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永き誓い・第三十話




 メルゲンの攻略は、あっけないほど簡単に終わった。だが、それも無理はないだろう。
 メルゲンは、すでにダーナが解放軍の手に落ちたことは知らなかった。そして解放軍はそれを見越して、メルゲン軍が解放軍を挟み撃ちにしようとするのを、最大限に利用したのである。
 解放軍はまず、ダーナに対して無警戒で――実際警戒する必要がないわけだが――メルゲン谷を進軍する。予想通り、メルゲンのフリージ軍は谷で野戦を仕掛けてきた。
 数の上ではメルゲン軍がやや多い。だが、この谷は確かに広いとはいえ、軍を回り込ませるほど広くはない。必然、数の差は持久力の差だけになる。ただ、フリージ軍は後背からダーナの部隊が攻撃を仕掛けてくるのを待てばいいだけなので、最初の攻防はそれほど熾烈ではなかった。これも、予想通りのことである。
 そして、頃合を見計らって、解放軍が後陣から乱れ、壊乱状態――に見せかけているだけだが――で撤退を開始する。当然、フリージ軍は後背をダーナの軍が襲撃したものだと思い、総攻撃を開始。全軍で突撃を開始した。だが、その彼らを待っていたのは、深い堀とその中に満たされた油をしみこませた藁、そして火矢の雨だった。そしてフリージ兵が混乱したところに、撤退したと見せかけた部隊が再突撃をかけたのである。
 一瞬のうちにフリージ軍は全軍の三割以上を失い、また指揮官ライザが、解放軍の先頭を駆けていた黒騎士に、一合の元にやられてしまったため、指揮系統が混乱し、まともな撤退戦も出来ない状態となってしまった。こうなってしまえば、いかに数が多かろうと、烏合の衆に過ぎない。
 解放軍は一気に谷を駆け抜け、メルゲン城へと肉薄。メルゲン城を預かっていたイシュトーは、援軍がくるまで篭城戦を挑もうとしたが、突如城内に解放軍兵士が出現、門を開けてしまい、彼は尖塔から身を投げ自害した。
 こうして解放軍は、ダーナ攻撃から僅か二日で、フリージ王国への橋頭堡となるメルゲン城を獲得したのである。
 次なる目標はアルスター。現フリージ国王ブルームがいる、トラキア半島でも名高き要塞として知られる城塞都市である。
 そしてなによりも、ついに解放軍が神器を敵として戦うことになる。
 ブルームが、雷の神魔法トールハンマーと共にアルスターにいることは、確実だったのだ。

 メルゲン攻略から二日、解放軍はまだメルゲンから動いていなかった。理由はいくつかある。
 一つには、ここまで強行軍できているので、兵全体を休ませる必要があったこと。
 二つ目にはアルスターの出方が分からないため、こちらとしてもまず防備を固める必要があったこと。
 そして三つ目は、レンスターの状況がわからなかったことである。
 兵はかなり疲労していた。イザークを解放してからメルゲン攻略まで、実はほとんど休みなしで行軍していたのだ。解放軍が、これまでほとんど被害を出さずに戦ってこれたのは、一つにはこの電撃的な進軍により、敵に情報を与えずに攻撃をかけられていたから、というのもある。
 だが休みなしの行軍には、当然限界はある。というより、すでに限界であった。
 どうせ、メルゲンからの報告が断たれる事によって、アルスターにメルゲンの状況は悟られるだろう。それに、先の戦いで敗走した兵士が向かう場所は、もうアルスターしかない。当然、解放軍がメルゲンまで達したという情報は、アルスターにもたらされているに違いない。ならば、ここは無理せずに兵を休ませる方が良い。
 また、アルスターの状況を知る必要もあった。分かっている範囲では、アルスターはレンスターにかなりの兵を派遣しているという。半年ほど前に、リーフ王子の部隊によって奪還されたレンスター城を取り戻すためだ。
 とりあえず、その部隊が戻ったという報告がない以上、レンスターはまだ無事なのだろう。ただ、アルスターにどのくらいの兵力が駐留しているかが分からない。こちらに対して兵を動かすほどの余裕があるのか。それとも、城壁に拠って防戦をする程度の兵力なのか。
 そして何より、レンスターの状況がまだわかっていない。まだ全滅していないだろうとはいえ、時間の問題なのは明らかなのである。セリスとしては一刻も早く援軍を差し向けたいに違いない。
 その為、情報収集のため各方面に斥候が放たれ、新たな情報が来る都度、連日軍議が開かれ、セリス、レヴィン、オイフェ、シャナンらは対応を協議していた。
 ただ、あまり長々とこの城に待機しているわけにもいかない。遅くなればその分、レンスターが陥ちる確率が高くなるし、また、帝国本国から援軍が来ないとも限らないからだ。
「ふぅ。まだ戦場にいる方が楽か……」
 シャナンは大きく伸びをしながら深呼吸した。メルゲン城の谷側の城壁からは、広大なメルゲン谷を一望でき、昼間であれば雄大な景色を見ることが出来るが、夜になると谷は全て暗黒に包まれ、不気味な姿を見せている。
 谷を抜けてきた風が、シャナンの髪を弄び、そのまま吹き抜けていく。風の音以外何も聞こえない場所、というのは意外に不気味にも思えたが、頭ばかり使っているここ数日を考えると、かえって心地よいようにも思える。
 そのとき、不意に風と自分の足音以外の音が、シャナンの耳に入ってきた。耳を澄ましてみると、歌声のようである。そしてシャナンは、その歌声に聞き覚えがあった。
「どうしたパティ。こんな夜中に」
 歌っていたのはパティだった。いつもは三つ編みに結い上げている髪も、今は後ろで少し括ってあるだけで、普段の印象があるからか一瞬別人のようにも見える。月もほとんど見えなく、かがり火も近くにないため、シルエットだけだと、別人だと言われても納得したかもしれない。
「シャナン様ですか? う〜ん、別に何をしてるって訳でもないですけど……」
「さっき歌っていた歌は?」
「デューおじさんに教えてもらった歌です。でも、今思うとお母さんの歌だったのかな、とか思ったりもして。良く私が孤児院でぐずったときとかに、デューおじさんが歌ってくれたんですよ。あまり上手じゃなかったんですけど」
 そういうとパティは、目を閉じて――暗いからよくわからないが――歌い始めた。

