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永き誓い・第三十七話




 コノートを進発したシャナンら後発組がマンスターに到着した時、既にマンスターには秋の色が見え始めていた。
 マンスターはコノートのほぼ真南にある。西は丘陵地帯が広がり、その向こう側はトラキア大河、東は大陸最高峰の大山脈へとつながる高山が、ずっと南まで連なっている。そして、マンスターの城砦自体は高台の上にあり、そこまでの道も決して緩やかではない。そのくせ見通しはいいため、シューターなどにとっては、攻めて来る軍は格好の的になる。守るに易く、攻めるに難い城として有名だ。だが、この城の脅威は、常に地上からというわけではなかった。
 トラキアの誇る、大陸で唯一、飛竜に騎乗し戦う竜騎士。その彼らの攻撃ルートは地上ではなく空中であり、彼らの間では地上のいかなる要害も、何の意味もなさない。
 だがここ数年、マンスターは外からの脅威に脅えることはなかった。さすがのトラキア王国でも、マンスターには手を出すことは出来なかったのだ。つい先日まで、このマンスターを支配していたロプトの勢力には。
 しかし、いまその勢力は完全に一掃されている。レンスターの王子リーフによって。
 そしてそれは、これまでかろうじて均衡を保っていたトラキア半島の情勢を、一変させることとなったのだ。
「状況としてはどうなっているわけだ?」
 シャナンの質問は、質問というより確認だった。
「トラキア軍がこちらに対して攻撃の意思があるのは明らかだよ。何度も書状を送っているけど、返事はない。私達としてはここからもう一度トラキア大河を越え、ターラを解放してそのままグランベル本国へと至りたかったのだけど……このままではトラキアが私達の後背をつく恐れもある。だから、迂闊に動けない……」
 セリスはやや悔しそうに俯いた。
 敵対する理由などないはずなのに、戦わなくてはならない理不尽さ。複雑に絡み合った積年の国民(くにたみ)の想いは、セリス達他国の者には完全には理解できない。むしろ、まだ分かっているのはリーフ王子のほうだろう。だが彼も、今は戦いたくはない、と感じているようだった。
「動くに動けぬ、か。だが、ここで手をこまねいているわけには行くまい?」
 この場は悪役だな、とシャナンは心の中で自嘲した。
 やらなければならないことは分かっている。目の前に、自分達にとって敵となりうる勢力があるのであれば、それを全力で排除するだけだ。
 実際、ここでトラキア軍を無視してグランベルに侵攻した結果、グランベル軍との戦闘中に、トラキア軍に後背を突かれでもしたら、それこそたまったものではない。
「分かってる。ただ、もう一つ気がかりなことがあるんだ」
 セリスはそういうと、マンスターの南西にある都市国家を指差した。そこには『ターラ』という文字が書かれている。
「確かに、北トラキアにおける暗黒教団の勢力はほぼ一掃した。このターラも、表向きはトラキア王国の支配下にある。ただ、現在トラキア王国はここまで兵を派遣する余裕がなくて、執政官は赴任しているけど軍隊はグランベル本国から少なからず派遣されているらしいんだ。特に、フリージ王国の崩壊後は、ここがグランベル帝国の、トラキア唯一の拠点だからね」
 その時、その部屋の片隅にいた少女がかすかに身じろぎした。
 この場にいるのは解放軍の中核メンバーであるが、シャナンはその少女のことは知らない。その薄紅色の髪の少女は、シャナンの知る誰かに似ている印象を感じさせたが、それ以上は思いつかなかった。とりあえず、その少女のことを考えるのはやめ、シャナンは再び、地図に目を落とす。
「つまり、ターラとトラキア、両方の脅威を排除しなければならない、ということか」
「そういうことになると思う」
 ターラは非常に微妙な位置にあった。
