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永き誓い・第四十三話




 崩れかけて倒壊しそうに見える建物でも、意外に倒れないものだな、とシャナンは思った。
 解放軍が占領したペルルークは、さほど大きな街ではないとはいえ、それはあくまで『ミレトス地方の中では』ということである。その規模は、イザークの王都イザークと比べても、全く遜色ない。
 そして、街並みに至ってはイザークとは比べるべくもなかった。
 ただ、本来は、というべきだろう。
 現在では、街の、少なくとも大通りに面した大きな建物のほとんどが破壊され、あるいは崩れきっている。少し裏道に入れば、まだ多くの建物がほぼ無傷で残ってはいるが、その石畳に染み付いた黒い模様は、この街がどのような運命に晒されてきたかを、如実に表していた。
 ただ、かすかに雰囲気だけは上向いている。そんな気がした。それは、この街の人々が、ようやく暗黒教団の恐怖から解放された、ということを実感し始めたからだろう。やがて、人々はまた復興を始めるに違いない。
 かつても、この地は長く暗黒に支配されながら、不屈の精神で立ち直り、ミレトスをユグドラルで最も栄えた街々、言わしめるほどにしてきたのだから。
「辛気臭い、とは言いませんけど、もうちょっとコース選んで欲しいです、シャナン様」
 唐突に上がった不満の声を、シャナンは聞き流した。しかし、声の主は無視することを許さないらしい。
「ちょっとシャナン様、無視しないで下さいっ」
 言うが早いか、声の主――パティはシャナンに抱きつこうとするが、シャナンはそれをひょい、とかわした。
「う〜、せっかくのデートなのにっ」
「パティ……」
 シャナンが呆れたように口を開く。
「私は街の様子を視察しているだけだ。それをお前が勝手についてきたんだろう……」
「でも私にとってはデートなのっ」
 言葉と同時に再び飛び掛ろうとするパティ。しかし、やはりシャナンはそれを避ける。
「シャナン様酷い〜」
 ぷぅ、と頬を膨らませるパティ。
 シャナンとしては呆れるしかない。
「ついてくるだけなら勝手にしろ」
 その言葉に、パティの表情がぱっと明るくなる。
「は〜い♪」
 やはり飛び掛ろうとするパティと、それを避けるシャナン。
 ただ、そのやり取りをどこか楽しんでいる自分に、この時シャナンはまだ気付いていなかった。

「本当に……大変だったのですね」
 ユリアが、崩れかけた建物についた傷痕を、まるで痛みを和らげるためであるかのように、優しく触れた。
 ユリアと、そして護衛の――いまさら護衛という名目を使うな、とは周囲の一致した見解なのだが――スカサハは、シャナン同様街の視察に出ていた。別に、遊んでいるわけではない。この街から帝国軍は出てはいったが、まだ潜んでいる可能性は十分にあるのだ。他にも、二人、または三人一組で街のあちこちを巡回しているはずだ。
「ここは、かつての聖戦以前、ロプト帝国が存在した時代にも、暗黒教団によって、凄惨な儀式などがたくさん行われた土地だったみたいだからね。多くの子供が捕らえられ、そして刃向かった人々はことごとく彼らの神の名の下に……」
「なんで、そんな酷いことができるのでしょう?」
「え?」
「彼らにだって、子供がいて、好きな人がいて……私達と同じ、人のはずですよね?」
「ユリア……」
 正直、その考えはスカサハには驚異的なことに思えた。
 暗黒教団の人間は、もはや人間ではない。そう思っていたのだ。
 だが、言われてみればそうである。彼らも、自分達と何ら変わることのない人間のはずだ。
 どういう経緯であれ、同じこの大陸に住まう『人』のはず。なのに、なぜ争うのか。
 いや、彼らだけではない。自分達が敵としている帝国軍に至っては、別に暗黒神を奉じている者など、ほとんどいないだろう。だが、彼らと自分達解放軍は敵対している。本来なら、争うべきではないはずなのに。
「本当は誰も争いたくない。そのはずなのに……なぜなのでしょう?」
 その答えを、スカサハは持っていなかった。だが、漠然と分かる気はした。
 お互い、譲れないものがあるからだ。たとえそれが、どのようなものであっても。
 そして。