 遥かな時の中に言葉は響き渡る
 子供達は永遠の希望
 遥かな未来へと
 駆け出していくだろう

 千の夜と千の昼
 悠久の時の中に
 永遠を求める愚かなる心を
 幸いにしてまだその子らは知らぬ
 新たなる道を求めて
 無垢なる希望を求めて
 永遠を象る
 其が汝の言葉なり

 無垢なる力は元たる祈り
 遥かな時を越えてなお
 己らの心のうちにて
 失う事なかれと

 歌い終えたパティは、ぺろ、と舌を出してみせた。
「実は、意味良く分かってないんですけどね。ただ、なんかデューおじさんは、この歌は希望を失わせない何かがある、とか言ってました。正直、私達の生活に希望なんて感じる余裕なかったんですが、でもこの歌はそれを思い出させてくれる気がしてたの。シャナン様、知ってます?」
「いや、残念だが聞いたことはない」
 実際シャナンは今の歌を聞いたのは初めてだった。だが、それも無理はないだろう。今の歌は、ブリギッドがジャムカとデューにだけ教えた歌で、オーガヒルの海賊達が、子供達が生まれた時にそれを祝う歌だったのだ。
「そういえば、今回もご苦労だったな、パティ」
 メルゲン城の秘密通路を見つけ、解放軍を城内に導いたのは、またもパティの功績だったのだ。
「はい……あ、あの、シャナン様は、なんで戦っているんです?」
 突然の質問に、シャナンは一瞬目を白黒させてしまう。
「なぜ……か。色々あるな。下らん事だが、私にとっては復讐といった意味合いも、ないわけではない」
 少なくとも、シャナンにとっては帝国は、父や祖父、そして叔母、さらには命の恩人ともいうべきシグルドや、恋人を奪った存在だ。そのことを思い出すだけで、シャナンの心に帝国に対して憎しみが湧きあがってくるのは、事実だ。
「だが、それだけじゃない。この世界を変えたいと願う、それもまた嘘じゃない」
 世界は明らかに今、理不尽さに満ちている。暗黒教団の暴虐ぶりは、もはや看過することはできるものではない。このままでは、大陸のほとんどの人々は、暗黒教団の家畜同然の扱いを受けることになるだろう。
「そっちは……なんとなく分かります」
 パティにとっては、帝国軍は恐怖の対象ではあっても、必ずしも憎悪の対象ではないのだ。
 確かに、彼女の両親を奪ったのは帝国軍だ。だが、彼女はそれを覚えていない。ぼんやりとしか覚えていない母親のことより、パティ達は今日の夕食の心配をしなければならない環境で生きてきたのだ。誰もそんな想いをしなくてすむ世界にしたい、という願望はパティにもあった。そのための抵抗が、パティを盗賊にさせたと言ってもいい。
「あまり難しく考えるな」
 シャナンはそういうと、パティの頭をぽんぽん、と叩いた。
「私だってそういつも考えて戦っているわけじゃない。ただ、心のどこかにはいつも留めておいているだけだ。パティはとりあえず、自分の身を守ることを考えろ」
 その言葉に、パティがぷーっと頬を膨らませた――様に見えた。
「また私を子供扱いしてる〜」
 シャナンは苦笑を堪えつつ、その場を離れる。
「実際子供だろう。その言動は特にな。早く寝ておけ。いつ出立となるか分からんのだからな」
 シャナンはそういうと、階下に下りていく。あとには、頬を膨らませて真っ赤になったパティが残されていた。

