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永き誓い・第四十二話




 融け始めた雪、というものがどれだけ危険なものか、ということは、雪深いイザークやシレジアで過ごしてきた者達には、よく分かっていた。そして、それを利用する術、というものも。
 明けてグラン暦七七八年初春。
 近年まれに見る大雪に見舞われたトラキア王国。そこに解放軍――反乱軍が全軍駐留していることは、グランベル帝国にも分かっていた。そして、彼らが雪が融け出すと同時に、進撃してくるであろうことも。
 解放軍が進撃してくると思われるルートは二つ。
 一つは、ターラから北西へと抜け、エッダ地方の南東から進軍するルート。もう一つは、トラキア王国をそのまま北上し、ミレトス地方へと進軍するルート。
 このどちらから解放軍が進撃してくるか分からなかった帝国軍は――無論、斥候は派遣していたのだが、トラキアの大雪の前にことごとく戻ってこなかった――物量を活かし、その両方の入り口に大軍を派遣して待ち伏せることにしたのである。これは、戦術としては全く正しい。
「さすがにグランベル軍の総帥たるアルヴィスには隙がないな。こういうことを、そつなくやってみせる」
 レヴィンは、眼下に展開するグランベル軍を見て、感心するように呟いた。
「ただ、指示を下した者が優れているといっても、現場で指揮を取るものが優れているとは限らない、だな」
「そういうことだ、シャナン」
 レヴィンはそういうと、ニヤリと笑う。
「功をあせる軍に、未来はない」
 レヴィンはそう断言して、この作戦を提案した。
 グランベル軍は、総勢で三万。これが、トラキア王国とミレトスの間の山岳帯を貫く、細い道に配されている。だが、本来この部隊は、その道を抜けたところで待ち伏せをしているはずだった。
 そこでレヴィンは、わざと解放軍がこちらのルートから進軍しようとしているという情報を――それ自体は事実であるし――流したのだ。だが、細いルートで大軍に押し寄せられたらかなわない、ということでルートを変更しようとしている、という情報も併せて、しかも巧妙に流した。そして予想通り、ミレトス側の軍は、トラキアの細い山道までご苦労にも進軍してきたのである。後背を突いて軍功をあげよう、というつもりだったのだろう。
「首尾は?」
「セティとアーサーを向かわせた。あの二人の力なら、問題ない」
 そうか、とシャナンは頷いて、眼下の軍と、そしてその両側に広がる急斜面を見た。
 そこには、この数ヶ月で降り積もった――豪雪といえるのは最初だけではあったが、結局この冬はずっと雪が降ったり止んだりしたのだ――雪が、春の温かさによって融け始め、今にも滑り出しそうになっている。
 実際、解放軍はこの雪がほぼ融けきるまで危なくて進軍できない予定だった。
 だが、あまり時間を潰すことも出来ず――全部融けるのを待っていたらいつになるか分からない――いっそある程度雪崩を起こして危険性を減らしてしまおう、という案も出ていたのだ。
 そこに、このグランベル軍の進軍である。これはもう、絶好の好機であり、好都合というしかなかった。
「地上には?」
「セリス、リーフ以下、騎兵を中心に配してある。また、弓兵部隊も十分に」
「まあ、合図は考えるまでもない、か」
「これ以上ないほど盛大な合図だと思うぞ」
 シャナンの言葉に、レヴィンは再び笑みを浮かべ、それから周囲を見渡して、すっと手を上げた。
 手に持つ赤い表紙の魔道書から力が伝わり、それが上に伸ばした手の、少し先に集まっていく。
「さて、前哨戦の始まりだ」
 ぽっ、と。まるで燃焼気(ガス)が弾けたような音がして、小さな火の塊が、天空へと撃ち出された。
「なんの、だ?」
 緑の髪の吟遊詩人は、不敵な笑みを浮かべ、振り返った。
「聖戦、さ」
 レヴィンの答えに続いて、二つの爆音が続く。やがて凄まじい地響きが、その周囲の大気を震わせた。