 少なくとも自分は、守りたいものを守るためなら、剣を振るうことを厭わない。そう。目の前の少女を守るためならば。
「……どうしたの?」
「あ、いや。なんでもないよ。ただ、ユリアってすごいな、と思って」
「え?」
「俺は今まで、そんな風に考えたことなかった。単純だからかな。とにかく、敵を倒せば道が開けるって、そう思ってた。正直、戦う相手のことなんて考えたこともなかったから……」
「そんなこと……ないです」
 ユリアは顔を赤くして、俯く。
「私も、いつも考えているわけじゃないです。ただ、後方にいると、皆が戦っていると、戦わないですまないのか、とか考えて。そういう時に、ふと考えるだけで」
「それでも、すごい。でも、確かにそういう風に考えないといけないのかもしれない。確かに、俺たちは戦う。命の……奪り合いをしている。負けるわけにはいかないけど、そうすると相手の道を閉ざすことになる……」
「スカサハ……」
「いや、それで押しつぶされたりはしない。けど、そういう風に考えて、戦いの終わったあとのことも考えないといけないんだなあ、って。まあ俺なんかより、セリス様の方がよっぽど考えているとは思うのだけど……」
 スカサハはそこで言葉を切って、ユリアの方に向き直った。
「でも正直、俺はあんまり頭よくないからね。あまり大きな目標持ったりしていると、かえって何も見えなくなりそうだから、普段はやっぱり考えてないな。俺は、もっと単純な理由で戦う方が、すっきりするからね」
「単純な……理由、ですか?」
「うん。誰かを守る、とか。大陸の未来を、といっても俺にはピンと来ない。けど、そういう目標なら、分かりやすいから」
「私も……その方が分かりやすいです。こんなこと、いつも考えていたら、頭混乱しますから」
「そうだね」
 スカサハはそういうと、ユリアに手を差し伸べる。ユリアは一瞬躊躇ったあと、少し照れながらその手を握った。
 それぞれ、守りたい人、というのが誰を指しているのか。
 それがお互いであることを、どこかで感じながら、二人はペルルークの街を歩いていた。

「今までいろんな場所にきて、ひでえ場所もたくさん見てきたつもりだったが……ここはどこよりもひでえな……」
「かつて、ロプト帝国が、最も残虐な行いを繰り返した場所……そして、再び暗黒教団によって……」
 ラクチェはそう呟くと、地面に落ちていた焦げた人形を拾った。人形、といっても木を彫った、やや不細工なものだ。表面が半ば以上焼けているが、かろうじて残っている面から、それが女の子を象ったものだとわかる。きっと、この近くに住んでいた女の子が持っていたのだろう。果たして、その子はどこへいったのだろうか。
「持ち主は、多分……」
「生贄、か……」
 暗黒教団は、七歳から十三歳までの子供を、暗黒神への生贄として捧げるという。その数は、年々増加し、今では対象の子供がことごとく連れ去られているという。
「でも、俺もあまり人のことはいえねえよな。イザーク王国だって、ここほど派手じゃないけど、子供狩りはやっていたんだ」
「ヨハルヴァ……でも、貴方は……」
「確かに俺は、親父の言うことに逆らって、子供狩りはやらなかった。兄貴もな。けど、親父がやることは止められなかった。あるいは本当は、俺たちが本気で言えば、親父だって止めてくれたかもしれないのに……。そうすれば、兄貴だって……」
 ヨハルヴァのその言葉に、ラクチェは何も言うことが出来なかった。
 彼らの父親であるダナンを殺したのは、紛れもなく解放軍だ。そして、その戦いの中で、ヨハルヴァの兄ヨハンは、実の父親の手にかかって戦死した。文字通り、彼の家族を引き裂いたのは、解放軍なのである。
 そして、まだ彼には兄がいる。彼の兄ブリアンは、ドズル公国において、グラオリッターを率いて、今も解放軍を迎撃しようと準備をしているに違いない。
 ある意味、まだ自分達の方が恵まれている、ラクチェは感じていた。
 少なくとも、自分達は兄妹で相争うようなことは、ない。セリス以外、ではあるが。
 無論、だからといって、ヨハルヴァがあの時味方になってくれなければ、彼と戦わなければならなかったのは確かだ。それは、彼やヨハンを友達だと思っているラクチェやスカサハにとっては、到底耐えられる事態ではなかった。