 トラキア王国の北辺よりやや北に位置し、山々に囲まれた盆地に存在する。すぐ北がメルゲンだ。盆地とはいうが、それが意外に広く、大軍が展開できるほどである。
 そして、ターラから西に抜ければ、そこはもうグランベルの領土が目と鼻の先、という位置だ。解放軍としても、グランベル侵攻の際の橋頭堡として、理想的な位置にあるといえた。少なくとも、確保しておいて損はない。
「それに……こちらには大義名分も成り立つ。ターラの……」
 セリスはそこで、先ほどの、薄紅色の髪の少女を示した。
「リノアン公女がこちらにいる以上、ターラを解放する、という名分は成り立つ。それに、リーフ王子もターラは取り戻したいと考えている」
 セリスの言葉に、リーフは大きく頷いた。
「しかしターラを陥落させるのは容易なことではあるまい。この地形だと、見通しもよさそうだし、奇襲は難しい。それに、周辺に街がないということは、完全な一個の城塞都市ではないのか?」
「そこはやりようがある。ただ、名目上ここは今トラキアの領土だ。だから、トラキアがターラに軍を向ける余裕も与えてはならないと思う。つまり……」
「ターラとトラキアに、同時に攻撃をかけるということか?」
「そういうことだ」
 セリスの言葉を、レヴィンが引き継いだ。それまで黙っていたレヴィンは、前に進み出ると、地図の上を指で指し示した。
「このマンスターからターラへは、大軍を運用できるほどではないが、道がある。まあ途中に、ダンドラムという砦もあるしな。本来なら、ここはフリージ軍がかなり防備を固めていた場所だったんだが……リーフ王子の軍が、去年ここを踏破している。そのおかげで、今ここはほぼ無人だ。一度通った道だから、道案内も問題はない。さらに加えて、ターラは去年フリージ軍に攻撃されたために、城壁などは既にかなり損傷している。無論、多少補修工事は行っただろうが、完全ではないだろう。それに、ターラに駐屯しているのは主に傭兵とベルクローゼンだ。ベルクローゼンに裏切りは期待出来んが、傭兵どもは不利だと悟れば降伏するだろう」
「つまり、一気にベルクローゼンを壊滅させろ、と。そこまで無茶を言うからには……」
 レヴィンはそこで、ニヤ、と少し意地悪そうに笑って見せた。
「すまんな、シャナン。今回はお前とアレス、それにセティらにはターラに行ってもらいたい。少数精鋭で一気にターラを制圧、同時期にこちらがミーズへ攻撃をかけ、トラキア軍の目をこちらに引き寄せる」
 シャナンは苦笑しつつ、そばにいたアレスを見やった。こちらはどうやら既に話を聞いていたらしく、肩を竦めて見せる。
「さらに、だ。すまないがシャナン、アレスらはそのままターラからカパトギアへと進路を取ってもらいたい。つまり、再度合流してもらいたいのだ」
「なに!?」
 思わずシャナンは声を上げて振り返り、それからアレスをもう一度見た。どうやら彼はもう、承知のことだったらしい。
「……ずいぶん酷使するんだな」
「すまんな。だが、ターラを少数で制圧するためにはお前達は欠かせないし、一方でトラキアと戦う場合にもお前達は欠かせない。ミーズ、カパトギアまでは良いが……最悪の場合……」
「天槍、グングニル……」
 リーフの小さな呟きに、レヴィンが頷いた。
 天槍グングニル。十二神器の一つ、トラキア王国に受け継がれている神の槍。その力は絶大にして、天をも貫く、とすら云われているユグドラル大陸最強の槍のうちの一つ。
「トラキアのトラバント王、アリオーン王子。彼らはいずれも卓越した槍の使い手であり、大陸最強の竜騎士だ。このまま侵攻すれば、この二人のどちらかがグングニルをもって我らの前に立ちふさがるだろう。だが、グングニルにはシャナンかアレス以外では対抗できん」
「ファバルのイチイバルやセティのフォルセティはだめなのか?」
 シャナンは不思議そうに尋ねた。
「無駄だ。天槍グングニルは天を操る。その力の前に、今のイチイバルやフォルセティですらまともに効果はありはしない。よほど至近で放てば分からないが……良くて相撃ちだろう。まして、今の力では……」
