡を携えていた。
 一つはシグルドの父、バイロンからのもので、息子の結婚を祝うものと、早く孫の顔を見せろ、という内容だった。「結婚したばかりなのに、もう孫のことを」とシグルドは苦笑したが、自分自身、早く子供が欲しい、とも思っている。
 もう一つはバーハラからの命令書で、シグルドはこのまま軍を統率してエバンス城に駐留せよ、というものだった。エバンス城はグランベルとアグストリア、ヴェルダンの三王国の国境にある重要な拠点である。実際、先の戦いでも、アグストリアのハイラインの軍がエバンス城を攻撃してきたばかりであった。あの時はシグルド、キュアンの親友エルトシャンがクロスナイツを率いて撃退してくれたのだが。
 シグルドは早くシアルフィに帰りたかったが、命令には背けず、結果としてエバンス城に留まることになった。レンスターから来ていたキュアンやエスリン達も、まだ帰らずエバンス城に留まっていた。
 だが、もともとの兵が少ないため、エバンスを保持し続けるのには不安がある。かといって、グランベルの軍の大半はイザークへ遠征していて、残っている軍は王都を守るべき親衛隊をのぞけば、あとは各公国の守備のためのわずかな兵だけで、増援は望めなかった。そのため、シグルドは傭兵を募ることにした。
 周辺地域に公募をかけたのだが、集まってくる傭兵は意外に数が多かった。
 元々、エバンスの北にあるアグストリアは、単一の国家ではなく、いくつかの国家の連合体である。その国家間の争いは、大小あわせれば結構な数になり、傭兵達も当然多く雇われている。
 だが最近、賢王と名高いイムカ王の治世で、アグストリアは平穏な日々が続き、傭兵達もあまり働き口がないらしい。
 シグルドの傭兵募集は、久しぶりの大口の募集だったのだ。
 最初、集まった分だけ雇うつもりであったシグルドだったが、さすがに人数を絞ることにした。国庫から補助金が出ているとはいえ、それほど金銭的に余裕があるわけではない。むしろ少ないと言える。そのため、審査をして、ある程度の技量を持ったものだけを雇うことにした。
 審査にあたる者は特に定まっていなかったが、大抵はアレクやノイッシュ、ミデェール達騎士で、時々ジャムカ王子やアイラ王女も手伝っていた。そして傭兵を募集し始めて十日目、その男は現れた。
 いくら傭兵とはいっても、ノイッシュ達よりは技量は劣る。もっとも中には冷やかしに来たのか、剣すらまともに使えないような者達もいたから、それに比べればまともといえるだろう。だが、その男は別格だった。
 最初に手合わせしたのはノイッシュだった。
 ノイッシュはいつもどおり、まずは軽く剣を合わせて、と思ったのだが、いきなり叩きつけられた強烈な一撃に、一瞬で剣をはじき飛ばされてしまった。何が起こったのかよくわからなかったが、自分が剣を滑らせたわけではないことは、手のしびれが教えてくれている。
「こんなものか? グランベルの騎士の力というのは?」
 その男は全く息を乱さずにそう言った。ノイッシュは一瞬その男を睨んだが、自分が完敗したことは認めざるを得ない。技量に問題はない、と判断し雇用契約を、と言ったが、男の返事は素っ気無かった。
「この程度の腕で騎士になれるようなところに、用はない。もう少し期待してみたのだがな」
 男はそう言うと、さっさと荷物をまとめて城門の方へと向かう。だが、その城門で男の足は止まった。
「大した腕のようだな。私と勝負してみないか?」
 男の前に立っているのは長い黒髪の女性だった。自分の身の丈の八割はあるような長大な剣を持っている。
「お前は……」
 男は何か言いかけたが、その後に言葉は続かなかった。
「どうしたの?」
 いつ現れたのか、女性のそばに六、七歳の少年がいた。女性と同じ黒髪の少年だった。
「少し下がっていなさい。シャナン」
 女性はそう言ってシャナンと呼んだ少年を下がらせる。そして、再び男の方に向きなおる。すると男、はちょっと面食らったような顔をしていた。
「どうした? 怖じ気づいたのか?」
