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永き誓い・第十五話




 乾いた風が、山々の間を吹き抜けていき、少年は、やや収まりの悪い髪の毛を抑えた。眼下にはかつての王都イザークが見える。馬で駆ければ、わずかな時間で行くことができるだろう。その街並みを見て、かつてここで大きな戦いがあったと思うものは、多分いない。イザークでの戦いが、街や民を巻き込まない戦いであったのも要因の一つだが、人々が比較的自由に暮らしているというのも、かつての戦争を感じさせない要因である。
 グラン暦七六三年。
 後に、バーハラの悲劇と呼ばれる戦いがあってから、すでに三年あまりが過ぎていた。
 グランベル王国の指導者となったアルヴィスは、バーハラ王家の最後の一人、王女ディアドラを妻として迎えると、正式にグランベル王として戴冠した。
 その後、アルヴィスは、その強力な指導力を発揮、彼の戴冠直前に起きたアグストリア、シレジアの内乱を平定し、それらの地域をグランベルの版図に加えたのである。
 今やグランベルは、かつてのイザーク王国、シレジア王国、アグストリア諸公連合をも合わせた版図を持つ大国となり、国王アルヴィスは去年、グランベル帝国の建国を宣言、自ら皇帝を名乗ったのである。
 だが、少年は知っている。彼の座る玉座が、裏切りと血と、そして暗黒によって作られていることを。
 ディアドラが攫われたときに見たのは、間違いなく暗黒教団だ。そして、その暗黒教団に攫われたはずのディアドラが、ミデェールの話によれば、都合よく記憶を失って、アルヴィスの妻になっている。
 ディアドラを攫っていった人物が、暗黒教団が関わっていることは、間違いはない。
 ただ、少年は、アルヴィスのことをよく知らないが、アルヴィスのことを知る彼の友人であり、かつてグランベルの貴族であったオイフェは、アルヴィスが暗黒教団と手を組んでいるとはとても思えない、という。
 確かに、この山奥の村まで届くアルヴィスの噂は、決して悪いものではない。国内はもちろん、占領地の治世も公正で、多少窮屈な印象は受けるが、生活はむしろ安定している。少年達が、これまで生きてこれたのも、皮肉なことにそのおかげでもあるのだ。
(いっそ、アルヴィスの治世が歪んでくれれば)
 そう思ってしまうのは、やはりまだ、自分が子供なのだろうか、と思う。
 多くの人々にとって、このままの方がいいのである。生活は安定しているし、治安も高いレベルで安定している。流通の制限もあまりなく、道などの整備も、このイザークですら少しずつだが進められている。少年が守らなければならない子供たちのためにも、その方がいいのだ。
 そしてなにより、子供達の親もまた、子供が健やかに育っていくことを望むだろう。
「どっちにしても、僕らはずっと日陰の身、か」
 自嘲めいた響きがある。本来ならば、イザークの王子として眼下に見える王宮にいたはずの身。別に、それ自体に郷愁を感じることはない。イザーク王宮にいた時間より、イザークの外を流浪した時期、イザークに帰ってから身を隠して過ごす期間の方が、すでに長いのだ。
 実際、イザーク王国は滅ぼされても仕方のない罪業を犯した。たとえそれが、何かの陰謀であったとしても、イザーク王国の一部族が、ダーナの住人を皆殺しにしたという事実は、拭い去れない。
 けれど。
 今、少年が全身全霊をかけて守るべき子は、身を隠さなければならない謂れはない。
 彼の父は、確かに表向きは前王太子であったクルト王子を暗殺、ならびに国家転覆を計ったという罪で処刑された。だが、それが濡れ衣であることを、少年はよく知っている。おそらく、つきつめて調査すれば、それは容易に分かる事実であろう。
 だが、皇帝アルヴィスを称える声の前では、それは無力だ。
 悔しいと思う反面、それでも今はいいと思う。少年が口を出すべき問題ではないのだ。彼が成長し、自分の判断が下せるようになったときに、アルヴィスの罪を告発するのであれば、それには、全力で協力する。それまでは、待ってもいいと思う。