 レヴィンはそこで言葉を濁した。その先に言わんとすることは、シャナンにも思い当たるフシがないわけではないが、それ以上は言及しなかった。
 確かに、竜騎士の駆る飛竜は、普通の乗用馬や天馬に比べて遥かに強靭な体躯を持つが、反面、魔法や弓に弱い。それが竜騎士の弱点とされているのだ。
 だが、もしそれらがまともに効果があるのならば、トラキアの国王はとっくに北トラキアの者達に討ち取られていただろう。無論、イチイバルやフォルセティが本来の力を発揮すればその限りではないだろうが――。そこまで考えて、シャナンはふとあることに気がついた。
「もしかしてこのために、私達をコノートで休ませたのか?」
「いや、そういうつもりはなかったがな。だが、結果としては良く休めただろう?」
 レヴィンの言葉に、シャナンは皮肉そうに笑うしかなかった。

 翌朝、シャナンは五百の兵とともに、マンスターを出発した。先導するのは、途中までは紫竜山という場所に縄張りを持つという山賊達――リーフ王子の仲間だったらしいのだが、これ以後は足手まといと考えて軍を離脱することにしたらしい――である。また、かつてリーフ王子とともにこの道を越えた騎士や戦士がついてきていた。
 一応、全軍を束ねているのはリノアン公女。名目はターラの奪還であるので、彼女が主将となる。こういう政治的な配慮も必要な微妙な戦いなのだ。
 道中は、話に聞いていたとおり、驚くほど順調だった。
 部隊の四分の一は、リーフ王子の軍の者で、主にレンスターの遺臣たちらしい。それに、ターラの公女リノアンと、彼女の護衛であるというディーン、エダという二人の竜騎士。はじめ、シャナンは竜騎士が軍にいると聞いてひどく驚いた。
 竜騎士というのはトラキアにしかいない。なぜか分からないが、飛竜はトラキアにしか生息しないのだ。シレジアにしかいないというペガサスと同じような理由なのかどうかは、シャナンはよく知らない。ただそのため、当然竜騎士はトラキア王国にしかいない。そのはずである。
「彼らに関しては立場が複雑なんだ。出来れば問い詰めないであげて欲しい。大丈夫。裏切ることはまずないよ」
 出立に際して、リーフ王子は彼らのことを聞かれて、そう答えた。シャナンとしても気にならなくはなかったのだが、確かに裏切る様子もなく、ただ純粋にリノアンの護衛という立場のようだ。
 マンスターを出立して四日目に、紫竜山の面々は軍を離脱した。この辺りの貧しさは、正直シャナンでも多少驚いた。かつてのティルナノグ並だったのである。
 イザークでもそうだったが、野盗になりたくてなる者はごく稀である。大抵は、それ以外に食う手段を無くしてそうなるのだ。シャナンはこのトラキアでも、その現実は同じであることを、改めて思い知った。
「まあこの辺りはまだ、暗黒教団の影響が少ないからマシなほうさ」
 そのような相談をアレスとしていたシャナンのところに現れたのは、シャナンの知らない人物だった。確か、リーフ王子の軍に同行していた者だったはずだ。
「失礼。俺はパーンって言う……まあ、盗賊さ。だが、金持ってるやつからしか奪わなかったぜ。もちろん人も殺さねえ。ただ、その日暮らしていくのもやっとだって人から搾取した連中の財を、返してやっていただけさ。……といっても、まあ、正義の味方を気取るつもりはないがね」
 パーンと名乗った男は、そのまま天幕に入ってくる。シャナン、アレスらと共にいて、まるで物怖じしないでいられることだけでも、彼が並の胆力の持ち主でないことは容易に分かった。
「何か用か?」
「用ってほどじゃあない。ただ、ターラをどう攻略するのかを聞いておきたかったんだ。俺だって、無駄に手下を殺させたくはない」
「そういうことか」
 そういえば確か、この男は自分の部下、という形で十数人同行させている。その中の一人に暗黒魔法の使い手がいたときはひどく驚いたが。
