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永き誓い・第三十三話




 解放軍は、コノート大橋まで半日もない距離に陣を布いた。
 明日の昼には、コノートのフリージ軍と激突する。彼我の兵力差は約三倍。敗走を重ねているとはいえ、数を頼りにフリージ軍の士気はさほど低くはない。フリージ王ブルームにとっては、コノートは最後の砦である。これを落されると、残るはマンスターしかないのだが、マンスターの領主レイドリックは、すぐ裏切ることで有名であったし、なによりマンスターは北トラキアにおける暗黒教団の拠点だ。ブルームとしても、仮にも聖戦士の末裔である以上、そのような場所には行きたくはないのである。
 ゆえに、ブルームはここで総力をもって解放軍を撃破し、彼自身の地位を守らなければならないのだ。
 実質、フリージ王国との最終決戦が、このコノートの戦いとなる。
「正直、まともにぶつかっては勝ち目はない」
 レヴィンはコノート周辺の地図を広げて口を開いた。
 作戦会議室である天幕にいるのは、セリス、レヴィン、オイフェ、シャナン、スカサハ、アーサー、ティニー、ファバル、各部隊の長。それになぜか、パティもいた。何でも、レヴィンが呼んだらしい。
「彼我の兵力差はおよそ三倍。正面から激突すれば、いくらこちらの方が兵の練度が優っていようが、士気が高かろうが、勝ち目はない」
 唯一、解放軍にとって朗報といえるのは、敵にトールハンマーがないことがほぼ確実であることだった。
 先の戦いで、王女イシュタルがトールハンマーの魔道書を持ったまま失踪しているのだ。その後、合流した、という情報はなく、敵陣にもイシュタル王女の姿は確認されていない。
 だがそれでも、フリージ軍とすれば、圧倒的な兵力を以って解放軍を叩き潰せばいいことである。事実、フリージにはまだそれだけの軍隊が残されているのだ。
「フリージ軍は恐らく軍を二つに分けているだろう。コノート大橋は、騎兵が百は並んで通れるほどの広さがある。だが、それでもフリージ軍の大軍を運用するには十分な広さとはいえない。そこで、半分を橋の手前に、半分を橋の向こう側に配置しているに違いない」
 フリージ軍の総数はおよそ六千。半分に分けたとしても、解放軍全体より多い。
「我々が取りうる戦術は、橋の手前の部隊を強行突破し、そのまま橋を駆け抜けて向こう側の部隊をも突破、コノート城を攻撃すること……だと敵将は考えるだろう。当然それは、相手の思うつぼだ。橋の上に罠を仕掛け、さらに重装騎兵で足止めして、後は数に任せて前後から挟撃すれば、我々は全滅する」
 その場にいる全員の顔に緊張が走る。
「だが、悠長に戦っている時間はない。リーフ王子も、今ごろマンスター攻略を目前にしているだろう。だが、彼の部隊だけでマンスター攻略は決して容易ではない。少なくとも、コノートからマンスターへ援軍が行くような事態は、なんとしても避けなくてはならない」
「その通りだ、セリス。そのため今回は……少々奇策を使っていく」
「奇策?」
「ああ。スカサハ、ラクチェ、ヨハルヴァ、ユリア、ティニー、パティの六人に、今夜のうちに夜陰に乗じてトラキア大河の対岸に渡ってもらう」
「え?」
 セリスが驚いてレヴィンを見上げる。シャナンも軽い驚きと共に目を見張った。同時に、パティがなぜ呼ばれたかを大体察することが出来た。
「パティはコノートに詳しいのだろう。城内へ入る道も分かると聞いているが、確かか?」
「あ、はい。コノートなら私の庭みたいなものですから、どうとでも……」
 突然名前を呼ばれたパティは、びっくりしていたのだが、指名を受けて慌てて答える。
「つまり、彼らで城を乗っ取ってもらう。文字通り命懸けで突っ込むことになるが……ただ、成功率は高い。ブルームは確実に全戦力を橋の前後に出してくる。恐らく、城に残るのは僅かな近衛の騎士だけだろう。で、城に解放軍の軍旗を掲げてもらう」