 もう一度強い風が吹いて、少年のやや長い黒髪を宙に舞わせた。もうすぐ十三歳になるイザーク王国の本来の継承者は、馬首を返すと、自分達の村へ戻っていった。

「シャナン!!」
 村へ戻った少年は、いきなり大きな声で呼びかけられた。馬を止めて振り返る。長い黒髪を揺らしながら、濃紺色の服を着た少女が、駆けてきた。
「フェイア。帰っていたんだ。じゃあ、オシーンも戻ってきたの?」
「うん、ついさっき」
 フェイアはシャナンの馬の横まで来ると、馬に手をついて呼吸を整える。肌に小さく汗の珠が浮いている。もう春から夏に変わろうという季節であり、気温も上がってきているのだ。フェイアも今年で十三歳。シャナンと同じ歳である。シャナンの方が、わずかに誕生日が早い。
 シャナンにとって、妹のような、時として姉のような存在である。今の剣の師であるオシーンの孫娘であり、彼女自身、相当な剣の使い手だ。。
「おじいちゃんは、今オイフェさんところに行ってる。シャナンも、行くんでしょう?」
 言うが速いか、フェイアはシャナンの馬に飛び乗った。二人とはいえ、子供であるため、別に馬には大した負担ではない。フェイアはそのままシャナンにしがみつく。自分で馬に乗ればいいのに、と思うのだが、フェイアはイザーク人らしからず、乗馬が苦手であった。だから、いつもシャナンの後ろに乗るのである。
「練習、した方がいいよ」
 そう言いながら、シャナンは馬を走らせた。オイフェがいるのは、村の北側だ。オイフェとミデェール、エーディンや子供達は、そこに住んでいる。そこは村から少し外れた場所で、木々に隠れているため、知らなければ普通は見逃してしまう。
 治安が安定してから、この周辺にも兵士の見回り、というのはよく来るようになった。そうなると、シャナンはまだいいのだが、エーディンやミデェール、オイフェはどうしても目立つ。そこで、村の外れに家を作って、そこに住むようにしたのだ。
 子供達の世話は、主にシャナン、エーディン、ミデェール、オイフェが分担していたが、そのうちの三人がその家に住むのならば、と子供達もみんな移したのである。子供達は今は五人。去年、エーディンに二人目の子、ラナが生まれている。
 時々、シグルド軍のほかの人達はどうなったんだろうか、と考えることがある。直感だが、ホリンとアイラは、もう生きてはいないだろう、と思う。それは、確信に近い。だが、他の人達については、全く想像もつかなかった。
「なに、難しい顔してるのよ」
 シャナンの思考は、いきなり頬を抓ったフェイアによって中断された。驚いて、手綱を引いてしまう。急に手綱を引かれた馬は、急激に停止しようとして、前脚を跳ね上げた。勢いあまって、シャナンは馬の首の後ろに頭をぶつける形になる。
「いった〜。なによ、いきなり止まって」
 フェイアは鼻の辺りをさすっている。彼女は、シャナンの背中に顔をぶつけたのだ。
「あのねえ……いきなり抓られたら誰だって驚くって」
 シャナンがそう答えるまでには、かなりの時間が空いていた。油断しきっていたので、まともに鼻の頭をぶつけてしまったのだ。
「だって、私が話しかけても、何にも返事しないし。だから抓ったの」
 膨れたフェイアは、普段顔が細いだけに、かなり奇妙に見える。シャナンは、思わず吹き出してしまった。
 それを見て、フェイアはますます顔を膨らませる。シャナンは笑ったまま、馬を再び進め始めた。フェイアは結局、オイフェの家に着くまでずっと、顔を膨れさせていた。

「ドズル家がイザークの統治者となる。イザーク王国はドズル王国と名を変える」
 オシーンが街で集めてきた情報は、オイフェ達を戦慄させた。
 これまで、イザークは、皇帝の直轄地とされてきた。実際には、皇帝の信任を受けた騎士がその統治にあたるのだが、基本的なところは、旧来の統治システムに任されていた。
 ドズルの現在の当主は、あのランゴバルトの長男、ダナンである。オイフェは、かつて王宮にいたとき、ダナンのよくない噂をいやというほど聞かされていた。はっきり言ってしまえば、ランゴバルトの悪いところだけを受け継いだような男なのだ。