 女剣士──アイラはそう言って、大剣の鞘をはずす。大剣類の鞘は抜くときの不便がないように、留め具で固定してあるだけで、留め具をはずすとすぐ落ちるようになっているのだ。抜き放たれた大剣をアイラは軽々とかまえ、その切っ先を男に向けた。
「……そうか……いいだろう」
 男はそう言うと自分も剣を抜いた。こちらの剣もアイラのものと同じか、それ以上に大きな剣だった。
 先に動いたのはアイラだった。並の剣士では受け止めるのすら困難であろう一撃を、だが男は容易に受け止めた。金属同士がぶつかった高い音が響いて、一瞬二人の動きが止まる。一瞬の均衡の後、男はそのまま力で押し返す。さらにその力の方向のまま斬撃を繰り出してきた。アイラの方は受け止めることはせずに、少し後ろに下がって空を切らせた。そこへ続けざまに放たれた斬撃は、大きく後ろに滑ってかわした。アイラはそこから一気に連続で斬り込んだが、全て受け止められてしまった。
 お互い、多少息が上がっている。
 アイラは、相手の男が自分とほぼ互角の技量を持っていることを認めざるを得なかった。
 自分以上に大きな剣を振り回しているのに、一撃の鋭さは変わらない。それは、男がどれだけ戦いなれているかを示すものだ。
 我知らず、アイラはこの戦いに楽しみすら感じ始めていた。
「その辺で十分じゃないかな?」
 横合いからした声に、アイラは一瞬気を取られ、動きが止まる。しまった、と思ったが男の方も動きを止めていた。声をかけたのはシグルドだった。
「彼女と互角に渡り合えるような戦士であれば文句はない。是非、我々の軍に入ってはもらえないだろうか」
「お前は?」
 男の返事は素っ気ない。
「私は……一応この軍の指揮官ということになっている。シアルフィの公子シグルドだ」
「そうか貴公が……ならば貴公の腕を見せてもらおう。命を預けるに値するか!」
 男はそう言うとシグルドに斬りかかった。不意打ち、というほど短い時間ではなかったが、並の戦士では対応しきれいないほどの斬撃。だが、シグルドはそれを受け止めた。
「シグルド様!」
 シャナンが叫んだ。シグルドは大丈夫だ、とでもいうように一瞬シャナンの方を向き、それから男の方に向きなおる。男の続けざまに繰り出した斬撃を、シグルドは全て受け流していた。
 先のアイラとの戦い同様、この勝負も互角に見えた。だが、シグルドは一瞬の隙をつき、男の大剣の鍔を叩いた。大きさに劣るシグルドの剣の一撃でも、そのその場所を叩けば十分な衝撃を与えられる。
「くっ!」
 男の大剣が、音をたてて石畳に落ちた。
「勝負あったな。これで満足してもらえたかな?」
 シグルドはそう言って剣を収める。男はしばらくその落ちた剣を見ていたが、やがてシグルドの方に向きなおった。
「迷いのない剣だな。俺の剣とは違う。貴公の剣は多くの命を背負うものの責任感を感じさせた。そしてそれに押しつぶされない気迫を」
 そのような言葉が出てくるとは思わず、シグルドはむしろ興味を覚えて、目の前の男を見定めた。
 体格は、自分よりむしろいいくらいだ。目を引くのは、鮮やかな金色の髪だが、これはアグストリアでは珍しい色ではない。しかし、この男はアグストリアの人間、と思うにはあまりにも鋭いものがありすぎる。傭兵をやっているからだろうか、とも思えたが、それだけではなさそうだ。
 男の方は、そのシグルドの視線は気にもせずに、落ちた剣を拾い上げて鞘に収めた。
「俺の名はホリン。今日から貴公の軍の戦列に加えてくれ」
 ホリン、と名乗った男はそう言うとシグルドに手を差し出してきた。シグルドはそれに応えて手を差し出す。
「よろしく、ホリン殿」
 ホリンはああ、と返事をするとアイラの方に向きなおった。
「そちらもな、アイラ殿」
 そして荷物を拾ってからもう一度城内へ入っていった。シャナンがその後を追いかけた。
「すごいや、アイラと互角に戦うなんて。シグルド様やキュアン様しかいないと思っていたのに」
 ホリンはその言葉には答えずに、そのまま城内へ消えていった。
「……私は名を名乗ったか?」