「なるほどな。そういうことか」
 コノート城に解放軍の軍旗が掲げられれば、彼らは城が陥落したと思うだろう。フリージ軍は、立て続けに解放軍の総数を見誤っての敗退を繰り返している。今回、それを逆手にとって、大規模な別動隊がいた、と思わせる、というわけだ。そうなれば、当然士気はがたがたに落ち、こちらのつけいる隙も出てくる。
「本当はシャナンやファバルが行くと、生き残る確率も成功する確率もさらに上がるんだが……シャナンがいなければ敵が疑うだろうし、正直お前達二人は重要な戦力だ。本音を言えば、アーサーも向かわせたいのだが……」
「俺も妹一人を死地に送りたくなんかない」
「兄様……」
「残念だが、これは決定事項だ。魔道士なしで突っ込むのはリスクが大きい。だが、お前達二人を両方とも欠くのは、こちらが辛くなる。コノートに旗が掲げられるまで、こちらは粘らなければならないんだからな。むしろ、危険なのはこっちだ」
 アーサーははっと息を呑んだ。確かに、その通りである。
 コノートに残っている兵力が少ない以上、最精鋭に近い彼らならば、いかようにもやれるだろう。もし万に一つ失敗しても、地理に明るいパティがいるならば逃げることも容易であろうし、また人数が少ないため助かる確率も高い。
 だが戦場で戦う兵は、三倍の敵兵を相手にしなければならないのだ。
「……分かった。ティニー、絶対死ぬなよ」
「はい、兄様。アーサー兄様こそ、ご無事で」
「詳しい段取りは後で説明する。小船はもう用意させているからな。……さて、続きだが」
 レヴィンはもう一度地図に目を落した。
「敵兵は、多分我が軍をあっさりと橋までは通すだろう。橋上で挟撃するためにな」
「罠もあるかもしれないしね」
 セリスの言葉に、レヴィンは「そういうことだ」と言ってからその場にいる全員を見やった。
「だが、正直三千の軍に正面から激突しても、勝ち目はほとんどない。だから、今回は敵の策に乗る」
「しかしそれでは……」
「まあいいから聞け。全軍を二つに分け、四百を突出して敵前衛を突破させ、そのまま後衛を突破しようとする……が、実際は無理だろう。だから、橋の上で留まって戦う。言っておくが、これは文字通り決死隊だ。橋の上で、敵後衛と敵前衛の挟み撃ちを受けるのだからな」
 その場の全員が一瞬凍りつく。文字通りそれは、敵中に飛び込み孤立した状態で戦え、ということなのだから。
「ただ、橋の上ならば、一度に相手する敵の数は互角に持っていける。後衛を突破できるのが理想だが、正直不可能だ。突破して広い場所に出たとたんに包囲殲滅されるのは確実だからな」
「しかし、それに一体何の意味が……」
「時間稼ぎだ」
 レヴィンはそこで、スカサハ達を見やった。
「コノートの城に旗が掲げられるまで、それまでの時間稼ぎに過ぎない。だが、我々に橋を突破する気がない、と思われては、敵軍が合流し、合計六千の敵を相手にすることになる。これでは勝ち目はない。そのための、いわば囮部隊だ」
「だが、もしコノートの城に軍旗が掲げられても、彼らの士気が落ちず、戦列が乱れなかったら……」
「残念だが、そのときは我々の負けだ。元々、リスクの低い手段なんてありはしない。だが、可能性のある道を選ばなければ、話にならない。それにセリスも言ったように、何日もかけて攻略する余裕も、我らにはない」
「それは、そうだ……ね……」
「セリス。悔しがる暇もないのだがな。決死部隊は、最精鋭である必要がある。少しでも生き残る確率を上げるためにな。それに……」
「分かっている。私が行かないと、彼らも私達が突破する気がある、とは思わないだろうしね」