 彼もグランベルの貴族の例に洩れず、バーハラの士官学校に入学していたのだが、そこで問題を起こしたことは、一度や二度ではないらしい。
 シグルドやキュアン、エルトシャンも彼を嫌っていて、ちょうど彼ら三人が士官学校に入学した年、ダナンは彼らより三学年上だったという。「一度は、本気で剣で斬りあったこともある」とはシグルドの話だ。それが本当なのかは分からないが、いずれにしてもこのドズル家のイザーク統治は、およそ歓迎できる事柄ではない。
「どうなさる」
 オシーンが短く尋ねた。今年でもう六十代の半ばを過ぎようという老人は、しかしまだ現役であるかのように元気であり、シャナンやフェイアに剣を教えている。最近はオイフェは剣を習うことは少なくなったが、それでも時々は稽古をつけてもらっている。
 元イザーク王家剣術指南、というのは伊達ではない。教えるのも上手いし、実際に剣の技量も相当のものである。
 ただ、おそらくシャナンはすでに、剣の実力ではオシーンとほぼ同等になっていた。まだ体が出来上がっていないため、力のぶつかり合いとなると弱いが、剣技では下手をするとオシーンを凌ぐ。シャナンの持つ天性の迅さは、剣術と組み合わさり、圧倒的に迅い剣技を完成させつつあった。しかも、シャナンには流星剣がある。
 イザーク王家の秘剣である流星剣。
 かつて、アイラが使ってみせたのは圧倒的な――大体五回前後の――連撃を繰り出す剣技である。一呼吸の間にそれだけ繰り出されてくるのだから、普通、防御などできるものではない。その際、高めた『気』が翡翠色のオーラとなって目に見えるのが特徴だ。
 だが、シャナンの繰り出すものは、それとも違っていた。あるいは、それが本来の流星剣なのかもしれない。シャナンの繰り出す流星剣は、立ち上ったオーラそのものが、そのまま流星となって襲い掛かってくる。それも、同時に。その数は、五回などというものではない。実際には、それら全てに斬撃が重なっているのだ。当然、わずかな時間差はあるはずなのだが、オイフェには到底分からなかった。というよりも、そもそも斬撃が流星となって振り下ろされていることすら分からないのだ。一瞬、光が流れたようにしか見えない。しかしその瞬間に、シャナンは十回近い斬撃を繰り出しているのだという。
 この力でも、十分驚異的だというのに、シャナンは神剣バルムンクの継承者である。
 かつて、オイフェは祖父スサールに聞いたことがある。剣聖オードと、風使いセティは、味方からすら恐れられた、と。
 オイフェはそのうち、風使いセティの力であるフォルセティは、間近で見ることができた。内乱のあったシレジアで。その力には、正直寒気すら覚えたほどである。確かに、フォルセティの継承者、レヴィン王子の力は、はじめから圧倒的であった。
 だが、シャナンの力はレヴィン王子を超えている気がする。彼が、バルムンクを握ったら一体どれほどなのか、すでに想像がつかない。
 ただ、バルムンクは失われて久しい。シャナンの父、マリクルが敗れて以来、その行方が分からなくなっているのだ。正直、オイフェには一体どうやってマリクル王が敗れたのか、想像すらできないのだが、それについては考えても仕方のないことだろう。それに、グランベルと戦うとは限らない。そうであれば、バルムンクもまた、不要な力ということになるはずだ。
「いずれにしても、目立った動きは避けましょう。特に私や、エーディン様、ミデェールさんのことは、グランベルでは把握しているかもしれない。これまでは、直轄地ということもあって、必要以上に締め付けられることもなかったですが、これからは、そうはいかなくなるでしょうし」
 イザーク王国は、占領こそされても、これまでと基本的な生活に違いは生じなかった。租税が引き上げられることもなく、また強圧的なグランベル兵による暴行といった事件も、なりを潜めている。武器すら、取り締まられてはいなかったのだ。無論、戦える人間そのものが激減したことも要因ではある。