 トラキアに進軍したグランベル軍は、完全に滅した。
 レヴィンの放ったファイアーの魔法を見た者のうち、何人がその危険性に気付いたかは分からない。
 だが直後、爆音が響いたとき、何かとてつもなく悪い予感がした、とは後日生き延びた兵士の言葉である。そしてその予感は、完全に正しかった。
 レヴィンは、セティとアーサーをそれぞれ、グランベル軍が進軍している道の両側の山の頂上付近に向かわせ、そしてわざと雪崩を起こさせたのである。
 雪が融け始めているこの季節、ともするとちょっとした音ですら雪崩になってしまうほど、雪は不安定になっている。
 ましてそこに、フォルセティやボルガノンで衝撃を与えれば、あっという間に大雪崩となって、麓――グランベル軍が進軍している道――まで雪が雪崩れ込むことになる。
 しかし、グランベル軍には『雪崩』という知識を持っている者がそもそもいなかった。これは別に、彼らの無知を責めることは出来ない。
 グランベル本国は、基本的に温暖な気候であり、北方のフリージ、バーハラでやっと雪が降る程度。ヴェルトマーなどは逆にイード砂漠が近いので雪など降ることはない。まして、南方のほうは、雪など見たことすらない者すらいるのだ。
 そして当然だが、今回派遣されてきた軍は主にグランベル南方、およびミレトス地方――ミレトスに至っては雪などまず降ることはない――に配されていた兵士なのである。
 実際、解放軍がこちらのルートを選んだ理由の一つが、これである。ターラから抜けるルートに待ち受けている軍は、雪のことを知っている将軍や兵士がいる確率が高かったのだ。実際、雪の危険性をわずかでも知っている者ならば、雪が積もった斜面にはさまれた山道など、この季節に通ろうなどとは絶対に考えない。
 結局、グランベル軍が雪崩に気付いたのは、もうその動きははっきりと見えるようになってからだった。その時点では、もはや手遅れである。
 半ば恐慌状態に陥ったグランベル軍は、慌てて引き返そうとする部隊と、駆け抜けようとする部隊でまず混乱が起きた。そして、雪がその美しさの中に隠していたあまりにも凶暴な牙の前に、あっという間に呑まれてしまう。
 一部、狂ったように前に進んだ部隊だけが、雪崩の牙から逃れることが出来た。実は、この道はあと少しで終わりだったのだ。もっとも、レヴィンに言わせれば「これから攻める場所の地図も調べずにくる時点で、やつらの全滅は確定していたんだ」ということになる。
 そして、命からがら山道を抜け、雪崩を逃れた千数百のグランベル軍に襲い掛かったのは、解放軍の精兵の容赦のない攻撃であった。
 グランベル軍はなす術なく打ち倒され、生き残ったわずかな兵が降伏し、残りは純白の雪の上に鮮血に染まった骸を晒すことになった。
 かくして、三万の迎撃部隊は、そのほとんどが雪の中へと呑まれ、その役目を果たすことなく壊滅したのである。
 そして、解放軍は、そのあとも雪崩を意図的に起こし、雪のほとんどなくなってしまった斜面の道を抜け、ミレトス地方へと到達したのである。

「ここまでは、予定通りなわけだね、レヴィン」
 解放軍の盟主の言葉に、レヴィンは頷いた。
 今この場にいるのは、レヴィン、シャナン、そして解放軍の盟主たるセリスだけである。
 そして、彼らの視線の先に見えるのは、ペルルークの城砦。ミレトス地方の最東端にある城だ。城砦としての規模は決して大きくはない。だが、無視できる大きさでもない。駐留軍は約三千。それに、暗黒教団の者たちもいるという。厄介なのはむしろ後者だろう。
「ただ、今回は比較的楽に勝たせてはもらえるだろう」
 レヴィンが自信を持って断言した。ペルルークは、おそらくトラキアに進軍していった軍が敗れたことすら、全く知らないはずだからだ。
 レヴィンは先の戦いに際し、ミレトス側に情報が漏れるのを徹底的に防いだ。