 状況が変わったのは、それから二日後の朝であった。
 朝一番で、アルスターを監視していた斥候兵からの、伝書鳩が届いたのである。
 それによると、アルスターはレンスター制圧のための部隊を増強、今朝未明に出撃したということであった。
 レヴィンは直ちに軍議を召集。その場で対応を協議することになった。
「とうとう、というよりはやっとこうきたか、という感じだがな。おそらく連中は、レンスターをさっさと陥落させて、そのあと全軍を以って我らを叩くつもりなんだろう。その間に我々がアルスターを攻撃しても、アルスターは防衛に徹し、レンスター攻撃の部隊が戻ってきたところで挟み撃ちにするつもりだ」
「まあそう上手くいかせはしないがな。準備はどうなっている?」
 レヴィンの言葉を受けて、オイフェが地図を広げて見せた。
「すでにアレス王子とデルムッドによって率いられた部隊が、レンスターの南約二日の位置に待機しています。騎兵のみの精鋭部隊であり、先陣を切るのはアレス王子。おそらく、倍する軍にも敗北いたしますまい」
 そしてオイフェが、アルスターからレンスターへと続く道を指でなぞり、その道からややそれたある個所で止めた。
「加えて、夜の闇に紛れこの辺りに大量の罠を仕掛けてあります。レンスターへの援軍は、主にシューターを中心とした部隊の第一陣、騎兵部隊中心の第二陣に分かれております。まず第一陣をやり過ごし、第二陣を攻撃。殲滅後にレンスター攻撃の部隊を背後から攻撃します」
「シューターを叩いておくべきではないのか?」
 シャナンの質問に、オイフェはやや自信なさそうな表情になる。
「私もそれは考えたのだが……シューター部隊を短時間で――要は第二陣が追いつくまでに壊滅させるのはいかにアレス王子でも非常に困難だ。そうなると最悪、アレス王子の部隊が挟撃される。そうなっては元も子もない。ならば、先に騎兵部隊を壊滅させ、背後を襲った方が良いと考えたのだ」
「なるほど。確かにな。続けてくれ」
「はい。我々はこれに対し、今日中にこの城を出発、アルスターへと進軍します。ほぼ間違いなく、アルスターは篭城戦にはいるでしょうが、こちらとしては長引かせるわけにはまいりません」
「他の地域からの援軍か」
 レヴィンの言葉に、オイフェは小さく頷いた。
「おそらく、アルスターはコノートやマンスターに援軍を要請しているでしょう。グランベル帝国本土は間にイード砂漠があることもあり、かなり距離がありますが、同じ北トラキアならばさほど時間もかからない。おそらく、これまで待っていたのは、その援軍が我々に悟られるぎりぎりの距離にまで近づくのを待っていたと思われます」
 そういうと、オイフェは再び地図の一部を円を描くように示した。おそらく、この辺りまで援軍は来ているはずだ、というわけである。
「これらについては、規模、進軍ルート共にわからないため、正直対策のしようがありません。あるとすればただ一つ。アルスターの城壁に拠って我らが迎撃するだけです」
「つまりそれまでにアルスターを陥落させねばならないわけだ」
「そういうことです。しかも、今回の相手はブルーム王。彼は確実にトールハンマーを所有しております。幸い、というか雷神とまで謳われる長女のイシュタル王女はいないようですが……それでも配下には強力な魔術師も多数いるらしく……」
「だが、やるしかないのだろう?」
 セリスが初めて口を開き、オイフェはそれに頷き返した。
「こういう戦いは、頭を取ってしまえばどうにかなる。今回はその頭が一番の強敵だけど……何とかするしかない。兵力の一点集中によって、アルスターの城門を突破、一気に片をつけよう。それしか、ないだろう?」
「はい」
「全軍出撃の準備。これより我が軍は、アルスターへ向けて進撃を開始する。なお、行動は迅速を第一とする」
 セリスが宣言し、オイフェが慌しく外に出て行った。シャナンも出て行こうとしたところで、セリスがシャナンを呼び止める。
「……シャナン」
「なんだ?セリス」
「普通なら、夜襲を考えるところだよね、ここは」
 セリスの言葉に、シャナンは一瞬意味を取り損ねる。だが、すぐその意図を理解した。
「必ずしも夜襲が有効とは限らない。夜襲の目的は、闇に紛れること、そして何より、来ないと思っていた時間に攻撃をかけることによって、敵を混乱させることが目的なのだからな。そして何も、姿を眩ますのは闇でなければならないということはない」
 シャナンの返事を受けて、セリスはにっこりと笑うとレヴィンと何事か話し始める。シャナンは腰にあるバルムンクを確認し、それから東の空を見た。昇ったばかりの太陽の光が眩しく映る。シャナンはそれを見て、戦いの勝利を確信していた。