 それらは、皇帝アルヴィスの治世の有り様を表していたのだが、統治者が変わるとなれば、当然それらも変わってくるだろう。少なくとも、オイフェの知る限りダナン新国王が、これまでのアルヴィスと同じような、公明正大な統治を行うとは、思えなかった。
 だが、事態はそれだけではすまなかったのである。

 突然、グランベルの軍隊がこの村に向かっている、と分かったのはダナンがリボーに入った五日後のことだった。目的は、逆賊シグルドに与したユングヴィの騎士ミデェールの捕縛。
 実はミデェールは、この村にたどり着くまでに、少なからず目撃されていたのだ。そして偶然、あのリューベック攻略戦でシグルド軍と戦ったドズル兵が、ミデェールのことを覚えていて、ダナンに進言したのである。
 なぜ今頃、というと、直轄地であった頃は、彼は恐ろしくて軍の前に行けなかったのだ。かつてイザーク戦争のとき、彼は住民を陵辱した罪で追われていたのである。だが、ドズルのダナンならば、この情報を持ってすれば許されるだろう、と考えたのだ。
 彼の望みどおり、彼の罪は不問にされた。そして、直ちに手配が及んだのである。シャナンは、街に久々に出ていったときにこの情報をつかみ、大急ぎで村へ戻って来た。
「……シャナン。ドズル軍は、私だけを捕まえる、と言って来ているのだね?」
 ミデェールは確認するように言った。シャナンは、その様子に戸惑いつつも、頷く。
「であれば簡単だ。私一人が捕まればいい。多分、オイフェやシャナンのことまでは、ドズル軍は知らないんだろう」
 その言葉の意味するところを、その場にいる全員が理解したとき、場が一瞬で沈んだ。その中、エーディンが一人、ミデェールの腕をつかむ。
「だめ、だめです。あなたを失うなんて、そんなの絶対にいや。お願い、そんなことを言わないで」
 泣き出す一歩手前の表情だ。オイフェは、見ていて辛かった。
 だが、ミデェールが言ったことは事実だろう。多分、まだ自分やシャナン、エーディンの存命までは知られてはいまい。だとすれば、ここは全員で逃げた方が明らかにいい。しかし、そのためには、ミデェールを犠牲にしなければならない。
「エーディン……それしか方法はないんだ。たとえここで逃げても、追手はかかる。そうなると、ずっと逃げつづけなければならない。しかも、それで逃げそこなったとき、それはみんなが捕まってしまう可能性すらあるんだ」
 ミデェールはすまなそうに、エーディンの――妻の肩を抱く。
「だったら、私も残ります。あなた一人、死なせるなんてできません」
 するとミデェールは静かに首を横に振った。
「それでは、あなたの存命も、ドズル軍に知られてしまいます。そうなれば、彼らは他にも生きている者がいるかも知れない、と疑うでしょう。それでは、元も子もない。それに、あなたまでいなくなってしまったら、レスターやラナはどうなるのです」
 エーディンははっとなって、我が子達を振り返った。レスターはもう今年で五歳になる。父の真似をして、弓を引く真似事などをするようになっていた。ラナは、今は寝台で小さな寝息を立てて、眠っている。まだ、二歳にもならない。
「私はここで死ぬでしょうが、あなたには生きていてほしい。贅沢かもしれませんが、私はレスターやラナを、両親が両方ともいない子にはしたくないのです」
 確かに、親のいない子ばかりが、この国には多い。その意味では、贅沢と言えるかもしれない。だが、戦争が終わっているのに、なぜ今死ななければならないのか。シャナンはそれが、何よりも許しがたく思えてきた。自然、剣を持つ手に力が入る。
「シャナン」
 突然自分の名前を呼ばれて、シャナンは一瞬呆けてしまった。顔を上げると、ミデェールがこっちを見ている。
「私の子供達のことも、頼む。ずっと協力してあげたかったんだけど……私はここまでだ。オイフェ、シャナン。子供達と……そして、エーディンを……エーディン様を、頼む」
 そういうと、ミデェールは立ち上がった。その瞳は、すでに戦士のものになっている。
「とーさん、おでかけ?」