 実際、進軍してきたグランベル軍で、ミレトス側に逃れられた兵は一人もいない。そして、あとから様子を探りに来るであろうことを予想し、天馬騎士や竜騎士によって、徹底的に様子を探りにきた兵を捕縛させておいたのだ。挙句、彼らの持っていた伝書鳩を用いて、偽情報まで流しておいた。
 この徹底した情報戦によって、解放軍はグランベル側に全く知られることなくミレトス地方に入ったのである。
「ただ、この先はそうはいかない。ここを陥とせば、もう次から帝国は確実に私たちを捕捉する」
 ミレトスの帝国軍の規模は、決して小さくはない。本国には及ばないものの、総数はフリージ王国に匹敵するかそれ以上である。加えて、ミレトス地方が極めて特殊な地形をしているのも難点だった。
 ミレトス地方――正しくはミレトス半島――は、南北を絶壁といっていい山岳が真っ二つに分けている。そして、この山岳の唯一の通り道が、ミレトス大橋と並ぶ、ミレトスの名所『ミレトス峡谷』であり、そして現在、そこには巨大な門が築かれているのである。
 通常、ミレトス内の流通は海路を持って行われるため、陸路でその峡谷を抜けることは、あまり必要とはされない。だが、解放軍は全軍を乗せるだけの軍船など、もちろん所有していない。第一、船の扱いに長けた者もいない。
 そのため、陸路峡谷を抜けなければならないのだ。そこでは、当然激戦が予想される。
 さらにそのあとには、ミレトス大橋が控えているのだ。そこでの戦いは、かつてのトラキア大橋での戦いより、さらに熾烈なものになることは疑い様もない。
 そのためにも、このペルルークの戦いは、極力被害を抑えなければならない。ある意味、普通の戦いよりこういうほうが神経は使う。
「さしあたって、敵軍がさっさと壊乱状態になってくれるのが一番好都合なわけだが……」
 そこでレヴィンは、シャナンを見る。
「もう一度、まあやってくれんかな、と」
「ターラと同じことをか?」
「内部に敵が現れた、というのがやはり一番確実でな」
 シャナンはふぅ、と息をつくと、仕方ないか、というように顔を上げた。
「実はすでに、パーンに城の構造などを調べてもらっている。明後日までには準備は整うだろう」
「手が早いな……」
 そういいながら、シャナンは一瞬安堵する自分を自覚した。一瞬、それが何に起因するものか、と思うより先に、レヴィンがにやり、と笑いながら口を開く。
「パティが行っていなくて、安心か?」
「なっ……いつ誰がっ」
「あ、やっぱりそうなの? シャナン」
 セリスが嬉しそうに続く。
「まて、セリス。お前まで何を……」
「別にそう拒むことでもないだろう。お前だってまだ若いんだ」
「そういう問題じゃなくて……」
「まあそれはともかく、突入するのは誰を?」
 セリスがいきなり話題を転じた。それまで笑っていたレヴィンも、すぐ真面目な表情になる。
「基本的にはシャナンに任せる。ただ、アレスとセティ、アーサーらは出せない」
「毎度同じだ。歩兵中心に組む。スカサハ、ラクチェら、イザークの戦士、それにセティ以外のマギ団の連中も借りよう。大体五十人も行けば十分だろう」
「それで十分、といえるのはお前くらいだと思うがな。まあいい。決行は明々後日の予定だ。それまでに人選を済ませておいてくれ」
「分かった」
「あとは任せた。俺はちょっと見てくる」
 レヴィンはそれだけ言うと、すたすたとペルルーク方面へと歩き去る。最初こそ驚いたが、実はレヴィンはこうやって、戦いの前に敵地に平然と入っていっていることが多いらしい。実際、レヴィンの顔はほとんど知られていない。しかも元吟遊詩人という職柄か、あっさりと街に馴染んでしまうため、不審に思われることはまずないらしい。
「さて、我々は戻るか」
「シャナン」
 歩き始めたシャナンを、セリスが呼び止めた。
「どうした?」
「……別に、パティがどう、というつもりはないけど、でも、あまり一人で背負い込まないで欲しい。もちろん、シャナンが私を守ろうとしてくれているのは知っている。けど、私も強くなった。ただ守られるだけの……あの時とは、違う」