「まあ、すんじまったことはしかたねえ。それに、まだ俺にはブリアン兄貴がいる。ブリアン兄貴は、俺とかとも違って頭がいいからな。多分、分かってくれるさ」
「そうね。きっと」
 ラクチェにとって、何よりも引っかかっているのが、ヨハンが死んでしまったことだ。
 ヨハルヴァが自分に好意を寄せてくれているのは分かっている。そして、それはヨハンも同じだった。
 生き残った、ということ。しかも、本来死ぬのは自分だったはずなのに。あの時、父の刃とヨハルヴァの間に入ったのが、ヨハンだったのだから。
 もしあの時、ヨハンがヨハルヴァを庇わず、父を倒そうとしたら、倒せたかもしれないのに。
 それでも、あの時ヨハンは、より確実に弟の命を救う道を選んだのだ。
 それだけに、せめてもう一人残った兄とは、争わずに済ませたい、というのが、二人の共通の想いだった。
 もしそれが叶えば、お互い、何かを吹っ切れる気がしていたからだ。
「けど、どっちにしてもドズル家が抱える負債はでけえなあ。ま、兄貴とならなんとかなるだろう」
「……協力、できたらするから、私も」
「ん、あ、ああ」
 ヨハルヴァは何気なく相槌を打ってから、その意味するところに気付き、慌ててラクチェの方を振り返った。だが、彼女は別の方向を向いていて、顔は見えない。
 しかし、その意味するところはわかる。
「そうだな。ラクチェが協力してくれるなら、百人力だ」
「千人力、じゃない?」
「かもな」
 ヨハルヴァとラクチェは、同時に笑っていた。

 旧ペルルークの市長邸宅を接収して仮設置した解放軍の本営で、セリス、オイフェらと今後の打ち合わせをしていたレヴィンは、強烈な悪寒を感じて、一瞬眩暈がした。
「……なんだ?」
「どうしたの、レヴィン」
 一瞬ふらついてしまったらしい。気付いたら、テーブルの端に手をついて体を支えている。
「いや、なんか嫌な予感がしただけだ。それも……どこかで感じたことのある予感……そして……」
 話しながら、レヴィンはその感覚を思い返そうとした。どこかで感じたことのある感覚。そして、言い知れぬ不安を纏わせる何か。
 やがて、徐々に不安がその姿を明らかにし、やがてレヴィンに一つのイメージ像を結ばせる。それは、レヴィンにとっては忘れようもなく、そしてこの上なく禍々しき存在。
「……まさかっ」
 椅子に座りかけたレヴィンは、がた、と立ち上がると扉を蹴破って飛び出した。
「レヴィン!?」
「この感覚、間違いない。マンフロイだ!!」

「シャナン様〜。あっちの方に……。シャナン様?」
 街を歩いていたシャナンとパティであったが、パティはかなり退屈していた。一応、帝国軍や暗黒教団の残党がいないやしないか、ということを警戒して巡回していたのだが、そんな気配など全くない。せっかくシャナンと二人だけだというのに、少しも色っぽさはない。
 もっとも、それは始めから全然期待してはいない。
 しかし、いいかげん暇になって振り返った時、シャナンがまるで何かに驚いたような表情で立ち止まっていたのだ。
「この感じは……まさか……」
 嫌な予感が、シャナンの全身を支配していた。
 そう。
 かつて、ディアドラがいなくなった時と、全く同じ感覚。
 そしてそれに重なる、この気配。
「まさか……まさか!!」
 言葉と同時に、シャナンは走り出していた。
 忘れようもないあの気配。シャナンが、最も悔いている瞬間の一つ。それを想起させるこの感じは……。
「あ、シャナン様、まって!」
 パティが慌てて後を追う。だが、全速力で駆けるシャナンには、さすがのパティもついていけない。
「はあっ、はあっ。一体……どうしたの?」
「あれ。パティ。どうしたの?」
 ふと名前を呼ばれて振り返った先にいたのは、ラクチェだった。すぐ後ろにヨハルヴァもいる。
「あ、ラクチェ。なんかシャナン様が、突然走り出してあっち方に……」
 パティの指差した先には、もうシャナンの姿はない。
「シャナン様が? ……なんか気になるわね。行ってみましょう、ヨハルヴァっ!」
「おうっ」
「あ、ちょっと待って、ラクチェ〜」
 走り出したラクチェとヨハルヴァのあとを、パティも慌てて追いかける。
