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永き誓い・第二十八話




 夜の砂漠というのは、風がなければほぼ完全な静寂に包まれる。かすかに、さらさらと砂の流れる音が聞こえてくる程度だ。
 空を見上げると、雲ひとつなく、文字通り満天の星空が広がっている。昼間に灼熱の太陽を浴びていた砂は、まだかすかに温かみを帯びていて、寝転がると夜の涼気が際立ってかなり心地よい。考え事するのには、最適かもしれない。
 十日ほど前に目の前で起きたことを、彼は未だに実感として捉えられていなかった。
 凶相となった父と、振り下ろされる大斧。そして直後に飛び散った鮮血。力を失い、自分に倒れこんでくる兄。その、まるで時間が止まったような感覚の中で、頭が真っ白になり、気づいた時には実の父の首に、自分の斧が食い込んでいた。
 今更、父が死んだことを悲しむつもりはない。そう思っていた。その覚悟はあったつもりだった。
 だが、実際にその場面を見てしまうと、想像していたのとは全く違う感覚が、彼に襲い掛かってきたのだ。兄を同時に失ったのも、かなり堪えているのかもしれない。
 今まで経験したことのない底知れない喪失感が、今の彼を包んでいたのだ。
「ヨハルヴァ」
 名前を呼ばれて、彼は上体を起こして振り返った。誰が来ているのかは、声でわかる。
「よお、ラクチェ。まだ起きてたのか?」
「あなたこそ、こんなところで何をしてるの?」
「……別に何でもねえよ。ただ、砂の上って意外に気持ちがいいんだ」
 ヨハルヴァは、本心を隠そうとして、失敗した。こういうのは兄ヨハンが得意だったが、彼は感情の表現に関しては、非常に素直なのである。
「その、すぐ立ち直れとか、そういうつもりはないけど……」
 イザークを発って以後、ヨハルヴァはずっとこんな調子なのである。その責任の一端は、自分にもある。あの時、ラクチェが不覚を取らなければ、ヨハルヴァはラクチェを庇ったりはせず、必然的にヨハンも実父に殺されるようなことにはならなかったはずなのだ。
「安心しろ、ラクチェ。俺だっていつまでもへこんでなんていねえよ。第一、そんな余裕もありゃしないって。次はフリージだろう? ドズルのだらけた軍とは違う。ちゃんと仕事して見せるさ」
「そういう、ことじゃなくて……」
「なんだ? らしくねえなあ、ラクチェ。ラクチェはもっと……」
「な、何よ。私が人の心配しちゃいけないの?!」
 ラクチェが声を荒げると同時に、ヨハルヴァは少しだけ笑った。その笑みは、彼の年齢よりもさらに若い、やや子供じみた無邪気さを感じさせる笑みである。
「……いや、そんなことないけどな。兄貴がいたら、もうちょっと気の利いた台詞も出るんだろうけど、俺はそういうのが苦手でよ」
「ヨハルヴァ……」
「大丈夫だ。次の戦いまでには、きっちり元の俺に戻ってるさ。それより、シャナン王子が戻ってきたんだろう? 会わなくっていいのか?」
 ラクチェは今朝戻ってきたばかりのシャナンに会ったっきりで、実はまだシャナンと話をしていないのである。
「今はいいわ……。シャナン様もお疲れのはずだし」
 それは事実だが、実際にはもう一つ理由があった。
 実は先ほど、ちょっとシャナンに会いに行こうとしたのである。シャナンがちょうどオアシスのそばに一人でいたのでちょうど良かったのだが、その時の表情を見て、ラクチェは話し掛けられなくなったのだ。
 どこか、遠くを見ているようなそんな顔。シャナンがそういう表情をしているときは、決まって過去に想いを馳せているときである。それは、ディアドラのことであったり、あるいはフェイアのことであったり。だがいずれにせよ、そこにラクチェが割り込んで入れる場所はない。
「どうした、ラクチェ?」
「……なんでもないわ。それよりヨハルヴァ、あなたも早く休みなさいね」