「あの手の場所には大抵抜け道とかがあるものだろう?」
 そこでシャナンはリノアンの方を顧みる。突然話を振られたリノアンは、びっくりしてから一度深呼吸をした。
「はい、あります。私達が、かつてターラを脱出する時に使ったものが。でももう、あるいは見つかっているかもしれません……」
「それなら大丈夫っ」
 突然響いた元気な声と共に、シャナンの首に何かが飛びつくようにしてしがみついた。
「こ、こら、パティ。飛びつくなっ」
「そういう抜け道って一つじゃないんですよ、大抵。城に直接入るのもあるし、街中に出るのとかもあるし。古い街になればなるほど、多いの、そういうのって」
「は、はあ」
 突然現れたパティに、その場にいた者達が呆気に取られていた。
 なにより、見慣れていない者には、シャナンがパティに振り回されている(本人は否定しているが)光景というのがあまりにも不似合いに思えたというのもある。
「……と、とにかくそういう通路なりを見つけて少数で攻撃をかける。ベルクローゼンさえ壊滅させてしまえば、あとはほとんど傭兵のみ。トラキアから来ているという執政官に、リノアン公女へのターラ返還を承知させれば、彼らは戦う理由がなくなる」
「ベルクローゼンの数は、情報どおりなら約百名。少なくはないが、まあどうにでもなる数だ」
 途中から説明をアレスが引き継いだ。だが、その場にいるものは、アレス他三人を除いて慄然としている。
 ベルクローゼンといえば、暗黒教団最強にして最悪の暗黒魔道士の部隊だ。彼ら一人は、並の騎士十人に匹敵するとすら言われているのだ。それが百人である。
「ちょ、ちょっとまて。いくらなんでもそれは無茶すぎないか? ベルクローゼンの強さを知らないわけじゃないだろう?」
 パーンが慌てたように口を挟む。だが、アレスもシャナンも、それに顔色をまるで変えなかったあと二人のうちの一人セティ――もう一人はパティである――は平然とした表情であった。
「言っただろう。少数で攻撃をかける、と」
 そう言ったときのアレスの表情は、極めて危険な色合いを感じさせるものだった。

 マンスターを出発して半月後、シャナンらはターラのある盆地まで到着した。もう、夜になればターラの街の灯りが遠目にもはっきりと見える。
 ここから先は、昼間ではなく夜に移動する。幸い、月がもう半月より大きくなっているため、優しい光を地上に投げかけてくれていて、おかげで闇夜に迷うことはない。
 さすがに、昼間にこの広大な盆地で兵を動かしては、気付かれる可能性があるのだ。
 かつてはシューターなどの部隊が盆地の各地に配置されていたらしいが、現在ではそれは全くない。グランベル軍としても、ターラを維持する以外特に兵力を割いてはいないということだろう。
 既にこの辺りは秋も深まっていて、風は涼しさより冷たさを感じさせる。
 シャナン達はとりあえず、かつてフリージ軍が部隊を配置していたらしい場所に、野営することとした。
 無論、街の見張りから見られることのないように、稜線の影に入っている。
「ずいぶん激戦だったのだな……」
 その部隊跡を見て、シャナンは思わず呟いた。
 無残に破壊されたシューターには、かすかに血の跡も見て取れる。さすがに撤退する時に戦死者の遺体は回収したのか、屍毒が発生するようなことにはなっていないようだ。ただそれでも、ここでどれほどの戦いが繰り広げられたかは、大体想像できる。
「すごい、ですね……」
「……パティか。眠らなくていいのか?」
 パティはその質問には答えず、破壊されたシューター――この一年間雨風に晒されていたため、すでにボロボロであるが――に触れ、周囲を見渡した。
 幾度も戦争を目の前で見てきてはいる。まだ生きてるのではないか、というような死人にだって、一度ならず見てしまっている。
 だが、一年の時を経て、まだ色濃くその惨状を思わせるこの戦場は、パティには別の意味で凄惨さを感じさせた。
「この戦いも……」
「ん?」