 パティはその時、なぜか言い知れぬ不安感を感じていた。

 ユリアと二人で歩いていたスカサハは、いつの間にか街外れの港の近くまで来ていた。この辺りは、もう人通りもなく、また、港湾施設は荒れ放題になっている。帝国に支配されている間、このペルルークの港は全くといっていいほど機能していなかったのだ。
「誰も……いませんね」
「そうだね……こういうところにこそ、潜んだ兵士とかは隠れているかと思ったけど、やっぱり誰もいないか。そろそろ、戻る?」
「そうですね……」
 そう言いながら、ユリアはきょろきょろと辺りを見回す。人の気配は、見事なくらいにない。
「もう少し、だけ……」
 ユリアはそう言いながら、そっとスカサハの手に触れる。
「えっ……」
「せっかく、海が綺麗ですし……」
「そ、そうだね」
 スカサハは、そのユリアの手を優しく握った。ユリアがそれを握り返す。
「もうすぐ、夕陽が見えるしね……」
 しばらく二人は、手を繋いだまま、無言で海を見ていた。
 寄せては返す波の音が、どこか神秘的にすら思える。そして、それ以外の音は、ほとんどない。昨日、この街を舞台に激戦が繰り広げられたことが、信じられないくらいだ。
「……ユリア」
 スカサハは、ユリアの手を握る力を、少しだけ強くした。
「次、いつこんな時間があるかどうか、なんて分からない。だから今のうちに言っておきたいことがあるんだ」
「えっ……」
 ユリアは驚いてスカサハを見上げた。
「スカサハ……」
 ユリアも、さすがに彼の言おうとしていることは分かっていた。本当は、トラキアに三ヶ月も滞在していた間に、いくらでもお互い言う機会があったはずなのだが、なぜか結局その機会を逸し続け――最初の頃にあったのだがその時は結局お互い言わなかった――ていたのである。
「そ、その、俺は……」
 ユリアは緊張して、その言葉の続きを待った。だが、その直後。
 突然スカサハの表情が別の緊張を孕み、ユリアを庇うように振り向いた。その、スカサハの視線の先。
「くっくっく……どうもナーガの娘を攫おうとすると、イザークの戦士が邪魔をする……」
 一瞬空間が歪んだあと、地面と平行するように魔法陣が描かれ、やがて空間から滲み出してくるように、人が現れた。
「これは、宿命と言うやつなのかも知れぬな……」
 暗紫色のローブをまとった、やや背の低い魔術師めいた人物だ。
「な、何者だ!!」
 スカサハは問い掛けたが、答えがあることは期待していなかった。
 すでに全身は、戦闘状態に突入している。
 こいつは危険だ、と全ての感覚がけたたましく警告していた。
「わしが何者であろうと、お前には関係のないこと。さあ、その娘を渡せ」
 声から、その魔術師が老人であることは分かった。
 身体は小さく、そのローブから見える手足は、年老いて膂力などまるでないであろう老人のものだ。おそらく、スカサハの剣の一撃で倒れるぐらいの体力しかないに違いない。
 だが、それでもなお、スカサハはこの老魔術師に圧倒される自分を自覚せざるを得なかった。何か、得体の知れない恐怖が、見えない縄となって、全身を縛り付けているかのような、そんな感覚すらある。
「ペルルークを逃げ出した役立たずどもの報告ゆえ、半信半疑であったが……どうやら徒労ではなかったようじゃ。しかしまさか解放軍にいるとはな……確かに、逆に我らには見つからぬか……」
「あ、貴方は一体……!?」
 ユリアの言葉に、その老魔術師の気配が、若干変化した。どうやら、多少驚いているようだ。
「ほうそうか……記憶を失っておるのか。まあよい。とにかく、わしと共に来てもらうぞ。なに、お前の兄の元へ連れて行ってやろうというのだ……」
「私の……兄!?」
「ユリアに触れるなっ!!」
 スカサハは、全身の気を奮い起こして、老魔術師に斬りかかった。
 疾さ、間合い。どれをとっても必殺の一撃。だが、その一撃を、老魔術師はこともなげに避けた。
「なっ……」
「ふん。せっかく兄に会わせてやろうと言うのを、邪魔をするのか……いや、それもかつてと……同じであったか……」
 老魔術師の腕が踊る。スカサハは、反射的に身を翻したが、その魔術師の一撃はスカサハの予測を遥かに超えていた。
「うわあああああ!!」