 何をやっているんだろう、とラクチェは自己嫌悪に陥っていた。ヨハルヴァを励ますつもりが、逆に心配されてしまっている。ヨハンが死んだことが、多分に自分に影響を与えていることも分かっている。だが、沈み込んだ気持ちはなかなか浮上するものではない。
 非常に情けない気分になっている自分を、改めて自覚した。こういうとき、泣きつける相手がいるといいのだが、残念ながら今のラクチェにはいなかった。子供の頃なら、スカサハに泣きついたりもしたのだが今ではさすがにやらない。もう、いつまでも子供ではないのだ。
「まあ、無理するなよ、ラクチェも。じゃあな」
「ええ。あなたもね」
 結局出た言葉は、ひどくありきたりの言葉でしかなかった。

 同時刻。ラクチェの双子の兄スカサハは、レイランの街の北のはずれにいた。遥か彼方に、おそらくはイザーク王国の山々が見えるはずだが、すでに月が半ば以上欠けているため、十分明るいとは言えず、イザークの方向は夜の闇に包まれていた。
「イザークが、懐かしいのですか?」
 突然声をかけられて、スカサハは驚いて振り返った。反射的に身構えてしまうのは、悲しい戦士の性という奴だろう。だが、立っていたのはもちろん敵兵などではなく、ゆったりとした、白を基調としたローブを纏った、紫銀の髪の少女だった。
「ユリアか。もう休んだんじゃなかったの?」
「そのつもりだったのですが、少し風に当たりたくて……でも今日、風ほとんどないですね」
「そうだね。イザークではいつも強い風が吹き荒れていたけど……」
 ユリアはそのままスカサハの隣に座る。
「それにしてもユリアはすごいね。正直、護衛なんていらないんじゃないかと思ったくらいだ」
 ユリアが解放軍に加わったのは、ガネーシャ攻略直後である。
 いつものように唐突に現れたレヴィンが連れてきた少女が、ユリアだった。
 なんでも帝国軍に狙われているらしく、レヴィンがこれまで匿ってきたのだが、そろそろ匿いきれなくなったらしい。そこで、セリス達に預けたわけである。
 そしてセリスは、ユリアの護衛役をスカサハに頼んだわけなのだが、ユリアには極めて高い魔法の才能があったのだ。
 司祭系の魔法の実力でもラナに引けを取らず、加えてヨハルヴァ、ヨハンが持ってきた――以前グランベル本国からの領主就任の祝いの品の中にあったものらしい――光の魔道書を使いこなすことが出来たのだ。その実力は、イザークの戦いで途中から参戦したアーサーというシレジアから来た魔術師(彼もかなり色々訳ありらしいが、スカサハはよく知らない)をして、驚愕させるほどのものであった。実際、ユリアの光の魔法はリボー攻略戦において、戦いに大きく貢献している。
「でも、戦うのは怖いです……。また、あんなことがあるかと思うと……」
 ユリアが言っているのは、ヨハンが戦死したことである。さすがにあれは、全軍にかなりの衝撃をもたらした。ましてスカサハにとっては、文字通り友人を亡くしてしまったのだ。
「……ユリアだけじゃないよ」
 スカサハはそういうと、足元の砂を掴んだ。乾いた砂が、さらさらと指の隙間から落ちる。その様は、なんとなく砂時計を思わせた。
「俺も、正直戦うのは怖い。いや、怖くない人なんて、いないと思う。ただ、俺が戦わないと誰かが傷つく。俺には、その方が怖い」
 手から滑り落ちる砂が尽き、音が静止した。静寂が辺りを満たし、まるで時が止まったような錯覚すら感じさせる。
「俺達はまだ未熟だ。だから、あんなことになってしまう。もしあの時、あの場所に俺がいたら、とか良く思う。けど、失われた者が戻ってくることはない。だから、二度とあんな悲劇が起きないように、最大限の努力をしたい」
「だから、戦うのですか……?」
 スカサハはやや瞑目した。そして、探し当てた言葉を紡ぐように、静かに続ける。
「そうだね。実際、戦わずに終わればいいと思う。けど、それは無理だって、もう分かってる。で、俺は神様でもなんでもないから、全ての人々を守ろう、なんて思えない。でもせめて、目に見える、身近な人は守りたいんだ」