「そういうことだ。残る部隊は、せめて敵前衛を最大限撹乱する。敵軍からしてみれば、前衛、後衛を突破してコノートを制圧することを目的とした突貫部隊だと思われるだろうが、それが狙いだ」
 レヴィンの作戦案をまとめるとこうなる。
 少数の、最精鋭部隊だけで前衛を突破、敵兵にはさらに後衛も突破してコノートを落すと見せかける。一方で残った部隊は、前衛を攻撃。こちらは機動力を最大限に活かし、敵兵を混乱させるのが目的だ。敵兵は、橋の前からそう離れることは出来ないが、高速でかき乱す部隊がいることによって、突破した部隊に向かう兵を少しでも減らすことが目的である。
 そしてあとは、コノートに解放軍の軍旗が掲げられるのを待てばいい。
 先の戦いで、フリージ軍は解放軍の総数を見誤っている。その為、解放軍がまだ戦力を温存していた、という勘違いが発生するに違いない。いくら手薄にしているとはいえ、城門は閉じていて、敵兵が入れるはずはないのだから。あくまで、普通には。
 いわばこれは、先の戦いからレヴィンが仕掛けていた、敵軍がこちらの数を把握してないということを利用したペテンであった。その度合いは、前回を遥かに上回る。
 つまり、これまでのフリージ軍との戦いすら、この戦いの布石であった、というわけだ。
「無茶といえば無茶だけど……そもそも私達の戦いそのものが無茶だしね」
「そういうことだ」
 レヴィンは苦笑した。それから、シャナンの方を見やる。
「言うまでもないとおもうが……」
「分かっている。セリスは必ず、守ってみせる」
 シャナンはそういうと、スカサハ達の方に向き直った。
「過剰な期待がかかっているが、無理に気負うな。お前達は強い。大丈夫、必ず成功する。教えたことを忘れるな」
「はい、シャナン様」
「それから……」
 シャナンはパティの方にも向き直る。パティは、心もち緊張しているようだった。無理もないだろう。いわば、彼女に全軍の命運がかかっているのだ。
「あまり緊張しない方がいいぞ。普段できることも出来なくなる」
「は、はいっ」
 これ以上ないほど緊張したパティの返事に、シャナンは苦笑し、少し考えてからパティの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「うにゃあ〜。シャナン様、何するのっ」
 そのパティの様子に、思わず周囲から笑いが漏れる。
「ったく、パティ。らしくなく緊張してるんじゃねえよ。いつもどおり、気楽に行ってこいっ」
「うっるさいっ。お兄ちゃんみたいにいつも何も考えないでやってられるほど単純じゃないのっ、私はっ」
 思わぬ方向からの野次に、パティはむっとして反論した。
「な、ちょっと待て。俺がまるで考えなし見たいじゃないか」
「そーじゃない」
 こんどは全員が大笑いする。
 その笑いの中で、中心の二人は、何がおかしかったのか、ときょろきょろと周りを見回していた。
「そんなに気負っても仕方ないもんな。いつもどおり、精一杯やるかっ!」
 スカサハの言葉は、その場にいる全員の気持ちだった。

 翌朝。
 夏だというのに、むしろ寒気がするほどの涼しさの中、解放軍は静かに前進を開始した。
 突貫部隊であるセリスを筆頭とする部隊は、全体の中央付近にいた。主力はイザークの戦士達と魔術師部隊。指揮官はセリス。それにオイフェ、シャナン、ファバル、アーサー、ラナらも従軍する。錬度も高く、文字通り解放軍の最精鋭である。ラナは、本人たっての願いであった。セリスは反対したのだが、確かに回復魔法が使える者がいれば、生き残る確率は格段に上昇するのもまた事実で、ラナの意思は固く、結局セリスの方が折れたのである。
 スカサハらは、すでに昨夜のうちに出発し、今ごろはコノートの近くまで行っているはずである。彼らなら、滅多なことはないだろう、とは思うのだが、それでも少し心配になってしまうのは、どうしようもない。
「スカサハ達が心配?」