 全身が何かに蝕まれたように、力が入らない。闇の魔法ヨツムンガンドの力だ。だが、スカサハがこれまで受けたことのあるどの闇魔法よりも、その一撃は強力だった。一瞬で意識を失いそうになる。意識が保てたのが、奇跡だと思えるほどに。
「スカサハっ!!」
 ユリアのその声で、スカサハはかろうじて踏みとどまった。剣を杖代わりにして、なんとか立ち上がる。
「ほう……さすがはイザークの戦士というところか。だが……」
 老魔術師は平然と近寄ってくると、ユリアに向けて手をかざす。
「さ……させるかぁ!!」
 なにがあっても守る。そう約束したはずだろうと自分を叱咤し、スカサハは残った全ての力をこめて流星剣を放った。翡翠の光が、濁流のように老魔術師に襲い掛かる。
 だが、その直後に見えた光景は、スカサハを絶望へと突き落とした。流星剣の、その全てが老魔術師の手前で消え失せたのである。
 そして老魔術師は、スカサハの一撃など意にも介さず、恐怖に凍りついたユリアに近付いていく。
「ま、まてぇ!!」
 もう一度斬りかかろうとした瞬間、再び老魔術師の腕が踊った。先ほど以上の衝撃がスカサハに襲い掛かり、スカサハはまるで巨大な鈍器に殴り飛ばされたかのように吹き飛んだ。
「あがっ」
 全身の骨が砕けたかと思うような衝撃。口の中に血が溢れてくる。
「スカサハ!!」
 再びユリアの声が聞こえたが、もう立ち上がることはおろか、目を開けている力すらない。
 暗くなりかけた視界の端に、ぐったりと力を失ったユリアが、老魔術師の手の中に収まるのが見える。
「く、くそ……」
「まだ息があるとは、恐るべきよな……やはり、ここで殺して……」
 言いかけたところで、老魔術師は視線をスカサハからはずし、路地の奥を睨む。
 そこから、まずグリーンの髪の男が現れた。
「……やはりお前か、マンフロイ!!」
「ほう。誰かと思えばあの時殺したはずの男か。生きていたとはな」
「ユリアをどうするつもりだ!」
 その時には、レヴィンの後にセリス、オイフェも来ていた。すでにセリスとオイフェは剣を抜き、臨戦体制にある。
「解放軍の首魁がそろっておるとは。これはここで殺しておくのが……」
 言いかけたところで、マンフロイは大きく後に跳んだ。直後、マンフロイが立っていた場所が粉々になる。
「……やはり貴様か!!」
「シャナン!!」
 そこに現れたのは、確かにシャナンだった。だが、セリスは一瞬、それがシャナンだとわからなかった。
「……再びお前に会えるとは、思っていなかったぞ」
 これほどはっきりと感情を表しているシャナンを、セリスは初めて見た気がする。あの、フェイアが死んだ時ですら、シャナンはむしろ淡々としていたように思えたのに、今のシャナンはまるで烈火の如く怒り狂っているようにすら見えた。
「シャナン!! そいつは暗黒教団の大司教マンフロイだ!! 油断するな!!」
 レヴィンの言葉に、シャナンは驚いて目を見開いた。
「今の一撃……そうか、貴様、あの時の子供か。これは奇しくもあの時と全く同じ状況だな。わしがナーガの娘を連れ去ろうとし、それを阻止せんと再び貴様が立ちはだかるか」
「ナーガの……娘!?」
 レヴィンとオイフェの言葉に、マンフロイは一瞬驚き、それから愉快そうに笑った。
「ふはははは。これは愉快だ。貴様ら、この娘が何者かも知らずおったとは」
「ユリアが何者であろうと関係はない」
 シャナンがゆっくりと剣を抜いて近付いてくる。その手にあるのは、淡く金色の光を放つ神剣バルムンク。
「かつてはお前に不覚をとった……だが、今度はそうはいかん」
「ふん、なるほど。わしの術が発動するより速くやれる、というわけか。だがな……」
 その変化は突然だった。
 シャナンが切りかかろうとしたまさにその瞬間、突然マンフロイの足元の地面が爆ぜたのだ。それが炎の最上級魔法ボルガノンであると気付いた時、マンフロイはその炎の中から消えていた。
 そして後には、重傷を負って倒れているスカサハと、おそらくはめくらましのための魔法を放ったと思われる魔術師が数人、自害して果てているだけだった。



第四十二話  第四十四話

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