 ホリンが消えた後の中庭で、アイラが不思議そうにシグルドに尋ねる。
「さあ? シャナンが君の名前を呼んだんじゃないか?」

 エバンス城での駐留がどのくらいの期間になるのか、シグルド達はまったく分かっていなかった。漠然と、イザークへと遠征した軍が戻ってくるまでには戻れるだろう、と思っていたくらいだ。だが、その滞在は予想以上に短いものになりそうだった。
 シグルドの親友、エルトシャンが突然アグストリアの首都アグスティで投獄され、直後にその城ノディオンがハイラインのエリオットに襲撃されたのである。エルトシャンの妹ラケシスから救援の要請を受けたシグルドは「侵略になるのではないか」という仲間の反対を押し切って、ノディオン城に救援に向かうことにした。
 騎馬兵を中心に構成した先行部隊で、ノディオンにとりついていたエリオットの部隊を撃退した後、ラケシス姫の責任において今回の侵略の責任を問おうとしたが、それに対してハイライン公が反発、軍を差し向けてきたので、シグルドとしてはラケシス姫を守るために迎撃せざるを得ず、ハイラインはそれを侵略ととってさらに軍を差し向けてきたため、結局シグルドはハイラインにラケシスを連れて行くために、ハイラインを攻略することになってしまった。
 しかもハイライン公はシグルド軍に最後まで頑強に抵抗し、結果としてシグルドはハイライン公を捕らえようとして失敗、討ち果たすことになる。
 結果、『グランベルの公子がアグストリアの一国を陥落させた』という形になり、アグストリア内に動揺が広がった。
 この事件が微妙なアグストリア各国の力関係に変化を与えて、各王の野心に火をつける結果となったらしい。
 アグストリアは内乱状態に突入した。
 シグルド達は結局、降りかかる火の粉を払っているうちに、アグストリア南部全ての国々と戦い、最後にはエルトシャンを牢から助けるためにアグスティも攻略することになってしまったのだ。
 しかし、助け出されたエルトシャンから感謝の言葉はなく、代わりにバーハラから派遣されてきた、アグストリアの街々を、我が物顔で歩き回る役人達への怒りの言葉があった。
 これに対してシグルドは1年間で本国へ撤退する、と約束してエルトシャンはそれを信じシャガール王を守って北のマディノへと移動していった。

 アグスティでの生活はシグルド軍にとって重苦しいものとなった。バーハラからの役人は我が物顔で市街を歩き、市民は日に日に不満をつのらせていく。シグルドは何度も国王への嘆願書を送ったが、バーハラからの返事はいつも同じ「現状のまま治安の維持に務めよ」であった。
 また、この段階でアイラやシャナンの存在は、バーハラの知るところとなった。バーハラから来た役人達はみなレプトール卿の息のかかった者達で、シグルドやバイロンを敵視していた。シグルドは、自らの忠誠心になんら恥じるところはなかったので、シャナンについてもありのままを報告させていた。しかし、ともすれば反逆意志と見られてもおかしくはない。そこへ考えがいたらなかったのは、シグルドが政治に関して、まったく無知であったといわざるを得なかっただろう。
 不幸中の幸いは、その当のレプトール卿やランゴバルト卿は、いまだにイザークの地にあり、さしあたって実質的にはともかく形式上はグランベルが捕らえている格好になるアイラとシャナンのことにかまう余裕はないし、また、この二人の生存が当時まだしぶとく抵抗しているイザーク人の勢力を増すことを恐れ、表立っては何も言ってこなかった。
 しかしう一方で、バーハラからの役人の態度は、日に日に横暴になっていき、アグスティの市民の不満は増大していった。そしてその非難は、制圧を行ったシグルドへと集中した。市民に見える支配者の姿はシグルドだったのである。それでもシグルドがなんとか耐えてこれたのは、妻ディアドラの存在があったからに違いない。