 方針の定まった解放軍の動きは速かった。メルゲン城は、僅か半日で誰一人いない廃城となってしまったのである。
 行軍すること二日。通常であれば四日かかる距離を、解放軍はその半分の時間で踏破し、アルスター城に肉薄していた。それが可能だったのは、実は道にあった。
 オイフェはメルゲン城が陥落した直後から、アルスターに至るまでの道の何箇所か、軍が通行しにくい場所を工事し、通りやすくしていたのである。
 時間はまだ明け方。アルスター城は沈黙を守っている。おそらく、他地域からの援軍はまだ到着していないだろう。推測どおりなら、到着は明日にはなるはずだ。
「オイフェ」
 セリスの言葉を受け、オイフェが頷くと、全軍に伝令を発した。
 曰く、攻撃の合図があるまで、極力息を殺して待機せよ、というのである。
 セリスはその伝令を発したあと、空を見上げた。空は、文字通り雲ひとつない青空である。
「天も私達の味方をしてくれているのかな」
 セリスが冗談めかして、隣にいるシャナンに訊いた。
「さあな。だが、そう思えることは悪いことじゃない」

 それからどれほど時が経ったのか、セリスはシャナンに揺り起こされて目を覚ました。完全に寝入ってしまった自分に呆れ、また時間が過ぎてないか確認する。太陽はすでに、西に大きく傾いてほぼ水平方向に光を投げかけている状態だった。
「ごめん。寝ちゃっていたね」
「大したことではない。だが、もう寝ていられんぞ」
 セリスは頷くと、素早く騎乗する。シャナンもそれに続いた。
 アルスターは、高台の上にあるのだが、高台はどの方向にも身を隠すような木々はほとんどない。つまり、普通に接近しようものなら、かなり早い段階で見つかってしまうのである。加えて、高台の傾斜も城に近づけば近づくほど急になり、騎馬をもってしても接近速度はたかが知れていて、防衛側は矢の雨を降らせるだけで敵を撃退できるのだ。
「じゃあ、行くよ」
 セリスの合図で、総勢一千の人馬が行軍を開始した。そしてそのまま速度を上げ、そして鬨の声を上げる。それは当然、アルスターにも聞こえていた。
 だが。
「ど、どこからだ。どこから来るんだ?!」
 アルスターの兵は動転した。敵が、未だに見えないのである。確かに敵は接近しているはずで、声も近づいてきているはずなのに。
「い、一体……あっ」
 おそらく最初に敵軍を発見した兵士は、だがもっとも運のない兵士だった。適当に射掛けられた矢が、見事に直撃し、それ以上言葉を紡げなくなる。
「なっ、どこから……」
 その時になって、アルスター兵はようやく敵兵がどこから攻撃をしてきているかを悟った。
「た、太陽の中に……」
 セリス達は、夏の強い陽射しを味方にしたのである。つまり、太陽の方向から進入することによって、敵兵に自分達の姿を見えにくいようにしたのだ。もっとも、考案したセリスやシャナン自身、ここまで上手くいくとは期待していなかったのだが、どうやら予想以上に効果があったらしい。まあ確かに、まだ日が昇っているうちに攻撃されるとも思っていなかったのだろう。
 解放軍は一気にアルスターの城壁に肉薄した。一度近づいてしまえば、あとは通常の攻城戦と同じである。もっとも、それでもアルスターの城壁が堅固であることには変わりはない。まともに戦えば、解放軍の戦力では打ち破るのは不可能に近いのだ。
 だが。
 突然、アルスターの城門が開かれた。
「馬鹿な!! 一体誰が!!」
 解放軍は、アルスターが動かない間、何もしていなかったわけではなかったのだ。
 解放軍は、数人の兵士を行商などに扮装させ、アルスターに潜入させていたのである。そして、彼らは解放軍がアルスターの間近にくるタイミングを見計らい、城門を開けたというわけだ。
 開かれた門に最初に飛び込んだのはシャナンの部隊だった。シャナンは巧みに乗馬を操り、城郭へと迫る。