 それは、何よりも自分自身の戦う理由を確認するかのような言葉だった。
「その先に不安を感じることは、ないのですか?」
「……ない、と言ったら嘘になる。ただ、セリス様についていけばいい、となんとなく思う。だから俺は、今剣を振るうことに躊躇いはない。……シャナン様も、そう仰っていた」
「セリス様に……そうですね。私も、そう思います」
 ユリアの言葉に、スカサハは力強く頷いてから、手に僅かに残った砂を払いつつ立ち上がった。
「さて。そろそろ休もう。本当は、明日からシャナン様を迎えに行く部隊が出て戻ってくるまで、ここで待機のはずだったけど、予定が大分変わったからね。ユリアも、早く寝た方がいいよ」
「はい、そうします。お休みなさい、スカサハ様」
 ユリアもゆっくりと立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。
「お休み、ユリア。また明日」
 スカサハは片手を上げてそれに応えると、自分の天幕に戻るために歩き始めた。途中、ふと後ろを振り返ると、ユリアも自分の天幕に戻っていくのが見える。それを確認してから、スカサハはもう一度星空を仰ぎ見た。
「父さん、母さん。俺、自分の守りたいものを守れるくらい、強くなれるかな……」
 スカサハの呟きに、星はただ静寂を返すだけだった。

「そう。そんなことが」
「ヤバイ神殿だとは聞いていたけどな。よく無事にバルムンクを見つけられたな」
「……いや、正直、バルムンクはパティがいなかったら見つからなかったと思う。私では隠し通路など思いもよらないからな」
 シャナンの言葉に、レヴィンは苦笑いをしていた。
「まあいずれにせよ、バルムンクが見つかってよかった。これでこの先、どうにか戦える」
 レヴィンの言葉に、天幕の中は一瞬重苦しい雰囲気に包まれた。
 実際、戦況は楽ではない。ダーナ、メルゲンはまだいいとしても、現在ブルーム王がアルスターに駐留していることが分かっている。そして、ブルーム王の手元には、確実にあの雷の神魔法トールハンマーがあるはずだ。
「正直、ブルームのトールハンマーに対抗できるのはお前くらいだ。かつて、レプトールを破ったのはシグルドだったが……あの時はシグルドの手にはティルフィングがあった。だが、今はない」
 レヴィンの言葉に、セリスが悔しそうに俯く。しかし、神器には神器以外ではほぼ対抗できない、というのはレヴィンやオイフェには良く分かっていた。あのシグルド軍最強と謳われていたアイラも、魔剣を持つエルトシャンには、手も足も出なかったというのだから。
「レヴィンの息子はどこにいるか分からないのか?」
 シャナンの質問に、レヴィンはあからさまに嫌な顔になる。
「知らん。シレジアを出ているのは確実だが、どこをほっつき歩いているやら。いずれにせよ、近くにいないのは確実だ。それより、部隊の編成はどうする?」
 レヴィンはぴしゃりと言い切ると、その話題をそこで終了させるように話題を変えてきた。
「そっちはオイフェが進めている。もう終わった?」
「はい。ほぼ完了しています。明朝出発いたします。ダーナまでは五日ほど。そこで奇襲部隊と騎兵部隊に分かれ、実際の攻撃はその二日後となります」
 オイフェはダーナ周辺の地図を広げ、径路を説明する。
「騎兵部隊はセリス様に率いていただきます。で、シャナンには奇襲部隊を頼みたい」
「今朝聞いた通りだな。分かった。奇襲部隊の規模は?」
「あまり大きすぎても、と思いますので、百人弱になるかと。大体はイザーク兵です」
 ここでいうイザーク兵というのは、主にイザーク人の剣士で構成された部隊で、現在はロドルバンが指揮をしている。ただ明日、正式にその指揮権はシャナンに委譲されることが決まっていた。規模は四百人ほど。オイフェ指揮する騎兵部隊と並んで、解放軍の中核でもある。
「あまり指揮を執るといったことは得意じゃないんだがな」
「シャナン以上の適任はいないよ。イザーク人はシャナンについて来るんだから」