「まあな。だが、そう他人ばかり心配している余裕など、ありはしないしな」
 シャナンが前方に目を向けると、うっすらとコノート城のシルエットが見え、そしてその遥か手前に整然と並んだ騎馬兵が見えた。
「そうだね。これからだ……。ラナ、馬は大丈夫?」
 今回、突撃部隊は当然全員騎乗している。速度に任せて突破しなければ、途中で殺されてしまうからだ。普段ラナは馬に乗ることなどなく、必要な場合は誰かに便乗させてもらうのだが、今回は誰にもそんな余裕はない。
「はい。大丈夫ですよ。私だって、イザーク育ちです」
 その言葉に、セリスは少しだけ微笑んで、それから真っ直ぐに前を見る。
「そろそろ、かな」
 セリスの言葉をまるで合図としたかのように、両軍から弦を爪弾く音が無数に響いた。ざあ、という音と共に、死の雨が降り注ぎ、お互いにそれを盾で防ぐ。そしてじわじわと彼我の距離が詰まったところで、両軍は矢戦をやめ、突撃を開始した。
「よし、行くぞ!!」
 セリスが勇者の剣をかかげ、麾下の兵士達に号令をかける。その直後、解放軍の中央から四百の騎兵が、文字通り突撃を開始した。先頭を走るのはもちろんセリス。その両脇にオイフェ、シャナンがいる。
「どけえ!!」
 シャナンはバルムンクを一閃させた。さすがのシャナンでも、馬上で流星剣を使うことは出来ない。だが、バルムンクの一撃はそれだけで剣圧を生み出し、立ちふさがろうとした敵兵を薙ぎ倒した。
 一方フリージ軍の方も、敵軍は前衛、後衛を突破してくるだろう、と予想していたので、この突撃部隊はその先鋒だろう、と判断した。そのため、形ばかりの抵抗でセリスらを通してしまう。
「ここまでは、予想通りだな」
 敵部隊はセリス達を追ってくる様子は見せるが、無理に追撃をかけようともしない。無論、まだ残っている解放軍の部隊が攻撃をかけているから、というのもある。
「ラナは、大丈夫?」
 ラナは、セリス、オイフェ、シャナンに囲まれるような形で馬を駆けさせていたのだ。ここが、一番安全だと思ったから、というのもある。
「はい。大丈夫です」
「あんた、たいしたもんだな。こんな戦場駆けるなんて」
 声をかけたのは、ラナの後ろにいるファバルであった。もっとも、ラナより彼の方が乗馬は不慣れなようだ。
「ええ……あ、セリス様、そろそろ……」
「だね」
 ラナの言葉を受けて、セリスは全軍――といっても決死部隊のみだが――に速度を緩めるように命じた。
「やっぱり、ね」
 橋も半ばを過ぎたところで、杭とロープが張られているのをいくつも見つけることが出来た。高速で駆けていたら、絶対に気付かなかっただろう。
「セリス。どうやら我らが罠に気付いたこと、気付かれたようだぞ」
 見ると、橋の向こう側からフリージ軍の後衛部隊が大挙して押しかけてくる。その様には、相当な胆力がある者でも恐れおののかずにはいられないだろう。
「とりあえず、こいつは邪魔だよなっ」
 アーサーはそういうと、炎の魔法で杭とロープを一瞬で焼き払ってしまった。元々、数はほとんどない。先頭が倒れればあとは勝手に倒れると踏んでいたのだろう。
「さて、これからが正念場だな」
 シャナンは馬を下りるとバルムンクを握りなおした。シャナンの横で、セリスも剣を握り締める。
「じゃ、挨拶いくぜ」
 アーサーの言葉に、ファバルが頷いた。
 直後、圧倒的な光の奔流――雷の最上級魔法トローン――と、連続的に射放される光の筋――イチイバルの矢の軌跡――が、敵の先頭部隊に襲い掛かり、容赦なく打ち倒していく。
「じゃあ、こちらもいくか……」
 シャナンは進行方向と逆――敵前衛の一部、こちらに迫ってくる部隊――に向き直る。
「悪いが……あまり手加減はしない……」
 シャナンの全身から翡翠色の光が溢れ、それが濁流のように敵兵に迫る。その光に触れた瞬間、敵兵はことごとく致命傷を負って倒れていった。