「……セリス」
 セリスの言う『あの時』というのがいつを指しているのか、それは問い質すまでもないことだ。
 あの、ティルナノグへの逃避行。その時、シャナンは自らの半身とも言える存在を失った。それは、シグルド、ディアドラとはまた別の、かけがえのない存在。
「シャナンが一番つらかったのは知ってる。でも、私達もそれは同じだった。それに、悔しかった。あの時、戦う力があればって。私達が強くなったのは、少なくとも私やラクチェ、スカサハ達が強くなった目的の一つには、それがあるんだ。もう、シャナンに負担をかけたくないって」
「セリス……」
「それに、これはユリアに頼まれたのもあるんだけど……パティのこと。ちゃんと考えてあげてもいいと思うよ。私の目から見ても、いい娘だと思うし」
「ちょ、ちょっと待て、セリス、それは……」
「別に今とか言ってないって。けど、パティ、ずっと諦める気はないみたいだし。何なら、私とかも協力するから」
 シャナンはがっくりと力を失ってうなだれた。
「大体、シャナンだって若いんだから。私達といると、年を取ってる印象があるけどさ」
「……否定はしないがな」
 実際、赤ん坊の頃からオイフェと一緒にずっとセリスを見守っていて、そのセリスがこれだけ成長していれば、自分が年を取ったことを自覚せざるを得ない。
「だから、もう少し元気になって欲しい、と思っているんだよ、私も、ユリアも」
「……そんな風に見えてたのか?」
「いや。でも、パティといる時のシャナンって、いつもより元気なような気がしてたよ」
 シャナンはもう一度、うなだれた。
「私達は、戦いが終わったら全てじゃないんだ。あの人のことは分かる……けど、でも、シャナンがそういう風にしてると、私達も辛い。それは、分かって欲しい」
「……分かった……とは言わないが……」
 シャナンは少し気を取り直したように立ち上がる。
「覚えておこう。だが……」
「うん。分かってる。まずは、この戦いに勝たないとね。さて、戻ろうか」
「先に戻っていてくれ。私は、しばらく城を観察している」
「分かった。気をつけてね」
 そういうと、セリスは馬に跨って去っていく。少し離れたところから、随従の騎士が続いた。
「……フェイア……」
 その名を、シャナンは忘れられそうにない。
 あの時、自分が今ほどに強ければ。あるいは、手元に神剣があれば。そうすれば、彼女を失うことなどなかっただろう。きっと今も、傍らにいてくれたに違いない。
 だが、彼女は死んだ。それはもう、動かしようのない現実。
 パティが慕ってくれているのは、セリスに言われるまでもなく分かっている。
 最初は、軽い気持ちだったのかもしれないが、今はそうではない。ただそれを、あの少女は悟らせまい、と行動している。それは健気だとは思う。
 だが、それでもシャナンには、パティをかつてのフェイアを見るように見ることは、出来そうにない。年齢が違う、とかそういうものではない。それは、まだフェイアが自分の中にいるからである。
 目の前で、彼女の死を確認していないからなのかもしれない。生きているかもしれない、などという望みを抱いたことはない。ただ、その死を受け入れられていないだけなのだろう。
「今の私には……セリス達を守ることしか、ない。だが、それが終わった時――」
 かつてディアドラと交わした小さな『約束』。いまや神聖なる『誓い』となったそれが果たされた時、或いは自分も前に進むことが出来るかもしれない、とは思っていた。
「誰よりも……私が一番、過去に囚われているのかもしれないな……」
 自嘲めいた笑みを浮かべたシャナンは、頭を一度振って考えを切り替える。それから、もうしばらく城を観察していたあと、馬に乗って自陣に戻っていった。

 ぺルルーク攻略戦は、あっけないほど簡単に終わった。
 予想通り、ぺルルークに駐留する軍は、自分達が攻撃されることなどまるで考えていなかったらしい。