 間髪いれず挟んできたセリスの言葉に、シャナンは苦笑するしかなかった。
 実際、シャナンとしては一人で戦う方が得意なのだが、確かにイザーク王国の継承者としては、彼らを指揮する責任がある。それが分かっているから、シャナンはそれ以上は何も言わなかった。
「部隊の細かい編成については、案はあるからあとはシャナンに任せる。奇襲部隊の人選もな」
 オイフェがそう言って、テーブルの脇においてあった資料をシャナンに手渡した。シャナンはそれにパラパラと目を通した後、小脇に抱える。
「ああ、分かった。そっちは移動しながらやるとしよう。正直、今日はもう疲れているしな……セリス、その剣はパティにもらったのか」
「ん。ああ、そうだよ。とても扱いやすい剣だね。ラクチェが持っているのと同じ、勇者の剣、って言うらしいけど。父上が使っていたという剣と同じくらい使いやすいよ」
 セリスはテーブルの脇に置いてあった細身の長剣を手に取り、シャナンに見せる。実際この剣は、まだほとんど使われたことがないのか、非常に綺麗で、手入れなどほとんど必要ない状態だった。
「そうか。まあ剣も消耗品だからな。鍛えなおせば使えるとはいえ、複数持っておくのは悪くない」
「シャナンは、もういらないけどね」
 セリスはシャナンの腰にあるバルムンクを示しながら、小さく笑んだ。
 神器は、所有者自身の力を増幅し、永遠に磨耗することはない、と云われている。根本的に、他の武器とは違うらしい。
 ただし、逆に所有者の力が減退している時は、並の武器ほどの力も出せない、と云われている。かつて、シグルドの元に瀕死で辿り着いたバイロンが持っていたティルフィングがそうだった。
「そうだな。まあ無闇に使う力でもないさ。それじゃあ、また明日だな」
 シャナンはそういうと、小さくあくびを噛み殺して、外に出た。風はないが、暑熱もあまり感じない。むしろやや肌寒いくらいである。
 もう一度、渡された資料に目を通す。
 正直、四百人ものイザーク人が来てくれるとは思ってもみなかった。
 イザーク王国はすでに解放されている。確かに、解放軍が敗れてしまったら、またいつかイザーク王国が蹂躙される可能性があるとはいえ、それでもせっかく手に入れた平穏を顧みず、戦いに身を投じる者がこれほど多いとは思ってなかったのだ。
 確かに、セリスはイザークではかなり支持されている。だが、セリスはかつてイザーク王国を蹂躙したグランベルの人間でもある。古い人間は、そのことに少なからず確執を持っていると思っていた。
 だが、イザーク王国からついてきた兵達の中には、かつての戦いにも参加していたという、五十歳くらいの兵士達もかなりいたのだ。
 それは逆にいえば、解放軍がどれだけ期待されているか、ということを示している。
「やれるだけやった、じゃ済まされんよな……」
 実際、自分達には後がない。万に一つ、自分達が敗れ去れば、今度こそ大陸は暗黒に包まれるだろう。
 オイフェが集めてきた情報に寄れば、暗黒神復活の噂すらあるという。だが、かつて暗黒神を倒した聖戦士は、今敵味方に分かれて争うようになってしまっている。自分達が破れれば、おそらく今度こそ暗黒教団に対抗しようとする勢力は駆逐されるだろう。特に、継承者は。
 それは、大陸が永遠に闇に閉ざされることを意味する。ダーナの奇跡のような事は二度は起きはしないだろうから。
 立ち止まって考えていたシャナンは、その想像に一瞬恐怖した。
 そもそもダーナの奇跡とは一体なんだったのだろうか。伝説に拠れば、神々が降臨して十二聖戦士たちに武器と力を与えたという。今、シャナンが感じている力がそれだ。だが、そもそも神々とは一体何なのか。考えてみたら、シャナンも含め、聖戦士たちは良く分からない者に与えられた力を使って戦っているのだ。その想像は、ある種恐ろしい。
 だが、その力でなくば戦えないのもまた事実であった。
「……まあいいさ。何者が与えた力とて、自分の意志で振るえる内はな」