「この戦いも、後にまで残るんでしょうか?」
「……どうだろうな」
 シャナンは適当な場所を見つけると座り込んだ。見上げると、星々が小さな瞬きで地上を照らそうとしている。月は三分の二ほどその姿を見せていて、優しい光を地上に投げかけていた。
「多分、ここまでの規模になれば、どういう形であれ後世に伝えられはするだろう。ただ、どう伝えられるかは分からない。我々が勝てば、この戦いは解放の戦いとして伝えられるだろう。だが破れれば、帝国に逆らった愚かな反逆者としての汚名を残すことになる。そういうものだ」
「……でも、負けませんよね、私たち」
 パティの言葉は、少しだけ悲壮さを帯びていたようにも、シャナンには思えた。その気持ちはわからなくはない。人間、誰だって自分が死ぬと思って行動できるほどに強くはないし、自分が悪だと割り切って戦えるほどに強くもない。
「負けるつもりがあって戦う奴はいないさ。もう休んでおけ。明日の夜にはターラに奇襲をかける。また、頼むぞ」
「はいっ。今回はパーンさんも手伝ってくれるそうなので、大分楽ですし」
「そうか。まあもうすぐ夜明けだ。昼のうちに休んでおけよ」
 パティはもう一度元気良く返事をすると、天幕の方に走って去っていった。
「……まあ、元気なのはいいことだろう。たとえ戦争の中の空元気でもな……どう思う?」
「気付いていたのですか。人が悪い」
 その答えの主は、そう言うとゆっくり影から出てきた。月明かりに照らされた人物は、この部隊の中核の一人である、セティ王子だ。
「別段気配を隠してる様子もなかったのだがな」
「息を殺してるつもりではあったのですが……」
「息を殺すのと気配を隠すのは違うさ。まあ、魔術師がそんなことを覚えなくても問題はないだろうがな」
 シャナンはそういうと、セティの方に向き直ってからセティにも座るように勧める。セティはそれに応えて近くにあった岩の上に座り込んだ。
「で、私に何を聞きたいのだ?」
 その言葉に、セティは軽く目を見張る。
「さすがですね……それも、剣士のカンですか?」
「いや、年の功さ。まあ、なんとなく、だがな」
 実際自分がそんなに年を取ったとは思っていないつもりなのだが、いかんせん解放軍の主だった将の平均年齢が非常に若いため、シャナンとしては自分が年長であることを思い知らされるのである。今目の前にいるセティも、大分大人びてはいるが、まだ十六歳のはずだ。
「私の、父のことです」
 セティは少し沈黙した後に、そう切り出してきた。
「レヴィンの……?」
 セティは小さく頷く。
「あなたは、バーハラの戦いの直前まで父と共にシグルド様の軍にいたという。そして、その後ティルナノグでもお会いしてると聞きました。そのあなたから見て、父は一体何者なのでしょうか?」
「……ずいぶんとまた、曖昧な質問だな」
 シャナンは苦笑する。
 実際、「何者か」というのはひどく抽象的な質問である。
 一応、現在のレヴィンの立場は、解放軍の軍師である。だが、セティがそんな解答を望んでいないことは明らかだった。
「貴方なら、かつての父を知ってると思ったので……」
「そういうことならオイフェやフィンの方が適役なのだがな。まあフィンはシレジアの内乱は知らないが……」
「訊く機会がなかったのです。本隊と合流したら、その時に」
「まあ、確かにな」
 セティやリーフを始めとした部隊と解放軍が合流してから、彼らはあまりゆっくりする時間はなかった。特にオイフェやフィンなどは部隊の再編成作業に追われていて――これはコノートで待機していたシャナン達も同じだったが――実はシャナン達が到着する前日まではゆっくりする余裕はまるでなかったらしい。そのおかげで、シャナン達が合流した後すぐに出撃が可能だったのだ。
「正直に言うと、私にも良く分からない」
 シャナンはそう言って一度言葉を切り、セティの反応をうかがう。さすがに、その解答では納得してないようだ。