 突如として現れた――としか彼らには見えなかったのだろう――解放軍に対して、慌てて迎撃部隊を出撃させるも、まるで勝負にならなかったため、慌てて外門を閉ざす始末。外にいる友軍を見捨てて、である。
 そしてとりあえず篭城戦を、と考えたのだろう。それ自体は、援軍が期待できる彼らなら当然の戦術だ。だがもちろん、援軍が来るのを待ってやる理由は、解放軍にはない。
 かねてからの予定通り、シャナンをはじめとした数十人の部隊が、ペルルーク城内に侵入、あっさりと門を守る部隊を撃破し、門を開け放ってしまったのだ。かくして、ペルルークは僅か一日で陥落。生き残った敵兵は散り散りになって逃げていった。
 ただ、解放軍にも不安の種はあった。
 ここにいると思われていた暗黒教団の精鋭部隊、ベルクローゼンが一人もいなかったのである。
 捕虜の話によると、解放軍の攻撃があってすぐ、ベルクローゼンは全員撤退したらしい。それが、彼らが壊乱状態になった理由の一つでもあった。
「戦力を温存したのか、あるいは……」
 レヴィンは、かつて領主の館であった建物のバルコニーで、一人考えていた。
 レヴィンとしては、不安を感じずにはいられない。ベルクローゼンの指揮官はアルヴィスではない。あのマンフロイだ。その名は、レヴィンには絶対に忘れられないものになっている。
 マンフロイは、深慮遠謀を得意とする。そのマンフロイが、わざわざベルクローゼンを退かせ、事実上解放軍にペルルークを明け渡した。そこに、何かしらの意図が感じられてならなかった。
「いかなる手段を敵が用いてきたとしても、私達には道を選ぶような自由はない。そうだろう、レヴィン」
「そうだな……」
 レヴィンは何かを決意するように頷く。その視線の先には、シャナンがいた。
 おそらく、暗黒教団に対してもっとも強い憎しみを抱いているのは、シャナンである。
 彼が失った、かけがえのない存在のことごとくが、暗黒教団によって奪われているのだから。
「しかし……荒れ果てたものだな。かつてはこの街もミレトスでは風光明媚なことで知られたというのに」
 レヴィンは話題を転じるためか、シャナンから視線をはずし、バルコニーから見える街並みを見下ろした。
 ペルルークは、ミレトス地方の中ではやや辺境に位置するため、商業はさほど――ミレトスの他の地域と比べての話だが――盛んではなかった。代わりに、どちらかというと観光地として、栄えてきた場所である。
 しかしその面影も、今はありはしない。
 さらに、先ほどから降り続いている雨が、街の暗鬱さを際立たせているようだ。
 無残に破壊された街並みは、無論先の戦いによるものもあるが、それ以上にこれまでの帝国、というよりは暗黒教団の支配によるものが大きい。
 解放軍が街を解放したとき、人々のあげた歓呼の声は、帝国の圧政から救われたことによるものではなかった。それは、暗黒教団の恐怖から救われたことによるものだったのだ。
「建物はいつか直せる。だが……」
「シャナン、あまり考えるな。情報では、帝国軍はこちらに対して動く気配は見せているが、まだ数日ある。その間に、パティでも誘って少しは気を抜け」
「……レヴィン。私をからかって面白いのか?」
 シャナンが、心底脱力したように呟く。それに対してレヴィンは、かつての、シグルド達と共にいた時のような、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「当然だ。お前、からかい甲斐がなかったからな」
 なおもシャナンが崩れたところに、突然雲間から陽が差してきた。いつの間にか雨は上がっていて、その光がまるで闇を照らすかのように、降り注ぐ。
「……虹か」
 雨の後の光がもたらす奇跡。それが今、彼らの目の前に現出していた。
 それは、まるでこれからの解放軍の行く末に、光の橋をもたらしてくれるかのように、彼らには思えた。



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