 シャナンは小さく息を吐くと、自分の天幕の方へと歩いていった。

 五日後。
 ダーナ砦のある岩山の近くまで来た解放軍は、予定通り部隊を二つに分けた。
 シャナン率いる奇襲部隊と、セリスが率いて正面から攻撃をかける部隊に、である。
 そして翌日、月――ほぼ新月に近いのだが――が中天に来たときに本体が正面から攻撃。それに乗じて奇襲部隊が後背より攻撃してダーナを陥落させる作戦だ。
 シャナンが選んだ奇襲部隊は、主に若い兵士だけで揃えた。ここから、かなり険しい岩山を登らなければならないことを考慮したのである。
 また、非常時に備え魔術師を一人配している。はじめこれは、アーサーという魔術師が引き受けるはずだったのだが、急遽予定が変わってユリアが随行することになった。これは、奇襲部隊に護衛役であるスカサハが入っているのも理由の一つであり、またユリアの希望でもあった。
 また、なぜかパティも奇襲部隊に随行した。「奇襲するなら絶対私の知識も役立つはず」と言って強引に加わったのである。
 実際、イードではパティにかなり助けられたシャナンとしては、あまり強く拒否も出来なかったし、パティのすばしっこさは分かっていたので、万に一つもないだろう、と考え随行を許可したのだ。実際、パティは当面どこの部隊にも属していないので、どこにいても構わなかった、というのもある。
「それじゃあシャナン、気を付けて」
「セリスもな。お前達の方が危険なんだからな」
「分かってる。それじゃあ、ダーナで」
 セリスはそういうと馬首を返して左手を高々と掲げ、軍の先頭に立って馬を進めた。
 後世、このダーナの戦いは特に注目すべき点はないといわれている。というのも、解放軍の奇襲があまりにも鮮やかに決まり、ほぼ一瞬で勝負がついたからだ。だが、史書からのみ知れる事象と、事実とは得てして異なるものである。
 ダーナの戦いに参加していた者たち全てにとって、とても忘れることの出来ないほどの出来事がこのダーナで待ち受けていることを、まだこのとき地上にいる誰もが知らなかった。

 深夜。細い糸のような月が中天に差し掛かったとき、ダーナの砦の正面に突如として大量の明りが突然出現した。
 それは、解放軍の兵士が手にした松明の明りである。見張りの兵士はその数に仰天し、大慌てで隊長に報告しに戻ろうとしたところをで、胸を射抜かれて絶命した。
 直後、鬨の声があがり、解放軍がダーナの城門に殺到する。巨大な破壊槌が城門に激突し、あっという間に城門は開かれた。
 ダーナは城塞都市であり、街を囲む城壁を持つが、軍事施設はその中心にあるかつてのダーナ砦を再建したものに集約されている。解放軍は、その砦へと通じる大通りを一気に駆け抜け、砦へと殺到した。だがそこで解放軍の兵士が見た光景は、驚くべきものだった。
「……面白い。貴様らも俺を邪魔するのか」
 大通りから砦へは、堀を渡す跳ね上げ式の橋があるだけである。そしてその橋の上に立っていたのは、黒鎧黒馬の一人の騎士。その足元には、すでに幾人もの傭兵と思われる者達の死骸が転がっていた。中には、馬首ごと両断されたとしか思えないものすらある。
 そして、その橋の向こう側では、おそらくブラムセルに雇われていたであろう傭兵が、恐怖に凍りついたまま、それでも城門を守る姿勢だけを見せていた。
「邪魔をするなら、誰だとて容赦はしない。来るなら、来い」
 黒騎士はそう言って、悠然と解放軍にそのもっている剣を向けた。
 夜の闇の中にあってさえなお、黒き光を放っているかのような錯覚を覚えさせる、黒き刀身の剣。それには、バルムンクとは違った、見る者を魅了する美しさがあった。
 そして同時刻。
 砦へと通じる秘密通路を見抜いたパティに導かれたシャナン率いる部隊が、ダーナの砦へと突撃を開始する。
 ダーナの砦の戦いは、セリス達に予想も出来ない方向に展開しつつあった。



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