 アルスターは、ダーナと同じく城砦都市であるのだが、街の中心にある城郭は、城塞としてより宮殿としての意味合いが強く、必然これに拠って守るには適した構造をもっていない。それでも、かなりの軍勢が防備を固めていたのだが、シャナンを先頭とした部隊の前では完全に無力だった。
 そもそも、この戦いでの最重要は、フリージ王ブルームを討ち取ることにある。彼の持つトールハンマーが解放軍に対して撃たれれば、その被害は計り知れない。だが、解放軍でブルームに対抗しうる戦力は、シャナンかアレスしかいない。そしてアレスは、レンスター救援の部隊を率いているため、必然、シャナンがブルームと戦うしかなかったのである。
 城内に飛び込んだシャナンは、騎馬を飛び降りると、一気に階上へと駆け上がっていった。途中、すれ違う兵には目もくれない。
 無論シャナンはアルスター城に入ったのは初めてではあるのだが、この手の城の構造、というのはそう変わるものではない。そして何より、シャナンにはトールハンマーの場所がなんとなく分かっていた。そしてそこには、ブルームもいるはずである。
「くそっ、奴を止めろ!! 殺せ!!」
 どこからか、そんな怒声が聞こえてくる。それはすでに、命令というよりは絶叫に近い。
「無駄な……っと」
 シャナンは軽く横にステップして、自分に向けて放たれた数条の電撃を避けた。さすがはゲルプリッターを抱えるフリージの国王の居城というべきか。魔法の使い手も非常に多いらしい。だが、今のシャナンにとっては、恐れるべき何者もない。
「相手が悪かったな」
 シャナンは立て続けに、間断なく放たれる電撃を全て避け、あっさりと魔術師達の懐に飛び込んだ。そして、魔術師達の顔が恐怖に凍りつくよりも早く、剣閃が彼らへと襲い掛かった。ややあって、魔術師達はうめき声すら立てずにどさどさと倒れこむ。
「安心しろ。死にはしない」
 シャナンは駆け抜けつつ呟いたが、それを聞いているものはすでにいなかった。

「ここだな」
 いくつかの階段を上がり扉を抜けたシャナンの前に現れたのは、大きな両開きの扉。その前にいた兵士は、すでにシャナンによって倒されている。
「シャナン様っ」
「スカサハ。もう追いついたのか。早いな」
 シャナンは途中の敵を、ほとんど無視して進んでいた。それは、シャナンの類稀なる運動能力と武力、それにバルムンクによって引き出された力もあってのことだ。
「さすがに俺一人では。ユリアが……」
 そのスカサハの影からぴょこ、と出てきたのは紫銀の髪の少女、ユリアである。
「ユリアが、魔法兵をほとんど一掃してくれたというのもありまして」
「なるほどな」
 実際、ユリアの魔法の才は軍全体でもトップクラスであった。魔術師が元々数が少ない解放軍にとって、いつの間にかユリアは欠かすことの出来ない戦力となっていたのである。加えて、スカサハが直衛につくことによって、二人で相当の数の敵兵でも相手できるようになっていた。
「とりあえず、あと少しだ。行くぞ」
 シャナンはそういうと、扉の取っ手に手をかけようとする。
 その瞬間。
「スカサハ様、シャナン様、危ない!!」
 ユリアの声と同時に、あるいはもっと早くシャナンは扉から飛び退っていた。ユリアは言葉と同時にスカサハに飛びついて、一緒に倒れこむ。
 それから半瞬遅れて、扉が粉々になり、三人がさっきまで立っていた場所を数条の電光が薙いだ。
「どうやらお待ちかねだったようだな……。スカサハ、ユリア。お前達はそこにいろ」
 シャナンは不適に笑うとバルムンクを抜きながら砕けた扉の前に立ち、部屋の奥へと視線を向ける。その視線の先には、巨大な雷球をいくつも従え、重甲冑を纏った男が立っていた。



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