 そして、凄惨な殺戮が始まった。

「始まった……よね?」
「ええ。間違いなく」
 パティの言葉に、ユリアが答えた。パティは頷くと、目の前の壁を押す。
 六人がいる場所は、狭い、真っ暗な通路の行き止まりだった。
 パティの案内で、彼らはすでに城内に潜入していたのである。もっとも、入れたと言ってもコノート城の下層部分である。ここからは、極力敵兵に見つからないように、最上階まで行かなければならない。戦闘が始まり、城内の注意力も外に向かうのを待つ必要があったのだ。
 ただ、さすがのパティも、城の中の構造は詳しくは知らない。入れる、ということだけしか知らなかったのである。さすがに、城に盗みにはいるほど無謀ではなかったのだ。
「これからが勝負だ。何としても、軍旗を掲げるんだ。解放軍の命運は、俺達に、かかっているんだからな」
「こら、スカサハ」
 ラクチェが突然スカサハの頭を小突いた。
「あまり気負うなってシャナン様にいわれたばかりでしょう。まったく」
「い、いや、分かっているんだけど……」
 スカサハの悪い癖が出た。スカサハは責任感が強い。それは長所ではあるのだが、こういう時に必要以上に責任を感じて、逆に固くなってしまうのだ。
「スカサハ様……」
 それまで無言でいたユリアは、小さな声で呟くように言うと、スカサハの手を取った。
「私だって、緊張しているんですから」
 そういうと、ユリアはスカサハの手を自分の左胸に当てる。
「ユ、ユリア!?」
 スカサハはひどく驚き、他の者はびっくりして目を丸くしていた。
「ほら。いつもよりずっと緊張して、ドキドキしてます。みんな一緒なんですから、だからそんなに緊張しないで」
 スカサハは先刻以上に心臓の心臓の動悸が激しくなっていたが、それは明らかに別の理由だった。ユリアの服を通して伝わる、ユリアの心臓の鼓動以上に、その感触の方がスカサハには気になっていて、もはや他のことなど頭から吹き飛んでいた。
「ね? だから、貴方はいつもどおりに。それで、きっと上手くいきます」
 スカサハはコクコクと首を縦に振った。それを見て、ユリアはにっこりと微笑んでスカサハの手を離す。
「と、とりあえず行こう」
 スカサハは静かに城内へと足を踏み出した。その時、先ほどまでの緊張はすっかりほぐれてしまっていることに気付く。一瞬、先ほどの感触を思い出して、スカサハは顔を紅潮させた。途端、ラクチェが突っ込んでくる。
「何赤くなってるのよ、スカサハ。あなた、見かけによらず……」
「う、うるさいっ。行くぞっ」
「なあラクチェ〜。俺も緊張してるんだけどさあ。俺にも……」
「やかましいっ」
 ラクチェの拳がヨハルヴァの顔面に見事にヒットする。
「ってーな。ったく、いいじゃねえかよ、減るもんじゃないし」
「置いていくわよっ」
 ラクチェはそういうと、さっさと歩き出す。すぐ後ろを不満そうにぶつくさ呟きながら、ヨハルヴァが続いた。
「なんか……緊張感吹っ飛んじゃったわね。にしてもユリア、大胆なことするわね〜」
「え?」
「だって普通、男の人に胸なんて触らせないよ? 好きな人にならともかく。ねえ、ティニー?」
「え? あ、そう……ですね。普通は……」
 突然話を振られて、ティニーはやや反応が遅れて、少し赤面しつつ答えた。
「え……? あ、いや、胸って、その、別にそういうつもりがあったわけじゃ……」
 ユリアの顔は、真っ赤になっている。
「はいはい。あ、ほらほら。遅れるよっ」
 パティはそういうとさっさと走り出す。その後に、顔の赤いユリアとティニーが続いた。

 トラキア大河を朱色に染めた、といわれるコノートの戦い。
 それは、まだ終わる気配を見せてはいなかった。



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