 そしてアグスティに駐留して2ヶ月目、グラン歴七五七年の秋も深まったころ、ディアドラは男の子を出産した。シグルドによく似た、青みがかった髪のこの男の子には、生まれながらにして聖痕があった。その時、一番騒いでいたのははたしてシグルドだったのか、シャナンだったのか、あとでもずいぶんと語り草になったという。
 ディアドラの懐妊はエバンス城に駐留していた頃から分かっていた。シャナンは日毎に大きくなるディアドラのお腹を見て、「男の子と女の子、どっちが生まれるんだろう?」と毎日のように話していた。
 産まれた男の子はセリスと名付けられ、シャナンは、その両親の次にセリスを抱く名誉に預かった。
「可愛いなぁ。ね、ディアドラ、僕この子のことディアドラと一緒にずっと守ってあげるね。僕の弟みたいなものだもの」
「でもシャナン、あなたはいつかイザークの国へ帰らなくてはいけないのではなくて?」
 ディアドラがシャナンに尋ねると、シャナンは真剣に悩んでしまう。それを見て、ディアドラは優しく微笑んでシャナンを抱き上げた。
「シャナンは優しい子ね。大丈夫、きっとこの子が大きくなった時には、平和な世界になっているわよ。シグルド様がそうして下さるから。そうしたら、いつでもセリスに会いに来れるわよ」
 シャナンはパッと明るい顔になって「うん!」と頷くとまた横の小さなゆりかごで寝ているセリスを見下ろした。
「そうだね、きっとそうなってるよ。シグルド様ならきっとそうして下さる」
 数日後、騎士ミデェールとエーディン公女の婚約が発表された。こうした吉事は、この鬱屈とした占領状態の中で、わずかだがその気持ちを晴らしてくれた。

 だが、平安というのは長くは続かないものらしい。マディノ城からアグスティへ向けての軍が出撃したという情報は、もう冬になろうか、という頃に来た。そして無情にも、同じ日にバーハラからの使者が、何度目かの全く変わらない文面の書状をもってアグスティに到着した。
 マディノから来る軍はシグルド軍とほぼ同数。ただし、今回はシルベールのエルトシャンは動いていない。アグストリア最強といわれるクロスナイツが、同時に攻撃してきた場合は、破れる可能性が高い。
 シグルドは、はじめ籠城を考えたが、自分達が援軍を望めないこと、クロスナイツの参戦の時間を与えるわけにはいかないことから出撃を決意した。もはやシグルド軍に選択の余地はなかったのだ。シグルドは出撃を命じ、準備のため自室に戻っていった。部屋ではディアドラとシャナンがセリスを寝かしつけたところだった。
「また……戦いになるのですね」
「ああ……今回は君はアグスティに残っていてくれ。セリスもまだ小さいし、君も出産直後でまだ回復してないだろう」
 ディアドラは、少し悔しそうにしていたが、静かにうなずく。なにより、足手まといにはなりたくなかった。今回、シグルド達の戦いは、かなり辛いものだというのは、ディアドラにもなんとなく分かっていたのだ。
 それからシグルドは、セリスの寝ているところへ行く。セリスは小さな寝息をたてて眠っていた。
「父さん、ちょっと出かけてくるからな。おとなしく待っているんだぞ」
「ディアドラとセリスは僕が守るから、シグルドは安心して行ってきてよ」
 シャナンは誇らしげにそう言った。
「そうだな、シャナンにまかせるとしよう。あと今回はオイフェも置いていく。なんかあったらオイフェに頼むといい」
 シグルドはそう言うとディアドラに軽い口づけをして部屋を出た。
 他にもこの城にはバーハラから来た役人達も残るが、シグルドは彼らのことは信用していなかった。だが、マディノから来る軍を確実に、短時間で撃破するには、ほぼ全軍を出すしかない。オイフェと、わずかな侍従の騎士を残すのはギリギリの選択だった。
 シグルドが出て少ししてからアイラが入ってきた。アイラはディアドラに挨拶をするとシャナンの方に向きなおった。
「じゃ、シャナン行って来るけど、ディアドラ様とセリス様をちゃんとお守りしなさいね」
「うん! アイラも気を付けてね」
 シャナンはそう言ってから、アイラを手招きした。アイラは何だろう、と思いつつもひざを曲げて目線の高さをシャナンに合わせる。するとシャナンは、アイラの耳元へ来て、囁くように言った。