「確かに私は、かつてシグルド様と共にいて、レヴィンとも何度も話したこともある。まあ、まだ子供だったがな。だが、子供なりの印象としては、その時のレヴィンは、文字通り風のようで、何より自由な生き方を好み、だが同時に誰よりもシレジアのことを想っていた、と感じた」
 レヴィンがシレジアを出奔していたのは、シレジアに争いを起こさないためだ――シャナンはそう聞いている。だが、結局争いは起きてしまった。そしてその戦いの中、レヴィンはフォルセティの継承を自ら望み、そしてその力で戦乱を終結させている。
「ですが、今の父は……」
「お前は……どちらかというと父に認めてもらえない自分を許せないようだな」
「え?」
 暗がりにも、セティがきょとん、とした表情になってるのが分かった。それは、彼にしては珍しい年相応の表情だ。セティを勇者と崇める者達にはともかく、シャナンにはその表情が本来のセティではないか、とも思える。
「だから無理に振舞おうとする。安心しろ。お前の父レヴィンとて、王子として起ったのは二十歳を超えてからだ。お前がそう背伸びをする必要はない」
「私が……背伸び、ですか?」
「ああ。無理をしてる。そういう気がするな。だから、フォルセティは応えていない」
 その言葉に、セティの身体が大きく身じろぎした。
 ややあって、かすかに震えるような声で尋ね返す。
「……その言葉、父にも言われました。けど、それは一体どういう意味なのですか? 私には分からない」
 焦燥。今のセティの心情を一言で表すならこうなるだろう。
 正直、十六歳という年齢にしてはセティは継承者でも稀に見るほど強大な力を持っている。長じれば、あるいはレヴィンすら凌ぐかもしれない。だが。
「私が何か言う問題じゃないな。ただ、これだけは教えておこう。かつてレヴィンが振るった力は、今のお前の力の比ではなかった。その差がどこから来ているのか。その答えは、自分で出すんだな」
 そういうとシャナンは立ち上がった。
「ま、待ってください。それは一体……」
「あまり気負わない方がいい。私がお前と同じ年齢だった頃は、まだ自分の役割すらまるで見えず、考えてすらいなかった。お前の悩みは確かに重要なことだが、さしあたっては明後日のターラ攻略の方が重要だ。その時、悩みすぎていて疲れて動けない、というのはやめてくれよ」
「……はい」
 シャナンはその返事を確認すると、自分の天幕へと歩いて行く。
「レヴィンが何者か、か……」
 セティの悩みは、実際には自分自身の問題だ。それは、彼自身が片付けるしかない。だがそれとは別に、シャナンもまたレヴィンが何者であるかはずっと気になっていた。
 バーハラの悲劇において、レヴィンはフォルセティの力で生き残ったとされている。いや、実際に生き残ったのだろう。その後数年は妻と共にシレジアで過ごしていたらしい。これらはパティ経由のフィーからの話だ。だが突然、レヴィンは消息を絶った。そして、ティルナノグに現れるようになったのはその後のことだ。
 その間レヴィンが何をやっていたかについては、少しずつ明らかになってきている。リーフ王子の軍の軍師であるアウグストもまた、レヴィンに命じられて動いていたらしい。その他にも各地にそのような者がいて、レヴィンはどうやらかなり以前から、この解放戦争の下準備をしていたようだった。
 実際、今自分達が進軍できているのも、彼のおかげである。彼の命令で組織された団体のおかげで、解放軍は混乱なく受け入れられ、補給を受けることも出来ているのだ。
 それ自体はそれほど異様なことではない。
 だが、確かにレヴィンは、かつてシャナンが知るレヴィンとはどこか違う、という気がしてならなかった。具体的にどこがどう、というわけではない。ただ、そんな気がするだけだ。
「まあ、いつか分かるさ」
 シャナンは一人呟くと、腰にある神剣をあらためた。



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