 そういって、ミデェールの服を引っ張ったのは、レスターだった。ミデェールは、父の顔になって、レスターを抱き上げた。
「うん。ちょっと遠くまで出かけてくる。だからレスター。男の子なんだから、お母さんとラナをちゃんと守るんだぞ」
 オイフェもシャナンも、それを最後までは見ていられなかった。泣き出しそうになるのを、止めることができない。なぜ、自分達はこんなにも無力なのか。なぜ、謂れなき罪で死地に赴く仲間を助けられないのか。その悔しさと悲しさで、涙があふれてきてしまう。それは、オシーンやフェイアにしても同じであった。
「ミデェール、気を付けてね」
 いつのまにやってきたのか、セリスがミデェールの足元にいた。ミデェールはにこりと笑うと、ひざを曲げて、目線をセリスの高さに合わせる。
「セリス様、よろしければこれからも、レスターやラナと仲良くしてあげてください。それが私の、最期の願いです」
「うん。分かった。約束する」
 それ以上何も言わない。あるいは、セリスはもう今がどう言う事態か、分かっているのかもしれない。ミデェールは「ありがとうございます」というと立ち上がった。
「どちらにしても、オイフェ達も逃げないとね。私は、そのための時間稼ぎも引きうけるよ。その間に、できるだけここを離れてくれ」
「……分かりました」
 オイフェは、それだけ言うと、家を出ていった。シャナン、オシーン、フェイア達も後に続く。レスターがラナを抱いて、さらにその後からついていった。
「ミデェール……」
 残されたのは、エーディンとミデェールだけ。エーディンは、あふれる涙を止めようともしない。
「エーディン、いえ、エーディン様。これは、私のユングヴィの、エーディン様の騎士としての最期の務めです。私は……幸せでした」
 エーディンは何も言わず、ミデェールに抱きつくとそのまま子供のように泣いた。ミデェールはただ、強くエーディンを抱きしめる。
「子供達を頼みます。私は、いつでもあなたと共にいますから……」
 ミデェールはそういうと、エーディンの唇に自分のそれを合わせた。

 その後のことを、シャナン達はずっと後になって知ることができた。
 ミデェールは、ただ一人で数十の兵士を弓で射殺し抵抗したが、最後には矢がつき、剣も折れて動けなくなったところを槍で突き刺された。
 だがミデェールは、己の首級を挙げさせることをよしとせず、谷底に身を投げたらしい。
 死体は、見つからなかったと言う。
 ミデェールが村を出た後、すぐにシャナン達も村を出た。
 そしてそこで、二手に分かれて行動することにした。
 オイフェとエーディンは、グランベル軍に顔を知られている可能性が高く、もう迂闊な行動はとれない。
 また、オシーンもかなり顔は知られている。グランベル軍には知るものはいないだろうが、同国人を売って、自分だけ保身を謀ろうとする輩は、どこにでもいるものだ。
 オイフェやエーディン、オシーンらは、さらにイザークの奥地へと行き、そこに隠れ住む。オシーンの話では、信用できる仲間がいるということだった。ただ、あまりに環境が厳しく、幼い子供達には辛すぎるだろう、との判断から、シャナンとフェイアは、セリスをはじめとした子供達をつれて、イザークの北東にあるキエの街のオシーンの友人が営んでいる孤児院を頼ることにした。
 本当は、ラナだけでもエーディンは連れて行きたかったのだが、これから向かう場所は、下手をすると餓死する可能性すらあり、泣く泣くシャナン達に託したのである。

 グラン暦七六三年。イザーク王国は、地図の上から消滅した。グランベル帝国ドズル王国。その名が、新たに地図に書き加えられる。
 だが、イザークの民は、決してこの地がイザークという名の王国であることは、忘れない。
 しかし、事態はさらに混迷の度を増していく。
 この地が再びイザーク王国と呼ばれるようになるまでには、実に十四年の歳月を待たなければならないのだった。



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