「アイラは子供欲しいと思ったこと、ないの?」
 シャナンの言葉にアイラはびっくりして思わず立ち上がった。その勢いでシャナンの額とアイラの頭がぶつかる。
「痛たたたた……いきなり立ち上がらないでよ」
 シャナンはぶつけた辺りを押さえながら言った。アイラの方もぶつけたところを押さえてはいたが、その表情は痛みで歪んではいない。むしろ混乱したような表情で、少ししてからシャナンの方を見た。
「な……何をいきなり言い出すの?」
「アイラ様……どうかなさいました?」
 アイラの質問にディアドラの質問が重なった。
「あ……いえ、なんでもありません。失礼しました。じゃ、シャナン。いい子にしてるのよ」
 アイラはそれだけ言うと、部屋を逃げるように出ていった。
「何を言ったの? シャナン」
「ううん。別に。アイラも結婚しないのかなぁ、って」
「あら、いいの? そうすると今度は、アイラ様がその方のことばかりであなたにかまってくれなくなるかも知れないわよ?」
「う〜ん。でもアイラの子供も見たいと思うし」
「まあ……。そうね、アイラ様お美しいし、好意をもってくれる方はいると思うのに……どうなのかしらね」
 シャナンはその言葉に、アイラがかつて、イザークでどういう風に言っていたか話した。ディアドラはそれを笑いながら聞いていた。
 実際、アイラに言い寄っている男は軍の中にも何人かいる、という話だった。だが、アイラは全くそれに気付いていないのか、相手にしていないという話だった。一番熱心なのはレックス公子だが、彼もまったく相手にされていないらしい。

 アイラは部屋を出ると一度深呼吸して自分を落ち着かせた。それから一度部屋に戻り愛剣を取り出し、防具を身につける。剣士であるアイラは、防具も必要最小限しかつけない。もともとそんなに力はないため、あまり重い防具をつけることはない。肩当てと胸部の保護のための鎧、それに下腕部を保護するパーツだけだ。
 剣はもうかなり使い込んできていたため、所々に小さな傷があった。イザークを脱出するときから使っているから当然かも知れない。そろそろ新しい剣にする必要があるのは分かっていたが、いい剣がなかったのだ。アグスティは騎士の国で、剣などは馬上で扱うバランスで作られている。アイラは馬上で剣を扱うことには慣れてはいない。だからまだ、この剣を使っていた。
 アイラ達の部屋は、アグスティの王宮の高級士官用の宿舎の一室である。もっとも、最近はシャナンはディアドラの部屋にいることが多く、アイラ一人で過ごしている。準備を終えると、アイラは部屋を出て、王宮の正門へ向かった。
 その途中、宿舎と王宮をつなぐ回廊のところへ来たときに人影があるのにアイラは気がついた。ホリンだった。
「遅いな。シャナンのところへいっていたのか」
 アイラはああ、と生返事を返すと、そのまま通り過ぎようとする。そこへ、ホリンが何かを投げた。アイラは反射的にそれを掴む。それは、剣だった。
「持っていけ。前に手合わせしたときに気付いたが、お前の剣、かなり古くなっていた。あれから大分経っているから、もうボロボロだろう。そんなんじゃ生き残れるものも生き残れない。前の剣よりは軽いだろうが、その方がお前にはちょうどいいだろう」
「私はあまり軽い剣は……」
 そう言いつつ剣を見たアイラは驚いた。この剣は、『勇者の剣』と呼ばれる名剣だったのだ。
「ホリン、これは……」
「気にするな。偶然手に入れたんだが、俺には軽すぎる。今回の戦いも結構きついものになりそうだ。武器のせいで仲間が一人減るのは馬鹿馬鹿しい」
 ホリンはそう言うとさっさと正門へ向かって歩き始めた。その背には前と同じ大剣が背負われている。
「……ありがとう。大事に使わせてもらう」
 アイラは勇者の剣を留め具で止めて、ホリンのあとを追って正門へと歩き始める。すでに軍の大半は揃っていた。



第二話  第四話

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